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マフィンの不思議で不可思議な物語もついに二十話、Season2終了です。
別の世界に行ったのではないかと思ってしまった。
時が止まったのではないかと一瞬目を疑った。
敵の両手剣が見事にエスプレッソの首を跳ねようとした時。
その隙間に一筋の太刀が差し込まれたのだ。
敵もそのあまりの速度に驚き、距離を取った。エスプレッソは落ち着いて太刀を整える。彼女の瞳は真っ赤に発光していた。まるで義眼の様に、真っ赤に。僕はそんなエスプレッソに声を掛けた。
「…エスプレッソ」
「離れていてください、ご主人。ここからは私達戦闘要員の時間です」
エスプレッソはそう言って僕を押した。僕はだらし無くよろけて後ろに尻餅をつく。手をのばそうとしたが、彼女はもういつもの優しそうな表情ではないことに気づき、手を引っ込めた。これは触れてはならないものなのかもしれない。
「次回の登場が早いっつーの」
紅蓮が手拭いを外してエスプレッソの横に並ぶ。手首を軽く回すと、あっという間に彼の拳は放火していた。
「そうね、もう二度と現れないようにしてあげましょう。どうやら、今日は二人ではないようだしね」
マカロンが言うようにこの前見た銀髪の少年の横には先程エスプレッソに斬りかかった両手剣の少女が立っていた。彼女はよく見れば麦藁帽子で顔を隠しているため、表情が伺えなかった。
「やあ、マカロン。今度は準備は満タンだよ。死にたくなけりゃとっとと***を僕に寄越すんだね」
少年は今何と言った?一部聞き取ることが出来なかった。マカロンは半笑いで返答する。
「今日に限っては貴方の負けね。丁度私たちは貴方の対策をしていたのだから」
「対策?笑わしてくれる。僕から逃げるのはそうは出来る技ではないだろう。***をとっとと強がりはよして寄越すんだね」
聞こえない。また、一部聞こえない。
「戯言もこれまでだ。これ以上の反乱は許さん。天罰をくれてやる」
「はっ。できるものならやってみろよザコがぁぁぁぁぁぁぁッ!」
少年は紅蓮の発言が気に食わなかったようで武器を持って飛び出してきた。速い。この距離から視線で追いつくだけでも精一杯だ。
「エスプレッソ、対処しなさい」
「了解致しました。身体隔離」
エスプレッソの瞳がさらに真っ赤に染まり、脚を構えたところまでは何とか確認出来た。
次に気づいた時には、少し先にいる少年の顔に蹴りを打ち込んでいて、少年は器用にその攻撃を受け流していた。
異常な速さだった。僕の視界の限界を優位に越えている。
これが不思議で不可思議な世界での戦いということだろうか。
それなら、僕は二度と戦闘要員にはなれないと悟ってしまった。
「遅えよ」
少年は僕の視界を越すスピードで一回転空振りして威力の増した蹴りを彼女にぶつけた。彼女はそれを何とか避け、距離を取って太刀に手をかける。太刀の射程範囲から少年がバック転をする勢いでよけたにも関わらず、エスプレッソは躊躇なく太刀を抜刀した。
少年は余裕の笑みを浮かべたと思うと、何かに気づいたように真顔に戻るとすぐに脚を下ろして防御の姿勢を取る。僕が気づく頃には、彼女の斬撃は少年のシールドを打ち破り彼の両腕をずたずたに切り裂いていた。飛び交う鮮血。血臭の中エスプレッソはもう一度剣を閉じ遠慮なく抜刀した。
今度も空気を切断する勢いでその斬撃は少年の両手から鮮血を飛ばした。少年の頬に傷が入り、そこから薄い血液が垂れる。
ありえない。鎌鼬でも起こしているのだろうかと思う能力だった。
これは少年が勝てっこないとエスプレッソの努力に関わらず優越感に浸りながら彼を見ると、そんな少年は間違いなく笑っていた。僕は目を疑った。急な寒気を感じて僕はエスプレッソに叫ぶ。
「エスプレッソ!なんだか嫌な予感が…」
「怪物昇華」
