表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マフィンの不思議で不可思議な物語  作者: キョナ
season3 怪物だけの新たな運命
22/30

ようこそ、不思議で不可思議な世界へ。

これは誰の記憶だろう。

一体どんな記憶なのだろう。


僕の視界には幾線もの死体がまるで崩れた後の積木のように辺りに散っていた。転がっていた。

これは一体誰が殺したものなのだろうか。

そこで急に僕の腹部が痛みだした。何かに貫かれたような痛みが走り、僕は小さな悲鳴とともに顔をしかめる。腹部に手を置くと、泥のような感触の血液が手の甲に張り付いた。

すると地べたにうずくまる僕を置いて僕の頭の先から何かが折れる音が辺りに響き渡った。それと同時に男の大きな大きな悲鳴も耳元をかする。僕は腹部の痛みに慣れぬまま半目で前を見ると、そこで僕は絶句した。


僕の目の前ではこの世のモノとは思えないような形相をした怪物が己に降り懸かる銃弾を砕きながら人間を殺していたのだった。


「…あ」

声が喉から搾り出すようにして出てきた。僕は一歩二歩と後退りする。僕の目の前で僕の逃げ口を塞ぐかのように戦う化け物から逃げる為に。

するとそこで僕を支えていた左手が何かに触れた。まるでコツンと音を立てるように僕の左手に当たったのだ。

「え、ひ…ッ!」


僕がそっちの方を振り返ると、そこには瞳に光を失った沙耶が転がっていた。幾千もの銃弾の空弾とともに。

僕は悲鳴も出すことも出来ずにそこからも逃げるように叫んだ。

なんだこれ?何の悪夢だよ!

こんな悪夢、僕はしらないよ…。


「本当に知らない?知ってるんじゃないの?」


急に誰かの声がした。僕は目を開けて誰かを探すがそのような事を冷静に呟くような人はこの世界にはいないようだが。


「もう一度冷静に思い返してみてよ。きっと思い出すはずだから」


もう一度声が聞こえた。どこだ?どこからだ?

僕は目を凝らす。すると案外近くに彼女の姿を見つけることが出来た。

ありえない、この場には不釣り合いの少女。


「『災厄の少女』、貴様か」

「お、私の名前、覚えてくれたんだ。センター試験に出るからこれからもずっとずっと覚えていたほうがいいよ」

「どういうつもりだ『災厄の少女』。この世界は一体何なんだ?」

「君に一番見てほしい君の過去かな。君の過去をサヤちゃん以上に知っている私がセレクトした第一位」

彼女はふざけたように言葉は言っているが瞳はそれに反して笑ってはいなかった。

「これが俺の過去の一つなのか?」

彼女は僕の問いにそのままの笑顔で微笑んで答える。

「そうだよ。君の過去の記憶はまるでガラスを割られたようになっているんだ。その割られた過去しかサヤちゃんは知らない。でも、私は君の割られる前のガラスの状態から君を知ってるの。だから私の方がきっとサヤちゃんより…」

「そんなのはどうでもいいよ。そして僕には君の言っている意味が全く分からないんだけど」

彼女は不満そうに僕を見た後、話を進めた。

「この再上映はきっと二度目のはずなんだけどなあ。重要過ぎて、二度見せてるはずなんだけど」

「はあ、ところで…」

ゴンと何かを打撲したような音とともに元々人間の一部であったような体の部位が僕の方へ飛んできて僕の寸前で二回ほど陸に上がった魚のように跳ね上がった。僕はひっと声を上げるが彼女はそれを見て面白そうに笑う。

