28 『ψ』VS『反逆の乙女』
「ねえねえ、私、超能力者になったんだけど」
翌日の学校、スズメはさっそく友達に能力をばらした。これで鳥になれる。醜い私は白鳥に生まれ変わる。けれど友達は顔をしかめて言った。
「スズメ、そのキャラはさすがにやりすぎ」
――まさかの不思議ちゃん認定?
超能力者な証拠にと、ペンや消しゴムを念動力で動かすけれど、良くできた手品だと思われた。信じてもらおうと、より大きな物を動かせば動かすほど「キャラ演じるためにそこまで練習したんならもう逆に尊敬する」と言われてしまった。
――正体をばらすのはやめた方がいいかも。
このケースを踏まえて、スズメは「私は超能力者だ」などと言い残して鳥になった後のことを考えてみた。私はおそらく失踪扱いにされるのだろう。それはいい。だけど、そのむかし南西学園には「私は超能力者だ」と言い残して失踪した女子生徒がおりました、そんな天乃雀不思議ちゃん伝説が後世に語り継がれる事態は避けたい。立つ鳥はあとを濁したくない。
となれば動物になる方法はあと一つ。
わざと悪に敗れることだ。
――って言っても、誰に敗れたらいいんだろ。
『悪』は自分の定義でいい、と魔女は言っていた。
スズメは『悪』を考える。
醜い私自身が悪なのかもしれない。
だけど自分に敗れるってのもわけわかんない。
悪。悪。悪。
と、スズメに想い浮かぶのは一人の男子だった。
――あの微笑みは、悪魔の微笑みだ。
あの悪魔は笑顔でクラスの女子を虜にする。恋愛に興味なさそうな暴力女でさえ虜にするらしい。女子だけではない。男子でさえも彼に集まる。
誰にも笑顔を絶やさない彼は、自分と似ているのかもしれない、とスズメは思う。だから二人揃って学園祭実行委員にも選ばれてしまう。
――彼の笑顔の下には、私と同じ醜さが隠れているのかも。
スズメは始め、他の有象無象の男子と同じように、彼の好意も自分に向けさせたいと思っただけだった。誰からも愛されるあの笑顔を、『私への好意コレクション』に並べることができたなら、それは自慢の一品になるだろう。ガラスケースの中で一際大きく輝くに違いない。
『今度カラオケに行かないか』
『もし学校辞めることになってもさ。俺、スズメと会いたいんだ』
他の男子同様、並べることにはあっさり成功した。
だがスズメが気づいたのは、彼は自分と決定的に違うことだった。
彼は好意を集めるために、冴えない男子に媚びたりしない。
けれど誰もが認めたくないような事実――例えば見下していたはずの人間が自分よりも輝き出したとき――なんかでも、素直に認めてしまえる強さがある。
『長谷川スゲーよ。なあみんな、今のギター凄くねえ!』
私なんかと全然同じじゃなかった。
醜い私なんかと同じにして良いわけがなかった。
――私は変われるかもしれない。
スズメは思う。
ガラスケースにたくさんの宝石を並べて悪趣味に微笑む私ではなくて、私にしか価値がわからないような、そんな絵本のような宝物を一つだけ胸に抱いて微笑んでいられる私になりたい。
スズメがそんな宝物を見つけたのは始めてだった。
――彼の笑顔がもし悪魔の笑顔なのだとしたら、私はもう悪に敗れているのかもしれない。
「そんなに嫌われてて、どうして平気でいられるの?」
スズメの問いに当然答えは返らない。
昆虫の彼女はぴかぴか光ったまま、悲しげにスズメを見ているだけだった。
――こんなことなら誰が一番に助けに来るかなんて、試さなければ良かった。
スズメはその気になれば、ψの力でいつでも不良から逃げ出すことができた。
けれどその余裕が、スズメの実験心を煽った。
――愛を試したい。
これだけ愛されている私なら、誰かが助けに来るのは間違いない。問題は誰が一番に助けに来てくれるかだ。まあ無難なところで警察だろうな、とは思う。でも、もし一番に来てくれるのがあの人だったなら、私は彼の好意だけがあれば満足できる私に生まれ変われるだろう。そして、その可能性は決して低くないように思えて仕方がなかったのだ。
だが結果は残酷だった。
まさか警察さえも来ないとは思っていなかった。
警察も呼ばれないほど、私は心配されていないのか。
――私は、本当の意味では、誰にも好かれていなかったんだ。
