3.動かない体と動く世界(ハナ視点)
「ほな、今ここにおる俺は……何や?」
二体の魔物を倒したダイキが、自分の手を見ていた。
棍棒を握る指を一本ずつ開き、また握り直す。
私は、その肩から手を離さなかった。
「ダイキだよ」
「……は?」
ダイキが顔を上げる。
「ここにいるのも、ダイキ」
どういう仕組みかは、私にも分からない。
でも、声を聞いて顔を見た時、別の誰かだなんて思わなかった。
ダイキはしばらく黙っていた。
やがて、私の手が乗った肩を見て、小さく息を吐く。
「病院の俺は、ほんまに動かれへんのか?」
「今も意識は戻ってない」
私は頷いた。
「お医者さんからは、目を覚ましても、身体を動かしたり話したりするのが難しくなるかもしれないって言われた」
ダイキの指が、途中で止まった。
「……あの部屋の話してた時か」
「うん」
私は肩を掴む手を緩めた。
「急に手が動かなくなって、それから倒れたの」
足元へ、ダイキの視線が落ちる。
棍棒の先が石畳へ触れた。
「引っ越しどころやなくなってもうたな」
笑おうとした口が、少しだけ歪む。
「間取り図、捨ててないよ」
私はすぐに言った。
「まだ、二人で住むつもりだから」
ダイキが私を見た。
返事を待つ間、肩から離した手を握りしめていた。
勝手に決めないで、と言われるかもしれない。
「……せやな」
ダイキは棍棒を握り直した。
「俺も、一緒に住みたい」
目の奥が熱くなる。
私は何度も頷きそうになって、一度だけにした。
「だから、このゲームを使ってるの」
私はダイキの腕へ目を向けた。
「ここで身体を動かして、神経のリハビリをするんだって」
「SEEDで?」
ダイキが首を傾げる。
「普通のゲームやろ、これ」
「うん。ほかの人は普通に遊んでる。その世界を、治療にも使ってるの」
医師の説明を思い出しながら続けた。
「身体を動かす感覚や命令を何度も脳へ送って、壊れた神経の代わりになる道を作っていくの」
ダイキは自分の腕を持ち上げた。
肘を曲げ、手首を回す。
その動きを確かめてから、私を見る。
「これで、現実の身体も動くようになるんか?」
「その可能性があるって」
私は目を逸らさなかった。
「まだ試験段階なの。どれくらい動けばいいのかも、どこまで回復できるのかも分からない」
「可能性か」
ダイキは開いた手を見つめた。
「それと――」
言いかけて、私は服の裾を握った。
同時接続する私にも負担がかかること。私が、ダイキをこの世界につなぎ止める役目だということ。
今それを言えば、ダイキは自分の身体より先に、私の接続を心配する。
「……ううん。今は、それだけ」
握った裾を離す。
ダイキは、ゆっくり指を握り込んだ。
「ここで動くことには、意味あるんやな」
「うん」
私は頷いた。
「ほな、やることは決まったわ」
ダイキが棍棒を持ち上げ、肩へ担いだ。
「この世界で誰よりも走る。誰よりも戦って、誰よりも身体を使う」
「待って。無茶をすればいいってことじゃ……」
私は思わず一歩近づいた。
「分かってる。いっぱい殴ったら治る、とは聞いてへん」
ダイキは一度、自分の手へ目を落とした。
「せやけど、戻りたいねん。ハナと飯作って、普通に暮らしたい」
棍棒を握る指が白くなった。
そこから顔を上げた時には、口元が少し上がっていた。
「どうせやるなら、目標はでかい方がええやろ」
ダイキは私をまっすぐ見た。
「さっきな、殴り方を変えたら、ほんまに当たるようになってん」
握った棍棒を、少しだけ持ち上げる。
「あれがおもろかった。もっとできること増やして、最強まで行ったる」
「……最強?」
私は聞き返した。
今、二人で住む部屋の話をしていたはずなのに。
「せや。この世界で一番強いやつになる」
ダイキが棍棒を軽く振る。
「回復するためや。ただ耐えるだけより、その方が俺らしいやろ」
不安がなくなったわけではなかった。
それでも、ダイキが自分で選んで、前を向いていた。
「……やるんでしょ?」
私が聞くと、ダイキはあっさり頷いた。
「せやな」
「じゃあ、帰ったら靴下も自分で片づけてね」
言った途端、少し笑ってしまった。
「最強になってもそこは言われるんか」
ダイキが眉を下げた。
「そこは変わらないよ」
私が答えると、ダイキも笑った。
病院でいくら待っても聞けなかった返事が、今はちゃんと返ってくる。
「ほな、まずは街やな」
ダイキが半透明の画面を開く。私も隣から覗き込んだ。
《プレイヤー名:ダイキ》
《レベル:10》
《属性》
《職業:なし》
「属性は相変わらずやな。街なら、調べられるやろ」
画面を閉じ、ダイキは崩れた通りの先を見た。
私も同じ方を見た。
建物の陰は暗くて、何がいるか分からない。
また魔物が来たら、この人が前へ出る。
「ねえ、私にも教えて」
私はダイキの袖を引いた。
「何を?」
ダイキが振り向く。
「戦い方。さっきみたいに、叫ぶだけは嫌だから」
棍棒を握っていた、あの魔物の腕を思い出す。
「次は、私もダイキを助けたい」
ダイキは私の手を見て、少し考えた。
それから、自分の棍棒を肩へ戻す。
「ほな、魔法からやってみるか」




