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2.おかえり

《現実身体の覚醒反応を検出》


白い文字が、視界の真ん中へ浮かんだ。


王都薬学研究所が貸してくれた客室で、俺たちは夜を迎えていた。レティシアさんは治療室で一晩様子を見ることになり、俺たちも今夜はここへ泊まる。夕食を終えて、客室へ戻ったところやった。


「現実身体って……俺の身体か?」


椅子から立ち上がり、右手を開く。握る。

いつもどおり動くのは、SEEDの中の手や。


けど、白い文字が知らせているのは、病院で眠ったままの俺やった。


ハナが持っていた木の杯を机へ置く。

「何て出たの?」

「現実の身体に、覚醒反応が出たって」


椅子が床を擦った。

ハナが立ち上がり、俺の前まで来る。


「目を覚ましたってこと?」

「分からん。けど――」


次の文字が浮かぶ。


《医療安全制限を更新します》


《レベル上限:20の固定を解除しました》


俺はすぐにステータスを開いた。

レベルは二十のまま。職業候補も、なしのままやった。


ただ、何度見ても消えなかった《レベル上限:20》だけが、なくなっている。


「消えた」

「何が?」

「レベル上限や。二十で止まってたやつ」


ミラが目を見開いた。

「じゃあ、今まで動いた分、ちゃんと現実にも届いてたってこと!?」


最初の森で狼と向き合った時は、腕も足も一緒に止まった。

海では、船に引かれながら綱を握り直し、足で水を蹴った。


ガレスとの戦いでは、右腕が動かなくても左手と両足は止まらなかった。倒れかけたレティシアさんを右手で支え、左手で縄を切った。


あれが全部、眠っている身体へ届いていた。

そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


「ほんまに、回復してるんか」


ここで動けば、現実の身体が戻るかもしれない。


ハナから最初に聞いた時は、可能性でしかなかった。それでも信じて、走って、棍棒を振っ

てきた。


初めて、その先から返事が来た。


もう一つ、白い文字が浮かぶ。


《ログアウト接続を確認しました》


息が止まった。


メニューを開く。

何度押しても反応しなかった《ログアウト》の文字が、白く光っている。


指を近づける。

触れれば、現実へ戻れる。


ずっと待っていたはずやのに、指が止まった。


「ダイキ?」


現実の俺は、目を覚ましているのか。


目を開けても、何も見えなかったら。

ハナの声が聞こえても、返事ができなかったら。


それに、ここを出たあと、もう一度SEEDへ戻れる保証もない。


俺が黙ったままでいると、ハナがメニューへ視線を向けた。


「私が先に戻る」

「ハナ」

「病室で待ってるから」


そう言って、俺の手を握る。

「一人で目を開けなくていいよ」


握った手が離れる。


ハナが自分のメニューへ触れると、その身体が淡い光に包まれた。

「先に行ってるね」


光の粒がほどけ、ハナの姿が消える。


ノクティスが、ハナの消えた場所を見上げた。

「ダイキも帰るの?」

「帰る」


すぐに答えた。


帰れる場所があると、ハナが教えてくれた。そこへ戻るために、俺はこの世界で最強を目指すと決めたんや。


「また、こっちに来る?」


どうやって戻るかは、まだ分からへん。

せやけど、戻るかどうかは、もう決められる。


「絶対戻る。せやから、待っててくれ」


ノクティスが頷く。

「うん。ご飯、半分残して待ってる」


ナオユキが短く頷く。

「こっちは任せろ」

「レティシアさんにも、ちゃんと説明しといてな」

「初めて現実へ帰った、で十分だろ」

「俺がずっとゲームしてたみたいに聞こえるやん」


ミラが笑う。

「実際、ずっといたじゃん」

「出られへんかったんや!」


声を返すと、少しだけ肩の力が抜けた。


もう一度、白く光る文字を見る。


怖くないわけやない。

それでも、会いたい。


ゲームの中やなく、現実の目でハナを見たい。


俺は《ログアウト》へ触れた。


___


足の裏から、研究所の床が消えた。

客室の灯りも、仲間の声も遠ざかる。


暗い。


どれくらい待ったのかは分からへん。


最初に聞こえたのは、一定の間隔で鳴る機械の音やった。

次に、身体の重さが戻ってきた。


腕も、足も、石の中へ埋められたみたいに動かへん。


息を吸う。

胸は動いた。


右目を開けようとする。


右の瞼が重い。

SEEDなら考える前にできたことが、今は力の入れ方さえ分からへん。


それでも、光が見たい。

ハナを見たい。


力を込め続けると、右目へ白い光が細い隙間から差し込んだ。


眩しい。


左目は閉じたまま、動かへん。

それでも、右目の白い滲みの中に、天井の輪郭が少しずつ浮かんでくる。


病院や。


ほんまに、戻ってきた。


顔を動かそうとする。

動かへん。


右手に力を入れる。


SEEDでは、握ろうと思った瞬間に曲がった指が、一本も動かへん。足にも、首にも、命令は届かない。


「……っ」


声を出したつもりやった。

喉から漏れたのは、かすかな息だけや。


戻ってきたのに。


ここにおるって伝えたいのに、何一つ返せへん。


機械の音が速くなる。


視界の端で、誰かが動いた。


茶色がかった長い髪。

ハナや。


ベッドの横へ駆け寄ってきたハナが、俺の右手を両手で包む。


「ダイキ」


呼ばれた。


返事をしたい。

ただいま、と言いたい。


唇も、舌も動かへん。


ハナの目から、涙が一つ落ちた。

それでも、泣きながら笑っている。


「大丈夫。今は、手を動かさなくても、声を出せなくてもいいよ」


ハナの親指が、動かない俺の手の甲を撫でる。


「聞こえてたら、右目を一回だけ閉じて」


動け。


指も、腕も、声もあかん。


せやけど、一つだけでええ。


最初の森では、動けと願っても腕も足も止まった。

今度は、ハナに返事をしたい。


俺はハナを見たまま、右の瞼を下ろした。


白い病室が、一度だけ暗くなる。


もう一度、右目を開けようとする。


すぐには開かへん。

それでも力を込め続けると、細い光の向こうに、俺の手へ額をつけたハナが見えた。


震える息を吸い、顔を上げる。


「おかえり、ダイキ」

第3巻の終わりまで読んでくださって、ありがとうございます。


ダイキの返事がハナへ届くところまで見届けて、続きも読みたいと思っていただけたら、下の評価欄から、感じたままの評価で応援してもらえると嬉しいです。

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