Ⅰ
ようこそ、不思議で不可思議な世界へ。
サヨナラの声が、聞こえる?
あの子達の声が、聞こえる?
遠い意識の中、僕の鼓膜は確かにそんな声を感じ取った。
確かに遠くで僕を嘲笑うような声も聞こえる。
確かに遠くで泣いている少年少女の声も聞こえる。
でも、そんなのは僕にとって本当にどうでもいいことだった。
そんなのを捜し求めるくらいなら、僕は彼女を探す。
僕の元からいなくなってしまった彼女の存在を。
もう、きっと誰もそんな事は覚えていないだろうけど。
彼女の微笑み。
彼女のおっとりとした声や。
彼女の髪の毛の金木犀の香りまで。
僕は何が起きようと忘れない。
君や君の父親など怪物達が今まで殺した、人間達の声だよ。
シャース・キルミット。
なんだかあいつの名を聞くのも懐かしいや。
それにしても、そんな人間達になんの過去がある?
馬鹿には未来はない。そう、だから僕や彼にも未来はなかったのだ。
覆せ、現実を。
夢を、時を、風を、空間を、そして終焉を覆そう。
何も難しいことなんかじゃないさ。
この世界では、出来ない事なんてないもの。
「マカロンの世界がそんなに貴方の手の中で踊ってると思う?」
…。
お前は、誰だ?
すると彼女は微笑んだ。
「私の名は、なんだと思う?」
「おはようございます、ご主人様」
エスプレッソの声がした。どうやら長い間眠ってしまっていたらしい。彼女の手元には、血で濡れたボウルがいくつも重ねられていた。
そこまで傷害が出たということだろうか。
「おはよう、エスプレッソ。みんなは?」
「点滴さんとミズキ嬢以外は軽傷以上です。とくに戦闘要員であるマカロン嬢と紅蓮武士は大傷を負ったみたいで。それと、マフィン嬢が」
「え?」
僕はエスプレッソが話そうしたところを疑問で止めた。
エスプレッソは一度頷いて続ける。
「マフィン嬢は今にも死にかけです。病名は異消化ウイルスの大量摂取。現在約20時間ずっと点滴さんがつきっきりの状況です。点滴さんの話によれば彼がマフィンの元から15秒離れたら命を引き取るという深刻な状況です」
「それは、本当かい、エスプレッソ」
僕は立ち上がろうとするが全身の締め付けるような強痛にうめき声を出して倒れ込む。頭のてっぺんから脚の爪先まで各部が凍るように痛い。僕はもう一度寝転んで真っ白な天井を見つめた。
「僕は、一体何をしてるんだろうね」
「…」
エスプレッソは僕の独り言になにも反応しない。ただただ落ち着いて僕の額を拭くと思われるタオルを水で濡らすだけだった。僕は続ける。
「自分を守ってもらう為に数々の戦闘要員に負傷を負わせて。本当に、全世界全銀河探してもこれほどの屑はいないだろうね」
「自虐をお止めくださいご主人。今回の戦で貴方は自身の力について少しは学んだはず。この短い命の燭が消えるまで、お供致します」
「違う、違うんだ…」
僕は顔だけをエスプレッソに向けた。一瞬僕らの間に静寂が訪れる。僕はそんなのも構わずに振り払った。
「僕のために人が死ぬ。そんなのが僕は嫌で堪らないんだ!」
そんな僕の発言もエスプレッソは真顔で返答した。
「戦闘要員が求める死に方の一位は他人の為に戦って死ぬことです。下手な心配は必要ありませんよ」
「馬鹿な、そんなの…」
「私など、マカロン嬢の矛というなの盾に過ぎませんから」
エスプレッソはさらりと残酷な事を呟いた。僕が首を傾げるが彼女は別段心配する様子もなく言う。
「きっと、人は自分の生き甲斐をなくせば死に走りますから」
エスプレッソの言葉と同時に僕はどういう訳か恐ろしい眠気に襲われ眠ってしまった。残念ながら僕はエスプレッソの言葉に恐怖や絶望の前に大きな安堵感をかんじてしまったのだ。僕を塗っていた正義の仮面もこれにて粉砕し、自分は自分の事しか考えれないマフィンやエスプレッソと遠く離れた存在であるということを悟った。
そこで僕はまたあの悪夢と対面する。
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