少年はそう小さく発した。すると彼の元にいた少女も何かに気づいたように右手を掲げる。連携攻撃の構えだろうか。
「絶対零度」
その右手が彼女の発言とともに真っ青に染まりはじめた。どんどんと指先から手首へと凍結音とともに凍結化は広がっていく。マカロンはそれを見て焦ったように叫んだ。
「戦闘要員よ!何としても少女の長期詠唱特大魔法を取り消せ!あの威力となれば私一人での防御は不可だ!安心しろ、長期詠唱中は攻撃どころか移動も不可能だ!」
「エスプレッソォ!いくぞ!」
「身体隔離、ええ、行きましょう」
エスプレッソは紅蓮を置いてすぐに遠距離斬撃の適切距離に着いた。そこで抜刀の準備をする。
「全く、どうしてこんなにベストなタイミングで来るのでしょうか」
鞘に軽く手を掛けた時、突然地震のようにエスプレッソの真下の地面が音を立てて揺れはじめた。
「嘘」
エスプレッソの目の前の地面から全身を真っ黒の気配に染めた少年が出てきたのだ。不敵な笑みを浮かべたまま、エスプレッソを見て彼は一層笑った。エスプレッソは恐怖と反射神経で手を掛けたままであった剣の鞘から太刀を彼に向けて抜く。が、彼はスライディングするように攻撃を上手にかわした。その後エスプレッソの斬撃は彼がもともといた地面をぱっくりと二等分するが、もう遅い。少年は最良の体勢を保ちながら笑って見せた。
「懐に入り込めたぜ遠距離斬撃さんがよぉ」
少年は狼狽るままのエスプレッソの顔面を勢いをました拳で殴り飛ばした。彼女はされるがままに彼の移動と平行に吹き飛んでいく。しかし、エスプレッソの神経がこのままではいけないと気づき、エスプレッソは剣をひっくり返すようにして力のあまり彼向けて抜刀した。が、努力も虚しく彼は容易にその残撃をかわし笑みとともにエスプレッソの腹部にけりを直撃させた。エスプレッソの口元から空気とともに痰が吹き飛ぶ。容赦なく少年は二度目の攻撃を繰り出そうとするが、エスプレッソの必死の受け流しで少年は大きく距離を取った。
「化け物。…人間じゃあ、ないわね」
「ああ、そうさ。僕は人間なんかじゃない。ところで、そろそろ貯まるはずだけど?絶対零度。紅蓮とかいう青年はどうやら僕の作り出したもう一人の僕に苦戦しているようだしね」
「別人体生成をして私と戦っていたということですか」
「まあ、そうなるね。ただし、君は十分に強かったよ。僕をここまで追い込むなんて、そうそう常人が出来ることではない。しかし僕の本気の前だけれどね」
エスプレッソは腹部を抱えながら苦しそうに呟いた。
「まだ、進化の過程を残していたということですか」
「怪物化というものさ。君だって聞いたことはあるだろう」
「貴方は、人間なんかではなく、怪物であるということですか」
少年はエスプレッソの元に近づいていった。エスプレッソは護身用に鞘に手をかけようとしたが、剣はどうやらどこかに放り投げて来てしまった様で、エスプレッソは目を閉じ自身の最期を感じ取った。
すると、少年はエスプレッソの腰を優しく持ち、ゆっくりと床に倒した。エスプレッソは何をされているのかわからず、目を開ける。すると、彼はそんなエスプレッソの横に嬉しそうな笑みを浮かべて笑った。
「君は強かった。お世辞でもなんでもなく、君は強かった。それでも、僕には敵わなかったということさ。安心しろ、僕らは***を頂きさえすればなにも害は与えないから」
「今、なんと?」
「僕らの目標は***を取り戻すことなのだから」
エスプレッソは少年の横で首を傾げた。
「聞こえません。何を取り戻したいと言っているんですか?」
「…マカロンの結界か」
「え?」
少年はポケットから非常食を取り出してエスプレッソに一つ投げて寄越した。エスプレッソは遠慮して返そうとしたが少年は首を横に振る。少年はそれを美味しそうにかじった。
「ご主人だっけ?名前は知ってるのか」
