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149.空蝉6 あなたに夢中


「……あ、ごめん。ちょっと、興奮しちゃって」


 声をかけてくれた哲也に「えへへ」と微笑む。

 それからストローをくわえて一気に飲み干した。

 店内を歩く店員のひそやかな足音が響く。テーブルの上が静かになっていた。


「……嫌な質問だったみたいだね。ごめん」

 見ると、眉を下げた功成が軽く頭を下げていて、唯奈は慌てて首を振った。


「ううん、あたしこそごめーん。おかしな雰囲気にしちゃったね、気にしないで。何も知らないおばあちゃんのことなのに。謎の男から問い詰められた半年前からちょっと過敏になってるみたい」


「おい、謎の男って……」

 恒彦が嫌そうに顔をしかめると、視線を受けた哲也が頷いた。


「えー、みんなも知ってんの?謎の男。なんでえ?」


「マジで全国にわたって捜索してんのな。やべえ奴」


 唯奈の質問には答えずに吐き捨てる。それから恒彦はふと息を吸った。


「……半年前に?接触して来たのか?」


「うん、そう。突然電話で」


「お、おばあさんは健やかにお過ごしですか、だって」

 唯奈の後に哲也が続くと、恒彦だけでなく功成まで眉を寄せて頬を歪ませた。


「ワンパターンな野郎だな」


「……ですね」


 肩をすくめてため息。そんな仕草まで、功成がやるとカッコイイ。


 うーん。うーん。

 恒彦、哲也、功成。

 悩む……。


「で、その半年前から、哲也さんと会っていたの?」


「あ、うん。そう」

 内心おおいに悩みながら、唯奈は功成に頷いた。


「哲也、お前はほんとこういうことに巻き込んでくるよな」


「ち、ちが、調査の途中で偶然」


「自分から嬉しそうに首突っ込んできて先輩何言ってんですか」


「こ、功成くんには、ずっと話してたんだ。何度も誘ったのに無視されて、こ、今回ようやく来てくれて」


「僕本当に毎日忙しいんですよね」


「彼女への粘着行為でな」


「人をストーカーみたいに言わないでくださいよ」


「え、え?こ、功成くんがストーカーじゃなかったら、な、何がストーカーなの?」


 もう!この人たち、すぐ脱線する!

 唯奈だけを見ていればいいのに、常にあたしだけ見て、あたしを守ってくれればいいの。


 唯奈は元気よく割って入った。


「今夜で三回目だよ、会うの。いつもこのカフェなの。でも今回はてっちゃんの他にふたりもいい男に会えて大満足!あたしの可愛さレベルなら、よりどりみどりも許されると思うんだよね」


 思わず本音も加えてしまうが、苦笑いだけで済まされる。

 けど気にしない!


「恒彦さんはあ、おおらかで外見と中身のギャップがいい!」

 恒彦を指さしてにっこり。


「てっちゃんはなんと言っても女の子に優しい!そして誠実そう」

 次に哲也も指す。眼鏡の奥の目がぱちくりしてる。


「それで功成は、」

 隣の功成に寄りかかる。

「カッコイイし、お金持ちみたい?だし、顔も雰囲気も好み!……うーん、やっぱり選べないなあ。もう少しちゃんと仲良くして、いっぱい遊んで、お互いを知ってから決めるね、あたし!」


 肩を抱かれてそっと元の体勢に戻される。が、そのままその腕にしがみついた。


「ね、カラオケ行こう!あとゲーセン!まだ夜は長いよ」

 恒彦が「ああ?」と巻き舌になる。

「カラオケ?歌うんか?ゲーセンまで」


「お、オレ、ちょっと行きたい」


「哲也お前マジでその好奇心を少し抑えろ」


「僕、もう帰りたい……スマホ充電して送信しながら返信待たなきゃ」


「よし行こうぜ功成。朝まで彼女のスマホに言い訳入れ続けるお前を想像したら、俺もさすがに不憫になるわ」


「う、うん、行こう功成くん。彼女の安寧と快適のために、オレは、き、君を連れ出すよ」


 またわけわからないことで盛り上がってるけど、とりあえずカラオケとゲーセンに行くことになってご機嫌。うふふ、嬉しい!



 わいわいと立ち上がって店を出ようとしたら、哲也が不意に唯奈の前に手のひらを出した。


「え、なに?てっちゃん」


「き、きみ……ゆいな、は、オレとふたりで話していたとき」


 手のひらがゆっくりと回転して裏になる。

 それをじっと見ていると、哲也は平たんな声で続けた。


「お、おばあちゃんとお母さんは離れて暮らしていた……とか、お母さんは育ててもらった父の実家と仲悪いみたい、とか。ごく普通の説明だったね。でも」


 手のひらがまたくるっとこちらを向く。


「さ、さっきは、少し違ったよね。……お母さんは、生まれた直後におばあちゃんから離された。母親から赤ん坊が離された、と。そして赤ん坊は、お母さんは、成長して、育てられた家も土地も捨てた、と。……ニュアンスが、だいぶ、違うよね」


「……」


 白く男性にしては薄い手のひらがくるくる回る。

 まるで、唯奈を試すかのようだ。

 どっちが本当の唯奈なのかと言っているようだ。


 祖母の言葉を思い出す。



「……さあ?そんなこと、言ったっけ?」


 目を閉じ耳を塞ぎ口を噤め。



 立ち止まっている恒彦と功成、そして目の前の哲也に笑いかけた。

 うふ。笑顔もかわいいでしょ。



「あたし、なんにも知らないもん」








 真夜中の道を、唯奈は鼻歌を刻みながら歩いていた。

 今夜はとても楽しかった。

 カラオケでは、てっちゃんの奇声のような歌にみんなで大笑いした。

 ゲーセンでは、クレーンゲームで恒彦さんが手品のように景品を取ってくれた。

 ずっとスマホを見つめている功成を、みんなで引っ張って歩いた。


「……うふ」


 夜は紺の色が深い。

 朝日が差すのはまだ先だ。


 ふと道端に、黒い塊を見つける。

「……ねこ」

 それは真っ黒な猫だった。


 猫はしなやかな体を伸ばし、光る眼でこちらを見ている。唯奈はぷい、と首を背けて距離を取った。

 猫は苦手だ。特に黒猫は、不気味な者が遣う不吉な動物なんて言われていた。

 唯奈の周りでは。

 そう言われていた。


「あたしに近寄らないで。黒猫なんかが近寄ってきたら、またおかしなこと言われちゃうじゃない。お化け女とか、呪いの一族とか」


 黒猫はにゃあ、と小さく鳴いた。そして後ろ足で地面を蹴り、軽快な動作で唯奈からさらに離れた。


「ふん」


 かわいい表情を忘れて黒猫に悪態をつく。そのまま背を向け、唯奈は歩いた。

 

 一度だけ振り向くと、遠く小さくなった黒猫は、それでもじっと唯奈を見ていた。







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