186.表裏の言霊6
わたしに操りの糸を巻きましょう。
喜びを感じないように。
もし破れば、鬼が来るわ。
鬼が来てわたしの命を
「あのね」
木漏れ日に目を奪われていたら、上着を引っ張られた。
「なあに」
首ごと寄せる。朱色りぼんのあおが、目を輝かせて声を潜めた。
「すごいひみつ、おしえてあげるね」
「あお」
なるの鋭い遮りにも耳を貸さないようで、あおの抑えた興奮を読み取って栄美子はくすりと口角を上げた。
「なにかしら」
「それ、けんのおこぼれ、ことだまだけどさ」
「ん?」
「ことだまをつかってじぶんのちからぜんぶなくしちゃうなんて、あたらしいつかいかただって。じぶんにじぶんでことだまをつかうなんて。おもしろいって。ふさふさのおばあちゃんが」
「え?」
「でもねえ、おにはこないよお」
どきりとした。
鬼。……鬼が?
「……あ」
そうだ。
わたし、わたしさっき喜びを感じたわ。
幸福を感じた……わ。
「鬼が来るわ」
誓いが、言葉の力が、瞬時に行使され、わたしの命はここで
「こないよ」
強い風にあおの高い声が渦巻いた。
「えと、えと、じぶんの、いのちを、じぶんからきりあげるの、きんじ……きんじて?になっちゃったって」
ふさふさのおばあちゃんが、とくすくす笑う。
「だってさきにやっちゃったんでしょお?まえのまえのけんじん。ふたつまえのけんのひと。すごいよねえ、じぶんでかんがえてうらわざつくって、つかっちゃったんだってえ。だからきんじ……きんじて……えっと、もうやっちゃだめーってあたらしいルールになったのお」
「……ええと……」
眉をひそめる。わたし、なにを考えてたのかしら。
「ことだまでじぶんのじゅ……みょう?をきめて、ことだまでそのじゅ、じゅみょうをかってにきりあげて、」
「そしてその残ったじゅみょうを、またことだまで、勝手に別の人に移した。めちゃくちゃな裏技だよ。だから禁じ手にしたってさ。……あお。しゃべりすぎ」
なるが下から掬い上げるようにしてあおを睨んだ。
「いいでしょお、べつに」
「お調子もの」
軽く叱って、そしてなるは栄美子に向かってやけに大人びた笑みを見せた。
「けっきょく、そのけんじん……前の前の剣の人の計画のうち、みたいだよね。ぜんぶがぜんぶ。前の前の剣人は、ぜんぶ守っていったんだね。一番大事な人も、そして、自分の鞘も」
「……え」
「じゅみょうを移して、禁止ルールを新しく作って、そのおかげで鞘も自分で『切り上げる』ことが出来なくなってさ。ぜーんぶ見通していたとしたら、すごいよね。せんけんのめいの力」
とある、ひとりの剣人がいた。
先見の明で、自分の寿命の長さを知る。
言霊で、その自分の寿命を勝手に短く切り上げる。
切り上げたことで残った寿命を、さらに言霊で「別の人」に移す。
そんな奔放な能力の使い方を、『なにか』がルール上……剣人のルール上の禁じ手と決めた。
だからその後、能力を使用した勝手な『切り上げ』は誰にも許されなくなった。
もちろん、その剣人の鞘も、寿命の切り上げは禁じ手となったのだ。
そしてそれすら、先見の明で見通していた。
それが、たったひとりの剣の人によってなされたこと。
栄美子の剣。栄美子の、見える人……
……え?
なにが?
「ね、ねえ。あの、どういう意味なのかしら」
風が耳たぶを通過したからか、紛れてよく聞こえない。腰をさらに屈めて近付くと、あおは「もうひとつ、ひみつおしえてあげよっか」と笑った。
「あのね。パパがいうの。ぼくらは、だ……だい、だいの?けんじんの?」
「だいだいの、剣人の、希望のたね」
なるがイライラしたように残りを言ってしまう。あおは眉を下げたが、日差しに目を瞬かせてまた伸び上がった。
「どうじにふたりだから、かくせだいにひとりだけっていうルールも、だいじょうぶなの。ひとりじゃないから、さやもいらないんだ」
さやもいらなんだ。
「うん?どういうこと?」
拙い舌遣いに困惑して首を傾げる。
そんな栄美子がおかしかったのか、あおは再び笑った。
「だから、あえたよ。ほんとはあえないんだよね、まえのじゅんばんのひととは。まえのけんじんとは。でもはじめてあえたの。あえたのは、ぼくらがはじめてなの」
笑いを我慢できていないから、しゃくり上げるようになって言葉が意味を為さない。困ってなるを見遣ると、なるはやっぱりそっぽを向いて小さく呟いた。
「パパ、仕事つづけるって。だからもうちょっと、おじいちゃんにはがんばってもらってよ。おてら、うちらがつぐからさ」
「ええ?」
なるは真っ直ぐな強い視線で栄美子を射抜いた。
「ちゃんとつながった。しかも会えた。会えてうれしい。会えたのは、前のじゅんばんの人、前の剣人が生きててくれたから。生きてなかったら、会えないからさ」
そして笑う。
「前のじゅんばんの人、守ってくれたね」
「え?」
「守ってくれて、ありがとね」
びゅっと耳が鳴る。
楠木がざわめき、数秒遅れて突風が吹いた。霞を飛ばす突風が。
耳にかかった髪をかき上げると、温度のある風は木々を揺らして木漏れ日をミラーボールのように回転させる。
風は境内を吹き渡り、お山の裏へと抜けて行った。
「あ、行かなくちゃ」
なるがどこかを見て言う。立ち上がると、あおもぴょんと跳ねた。
「ぼく、みえるだけ。なるちゃんは、おんなのこだけどだいじょうぶ。きこえるだけだから。これもルールいはんじゃないの。みえるおんな『は』うまれない、だもんねえ」
ふたりでひとりなの。
「は」
各世代にひとりだけどひとりじゃない。
ふたりだから鞘もいらない。
前の順番の人にも会えた。
女でも聞こえるだけだから大丈夫。
代々の、剣人……
見人の……見える人の、希望の、たね
「行くよ、あお。お昼寝が終わる」
「うん、なるちゃん。ぼく、またおふとんけってるかな」
「知らない。でも起きたらジュース飲もう。のど乾いた」
「うんっ!パパとねるまえにやくそくしたもんねえ」
光が目の前を走って立ち眩む。枝を揺らす風が何かをささやいてるかのように巡る。
風が吹く。風が、昔から脈々と続く果てない悲しい血の繋がりが、風になって吹き渡る。
芽吹け、芽吹け、希望の種。
芽吹け。
我らの希望の種。
ランドセルが鈍く光る。ふたりは手をつなぎ、軽やかな笑い声を残して風とともに境内を出て行った。
栄美子(鞘)とあいつ(剣)ペアの特殊すぎ能力迷惑話
→裏の言霊93~96、番外編130、最後の言霊131~139話あたり
です。