「名前はないとマカロン嬢から聞かされていますが」
「あいつには立派な名前があるんだ。***っていう立派な名前がな。でも、何が目的なのかマカロンの野郎がその情報をこの世界で抹消したらしい。マカロンの奴、一体何が目的なんだよ…」
エスプレッソも両手で非常食を食べようとする。それは戦闘で空腹になっていた上、非常食自体の少しピリ辛い風味がエスプレッソの食欲を沸かし、エスプレッソはあっという間に食べ切ってしまった。少年はそんなエスプレッソを見て満足そうに笑う。
「お前、名前はなんだ」
「エスプレッソです。どうかしましたか?」
「なんか、聞いたことがあるような気がするんだが忘れちまったな。俺はセリヤ。この世界の違法侵入者だ」
エスプレッソは少し笑ってしまった。
「次に矛をぶつけ合うときは、もっと強くなっていてくれよ。俺はもう行くがな」
「結論、貴方はご主人を誘拐しに来たということですか」
「ものは言い方によるね。確かにそうだけどもともと彼は僕の村の住人だから。取り返しに来ただけさ」
エスプレッソはそこで一つの疑問をぶつけた。
「…ならば、ご主人も怪物だということですか」
「もう時間だ。エクレアの援護にまわらなければならない。行かしてもらうよ」
「あっ」
エスプレッソは立ち去ろうとした少年に手を伸ばそうとしたが右腕の痛みに手を引っ込めた。少年は建物を乗り越えどんどんとマカロンの元へ向かって行く。エスプレッソは心の中で少年を止めれなかったことによる謝礼をマカロンに申し上げた。
エスプレッソはそのままこの戦いが終わるまで力尽きていた為見守ることしか出来なかった。
「まずいわね。エスプレッソ、セリヤに負けてるんじゃないでしょうね…!」
紅蓮が少年の分身と戦っているのを見守りながらマカロンは歯を噛み締めて言った。少年の分身はいくら分身とはいえ元のステータスが高すぎて十分に強い。紅蓮だけでは圧倒的な力不足だった。
そうしているうちに紅蓮はマカロンの元に帰ってくる。
「これでは絶対零度が完成しちまうな。もし完成したら俺達はどうなる」
「敗北するわね。私の全力で止めれるかどうかも怪しいもの」
「なら何とかしてもあいつを倒さないといけないということだな」
マカロンはそこで何かに気づいたように半笑いに言った。
「それもどうやら無理みたい」
「え?」
マカロンと紅蓮の前に相対していた少年の分身は消え、代わりに本物の少年が姿を表した。紅蓮は絶望的な表情になる。
「エスプレッソはどうしたの」
「倒したよ、殺してはいない。彼を殺された後ゆっくりと看護でもすれば良い」
「本当に人間じゃあなくなってしまったのねセリヤ」
「それはお互い様だね。だが、これで君との運命の交差点も途切れることになるさ」
マカロンはもう一度シールドを全体に張り巡らせた。不意打ちが怖いといったようだ。
「ええ、残念だわ。でも、私は出来る限り足掻かせてもらう」
「来い、第二の怪物達よ!僕がお前らを一掃してやる!」
マカロンは瞬間で移動して少年の肩元へ行き、零距離魔法を放った。爆音と防風が僕の中を埋め尽くす。あまりの迫力に目を半分閉じると、すぐに何かが折れる音とともにマカロンの甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。煙たしはどうしているだろうかと僕は恐怖の中見渡したが、煙たしの気配はどこにもなかった。
「煙たし?」
もう一度マカロンの叫びとともに魔法が打ち出される。地面から大爆発を起こす。僕は地震のような感覚に酔いそうになりながら歯を噛み締めた。
煙が吹き荒れ、マカロンや少年の姿は見えなかった。が、すぐにその煙の中からマカロンと思われる長髪の少女が転がってくる。
「マカロンちゃん!」
僕が駆け寄ると、マカロンは薄い目を開けて僕に手を伸ばしてきた。すぐに真横で紅蓮のものと思われる炎が爆散する。マカロンはぼろぼろになって高価そうな服まで破れていた。真っ白な肩や腹部があらわになっている。彼女の全身はやけどを負っていた。
