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146.空蝉3 あなたに夢中



「す、鈴子ちゃん、今日は、来れない、来たくないって」


「用事ができたので。これです。はい、頼まれていた情報です」

 紙切れを渡された哲也がどもる。


「え、あ、ありがと。え、ちょ、え、鈴子ちゃんなんか、怒ってる?」


「いいえ」


「え、すごく怒ってる、よね?」


「いいえ」



 ロボットのようにいいえを繰り返す制服の子に、必死に話しかける哲也。


「……なにこれ」

 なにこの状況。この子だれ。


 むっとして唯奈はじろじろと鈴子を観察した。

 切り揃えられた黒髪、膝下の長さのスカート、地味で冴えない女の子。

 え、あたしの方が断然上じゃん。


「ね、てっちゃん。今カノ?じゃないよね、まさか元カノとか?」


「……てっちゃん?」

 凍えたような声音で聞き返して、鈴子がこちらにゆっくりと振り向いた。


「うふ」

 迎え撃つ唯奈はわずかに胸を張る。どう、ひとめで自分が負けだとわかるでしょ。

 かわいいもん、あたし。


「……」

 が、悔しさに歯ぎしりするかと思っていた鈴子は、ぱちぱちと何度も瞬きをした。そしてきゅっと口を結ぶ。


「こんばんはあ」

「……こんばんは」

 あ、もう自分が完全にあたしにはかなわないってわかっちゃったかな。

 優越感をにじませて笑いかけると、鈴子は固い声で挨拶をした後、真顔で会釈した。


「鈴子ちゃんっていうの?あたしと同じ年くらい?」

「……はあ」

「てっちゃんとは仲良くさせてもらってるの、よろしくね。え、やだ。怖いからにらまないで。コワイよお、てっちゃん」

 向かいの哲也の腕をそっと触る。

 またびくっと仰け反った彼は、慌てたように眼鏡を押さえた。

「ゆ、ゆいな、鈴子ちゃんは人を、に、にらんだりしないから」


「……ゆいな?」


 鈴子に思いっきりにらまれて、哲也はひっと息を飲んだ。


「あ、に、にらんでる……ゆ、ゆいな、って呼ぶように、言われて、ゆいな、さんに。え、え、なんで怒るの」

「怒ってないです」


 嫉妬はみにくいよね、ほんと。

 仕方ないじゃん、顔面も体も全部あたしのが上だし。


 唯奈は哲也をかばおうとして立ち上がる。と、その背中に別の声がかかった。


「おいなんだ、めちゃ面白いことになってんな」


 振り返るとガタイのいい男。

 短髪の耳の下にピアスが光っていて、口の片側を歪めて笑っている。

 筋肉質で全体的にいかつい。


「……」

 ちょっとコワイ。無意識に固まる体を無理に動かして、唯奈はそっと哲也に寄った。


「てっちゃん」


「……あ、ああ。つ、恒彦くん。恒彦くんは見た目は怖いけど優しい人だよ。ゆいな、大丈夫」


「てっちゃん優しい。あたしを守ってくれるのね」

 そのままさりげなく哲也の隣の席に座り直した。肩をぎりぎりまで寄せて腰をくっつける。



 バキッと音がして顔を上げると、鈴子が伝票立てを握り込んでいた。



「おいおい哲也、お前が脅えてどうすんだ」

「え、え、わかんないけど、なんか、あ、圧が怖くて」

「モテる男は辛いなあ?」

「も、モテ?え?」

 鈴子とその手の中の伝票立てを交互にちらちら見る哲也に、恒彦はにやにやする。そして、さっきまで唯奈が座っていた場所にどかりと腰を下ろした。


 唯奈と哲也、二人に向き合ってにかっと笑う。


「俺は恒彦、そこの陰キャの知り合いだ。ほんとは今日来る予定はなかったんだがな。鈴子が用事で寄ってくって言うからなんか面白いことになりそうだと思って……いやマジで予想通りだな!」


 テーブルをばんばん叩いて大口で笑う恒彦に、唯奈は少しほっとした。話すとそんなに怖くなさそう。


「あたし唯奈。ゆいなって呼んで、おにーさん」


「名前でいいぜ、ゆいな」


 うふふ。ごつい男は好みじゃなかったけど、この人はいい感じ。


「おい、鈴子も座れ。じっくり話し合おうぜ、このシュラバを」


「……ヒコ先輩、楽しそうですね。でももう用事済んだし帰りますね。帰り際に、店員さんにこれの弁償を伝えます。いつもいつもお騒がせしてすみませんって伝えます」

 ヒビの入る伝票立てを握ったまま、鈴子が棒読みで恒彦に応える。合間合間に哲也が、

「あ、あの鈴子ちゃん」

「鈴子ちゃん、あの」

 と必死に話しかけているが、鈴子は目線すらこちらに寄こさなかった。


 からかいたい気分がむくむくと湧き上がっちゃう。だってだって!同じくらいの年齢の女の子で、てっちゃんや恒彦さんと知り合いで、このお店のことだってよく知っているみたいだもん。ずるくない?そんなの。

 あたしのがかわいいのに。


「あー、鈴子ちゃん帰っちゃうのお?少しお話ししていこうよ」

 優しく話しかけると、ふいっとこちらを向く。その生真面目な表情に笑いかけた。


「そんなに怒らなくてもいいじゃん。てっちゃんとはちょっとだけ、特別な内緒話してただけだってば」


「……いえ、帰ります」


「えーそうなんだ。でも気後れしちゃう気持ちもわかる、仕方ないね。ひとりで帰るの大丈夫?あ、鈴子ちゃんはひとりで大丈夫そうだね。あたしは無理かなー。てっちゃんにスイーツおごってもらってから帰ろっかな」


「……」


「じゃあ気を付けて帰ってね。てっちゃんのことは心配しないでねえ、あたしが面倒見ておくね!」


「……」

 無表情を装っていても、鈴子の眉はひくひくと震えている。おかしくておかしくて、唯奈は隠しきれずに声を出して笑ってしまった。


「おら、頑張れや鈴子。やられっぱなしじゃねえか、そろそろ言い返せ」


「うう……っ」

 ずっとにやついている恒彦が、鈴子を鼓舞する。が、鈴子は立ったまま、テーブルに両手をついた。


「っこういうのに慣れてないから無理……っ!せめて、せめてちづるさんがいてくれればこの劣勢をなんとか……」


「あの女は面白いと見るやすぐに裏切って敵に寝返るタイプだぞ」


「……否定できませんっ」


「す、鈴子ちゃん、どうしたの、ど、どうしてそんなに悔しそうに」


「罪な奴だなお前は。血で血を洗う争いが目の前で繰り広げられてんのに」


「え、血?何が血?」


「哲也さんは少し黙ってくださいっ」


「あ、鈴子ちゃんがようやくオレのこと見てくれた」


「くっ……どうしても憎めないっ……」


「お前はほんと罪な男だよ」


 せっかく楽しかったのに、なんか急につまらなくなってきた。三人が慣れた感じで話してるその光景に腹が立ってくる。

 唯奈はわざとらしくぷっと頬を膨らませた。


「もお、てっちゃんも恒彦さんもー。てっちゃん、唯奈とお話したいんじゃないのお?話さないなら帰るよ?」


「あ、ご、ごめ、ゆいな」


「……だからゆいなってなに」


「え、あ、あの」


「よし鈴子、ここから仕切り直しだ。いけ」


 再びテーブルが混沌に陥ろうとした時、新たな声がかかった。



「また女性問題ですか。いつも大変ですね」







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