「シャースも随分派手にやってるねえ。私もすこしくらい参加したいなあ」

「え?」

シャース。聞いたことがある。どこで聞いたかは覚えてないけど、必ず聞いたことのある名前だ。

誰だろう。

そんな僕を見て彼女は不思議そうに呟いた。

「シャース、知らない?シャース・キルミット」

「どこかで聞いたことがあるような気がするのですが、明確には覚えていません。誰ですか?」

「あれだよあれ」

彼女は何の躊躇いもなく僕らの前で戦う筋肉の隆起した化け物を指差した。それと同時に偶然か化け物は唸り声を上げる。

僕は唖然としてもう一度彼女を見直した。

「あれ、ですか」

「そう、それと同時に君のお父さんの名前でもあるんだよ」

言われてすぐには意味が分からなかった。冷静に考えて見れば分かったに違いないだろう。だが、あまりの事態の変化と自身の真実の圧迫感に僕は冷静を欠いていたようだった。二人、シャース・キルミットが存在すると思ってしまったのだ。

「僕の父が、これと同じ名前…」

「うん。でもなんだか勘違いしてしまっているみたい。同一人物、と言う方が分かり安かったかな」

彼女は眩しい笑顔でそう言った。僕の頭の中はこんがらがっていて上手に作用しない。

「え?」

「まとめると、あそこで人を殺し続けているのは、実は君の父なんだよ」

彼女は自身の心の動揺を見せない。もしくは動揺なんてしていないのかもしれない。こんな体験、何度もしたことがあってもおかしくはない。

彼女は人間ではないのだから。

「そんな、馬鹿な…ッ!」

「確かに馬鹿な話なのかもしれないね。でも、それが真実なんだ、本当なんだ。だけど安心してほしい、君の父は現在酒などに酔って人を殺している訳では決してない。自己的な判断で人を殺している訳では決してないんだ。君と、君の後ろに転がってるサヤちゃんを守るために戦っているんだよ」

彼女はそう言って思い出したように付け足した。

「彼に負けはないから、戦ってるというよりは一方的に殺しているというのが正しいだろうね。それでも、かなりの痛手は彼も負ってるはずだけど」

彼女が言葉を話し終わると同時に一人の政府の人物と思われる男が僕らの元に吹き飛ばされて飛んできた。僕と彼女の間の少し彼女よりの場所に落ちる。彼女はそれを見て化け物をもう一度見た後笑顔で言った。

「大丈夫ですか?」

男はまず僕を振り返り、恐怖の表情をした後、『災厄の少女』に近づいた。必死の形相で彼女のワンピースを掴む。その手の平には血がついており、彼女の薄い青空色のかわいらしいワンピースの一部を真っ赤に染めた。

「助けてくれ、助けてくれ!」

男はそんなことに一切気づかずにただ僕という一匹の怪物から逃れるため彼女に助けを求めた。出口には大きな怪物が塀のように塞がっており、どく様子を見せない。そして僕はここにいる。そう、生き残るには彼女に頼るしかならないのだ。男は今、藁にも縋るなんやららとかいう気持ちなのだろう。

「そう、助けてあげよっか」

彼女の優しそうな笑顔に男は歓喜の言葉を上げた。そこで僕はそんな男に言葉を失った。どうして気がつかないのだろう。どうして見えないのだろう。どうして。


彼女の本当の姿を見ないのだろうか。


「ここから、走って逃げれば、逃げ道はないよね。私が説得したところで、あのおっきな怪物は見向きもしないだろうしね」

「じゃあ、どうすれば?」

「あの怪物は、生命体にしか興味を持たないってことにさっき気がついたんだ、私。だって彼の足元に落ちている死体は踏み付けるばかりで全然愛そうとしないもの。だから、君もしんでみたらどうかな」

