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148.空蝉5 あなたに夢中

こちらの話の「イタコ」はすべてフィクションであり、私が作った架空の設定となります。

史実とは違う独自の解釈を含みますので、どうかご理解いただけますようお願いいたします。



「既読になったのに返信がない……」


 さっきから繰り返し繰り返しスマホで誰かにメッセージを送り続ける功成。端正な顔立ちに浮かんでいた穏やかさはすっかり失せ、代わりに焦燥で歪んでいる。


「そりゃそうだろ。病院は消灯時間だ、寝てんだろ」


「消灯時間過ぎても、普通に深夜まで起きてるんです、読書とか勉強とかこっそりしてるし!それに彼女は特定の人たちにだけは返信するんですよ!お母様とか、あとは忌々しい女子会?女子トーク?みたいな、僕の知らないうちにいつのまにか組まれていたグループ内の会話には、ちゃんと返信してる!ちづるさんとか……鈴子さんとか……くそ、いつのまに、僕のチェックが甘かったのか……」


「うわきっも」


「え、え、か、彼女のスマホの会話グループまで把握してるの?こ、功成くんそれは、お、オレが言うのもなんだけど、き、き、きも……」


「もっとはっきり言ってやれ哲也。お前を上回る存在の誕生だ、もっと激しくこき下ろせ。そして功成、お前は彼女のその特定の人たちの中に入ってねえってことだな」


「なんとでも言ってくださいよ。彼女の心の安寧と快適な生活だけが僕の頭を占めるすべてなんです。正直言ってその他は本当にどうでもいい、むしろそこらへんのゴミと同じです。……ええと、返事してほしい、まだ寝てないよね、鈴子さんの言うことは誤解だよ、ええと」


「もう30件は送ってんな」


「か、彼女の心の安寧と快適な生活は、間違いなく脅かされているね……」


 つまんない。

 唯奈はストローをくわえてぶくっと泡を作った。

 こんなかわいいあたしが話題の中心じゃないなんて。誰か知らない女の話ばっかりして、しかも功成くんは人格変わったみたいにヤバイヒトになってる。


「ねえー。もっと違う話しようよ」


 大きめの声を上げたら、三人の男がはっとしたようにこちらを見た。

 内心満足して、頼んだチーズケーキを頬張る。

「おいしっ。こんなに味濃いんだ、おいし!……ねえ、てっちゃんはあたしのおばあちゃんの話を聞きたいんじゃないの」


「あ、あ、うん、そうだね」

 哲也が我に返ったように眼鏡を直す。そして背を伸ばした。


「ゆ、ゆいな。の、おばあさんは、イタコだったんだ」


「イタコ?」

 唯奈が頷く前に、恒彦が聞き返す。テーブルに肘をついて哲也に向かって顎をしゃくった。


「イタコ、って聞いたことあんな……有名な霊能力者?」


「い、いや、女性の霊媒師……巫女?に近いかな、そういう存在」


「巫女」

 なぞって唱えた恒彦と、無言でスマホを置いた功成。ふたりはそのまま、ゆっくりと自分の目の前の飲み物を飲んだ。


「い、依頼されて、く、口寄せって呼ばれる儀式を行うんだ。死者の魂をその身に降ろして、故人に代わって故人の言葉を伝える役目。かなり昔からあるんだよ、そ、そういう儀式を行う巫女たちが。その系譜をまとめてイタコ、という」

 唯奈は真剣に話す哲也の目線を受けた。


 祖母の言葉を思い出す。


 目を閉じ耳を塞げ。

 口を噤め。



「……うちのおばあちゃんは、最後のイタコ?最後の巫女?っていうのかな?そういう風に言われてたみたい」


「さ、最後のイタコ?」

 哲也が眉を寄せる。ふたりで話していた先ほどまでは一切情報を出さなかった唯奈の変化に、少し驚いたようだ。

 それにちょっとだけ笑う。

「だって、さっきはてっちゃんだけだったもん。いまは功成も、恒彦さんもいるじゃん?話す価値あるよね、いいオトコたくさん、情報は小出しに!」

 あっけらかんと告げると、恒彦が大口を開けて笑った。

「そりゃいいな、ゆいな。イイ根性だ、いい女は姑息な手を使っても魅力的なもんだ」

「うふふー。恒彦さんいいこと言う」

 最初の印象は一番怖かったのに、案外一番素敵なのは恒彦さんかも。


「さ、最後のイタコというのは?」

 比べて遊び心のない真面目な哲也が話を戻すので、唯奈は仕方なく手を左右に振った。


「なんかね、正統な系譜のイタコ……巫女っていうの?そういうのは、大昔にいたごく一部の、数人の女の人たち。なんていうのかな、摩訶不思議な奇術のような神技を使いこなす数人の女の人たちがいてね。その人たちから始まった系譜なんだって」

