147.空蝉4 あなたに夢中
再びテーブルが混沌に陥ろうとした時、新たな声がかかった。
「また女性問題ですか。いつも大変ですね」
見ると、背の高い制服姿の男の子。
鈴子の後ろから覗き込んでいる頭が、黒髪の揺れに合わせてこちらを向く。
ぱちっと目が合う。
「……」
切れ長の黒目がきらめいて、不意に瞬きをした。
え、やだうそ。
カッコイイ。
すっと伸びた鼻筋。締まった頬。柔らかそうな黒髪に、手入れされた制服の着こなしと品のよい立ち姿。
なにより、穏やかな、心底穏やかで優しそうな表情。
「……こちらは、」
その白い額から目が離せない唯奈を、同じく目が離せないらしい男の子が、こっちをじっと見つめながら鈴子に尋ねようとする。
「あのね、功成くん、彼女は」
と、哲也が腰を浮かした。
「こ、功成くん!よかった来てくれて!」
「え、なんでそんなに助かったみたいな顔?僕助けませんよ?」
呆れたように言って、功成は唯奈から目を逸らした。
「……」
ほっとなぜか息を吐く。
やだ……胸がどきどき苦しい……
「これが初恋……」
「……」
「……」
思わず漏れた独り言。でも全員がこちらを見ているのに気づいて、慌ててにっこり笑う。
「初めまして、あたし唯奈。ねえ功成くん?功成って呼んでいい?それとも短くしてコウって呼」
「それはダメ」
「……じゃ、じゃあ、功成ね!よろしくねえ。ねえ功成、功成も一緒にお話ししよ!」
「……まあ、いいですけど」
「タメくらいでしょ?じゃあ敬語やめてよ!ね?」
とびきりの笑顔で席を立つ。
唯奈の勢いに呆然としている鈴子を押しのけて、制服の袖にぶら下がる。
そのままぎゅっと胸を押し付けると、瘦せているのに筋肉のありそうな腕がカチッと固まった。
いける!
この恋逃してなるものか!
「なに飲む?アイスティー美味しいよ、あたしのを試しに飲んでみる?同じストロー使ってもあたし全然気にならないタイプだし!」
しかもてっちゃん、恒彦さんもそれぞれタイプの違うなかなかのオトコ。
三人に囲まれて……なんか、これ、あたしお姫様じゃん!
「ね、早く座って。四人で楽しくおしゃべりしよう!あ、鈴子ちゃんばいばーい」
「……」
黙り込む鈴子を横目に功成の腕を引っ張る。こういうのは勢い!
ぐいぐいとソファに押し込もうとしたら、慌てて哲也が立ち上がって向かいに移った。
さすがてっちゃん!てっちゃんのことももちろん好きよ!
「みんなでデザート頼んで分け合いっこしよっか!」
「俺コーヒー」
「えー恒彦さん、クールなんだからあ」
「え、先輩のおごりですか?」
「ざけんなよ。お前が払えやボンボン」
「わっ功成お金持ち?ますますいいじゃーん!素敵!」
「また給料初日に競馬ですか」
「鉄板のはずだったんだよ」
「つ、恒彦くん、ぎゃ、ギャンブルはいわゆる確率論であると同時にね、快楽物質が脳を麻痺させて」
「てっちゃん物知り!かっこいい」
「そして、お、オレ給料日前」
「じゃあやっぱり功成だな。じゃんじゃん頼もうぜ」
「残念ながら僕の財布はひとりのため以外は開きませんね」
恒彦が肩肘をついた。
「……お前マジでその穏やかな顔やめろや、腹立つわ」
「お、穏やかになって……ほ、本当に……」
「な。あのギスギス尖ってたこいつはどこ行ったんだ」
「ね、ね。お、オレもそう思う、ひ、人ってこんなに顔変わるんだっていう」
「ふたりともその親せきのおじさんみたいな目線やめてもらえます?」
「さ!みんななに頼むー?あれ鈴子ちゃんまだいたの?」
「……」
一瞬の沈黙のあと、まとめるように太い声が上がった。
「……まあ、四人席だしな。鈴子ひとりで帰れるか?」
恒彦の言葉に鈴子が顔を上げる。
「……」
無表情の鈴子は、ゆっくりテーブルを睥睨した。
ひとりひとりじっと見る。
「……帰れます」
「おうそうか。気をつけろよ」
「はい。ヒコ先輩、ギャンブル禁止令はいつ解禁に?」
「……は」
「この前病院の師長さんにヒコ先輩のこと聞かれたので、きちんと伝えておきますね」
「……」
途端に沈黙した恒彦を冷たく見下ろす。
代わりに哲也が身を乗り出した。
「あ、す、鈴子ちゃん、危ないからおうちの方に電話を」
「大丈夫です」
「で、でも」
「大丈夫です。今度ゆっくり話しましょうね哲也さん」
「え、あ、は、はい。はい?」
「じっくり、ゆっくり話しましょう。ね?」
「……はい」
意味なくふるっと震えた哲也に代わり、最後に功成が優し気に声をかけた。
「まあまあ、鈴子さん。哲也さんもわざとじゃないし、理由があってこんな」
「功成くん」
「ね、鈴子さん。大目に見てあげたら」
「功成くん」
氷より冷たい声で鈴子が遮る。
「……え、なにもう。鈴子ちゃんたら、やきもち?」
あまりに急降下する周囲の気温に、なぜか唯奈まで寒くなる。あえて明るく笑って言って、すがるように握ったままの功成の腕に巻きついた。
そしてまたぎゅっと胸を押し付ける。
「……」
「あ、胸がどうしてもくっついちゃうの、自然に!胸の大きさは仕方ないよね!鈴子ちゃんも諦めずに胸を大きくする体操してみたら?ぺちゃんこでもほんの少しは出て、」
「功成くん」
唯奈には答えずに功成を見たまま、鈴子は無表情に呟いた。
「穏やかな顔で、毎日幸せそうだね。よかったよかった」
そして眉も動かさずに言い放った。
「沙貴さんに言いつけてやる」
「ちょ、まっ!」
大きな音を立てて功成が立ち上がろうとして、ぶら下がる唯奈のせいで座ったままつんのめる。グラスが倒れて水が跳ねた。
「ちょ、鈴子さん!待って、鈴子さんっ」
「やだースカート濡れちゃったあ」
「鈴子さんっ!」
「わ、わあ!テーブル壊れる功成くんっ」
「おいやめろお前こっちまで水が!」
そんな喧噪を吹雪くような視線で一瞥した後、鈴子はさっさと店を出て行った。




