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152.空蝉9 あなたに夢中




「そこどいてください」

「いやー」

 沙貴の左側を指さす功成に、ぷくっと膨れて見せる。


「え、こ、功成くん、鞘子ちゃんとの約束は?」

「約束と言うか、なんか相談があるとかで。料理教室に通いたいとか言ってたから、いいんじゃない?で話は終わった」


「ち、ちづるさんは……」

「ああ。すごくわざとらしい電話がかかってきましたね。いま鈴子ちゃんとご飯食べてるのーとか。わざわざそんな報告します?それで誤魔化されるわけないのに。舐められたもんですね」


 鈴子と哲也ににこにこと返しつつ、功成はまだ「代われ」と目線で唯奈に要求してきた。


「コウ、そんなにちくちく嫌味ばかり言わないの」

「ちくちくなんか。……僕だけのけ者にしてた人たちに嫌味なんか言ってない」

 沙貴にだけは急にすねた口調になって、それからやっぱり唯奈の方を無表情で見てくる。


「そこは僕の場所ですけど」

「いやー。鈴子ちゃんと代わればあ?」

 唯奈は鼻先で笑う。沙貴を挟んで反対側の鈴子を指せば、鈴子は最大限にできる強そうな顔をして、「今夜くらいは、沙貴さんの隣に座るから!いつも誰かが譲ってくれないせいで座れないから!」と声を張る。

 しかし震えているのが丸わかりで、哲也が「鈴子ちゃんかわいい。吠える子犬みたい」と目尻を下げている。恒彦は相変わらずにやにやしながら怠そうにあくびをひとつ。

「おら功成、諦めて俺の横来い。んでついでに俺のコーヒー追加となんか食うもん頼んできて」

「え、パシリ席に僕座るんですか?しかも先輩、今夜のこのくだらない計画の集会のこと、まだ謝ってもらってないですけど?」

 動かない功成に苦笑いをして沙貴が言う。

「コウは、ヒコちゃんにだけはすぐ甘えるよね」


 そしてまたぐるっと唯奈を見て、「ね」と目配せして来る。

「……そうね」

 仕方なく頷くと、途端に周囲がにぎやかになった。


「ええ?こ、これ、ヒコ先輩に甘えてるんだ功成くん!新鮮!」

「そ、そんな、お、オレのが年上なのに、お、オレには甘えてくれないのか……」

「おーおー。そうだったんか、気づかずに長いこと悪かったな功成。これからは思う存分甘やかしてやろうな。とりあえずはよ注文してこいや」

「……そんなことあるわけないのに、多勢に無勢だ……ひどい風評被害だ」

 しぶしぶと恒彦の隣に座る功成は、強い諦観をまとっている。


「ふふ。……はああああ」

 唯奈は、少し笑って、そうして。


 肺の空気をすべて出すかのような、特大のため息を吐いた。


「はー、ばかばかし。どの男も、ぜーんぜん、唯奈にぴったりじゃない」

 静かになった場で、ひらりと手を振る。


「こんなにかわいくてスタイルもいいのに。顔がここまで可愛かったら、みんな夢中になるはずなのに。なあんで、みんなこんな地味女やおばさんと仲良くなるのよ。納得いかないー」


「おば……」

 胸を押さえて苦しそうにうめく沙貴は、しかし即座に立ち上がろうとした功成を手で止めた。


「コウ、安易なフォローは逆に私を傷つける」

「僕が沙貴ちゃんを傷つけるわけないだろ。沙貴ちゃんは長く寝てた分実年齢にそぐわず異様に若く見え」

「もう速攻で傷ついたけど?」

 さほど傷ついてなさそうに告げて、それから唯奈を見た。


「でもさ、楽しかったでしょ」

「別に」

「私は楽しかった。久々にたくさんの人とわいわい話したから。毎日病院で静かに過ごしていると、騒がしい外の世界がすごく楽しいよ」

「あたしは別に」

「いっぱい話すの楽しいね。あなたは特に話すのも聞くのも上手だから、私は話していてとっても楽しかったよ。慣れているんだね」

「慣れてなんか」

「あ、あたしも!楽しかった、ですっ」

「ほら、鈴子ちゃんもそうだって。女性と話すの得意なんでしょう、女同士の会話だとさらにいきいきしてたもん」

「いきいき、なんて」

「く、悔しいけど、ゆいな、さんと、話すの楽しくてっ。ついつい聞き入っちゃうし、面白いし、すんなり納得するしっ」

「話が面白いだけで、何がいいのよ。そのほかは何もできないのに」

 膨れた唯奈に食い気味で鈴子が迫る。

「な、何もできなくなんかないですっ!う、歌もうまかったって、哲也さんが!ゲーセンのクレーンゲーム、盛り上げるのが上手で、自分たちの他にお客さんみんな集まってきて、みんなで大盛り上がりでプレイしたって、ヒコ先輩が言ってました!」