男の顔から微笑が消えていく。それに反比例して彼女の顔にはどんどん生気を吸い取るような笑顔が貼り付けられていった。

「え。そ、それって?」

「話がこんがらがっちゃったかもしれないね。まとめると、死ねって私は言いたいの」

僕は言葉を失った。他人に救いを求められてあんなにも笑顔で「死ね」と言える人がこの世にはいただろうか。きっと彼女が初で、彼女が最後だろう。

男はそこで自分が言われている意味をようやく分かったようで憤慨しながら立ち上がり彼女の胸倉を掴んだ。僕が止めに入ろうとするが彼女は視線で僕を制する。

「貴様は俺に何の期待をさせていたんだぁぁぁッッ!!」

「さあね、そしてこれ。服が伸びるから止めてくれないかな。さっきだって私のこの服を汚したばっかりだけどやっぱり制裁が必要なのかな」

彼女は男の怒声になんの表情も見せず冷静に自分の文句を呟いた。男もこの異常事態と空気にさすがに怒髪天を付いたらしく、怒りのあまり少女に殴り掛かった。

彼女はそこで急に僕の方を向いて呟いた。


「また私を、こんな過去に連れ戻す人がいたなんて驚きだわ。とっととこんな人類、消えてなくなってしまえば良いのに。ねえ、そう思うでしょう?マフィン」


寒気がした。わずか一瞬。怪物である僕でさえまばたき一つのような感覚だった。そんな一瞬に、彼女はそれだけの言葉を僕に向けて発したのだった。こんなの、怪物である僕にしか聞こえるはずがない。彼女は小さく最後に微笑み、そして。

―――その場から消えた。


一瞬過ぎて何も見えなかった。

彼女の動作は勿論、彼女の姿さえ。

すると男は倒れていた。後頭部を打ったらしく、頭を抱えている。僕はまるで自身の時を飛ばされたような錯覚に襲われた。

今、何が起きている?何が起きている?


「何が起きていると思う?私は今からこの男に何をすると思う?」


僕の横に『災厄の少女』がいた。僕は驚き小さな悲鳴を生み出す。彼女は心配そうに僕を覗き込んだ後、はははといつもの笑みで笑いかけた。

彼女はいつも通りの笑顔である。

「ざっと私の力はこんなものかな。今のでも全てを出した、という訳ではないんだけど、この後のメインディッシュは残しておかないといけないじゃない?」

「何を言っているんですか」

「なんだか今日はよく聞き返される気がするなあ。とりま私は今からこの男に何をするのかを聞いているんだよ」

「そんなの、貴方にしか分からないじゃないですか」

彼女は僕の返答に大層つまらないとでも言うように大袈裟にリアクションを取った後、男の腹部をハイヒールで踏み付けながら言った。彼女にしては身長が高いと思ったらこんなに底の鋭いハイヒールを履いていたのかと心の中で納得する。

「正解は、こうだよ」

彼女は笑いながら悶え苦しむ男の目元へそのハイヒールを持って行き、


容赦なく眼球にハイヒールの先を思いっきり突き刺した。


彼女の厚底のハイヒールでさえ、全てが眼球の奥に沈まるように力強く。男は悲鳴を上げ、それに反して『災厄の少女』はまるで幸せの絶好調にいるように笑みを浮かべ叫んだ。

「ははは!あははははははは!!」

彼女の笑いの声は高く、僕はその笑い声から逃げるためか、この風景を見ないようにするためか耳を塞ぎ目を塞いだ。

彼女は今だ笑い声を発しながら男の目を踏み潰していた。

「あははははは!こんなに簡単に人間は死んでしまうのね、馬鹿みたい!」

彼女が跳びはねるごとに男は叫び声を生み出した。その叫び声は様々で、彼女はそれをまるで美味しく頂くように笑った。

すると男はなんにも言葉を発しなくなり、その場に脱力するように倒れ伏せた。男の顔の近くには血溜まりができていた。彼女のワンピースの裾の部分を軽く濡らしている。

どうやら、男は痛みでショック死をしたようだった。

『災厄の少女』はそんな男の目から靴を抜き、興味がなくなったように見つめた後、僕に向かって笑いながら歩いてきた。


「もう飽きちゃったみたい」


唖然とした。あれほど残酷に人を殺した後で、その殺人を飽きたという一言で一掃してしまう少女。そんな呆れることも出来ない無垢でありながら残酷な少女。

それこそが、『災厄の少女』なのだ。

『災厄の少女』は僕には理解することは出来ない。きっとずっとずっと誰にも理解されないのだろう。

こんな残酷な事を容易に認める人などいないに決まっている。いたら、逮捕は確実だ。

彼女が誰にも理解されないという現実は彼女にとって痛くも痒くも無いのだろう。きっと一度も理解されたことの無いような少女だ。他人に理解された喜び、他人とともにいられる満足感を彼女は知らないに違いない。

