↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
100/104

1.銀の盤面

レティシアが救出されてから、四時間後。


王都の中央に立つ塔、その最上階。

窓の外では、夜の運河を走る船灯りが、細い線になって揺れている。

リゼルの机へ、マルチェロ・ヴァレンティが二通の書類を置いた。


一通は、封を切られた辞表。

もう一通は、つい先ほど街道の伝令が届けた、泥のついた報告書だった。

「先に、現時点の調査結果をご報告します」


マルチェロは、泥のついた報告書をリゼルの前へ向けた。

「市場を煽った商人への金と、海霧迷宮へ運ばれた誘引薬草の荷は、同じ第七倉庫へつながりました。現場を動かすユリウスと、帰還魂へ仕事を仲介するカイという男まで確認しています。ただし、その上の命令者にはまだ届いていません」


「カイ?」

「名前だけは以前から現地の噂にありました。姿を確認したのは、今回が初めてです」

「初めて聞く名前ね」


リゼルは、もう一通の書類へ目を落とした。

「任務はまだ途中。それで、どうして辞表が一緒にあるの?」

「アクアポートへ送った監査官、セレス・アーデルのものです。高速連絡船の手配を最後に商会との線を切り、現在もカイを追っています」


リゼルは辞表を開いた。

末尾に、自筆の一文が添えられている。


『これより先の行動は、すべて私個人の責任とする』


「辞めたあとも調査を続けるよう、あなたが命じたの?」

「いいえ。セレス自身の判断です」

「監査官のまま、監査証や商会の金を使って非公式な尾行を続ければ、捕まった時に蒼海商会から経済操作局まで遡られます。それに、商会内に調査相手と通じる者がいれば、正式な報告を上げた時点で追跡先も漏れます」


「だから、監査官の権限が必要な高速船だけ手配して、蒼海商会を通る線を切った」

「はい。追跡に失敗しても、責任はセレス一人で止まります」


リゼルの指が、辞表の上で止まる。

「最初から聞かせて。市場から、どうやって第七倉庫へつながったの?」


マルチェロが、机に王都島の地図を広げた。

海側へ三つの黒い駒を置く。

薬屋。第七倉庫。薬学研究倉。


「市場を最初に煽った商人たちへ金を渡した仲買が、使われていないはずの第七倉庫の夜間荷役料も支払っていました」

「誘引薬草は?」

「薬材問屋の帳簿では、大量に買われた荷が第七倉庫へ入ったところで消えています」


市場の金と、迷宮へ運ばれた薬草。

二本の線が、同じ倉庫で重なった。


「セレスが第七倉庫を見張っていると、縛られた女性が幌馬車へ乗せられました。その時点では身元不明。後に、王都薬学研究所の研究者レティシアと判明します」

「研究者が、なぜ第七倉庫に?」

「船酔い止めを求めて入った薬屋で、加工中の誘引薬草を見抜いたため、口封じに拘束されたと証言しています。セレスは現地で雇った情報屋に、女性を乗せた馬車を追わせました」

マルチェロは、地図の外から病院着の男の駒を拾った。

「その直後、倉庫へ妙な白い服で棍棒を持った新人冒険者の一行が現れました。男の名は、ダイキ」

「ダイキ……。ハナという女の子と一緒にいた、あの変な格好の男かしら?」


マルチェロが、地図へ駒を置く手を止める。

「ご存じでしたか」

「ノースポートで少しね。白い蜘蛛を倒した報告にも、二人の名前があったわ」


「同じ二人です。ノースポートからレティシアを護衛し、アクアポートへ送り届けています。その直後に海霧迷宮へ入り、白い蜘蛛を討伐。翌日、レティシアが王都へ着いていないと知り、そのまま捜索を始めました」

