145.空蝉2 あなたに夢中
自分は何も知らない、祖母がいることすら最近知ったと告げたら「やはり隠されていたのか」とわけわからないことを呟いていた。そしてもう入院してずっと寝たきりだと言ったら、「そうか、もう終わりの近い衰弱状態か。偽物でも本物でも、これ以上は無駄だな」と冷たく吐き捨てた。
そのまま低い声で「いや老婆か。じゃあ偽物だな。次代じゃない。くそ、ハズレばかりだな」とぶつぶつ独り言ちで、ブツッと途切れた。
そうして、電話は終わった。
「むかっとしてかけ直してやろうかと思ったけど、非通知だし。いきなりなんなのって腹立ってたら、入れ違いみたいにまた電話。それがてっちゃんからだったの」
「い、いきなり怒鳴られてびっくりしたよ」
「ふふふ、またあのわけわかんない謎の男からだと思って。てっちゃんはちゃんと電話番号通知してたのにね。カッとなって、一体なんなのよ!って出だしで怒鳴っちゃった。あの時はごめんね」
「いや、当然だよね。お、怒るのも無理ない」
真顔で頷く哲也は、誠実でどこか面白い。
「そ、それからは、電話はないの?その、謎の男からは」
「うん、ないね。……突然存在の判明したおばあちゃん、そして気味の悪い謎の男!謎の男の跡を追うように、とある男が現れて美少女に迫る……!ってカンジ?」
悪戯めいて笑って、そして唯奈は哲也の方へ乗り出した。
「ね。てっちゃんは、あの謎の男を知ってるの?なんで謎の男もてっちゃんも、おばあちゃんのこと知りたがるの?イタコだったことと関係あるとか?もしかして、なんかすっごい秘密があって、ばれたら命狙われる系の壮大なサスペンス?てっちゃんは実は政府御用達の暗殺者とか要人警護のなんちゃらとか!?」
ふざけ半分で迫ると、思った通りに哲也は吹き出した。
「お、オレが、警護とか暗殺とかできると思う?」
「ぜんぜん!まったく!」
顔を突き合わせて笑う。
そのままご機嫌にアイスティーをかき混ぜる唯奈に、哲也は軽い声音で続けた。
「謎の男は、本当によく知らないんだ。た、ただ、目的は違うのに方向性が同じというか、なんというか。謎の男が行く先が、オレの探し物とかぶっちゃうんだ」
「へえ?」
わからないなりに相槌を打つ。
「じゃあてっちゃんの探し物っていうのはなんなの。イタコを探しているの?」
「うーん、イタコ限定じゃなくて。そ、そういう経験をしたことがあるとか、不可思議で説明のつかない現象を見聞きしたことがあるとか……そういう人をね、ちょっと探しているんだ」
「変わったヒトを探してるってこと?」
「ちょっと違うかな。変わった人、じゃなくて、そういう人たちが持っている、変わった能力。能力を探しているんだ」
能力を探している?
「……変なの。探してるてっちゃん本人が、もう変だね」
「そ、そうかな」
照れたように頭をかく。やっぱり面白い人。
「じゃあ、その目的だけ見ると、うちはハズレだったね。おばあちゃんはイタコだったけど、ごく普通に職業として?やってたみたいだよ?」
お母さんから聞いた少ない情報しかないため、どうしても語尾が上がっちゃう。
「しょ、職業」
「うん。イタコってそもそもがよくわかんないけど……悩み事を相談しにきたお客さんに対応する、カウンセラーみたいだって。お母さんが」
そしてそのお母さんも、実のところおばあちゃんに関する思い出や情報はかなり少ない。
「おばあちゃん、娘を……お母さんを産んですぐに離れて暮らしてたんだって。お母さんは、父親側の実家で育てられて、大人になって家も故郷も出てそのまま。あたしのお父さんと結婚してあたしを産んで、その最初から今までずーっとおばあちゃんのこと話したこともなかったんだよ。たぶん、おばあちゃんとの思い出もほとんどないんじゃないかなあ。……ちなみにあたし、お母さんの育った「父親側の実家」というのもあんまり知らないんだ。お母さん、自分が育ててもらった家と仲悪いみたい」
