7.終わらない廃墟都市
廃墟都市の中に入る。
一歩踏み込んだ瞬間、視界が一気に開ける。
道がまっすぐ伸び、その両側に建物が並び、さらに奥へ同じ景色が続いている。
どこまで行っても街が途切れない。
「……広っ」
思わず声が漏れる。
崩れてはいるけど、完全に消えてるわけじゃない。
壁だけ残った建物や、屋根が落ちて骨組みだけの家が並んでいる。
木は腐って形を保っていないし、扉も崩れて地面に沈んでいる。
人がいた気配はあるのに、生活の形はほとんど残っていない。
(……これで暮らしてたって、ほんと?)
感覚が少しだけ現実からズレる。
「ねえ」
ダイキの背中に声をかける。
「ここってさ、本当に人住んでた場所なんだよね?」
ダイキは足を止め、周りを見渡してから建物の並びを指でなぞる。
「通りもあるし、店も揃ってそうやなぁ」
短く言ってから、こちらに軽く視線を向ける。
「住んでたのは間違いないやろな」
さらに進む。
広い通りの中央で、足元に違和感が引っかかる。
視線を落とすと、土の上にくっきりとした跡が残っている。
崩れていない、はっきりした足跡だ。
「……え?」
しゃがみ込み、指で輪郭をなぞる。
まだ崩れていないことに、妙な現実味を感じる。
「ダイキ、これ見て」
呼ぶとすぐ隣に来て、一瞬で状況を把握する。
「……俺らのやないな」
短く言いながら、周囲に視線を走らせる。
その動きに、さっきまでの軽さはない。
(……誰かいるんだ!)
さらに進むと、通りの端に黒い跡が見える。
近づくと、石が円形に焼けているのが分かる。
「これ、焚き火?」
ダイキがしゃがみ、軽く触れて確かめる。
「せやな、しかも新しい」
「……だよね」
この広さの中に誰かがいると分かった瞬間、空気が一段重くなる。
(……誰なんだろ?)
そのとき、不意に耳に引っかかる。
「……げて」
「え?」
反射的に顔を上げる。
音が少し遅れて届いたみたいな、不自然な感覚が残る。
でも確かに、言葉だった。
「……逃げて?」
思わず口に出す。
「今、聞こえた?」
ダイキを見ると、短く首を振る。
「……いや」
そう言いながらも、周囲を見る目は止まらない。
完全に無視しているわけではないのが分かる。
(……変すぎる)
横に視線をずらす。
割れた窓の奥、暗がりの中で何かが動いた気がする。
一瞬だけ、人の形があったように見えた。
「……今、誰かいた」
言い切る。
もうそこには何もないが、感覚だけははっきり残る。
(絶対、いた)
「なんか、いる」
小さく言うと、ダイキが一瞬こちらを見てうなずく。
「おる前提で動こか」
さらっと言うが、その一言で空気が一段引き締まる。
奥へ進む。
通りはまだ続き、崩れた建物の間を抜けていく。
瓦礫を越えた先で、ふっと視界が開ける。
「……あ」
足が止まる。
崩れた地面の先に、青く光るものが広がっている。
近づくと、それが一面の花だと分かる。
風はないのに、やわらかく揺れている。
光が波のように広がり、さっきまでの景色と完全に切り離されている。
「なにこれ……すご」
思わず声が漏れる。
ダイキも足を止め、少しだけ目を細める。
「見つけたな」
短く言う。
慎重に近づく。
足元を確かめながら進み、その場にしゃがみ込む。
手を伸ばしかけて、一瞬だけ止まる。
(……触って大丈夫?)
迷いはあるが、そのまま指先で触れる。
瞬間、視界がわずかにズレる。
建物の位置がほんの少し動いたように見える。
「……っ」
足元の感覚がズレ、同時に鋭い痛みが頭に走る。
思わず手を引き、呼吸が乱れる。
「大丈夫か」
ダイキの声が近い。
「……今、変だった」
視界はすぐに元に戻る。
だが、違和感だけが残る。
ダイキが花を見る。
「俺も触ってみるわ」
「え、ちょ、待って!」
思わず止める。
「さっき、変だったから!」
ダイキは一瞬こちらを見る。
「ほな確認やな」
そのまま手を伸ばす。
止める間もなく触れる。
「……どう?」
息を詰めて聞く。
「なんもないで」
あっさり返ってくる。
「普通の草やな」
(……なんで?)
「へえ」
背後から声が落ちてくる。
振り向くと、男が立っている。
古びた外套。
痩せた体。
頬に残る細い傷跡。
瓦礫の影から、ゆっくり姿を現す。
軽い足取り。
手にはナイフ。
口元だけが、笑っている。
「ここまで案内ありがとよ」
青い花を見渡す。
満足そうに息を吐く。
「いい場所だな、ここ」
視線がこちらに戻る。
じっと見られる。
値踏みするみたいな目。
(……やだ、この感じ)
男が一歩、踏み出す。
靴音が、乾いた地面に響く。
「……あー」
軽く頭をかく。
少しだけ考える素振り。
「見つけたやつは——まあ消しとくもんだろ」
あっさり言う。
(……え?)
軽い。
軽すぎる。
でも。
その一言で、空気が変わる。
ナイフが、わずかに上がる。
(……来る)
「だから——」
一歩、踏み込む。
視界から、消えた。