その事実にスズメは絶望する。
私のことを本気で心配してくれる人なんて、誰もいなかったんだ。
私が集めたと思っていたたくさんの好意は、みんな上辺だけのものだったんだ。
「まあ、でも自業自得かもよね……」
――私だって上辺だけでみんなに好かれようとしていたんだから。
これは八方美人の罪だ。
いたずらに愛されようとした罪だ。
与えられた罰は「嫌われものに囲まれて最期を迎える」罰。
でももう、不良でも虫でもなんでもいい。
無気力試合の私をさっさと敗ってください。
私はもう鳥になるのだから。
――と、ぴかぴかの彼女が後ろを気にして振り向く。というか一八〇度向きを変える。
同時に、黒の軍団が一斉に色めき立った。
がらっ、と扉が開いて、その姿にスズメは息を呑んだ。
真っ黒なヒトガタが立っている。
ヒトガタを敵と認識した黒軍団が一斉に飛びかかる。ふらふら近づいてくるヒトガタに、びたびた闇が張り付いて、もりもり膨れあがっていく。
「いやああああああ!」
窓際の花瓶が宙を舞ったのは、スズメの念動力だった。
花瓶が顔面にヒットしたヒトガタが崩れ落ちる。
黒が花瓶を避けたせいで、ヒトガタの顔が覗いていた。
「!」
いくら暗くても、スズメにその顔がわからないはずがなかった。
スズメは慌てて、彼を助けに立ち上がる。
けれど立ち塞がるのはぴかぴかの彼女。
「なんだかあなたとは戦いたくない」とスズメ。
そうね、私もよ。と彼女が答えた気がする。でも私はもう引き下がれないの。私たちを見ても驚かないあなたに、もっと早く出会えていたらよかった。私たちと会話をしようと試みるようなあなたに出会えていたら、私の生き方はもっとマシなものになっていたのかもしれない。でももう遅いの。遅いのよ。私はもうあなたたちを恨まないわけにはいかないの。
彼女が羽ばたいて、びしりとスズメの額にぶつかった。
足下に落ちた彼女は、ひっくり返ってもがいている。
スズメは彼女の真上に足を振り上げる。闇たちの動きが止まった。息を呑んでいるようだった。やめてくれと懇願しているようでもあった。彼女も動くのをやめていた。覚悟を決めたようだった。いっそ踏んでしまうことで全てを終わらせてあげられるのなら、それはむしろ彼女にとって救いなのかもしれないとスズメには思えた。部屋中の全ての動きが止まり、時間も止まっていた。スズメの足が時間を動かす。スズメはゆっくりと足を下ろす。下ろした先に、けれど彼女はいない。踏めるはずなんてなかった。
――さっきの声は何だったんだろう。
空耳かな、とスズメは思う。だって私にテレパスの力はない。
「ψって言っても、ESPの力はないからね」と魔女は言っていた。
「ESPって何ですか?」
「この星の言葉だと『超感覚的知覚』っていうのかしら、例えばテレパシーとか、予知とか、透視とか。そっちはESPerの能力者が別にいるのよ」
「じゃあ私は何ができるんですか?」
「PKの方ね。念動力ってやつ?」
「それじゃ超能力者じゃなくて単なるサイキックなんじゃ」
「あらPKを応用すれば結構色々できるのよ。発火能力もPKの応用だし、他にも――」
スズメは足下でもがく彼女を踏まないように、気絶したヒトガタに駆け寄る。たかっていた闇を手で払うと、下から彼――清掃部晴人が姿を現した。晴人を右肩に担ぐと、闇たちがさざめき出す。逃がすものか。闇たちは部屋唯一ドアの前に、分厚い壁を築いてスズメの行く手を塞いだ。
――必ず脱出してみせる。
本物の好意を肩に抱いたスズメは、もう揺るがない。
――一つだけでもいい宝物を私はとうとう手に入れたんだ。
背後の窓を念動力で割ると、強風と豪雨が舞い込んでスズメの髪を濡らした。
――まだ人間でいよう。
スズメは窓枠に足をかける。
見下ろすと、二階の高さとはいえ地面はアスファルト。人を担いで飛び降りたりしたら、ただでは済まないように思えた。
――でも、今なら飛べる。
スズメは自分に対して念動力をかける。念動力は手を触れずに物を動かす能力だ。それを花瓶に使えば花瓶を飛ばせる。それを自分自身に使えば――
スズメは窓枠を蹴り、空に身を投げ出す。
「私はもう鳥になる必要ないんだ!」
念動力でふよふよと浮くスズメに鳥の翼はいらない。
スズメが空を飛んだ。




