Ⅶ
ようこそ、不思議で不可思議な物語へ。
そいつは突然やって来た。
なんの予期も出来ないようなタイミングで、まるで約束していたかの如く僕に軽い挨拶をかけて。
そして僕らが座る目の前の椅子にそいつは傘を仕舞いながら座った。
「いやあ、浮気は関心しないな。こんな所で、何を?」
青年は僕に気軽に声をかける。僕は顔をしかめながら鈍い声で返事した。
「お前こそだセリヤ」
僕の言葉にセリヤは不思議そうに言葉を続けた。
「なあに、俺はお前との約束を守りに来ただけさ」
セリヤは小さく笑って僕の横にちょこんと座る少女に頭を下げた。
「ども、俺の名はセリヤ。以後、御見知りおきを」
「私はオリガ・レモネード。セリヤさん、私こそ御見知りおきを」
オリガが丁寧に返事するのを見て僕は気に食わないようにオリガに言った。
「こいつの名は覚える必要もきっとないよ、オリガ。ただのモブさ」
「おやおやマフィン。それはひどいんじゃないかな」
セリヤは笑ってそう言った。すると力を増し降り続ける豪雨の中すぐに真っ白のドレスを着た少女が僕らの元に傘をさして歩いてきた。
「ごきげんよう、マフィン」
その少女はエクレアだった。
「ああ、煙たし。エクレアと呼んだ方がいいかな?」
「ええ、そうしてもらいたいわ。ところで、デート中にセリヤが申し訳ないわね」
セリヤは笑って首を振った。
「君も邪魔してるじゃないか」
「何を言っているのよ、セリヤが興奮して行こうと言ったのでしょう」
「あの、誤解なさっていますが」
オリガがようやく口を挟んだ。
「私は決して付き合っておりませんよ?雨宿りをしていただけなのです」
「そうだ、セリヤ。誤解し過ぎだな」
エクレアはポカンとした後我に返って言った。
「ま、まあ、そうだったのね。私は分かってたけどね」
「嘘つくなよ。ところでマフィン、あの時の話は盗聴させてもらったぞ」
僕は半笑いで言った。
「悪趣味だなセリヤ。それでどうかしたか?」
「率直な話、俺達とそろそろ手を組まないか?」
セリヤの必死な問い掛けに僕は迷う事なく首を横に振った。
「確かに使えない駒じゃない。それどころか戦争には大歓迎したいところだ。でも、君に手を借りることは出来ない」
セリヤが舌打ちすると同時にエクレアが悲痛そうに叫ぶ。
「何でよ。私達は限られし怪物の仲間なのに」
「僕は怪物全員を仲間だとは決して思わない。君達との記憶は殆ど思い出したさ。マカロンの来場から逃げるため、セリヤと怪物になったことも」
「そこまでもう思い出していたのか」
セリヤが不思議そうに聞き返し、僕は今度は首を縦に振った。
「だからこそ、僕は君達と協力することは出来ない。確かに君達と協力さえすれば終焉まで一気に近づけるかもしれない。でも、違うんだ。僕は終焉にたどり着きたいんじゃない」
僕は聞き入る二人に言葉を続けた。
「僕は自分の記憶さえ蘇ればなんでもいい。そう、この物語の終焉へ辿り着かなくとも。ただ、僕の記憶を思い出す媒体がこの物語の終焉に近いから僕はフィナーレに手を伸ばすだけさ」
セリヤはなんの嫌みも無いような表情で手を叩いた。
「お見事。だから本気で終焉を目指す俺達とは手を組めないということだな」
「そうだ。君だってこんな僕について来たいとは思わないだろう?」
「いや、思うね」
セリヤは大袈裟に笑ってこう言った。
「正直な所、俺達だって終焉にたどり着くのが目標じゃあ無いのさ。確かに終焉を眺めてみたいのは山々だが、それよりも俺達が求めるのは人類が絶滅し、怪物や化け物のみが過ごす世界だ。そこで俺は王冠を被ったキングとなり、エクレアはティアラを頭の上に乗せたクイーンとなる。今の世界では夢のまた夢なのかもしれないが、いつか必ずその夢を叶えるのさ。これは俺の希望でもあり、そして全てを捨ててかつて孤独の闇に埋まっていた俺自身を救ってくれたエクレアへの恩返しなんだ」
「…」
「さあ、どうする?お前の選択は二つだ。このままぐずぐずとお前の目的地まで早くより確実に近づける素材を前に仲間にするのを拒むか、とっとと俺達を仲間に入れて目標に向かって走るか」
「本当に嫌なやつだな、お前は」
セリヤは僕の言葉に口元で笑った。
「その言葉は言われすぎて耳にタコが出来そうだぜ」
セリヤは頭を掻いた。そこでオリガは一言呟いた。