「蜘蛛を倒した翌日に?」

「はい」


リゼルは、地図の外に転がっていた病院着の男の駒へ目を落とした。

「本当に、よく走る子ね」


「セレスはレティシアの知人だと偽り、倉庫と馬車の情報だけを渡しました」

「それで?」


黒い駒が、薬屋から第七倉庫へ進む。

その後ろへ、病院着の男の駒が置かれた。

「ダイキたちを追跡の圧力に使ったのね」


「はい。その結果、ユリウスたちは旧関門で追手を待ち受けました。そこへカイも現れ、雇った帰還魂の一団について、自分から話しています」

「ユリウスと、噂にしかいなかった仲介役が同じ場所へ出た」

「セレスは、二人が同じ商人のために動いていると見ました」


マルチェロが、地図の左の街道へ銀色の駒を進める。

「カイが一人で逃げると、セレスはレティシアの救出をダイキたちへ任せ、情報屋と追跡へ移りました」

「捕らえずに、その先を追ったのね」


リゼルは初めて、泥のついた報告書へ手を伸ばした。

目で文章を追ううちに、口元がゆっくりと上がっていく。

「初めて会った人たちを、自分から走るように仕向けた。噂だけだった男を表へ出して、商会を辞めたあとも追っている」


報告書を机へ戻し、銀色の駒を指先で立て直す。

「へえ。面白い人じゃない。気に入ったわ」

「本人が聞けば、光栄に思うでしょう」


「一緒にいる情報屋は?」

「追跡には慣れています。カイを見失わず、街道の伝令から報告だけを戻しました」

「なら、そのまま使わせなさい」


マルチェロが、左の街道にある古い馬継ぎ場を指した。

「カイはここで馬を替えました。代金を払ったのは、メリディアン商会の使用人です」

「メリディアン商会……」


水王国でも指折りの大商会だ。

けれど、使用人が馬代を払っただけでは、誰の命令かまでは分からない。

「商会の上までつながっている証拠は?」


「まだありません」

「なら、カイは捕らえないで。次に誰と会い、誰から命令を受けるのか。セレスにそこまで見させなさい」

「承知しました」


カイへ仕事を渡した者の名は、まだ地図にはない。

だからこそ、ここで銀色の駒を止める理由もなかった。


マルチェロが、海側の黒い駒へ視線を戻す。

「レティシアは救出されました。薬屋、第七倉庫、薬学研究倉は封鎖。港湾管理は、輸送に使われた《海燕号》の帳簿を押さえています」

「ユリウスは?」


「逃走。ガレスとギルも姿を消しました。港湾管理が港と船便を、こちらが商人街道を調べています」

実働の三人は逃げた。

だが、今回使った拠点と、船に残った記録はすべて押さえた。

リゼルは黒い駒を一つずつ、地図の外へ退けた。


「予定になかった情報が、もう一つあります」

マルチェロは関門での会話を書き留めた書類を差し出す。

「ダイキがユリウスへ、青い花には不老長寿の噂があると話しました」


「あら」

今度は、声に笑いが混じった。

「あの子たちへ聞かせた噂を、そのまま向こうへ運んだのね」


「やはり、あれは偽りですか」

「青い花に、寿命を延ばす薬効なんてないわ。不老長寿と聞けば、金を持つ人ほど目の色を変えるでしょう?」

リゼルは、病院着の駒を指で回す。


「花そのものは必要よ。狙いどおりの作用を持つ薬が作れるか、試したいもの」

リゼルは病院着の駒を置き、その隣で黒い駒を転がした。

「不老長寿の噂は、それとは別。伯爵が花へ報酬を出せば、横から奪う者も姿を見せる。誰が動くかを見るための餌よ」

「ダイキがユリウスへ話し、ユリウスがその上へ持ち帰る」

「ええ。思っていたより早く、餌が奥まで届きそうね」


マルチェロが書類をそろえる。

「ダイキたちへ、今度は人を付けますか?」

「いらないわ」

リゼルは最後の黒い駒を退け、そのまま病院着の駒へ指を置いた。

「気づかれずに追える者も、遠くから居場所を拾える術者もいる。でも、毎日の行動まで先に知ってしまったら、次に何をするのか楽しみにできないでしょう?」

リゼルは、病院着の駒から指を離した。

「今までどおり、大きな事件や戦闘記録に名前が出た時だけ教えて。誰を助け、誰を敵に回したのかは、その時まとめて聞くわ」

「承知しました」


マルチェロが一礼し、執務室を出ていく。

扉が閉まると、リゼルは窓際に立っていたエリオンへ顔を向けた。

「アクアポートギルドから届いた、あの子の戦闘記録も見せて」


エリオンが、黒縁の記録板を机へ置く。

職業候補なし。

レベル二十。上限も二十のまま。

取得技能、《打撃》《剛・打撃》。


エリオンが記録板の縁へ指を置いた。

ギルドから届いた記録の下に、新しい文字が浮かび上がる。


《瞬・打撃》新規獲得。


「レベルは止まっているのに、技は増えたのね」

「職業による補助ではありません。本人が繰り返した動作を、技能として獲得しています」


リゼルは自分の右手を開き、ゆっくりと握った。

「レベルが上がらなくても、自分で新しい技を作る」

病院着の駒を、黒い駒の消えた地図から持ち上げる。


「次に会う時は、私の前で何を選ぶのか見せてもらいましょう」


リゼルが記録板で見ていたのは、SEEDの中で増えた一つの技だけだった。

けれど、変化はSEEDの中だけでは終わっていなかった。


同じ夜。現実世界の病院では、白いベッドで眠り続けるダイキの右瞼が、ほんのわずかに震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。