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1.廃墟都市スタート

第1話


ログインした瞬間、石畳の硬さが足の裏へ返ってきた。

靴越しやのに、冷たさまで分かる。片足を上げ、もう一度下ろしてみる。

自分の体重が、踵から爪先へ移った。


「……すごいな、これ」

指を曲げると、思った通りに動いた。握り込んだ手には、しっかり力が入る。

顔を上げて、笑いかけた口が止まった。


目の前に広がっていたのは、廃墟やった。


崩れた城壁。途中から折れた塔。

草に飲まれた石畳が、灰色の建物の間へ続いている。

人の声も足音もなく、自分の呼吸だけが聞こえた。


足元の石には、黒ずんだ跡が残っている。

何かを引きずったように細く長く、廃墟の奥へ続いていた。

鼻へ入ってきた血の匂いに、思わず一歩下がる。


「いやいや、ここスタート地点ちゃうやろ」


SEED。世界最大のフルダイブMMO。

俺が昔やり込んでいたゲームを元に、世界そのものを作り直した最新作や。

最初は人も店もある都市で、案内役のNPCから説明を受けるはずやった。


「バグやろ、さすがに」

崩れた建物の陰を覗いても、案内してくれそうな人影はない。

腕を下ろすと、茶色い袖がひらりと揺れた。


薄い茶色の上下に、前合わせの簡素な服。

袖から出た手首は骨ばっている。見慣れた自分の手やけど、防具も武器もない。

寝る時に着るような服のまま、外へ放り出されたみたいやった。


「……なんや、この服」

どこかで見たような気がする。

けど、まずは安全な場所へ戻らなあかん。


「出ろ、ステータス」

目の前に半透明の画面が開く。


《プレイヤー名:ダイキ》

《レベル:1》

《属性》


「……え?」

顔を近づけても、属性の後ろには何も出ていない。

火でも水でもなく、空欄や。


「属性なしって……魔法、どうやって使うねん」


この世界では、属性によって使える魔法が決まる。

「魔法なしで始めろってことか?」

昔のゲームでは、属性なしなんて選べなかった。

どこまで不利なのかも分からへん。


「……とりあえずログアウトやな」

メニューを開き、ログアウトを選ぶ。

反応はなかった。


「ちょ、待て」

もう一度押す。何も起きへん。

さっきまで気持ちよかった冷たさが、背中にまで染みてきた。


「出られへんの、これ」


操作を間違えたのか。通信の問題か。

メニューを確認し直そうとした時、正面の建物の陰で何かが動いた。

右の瓦礫の向こうにも、もう一体いる。


緑色の皮膚に、血のこびりついた棍棒。

ゴブリンや。

ただ、額から片目にかけて、黒い稲妻のような痣が走っていた。


一体は右目。もう一体は左目。

赤く濁った目をこちらへ向け、二体ともじっと立っている。


《ゴブリン変異体》

《ゴブリン変異体》


「なんでやねん!」

こんな魔物が、最初の街に出るはずがない。

後ろへ下がろうとすると、二体の口元が同時に歪んだ。


正面の一体が地面を蹴る。

速い。


「くそっ!」

逃げる時間はない。

足元の石を掴み、振りかぶった。


けど、腕が遅れた。

踏み出すつもりの足もついてこず、割れた石畳につまずく。

頭の上を、ゴブリンの棍棒が通り過ぎた。


「っぶな!?」


《スキル取得:回避 Lv1》


「いや今の、避けたんやなくて転んだだけやぞ!?」


右から、もう一体が回り込んでくる。

俺は左へ転がった。棍棒が背中のすぐ横で石畳を砕き、破片が頬をかすめる。


「痛っ……!」

指先で頬を拭うと、血がついた。

こんなにはっきり痛むんか。

次は頭を殴られるかもしれへん。顔を触っている場合やない。


崩れた壁際で立ち上がると、最初の一体が追ってきた。

後ろへ下がる余地はない。

ゴブリンが棍棒を持ち上げる。その顔へ、握り直した石を叩きつけた。


鈍い感触が腕へ返った。

ゴブリンがよろめく。


《スキル取得:打撃 Lv1》


「……いける!」

相手が立て直す前に、もう一度振る。続けて、もう一発。

手首だけで叩いた時より、踏み込んだ足へ体重を乗せた方が深く当たった。


《スキルレベルアップ:打撃 Lv1→4》


「もう四!?」

同じ殴り方で、もう一発いける。


相手の肩越しに、二体目が見えた。

一体目に遮られて近づけず、右の瓦礫を回ろうとしている。

そっちへ抜けられる前に、目の前の一体を倒すしかない。


ゴブリンが棍棒を振り下ろす。

今度は転ばへん。

半歩だけ横へずれると、棍棒が肩のすぐ脇を抜けた。


振り下ろした腕が戻る前に、踏み込んだ足へ体重を乗せて石を叩き込む。

ゴブリンの顔が横を向いた。同じ踏み込みで、もう一発。

足がついてくる。

さっきまで引っかかっていた腕まで、滑らかに振れた。


《スキルレベルアップ:打撃 Lv4→6》


「やば……これ、めっちゃ楽しいやん!」


顔を殴られたゴブリンが、膝をついた。

頭へもう一撃を振り下ろす。

鈍い音とともに、一体目が石畳へ崩れ落ちた。


《スキルレベルアップ:打撃 Lv6→7》


倒せた。

けど、もう一体――。