「あの。みなさんは、何の話をしているのですか」
僕がオリガがいることにようやく気づき狼狽える中、セリヤはなんの躊躇いも見せずに言って除けた。
「僕らはみんな怪物という物体だ。君も知ってるだろう?知らなくとも、この世界にすむならば一度はその言葉を噂で聞いた事があるはずだ。俺達は平穏な怪物だから今日のことは忘れて、君は帰るといい。そして永遠に心の外へ除外するんだ。それで許してやる、殺しはしないさ」
「怪物…ですか」
オリガは怯えるように言った。まあ、無理も無いだろう。怪物と聞いて+の印象を持つ人なんていないだろう。サヤとかは特別なのだ。
「マフィンも、怪物なのですか」
僕は頷いてこう言った。
「そうだ、僕も醜い怪物に過ぎないよ」
「嫌です、そんなの嫌です」
オリガは一生懸命に首を横に振る。そんな彼女を見ていると僕はすごく心が痛んだ。
この体験は、何度だってある。
それでも今日はいつにも増して辛く感じた。
彼女は目に半分涙を溜めながら僕に言った。
「確か、怪物は人々を殺しつづける兵器でしたよね」
そこでセリヤは体を前に倒して返事した。
「そうだ、俺達もその一員なんだよ。怪物の血を引いた、燃えないゴミだ」
オリガは下を向いて、小さく呟いた。常人なら聞こえないだろう。怪物のため聴覚が発達していたので何とか聞き取ることが出来た。
「怪物は、こんなにも素敵な方もいたんですね」
「?」
セリヤが首を傾けた。
「セリヤさんも、マフィンも自分が怪物であるという事実を隠している様には見えませんから。それとも単におバカさんなのでしょうか」
オリガはそう言って一人で笑った。
「二人とも、現実を逃避しない素敵な方だと思います。私には貴方方が怪物という噂の通りに見えないのです。きっと、その噂は間違っていたんでしょうね」
「時に掛けられるんだ、そんな優しい言葉を」
セリヤは顔を手の平で隠しながらこう言う。それでも彼の瞳は鋭かった。
「でも僕にそのような言葉を掛けて来て僕を最後まで見守ってくれたのはエクレアだけだった。100人以上が僕を哀れんだにもかかわらず僕を見捨てたんだ」
「人類は、きっとそういうものなんだと思いますよ」
オリガはセリヤに笑ってこう言った。雨は勢いを和らげてきて、ぽつぽつと音を立てる程度になった。
「人類は身勝手なのです。それは私達にも言えますし、勿論怪物達にも言えるでしょう。ですが、身勝手だからこそこの世界はあるのでは無いでしょうか」
「…オリガ、君は一体誰なんだ?」
セリヤがそう聞くと、オリガは首を傾げた。
「それが分からないのです。暗い世界にいて、誰かと話した覚えはあるのですが気づけばここにいたんです。約一ヶ月前から、この世界にいるんです」
「異世界転移はこの世界では珍しいことではないよ。でも君はなんだか凄く落ち着いているように俺には見える」
「それも前世の何かでしょうか。しかし私は前世について何も覚えていないんです」
「かつての僕と同じなんだ」
僕は隣に座るオリガを見つめながらこう言った。オリガは頷く。
「雨が止めば、喫茶店にでも行きませんか?私の奢りで構いませんから」
エクレアの言葉に僕は同意した。
「こんな所でいつまでも離している事もないしね。でもマカロンの世界には安々と行くことは出来ないんだ」
「見たぜ?指名手配なんだったな」
セリヤは堪えきれないというように笑った。僕は彼を睨む。
「それにしても、結解も張られていない場所でリミットを切ったら世間がどう感じるかぐらいわかるだろ」
「仕方なかったんだよ、そうしないと僕はきっと今ここにはいない」
「だけど、これからは止めるんだな。そしてきっとそろそろこの場所もばれるぞ」
「そんなのは分かってる。だからシャースはほって置いて少しでも早く戦争を始めようと思うんだ」
セリヤは頭を抱えた。
「向こうには一応対巨人銃があるから怪物の力を下手に使っても勝ち目は無いからな。それは分かってるんだろうな」
「大丈夫だ。こちらには美空とエスプレッソがいる」
「エスプレッソちゃんか。一度剣をぶつけたことはあるけど、力はやはり強いとはいえ常人の範囲だぞ。それともう一人は噂の災厄の少女ちゃんかな」
「そうだが、美空と呼んであげてくれないか。いつまでも災厄の少女と呼び続けるのは誘拐の被害にあった少女にいつまでも被害者と呼び続けているようで可哀相じゃないか。そして、僕から聞いても非常に不愉快だ」