「どうしてッ!」
彼女はパチパチと瞬きをした。僕の膝の上で寝転びながら口元は「心配ないよ」と言っているようだった。どうやら喉もやられてしまったらしい。
「どうしてみんな、僕のために傷つくんだよ!」
僕に寄り添っていたマフィンと点滴が僕を向いた。点滴は先程からスクランブルエッグになっていると思われるマカロンの内臓を必死に治している。それでも僕の台詞は彼等を振り向かせた。
「それがお前の、人生だからだよ」
気づけば僕らの隣に少年が座っていた。僕らは驚きのあまり言葉を失い、そして尻餅をつく。少年は続けた。
「君は娯楽に出会うべきではなかったんだよ。ずっと、怪物として自身を隠しながら生きるべきだったんだ。それでも、君は知ってしまった。友がいるという幸福を。愛人がいるという希望を。全て、忘却しなきゃならない。これからの革命を起こすために」
「君は一体彼のなんだというんだ?理解者とでも言うつもりか!」
点滴の言葉に少年は考えるそぶりもせずに答えた。
「同類だ。だからこそ、最も彼を理解できる」
「彼を馬鹿にしないで」
マフィンが少年を強く睨みながら言った。
「貴方はなにも分かってない。分かってたら、こんなこと、しないもの。彼は貴方と一緒にいることを求めてない。マカロンちゃんの世界で、私たちと生きることを求めているの」
「…僕は君なんて知らない」
僕がそう言うと、彼は納得したように立ち上がった。僕らは全員彼を見上げる。彼は頭に手を当てて呟いた。
「残念だ。エクレア、放て」
視界には入りきらない特大の氷の刃が僕らに向けて振り落とされる。冷気が周囲に漂う中、僕は最期に小さな笑みを涙ながらにうかべた。
終わりだ。僕の神経は言う。
終焉なんだ。僕の心は言う。
それでも、僕の中の真っ暗な感情は僕に対戦を勧めてきた。
そこで必中必殺の刃を前に、僕の彼女は僕を置いて立ち上がって言った。
「ずっと、一緒にいようっていてくれたもんね。ずっと、いつまでも私といてね」
そこで一撃目の刃は僕らに向けて超絶速度で落下するように振り落とされた。
「…力だ、力がいる」
おや、力を求めますか我が主よ。
「そうだ、力が、力がいるんだ」
力など、貴方の中に余るほどございます。リミットさえ開けば、すぐに力を得ることが出来ますよ。
「…リミット?」
ええ、最高の力を得るため、敵を殺すため。どうぞ、力を解放しなさってください。ただし、短時間のみ。しばらくは私が副作用を持ちますので。
「…助かったぞハジメ」
記憶は戻ったのですか?
「マダダ。記憶ガ戻ルノハマダラシイ」
大丈夫ですか?顔色が悪いようですが。
「救ウベキ命ヲ救エバ休ム。イッテクル」
いってらっしゃいませ、ご主人。また会う日まで。
僕はダイアモンドダストという名の巨大奥義を片手で掴み握り潰した。力が、力が溢れてくる。これで、守るべき人を守れる。
もう、力不足に歎く必要なんてない。
僕は力に埋もれてしまった。
「呪印解除喉」
「エクレア、下がれ!僕が殺る」
少女は下がる。それと代わって少年は真っ黒な気配を身に纏って襲い掛かってきた。僕は躊躇なく口から炎を吹き出した。
「第一光門解除で僕に立ち向けると思うなよ!」
少年の拳が僕の顔面にクリーンヒット。僕は地面を30メートル程滑るとすぐに立ち上がり唸った。
「ねえ、やめて!戦わないで!」
マフィンの悲嘆の声が遠くで聞こえる。それでも僕は止まらなかった。
「呪印解除食道」
「やめろ***!それ以上解放したら力に埋もれて死ぬぞ!」
「そうだよ、止めて!」
少年とマフィンの叫びを無視して僕は少年に力のあまり突進する。速度が早過ぎて目が痛い。それでもその突進を少年は器用に避け、僕の腹に蹴りを打ち込んだ。僕は唸り、それでも怯まず彼に襲い掛かる。