だからこそ、僕はこの無垢の少女を救ってあげたいとその時思ってしまったのだろう。

馬鹿な事だということは勿論分かっている。彼女を救うなど、僕のような自分自身を認めないちっぽけな人物には不可能に決まっているのだから。それでも、僕は彼女を救ってあげたいと思った。僕が支えられた不思議で不可思議な世界でのあの温かい生活を、教えてあげたかったのかもしれない。

「ねえ、『災厄の少女』」

「なあに?」

「君はどうして生まれたの?どうやって、生まれたの?」

彼女は一呼吸置いてから言った。

「どうしてだろうね。どうやって、というものは覚えていないのだけれど」

僕はその返答に長く呼吸を置いてもう一度聞き返した。

「じゃあ質問を変えるよ。君の本名はなんなんだい?」

彼女は驚いたように目を見開くとその表情のまま笑って言った。

「聞きたいかな?私の本名。あとでどれだけ後悔しても私は知らないからね?」

「ありきたりな脅しだね。それとも本当に僕がその言葉を聞いたら後悔すると君は思ってくれているのかな?」

彼女は小さく笑って僕の頬に手を触れた。いつもより大人びた、優しげな笑みだった。

「しばらくは『災厄の少女』という名で他人に語ってきたから昔の名前を発するのは懐かしく感じてしまうよ。でも、そろそろ君にも分かってほしいと心の中で思っていたんだよね」

僕は頷く。すると彼女は僕の頷きにまた無邪気な笑顔を見せて頷き返した。

「もし君の名前を僕が聞いたとしても、きっと後悔はしないと僕は思うんだ。君の名を聞くことは僕にとってなんだかこの物語の終焉を聞くような気がするから」

「馬鹿な事を言わないで。この物語の終焉はまだまだ遠いわ。私の名なんてその終焉の始まりに過ぎないと思う」

彼女は慣れ親しむようにゆっくりと分かりやすく言葉を紡いだ。僕は彼女の口から告げられる現実を認めることしか出来ない。きっとそうなんだろうと僕は唇を噛み締めた。

「私の正体が分かっても、きっとなんの解決にもならないと思う。私は君と過去の世界で会えたことに本当に良かったと今でも思っているんだ。君が私を拾ってくれた事を、君が私に与えてくれた幸せを、私はずっとずっと、永遠に忘れない」

「僕が君を拾った?」

「ほら、何も覚えていないでしょう?きっと、その記憶さえ見つけることが出来たらこの物語の終焉が、フィナーレが見えてくると思うんだ」

彼女はそう言って僕の顔の前に自身の顔を近づけた。

その顔は、先ほどまで残酷な事を行っていたとは思えない程、無垢で、無邪気で、そして。


懐かしかった。


「君とは不思議で不可思議な世界でも一度か二度接触を計ったと思うんだけど、やっぱり覚えていないんだね。まあ、この髪の色では少し分かりづらいか」

「え?」

そう言って触れる彼女の髪の毛は漆黒だった。

「魔法を解けば、すぐにわかると思う。きっと、すぐに私の存在に。私の過去に」

「魔法を、解く?」

彼女は自分の髪の毛を右手の人差し指と中指で挟み、そのまま髪の毛に沿うようにして下ろした。すると、髪の毛は生気を帯びたように色を纏いはじめた。

「嘘、だろ」

「嘘なんかじゃないよ。この髪の持ち主が私の正体なんだから。君は知ってるよね、この髪の持ち主を。こんな特殊な色を持つ、亜種の人間を」

彼女はそうして全ての髪の毛の色を解放して笑った。

虹色の髪の毛が僕には幻のように感じたのだった。

一秒一秒色を変えていく虹色の頭髪。

それの持ち主はこの世に一人しかいなかった。


「お兄ちゃん、お帰りなさい」

閲覧ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