セリヤは怯えたように言った。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。少し確認しただけだろう」
「まあ、そうだけどね」
「でも美空ちゃんはかなりの力の持ち主じゃない。それに怪物の純血を継ぐものでしょう。セリヤよりも余程強いのでは?」
「そうだね、リミットを外されたら僕なんか握握されて殺されちゃうよ。まあそれはマフィンに関しても言えることだけどね」
「皆さんは、お忙しいのですね」
オリガがなぜか嬉しそうに言った。僕らは深々と頷く。そこで思い出したようにセリヤが言った。
「君も来るかい」
「え?」
「君も、この残酷な物語の登場人物になりたくないかい?まあ、安心すればいい。君を前線に出すなんて事はしないからさ」
僕はセリヤの言葉に鼻で笑った。
「あのな、セリヤ。この世界に僕らに好き好んでついて来るやつがどこにいるって…」
「よければ、私を連れてって頂けませんか」
僕は目を見開いて必死にセリヤに訴えるオリガを馬鹿にするように笑った。
「お、おいオリガ。本気で言ってるのか?」
「はい」
「常に死と向かい合いながら生きるような世界だぞ?それ程までに早死にがしたいか?」
「いえ、早死にはしたくないですが…。私は過去が知りたいんです。この靄で隠されたような過去を、しっかりとその目に焼き付けたい。そして大切な人に謝りたいんです」
「謝りたい?」
セリヤが興味津々というように体を倒して耳を傾けていた。本当に悪趣味のやつだ。
「はい、でもどうして謝らなければいけないかや、誰に謝らなければいけないかを分からないんですがね。でも大切な人に私は謝らなければならないんです」
「それは大変だね、相手も分からない前世の人を捜し求めるなんて、しんどい作業だよ。俺達だってかつてマフィンを探すために雨の中雪の中捜し回ったよ。その上ようやく見つけた時には僕は歓迎さえもされなかった」
セリヤは僕を見ながら言った。
「まあ煙たしを送り込んでいて正解だったけどね。つまりオリガもそれと同じくらい頑張らないといけないんだね」
「私は諦めませんよ。その為に、付いて行きたいんです。なんだか、皆さんといれば思い出せそうなのです。駄目ですか?マフィン」
「君が危険を帯びることがなんだか嫌なんだ。いくら前線で戦わないとはいえ、危険なのには代わりは無いだろう」
「それくらいの危険は承知の上です。大丈夫ですよ、きっと」
「なら、決まりだね。俺達について来るといい。二度と忘れられないような現実を見せてやる」
セリヤがそう言うと、オリガは小さく笑って頷いた。
「という訳で、俺達の仲間入りは認めてくれるということだよな、キング」
「仕方ないけど許すことにするよ。セリヤ、エクレア、オリガ。これからの皆の働きに期待する」
僕がそう言うと、三人は顔を合わせて笑った。オリガはともかく、エクレアや特にセリヤは一層役に立つと思う。僕らの未来がなんだか近くなったように感じて僕は嬉しくなった。
「期待されちゃあ仕方ない。やるしかねえな」
「私達の共闘作戦、懐かしい」
「私に出来ることならば、何でも言い付けください。必ず成功させて見せます」
セリヤとエクレアとオリガは同時に頷いた。僕は半笑いで空を仰いだ。
もしもこの物語の終焉が決まっているというならば僕らはきっとそれを覆すだろう。
どのように覆すかなんて知らないさ。
ただただ、人類の思い通りになんかさせないということだ。
きっと、きっと。
この物語のフィナーレは……。
「あ、虹」
オリガがそう言うと、僕らは全員オリガの視線を追って上を向いた。そこには豪雨から生まれた特大の幻の柱が堂々と広がっていた。
「素敵」
「だな、マフィン。この虹で一句作ってくれよ」
「なんでだよ」
僕は冷静にツッコミを入れながらも視線は変えなかった。
今思えば、この世界はこれ程までに細かいところまで設定されていたのか。
そう考えたら、マカロンやシャースの努力が少しわかった気がした。
隣で虹を指差し笑うオリガに僕は「ありがとな」と言おうとして口を紡ぎ言葉を変えた。
それは何の思考も無いごく自然的に生まれた言葉だった。
「ごめんな、オリガ」
閲覧ありがとうございました!