顔を右へ向けた時には、瓦礫を回った二体目が棍棒を振っていた。

振り下ろした腕を戻すより先に、無理やり身体をひねる。


棍棒が脇腹をかすめた。

それだけで、身体が横へ吹き飛んだ。


「がっ……!」

瓦礫に背中を打ちつけ、肺の空気が抜ける。

息を吸おうとしても、脇腹が引きつって入ってこない。

石を落とした手が、空のまま震えていた。


掠っただけや。

まともに食らってたら、どうなってた。


変異ゴブリンが近づいてくる。

石畳へ手をついても、身体を持ち上げられない。

赤い目が俺を見下ろし、棍棒が頭上へ上がった。


あかん。


「ダイキ!!」


聞き覚えのある声がした。

耳鳴りの向こうから、俺の名前だけがはっきり届く。

顔を上げると、ゴブリンの肩が前へ傾いた。


棍棒が振り下ろされる。

さっきは武器を追うだけで精一杯やったのに、今は踏み込んだ足まで見えた。

あの肩の向きなら、棍棒はここへ落ちる。


《スキル取得:予測 Lv1》


「……見える」

横へ転がる。棍棒が、さっきまで頭のあった石畳を砕いた。

脇腹が痛んだ。けど、避けられた。


一体目が倒れた方へ這うと、腕の先に棍棒が落ちていた。

掴んで引き寄せる。石よりずっと重い。

それでも両手で握れば、持ち上げられた。


俺は棍棒を支えに立ち上がった。

変異ゴブリンが吠え、石畳から武器を引き上げて突っ込んでくる。


その肩を見た。

横から振ってくる。


半歩下がって棍棒をやり過ごし、振り抜いた脇へ踏み込む。

両手の棍棒を、がら空きの胴へ叩きつけた。


「……っ、当たる!」

今度は相手の身体が折れた。

握りやすい。石より振り抜きやすい。

踏み込んだ力が、そのまま武器へ乗った。


《スキルレベルアップ:打撃 Lv7→8》


石で掴んだ殴り方が、棍棒でも使える。

俺は両手の間を少し広げた。これなら、振った先を止めやすい。


ゴブリンが後ずさり、棍棒を頭の上へ持ち上げようとする。

俺は続けて、棍棒でゴブリンの腕を叩いた。相手の腕が横へ弾かれる。


《スキルレベルアップ:打撃 Lv8→10》


今度は、相手の方が武器を振れへん。

その隙に一歩入り、両手の棍棒を頭上へ振りかぶった。


ここで決める。


全体重を乗せて、振り下ろした。


《スキル取得:打ち下ろし Lv1》


変異ゴブリンが石畳へ崩れ落ちる。

俺は棍棒を握ったまま、二体を交互に見た。

どちらも、もう動かなかった。


「……はっ、は……」

膝が震えている。脇腹も痛い。

それでも、今度は自分の足で立っていられた。


笑いが漏れた。

生きてる。二体とも倒した。


目の前へ、レベルアップの表示が重なった。


《レベルアップ:Lv1→10》

《スキルレベルアップ:打撃 Lv10→15》


「いや、上がりすぎやろ!」

二体倒しただけやのに、レベル十。

打撃は十五。技能の欄を開くと、覚えた技が四つ並んでいた。

最初は石を振ることもできへんかったのに、最後は相手の腕を狙って止められた。


俺は棍棒を持ち上げ、握る位置を確かめた。

今度は、転ばずに最初の一発から当てたい。

口元が緩んだところで、軽い足音が近づいてきた。


廃墟の奥から、長い茶色の髪を揺らして誰かが走ってくる。

小柄な身体に、白っぽい初期装備。

見間違えるはずがない。ハナや。


「……なんでハナがここにおるんや?」

ようやく知っている顔に会えた。

棍棒を下ろす俺の肩を、ハナが両手で掴んだ。


「それどころじゃないでしょ! 生きてるの!?」

息を切らし、泣きそうな顔で俺を見上げている。


「見たら分かるやろ。生きてるで」

俺はハナの顔を覗き込んだ。


「違うの!」

ハナの指に、強く力が入った。

「ダイキ、倒れたんだよ!」


「……どういうことや」

俺は棍棒を握り直した。


「今も意識が戻ってないの!」

ハナは息を吸い直した。次の言葉が、震えた。

「病院で……ずっと眠ったままなの!」


俺は足へ力を入れた。

硬い石畳を踏める。手も、棍棒を握っている。

ついさっき、この身体で二体を倒した。


なのに、現実の俺は起きてすらいない。


「……待てや」

喉から、掠れた声が出た。

病院にいる俺と、この世界に立っている俺。


「ほな、今ここにおる俺は……何や?」


――――――


ダイキ

レベル 1→10

スキル

打撃 Lv15、回避 Lv2、予測 Lv2、打ち下ろし Lv2

第1話をお読みいただき、ありがとうございます。


この物語には、私自身の経験が少し重なっています。

私は脳梗塞で全身麻痺があり、「ゲームの中で身体を動かすことが、そのままリハビリになったらいいのに」と思ったことがあります。


「こんなリハビリがあれば」という願いから、SEEDとダイキの物語が生まれました。

重い現実をそのまま描くのではなく、できないことの先を想像する物語として楽しんでもらえたらうれしいです。


次回はハナ視点です。

ダイキがなぜSEEDへ接続することになったのか、現実側で何が起きていたのかを描きます。

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