「あらら。内輪だけじゃなく、みんなまで楽しませちゃうんだ」


「……バカじゃないの」

 小さく呟いた唯奈に、沙貴が笑った。


「はは。ほんとにカワイイ顔。拗ねても可愛い。自慢なんだね」


「当たり前じゃない。こんなに可愛らしい顔、他にいる?いないでしょ」


「確かに可愛い」


「そうでしょ。可愛いでしょ。だから、最高にいい男を、守ってくれて優しくて絶対に離れないような男を探さないと駄目でしょ」


「誰が?」


「は?あたしが、あたしが。唯奈が、あたしが」


「誰に?」


「は?唯奈に!」


 イライラして言い返すと、沙貴が不思議な笑顔で首を傾げた。


「でもさ、唯奈さんは、自分で探すよ?きっと」


 一瞬で、爆発した。




「うるさい!小娘に、何がわかる!!」





「じゃあもうやめよう。こっちこそ馬鹿馬鹿しい、さっさと終わらせよう」

 沈黙を破ったのは、額に青筋を立てた功成だった。


「黙ってたけどさ。沙貴ちゃんに失礼なことばかり言って、僕はもう許せない。早く終わらせよう」

 そして長い指でテーブルをとん、と叩く。


「……みんながそうしろって言うから。帰り道、最後まで見送ったんだ。あんな時間に、あんな場所まで。一応、女性をひとりで帰すのは僕もどうかと思うから、仕方なくだけど」

「は?」


「明け方直前のあんな時間にまで、見送りについて行った。それなのに、嫌な顔をされて。でもちゃんと病院まで帰るのを見届けた。この人は、どれだけ自由に夜の間動き回って遊び回っても、ちゃんと自分のところへ帰って行った。もうそれでいいでしょう」


「……なに言ってんの」

 意味不明な言葉に混乱する唯奈を、しかし見ることもなく、功成はなぜか哲也に向かって怒りを湛えた声で言う。


「哲也さん、興味があって色々知りたい気持ちはわかる。触れる、こちらにも触れられる。触れると生きた人間と同じように体温がある、皮膚の、筋肉の、骨の感触がある。飲み物を飲む、何かを食べる。しゃべる、記憶もある、笑って怒る。さらには、歌って遊ぶ。……こんなに検証できたんだ、もう満足でしょう。だからもう、さっさと終わりましょう」


「……」

 哲也は、じっと功成を見て、そして小さく息を吐いた。

「……け、検証だけでは、ないけどね。お、オレが知りたかったのは、もっと他にあるけど……まあ、そうだね」

 それから唯奈を見つめた。


「ゆ、ゆいな」

 

 アイスティーの氷が鳴る。


「お、オレが半年前、唯奈さんに電話かけたんだ。あなたの祖母のことで、聞きたいことがある、と」


「……うん、だからそう言ったじゃない」

 答えた唯奈に首を振る。


「か、かけた瞬間に怒鳴られた。謎の男に間違えられて。でも誠心誠意話し続けたら、ようやく少しだけ警戒を解いてくれた」


「うん」


「お、オレは、話が聞きたいからと、日にちと、そしてこのカフェを指定した。あ、あなたは来た。きょろきょろして。でも」



 哲也がまた手のひらをこちらに見せて、くるりとひっくり返す。



「あなたが来るその直前に、電話があったんだよ、ゆ、唯奈さんから」



『やっぱり、よく知らない人間に会いに行くことはできません。祖母のことも話せません。母も、許してくれませんでした。何もしらないんです。わたし、もう忘れますね、あなたが調べていることも、あなたのことも。それでは』




「……ねえ、ゆいな。あなたは、だれだ」











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