 突然奇妙な言葉を並べて語り出す唯奈を、三人の男はじっと見つめてきた。

 満足してふふっと口角を上げる。


「それがイタコの始まり。そこから直系で続いていったのが、正統なイタコの系譜。でもね、イタコの存在が広まって重宝されればされるほど、イタコの偽物もたくさん増えたんだって。『イタコのような存在』だよね」


「い、イタコのような?存在?」

 唯奈は頷いた。

 かつて聞いた話を思い出すべく、空中を見上げる。


「んーとね。マニュアルがね、あるんだよ。イタコの。有名な霊峰のふもとで修行して……って外部には宣伝して、実際は修行という名の、職業研修みたいなもの。イタコ風になるように練習するの。で、イタコ、のような存在になる」

 職業研修、とつぶやいたのは恒彦だ。

「うん、そ。職業研修。口寄せ、降霊術だけがイタコの役割じゃないの。さっきもてっちゃんに言ったけど、身の上相談や人間関係の仲裁なんかもするんだよ、イタコは。まさに何でも屋、カウンセラー。霊媒師と言われる人に悩みを相談してさ、死者の声をよく聞けーってお告げをもらえば、普通の他人に相談するよりは気分的にも楽になるんじゃない?悩みを解決するというよりは、まあ、死者の口を借りてうまくやりなさいよ的なアドバイスをする、っていう仕事。それもイタコの一部」


 そこまで言って、唯奈はにこっと続けた。

「と、されているけど、詳しくはわからないの、あたしは。お母さんに聞いただけなんだよね」


「……」


「む、昔はさ」

 恒彦と、そして唯奈へ向けて哲也は両手を広げた。


「む、昔は、視力の弱い方、盲目の方は、例えば男性で琵琶の弾き語りを生業としたいわゆる琵琶法師とか、女性では三味線を弾いて旅するゴゼなどもいたそうだけど。……イタコも、そんな盲目の女性を救済する職業としての意味もあるそうなんだ」


 だから、と哲也は真剣につなげる。

「だから、正統なイタコも、偽物と言われるイタコも、ハンデを背負った女性たちが生きてゆくための手段と考えてもいい、と、お、オレは思うよ。口寄せで悩む相談者を救うために、盲目の方々が集って修行する……イタコは、厳しくも大変な仕事だよね」


「……あたしの、おばあちゃんも目が見えなかったよ」

 ふと唯奈が言う。


 一瞬落ちた沈黙を破ったのは、今までずっと声を出していなかった功成だった。


「……最後のイタコというのは、」

「あ、功成くん。聞いてたの?」


 横を向くと、切れ長の黒目とぶつかる。


 うーん、やっぱり顔がいい。

 あたしの隣に立って、一番お似合いなのはやっぱ功成くんかなあ。見た目だけは。


「最後の、イタコということは。君の」


「ゆいな」


「……ゆ、いな、の、お祖母さんが最後の正当なイタコの血筋ってこと?ではその直系である、君の母親と……君は?」


「お母さん?あたし?見りゃわかるじゃん、修行どころかおばあちゃんのことすら知らなかったの!イタコなんてなれるわけないし」


 唯奈は明るく笑う。

 そして功成のきらめく目を見返した。


「てっちゃんには言ったんだけど、あたしのお母さんは、生まれた直後におばあちゃんから離されたの。そこからおばあちゃんと交流はなかったの。母親から、赤ん坊が離されたんだよ?……自分の母親と過ごしたことのない赤ん坊は、父親とその身内に育てられたの。でも、成長して、その育てられた父親側の実家を捨てて土地を出てから、その家とも土地とも一切の関係を絶ってるんだよ?赤ん坊、お母さん。だからあたしも何も知らない。お母さんもあたしも、血筋がどうであれ関係ない。正統な巫女がどうとかイタコがどうとか、あたしとお母さんの人生にはちっとも関係ないから」


「ゆいな」


「病院のベッドで寝てるのを見たのが初めてなの、おばあちゃんとは。お母さんだってそう、無関係よ。お母さんは生まれ育った土地から出て強くたくましく生きてお父さんに出会ってあたしが生まれてさ、ようやく幸せに、ここまで、なーんにも関係なく、そこでそうやってあたし、あたしはだからあたしは」


「ゆいな」


 びくっと肩が揺れる。

 喉が渇いていることに気づいて、同時に、全然笑っていなかったことに気づいた。

 唯奈は、明るく笑っているつもりで、ただ笑みを貼り付けていただけだった。






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