唯奈は、母親の実母、つまり「イタコのおばあちゃん」を最近知った。
が、母親の実父、つまり祖父のいる「お母さんが育った家」はもともと知っている。知ってはいるが、距離も遠く付き合いは皆無だ。お母さんが避けているから、唯奈が無理して付き合う必要はない。
「だからさ、あたし、母方の親せきって本当に誰もいなかったの。この年になるまで。祖父母も従姉妹も全部父方のみ。なのに、いきなり母方のおばあちゃんがぽんと出てきちゃってもうびっくり」
肩をすくめて見せる。
それをじっと眺めていた哲也が、おもむろに唯奈に笑いかけた。
「で、では、ゆいな、は、おばあちゃんのことを……どう思ってるの?」
「どうって」
うーんと考えてみるが、正直何も浮かばない。
「……特に何も。一度だけ、病室で眠るおばあちゃんを見ただけだし。手首や足首に黒い痣があるほかは、普通の……うん、言葉はちょっと悪いけど。もうすぐお迎えが来そうな、しわくちゃの老人」
シングルベットなのに大きいな、と思って、いや違う、寝ている人間がやたら小さいんだなと思っただけだ。
とても小さな、しわしわの老婆だった。
痣や感染症の検査があるため、一時個室に入っていた。
すごく殺風景な部屋だなと眺め回して、個人の荷物がほとんどないのに気づいた。お見舞いの花も食べ物も何もなかった。
それだけだ。
「……そうか」
「うん。そう」
「……その病院は、北の××の、あの街?」
「え、あ、うんそう。よく知ってるね、あたし話したっけ?新幹線で行くとこね。北の」
「イタコは、その地方、北のその周辺地域に多かったらしいよ」
「へえ。てっちゃんてよくよく話すと結構賢いよね」
「じ、実は義務教育もほとんど受けてないんだ」
「ええ!まさかあ」
あははと哲也の冗談を笑い飛ばす。
一緒に小さく笑って、そして哲也はにっこりと無邪気な笑顔を向けてきた。
「き、君と会った一回目は、電話で話した後、すぐだったね。ずいぶんきょろきょろしながらオレの方へ歩いて来て」
「ふふ、そうそう。地理がよくわかんなくて。それでそのままてっちゃんにこの店に連れてこられたんだけど、ここまで来る道中、ちょっと怖かったもん」
「え、な、なんで」
「あの時も夜だったじゃん。夜で、知らない男と知らない夜道を歩いて。悪い男に悪いことされちゃったらどうしようって内心びくびく」
「え、ええ?それにしてはにこにこ楽しそうだったけど」
「そりゃあね!びくびくとわくわくはほぼ同じだもん!」
唯奈の奔放で明るい言い様に魅了されたように、哲也はまたも吹き出した。
「に、二回目もにこにこしてたよね。というか、自分からさっさとこの店に向かって歩いてた」
「えへ。だってこの店気に入っちゃって!あと、てっちゃんは怖い人じゃないってのもわかったし、おごってくれるアイスティーがとても美味しいこともわかったし!」
抑えようとしても声が弾んでしまって、おしゃれな店内に響かないよう口を覆う。哲也は仕方なさそうにメニューを広げて、「で、デザートも一個だけなら」と笑った。
やだ、ほんとにいいかも、この人。それにあたしにすっかりハマってない?
「じゃあ、えーと、チーズケーキにしよっかな。太っちゃうかな。てっちゃんはあたしが丸くなっても平気?今よりもっと胸も大きくなるからちょっとくらいいっか」
「……へ?え、な、なに、が」
「やだあ、てっちゃん!話題に出たからって胸見すぎぃ!」
「い、いやいやいや、あ、違う、そうじゃなくて、お、女の子が胸とか言わないほうが」
「きゃは、やあん。てっちゃんのエッチ。あとピュア」
「ちょ、なん、そ」
「なにしてるんですか」
ひゅっと温度が下がった気がした。
「……す、すすす、鈴子ちゃん……」
見ると、一気に寒くなったのは哲也だけらしい。
一瞬で青くなった哲也は、首だけゆっくりと曲げて横を見上げる。
唯奈と哲也が向かい合うテーブルを見下ろしていたのは、制服姿の女の子だった。