「恨むなよ、怪物昇華」
彼は消え、僕の頭を上からたたき落とした。僕は抗えず地面にたたき付けられる。彼はそんな僕にもう一度攻撃を繰り出す。僕の口から血が出てきた。
「止めて!もう止めてよ!」
マフィンが走ってくる。少年は力を緩め、彼女を見たまま混乱の表情を浮かべていた。が、少年の力が緩まったことにより僕は彼の拘束を振り払い、マフィンを向く。マフィンは安心したような表情になったが、僕は彼女に向けて炎を吐きとばした。
少年の側にいた少女がマフィンを突き倒し、何とか無事を守る。少年は信じられないような顔をしていた。
止められない。
この溢れ出る力のせいで。
僕は。
大切な人を殺してしまうかもしれない。
解除したほうがいいのは分かってる。
それでも。
この溢れ出てくる力に引っ張られて行く幸福を拭うことなど出来なかった。
「呪印解除胃」
「そこのマカロンの近くにいる奴!すぐに全員を非難させろ!」
少年は力いっぱい叫ぶと同時に僕の攻撃に吹き飛んだ。壁にぶつかり、口から血を吐く。僕はそのままマフィンを振り向き、魔力の弾を作り出し投げ飛ばした。
「危ない!」
少女は盾でその魔力の弾を防ぐが、その盾に付着した弾は大爆発を起こし、少女を軽々と吹き飛ばした。ダメージはないが、マフィンが一人で残る。
「ひっ」
マフィンは震えていた。僕はそれを見て心細く感じるが、それでも自身の暴走を止めることは出来ない。
僕は輝く爪を掲げて僕の彼女に振り落とした。
「糞がぁぁぁッ!」
そんな僕の顔面を少年は後ろから蹴り飛ばした。僕は真横に地面を滑りながら転がる。立つのも面倒な程力に溢れてしまっていた。
「力がないなら下がっておけ!死にたければ別だけどな!」
「わ、分かった。ごめんなさい」
「今こそ、本当に戦闘員の時間なんだ。こんなことが起きるなら、マカロンを気絶させなきゃよかったぜ」
少年は汗をかきながら笑って見せた。まだ、あと少しだけ余裕のようだ。少なくとも僕にはそう見えた。
なら、この力を全て使用しよう。
最強の一撃をその奥の手を見せるまでに食らわしてやる。
「呪印解除小腸」
「…怪物化」
少年の背から翼が生えた。
少年の腹から骨が飛び出してきた。
少年の指から爪が長く生えてきた。
少年の腕に鱗が出来た。
気味の悪い、そして美しい、
――――怪物だ。
僕は地面を這うようにして四足歩行で彼に近づき、飛びついた。彼は羽を小さく動かす。それだけで、僕は無力に吹き飛んだ。
すぐに体勢を整え攻撃の準備をする。
少年は美しいフォームでただただ僕の攻撃を待っていた。それが腹ただしくて僕はすぐに攻撃に向かう。
彼の元まで這い、そして地面をたたき付けた。すると彼の地面が大きく陥没し、彼を地面に引きずり込んで行く。誰も、抗えない、驚異の蟻地獄だ。
が、それも彼は容易に避けた。
彼の双方に生えている翼を使って飛んだのだ。僕は非現実な事に息を飲み込む。それでも彼はなにも言わず僕の前に下りてきた。
「我を忘れたか」
「ぐるぅぅぅ」
「ならば仕方ない。一度死ねば良い。僕が消そう」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
違う違う。
こんなんじゃない!
僕の力はこんなに弱くない。
たったそこらの怪物に。
負けるはずなんてないのだから。
もっともっとリミットが。
僕にだってリミットがまだある!
どこだ?どこだ?
どこだ?ハジメェェェェ!!
「力を求めてるんだね」
どこだここ?また異世界か?
「君の限界を越えた力を、求めているんだね」
そうだ、僕は僕を越える力がいるんだ。
あの憎い敵を殺すために。
「今の1000倍の力をあげるよ。幻想の契約をしようか」
幻想の契約?
「そう、幻想の契約。この世界は幻想の世界という名なの。幻想の世界にようこそ」
そんなのはどうでもいい。力を、力を寄越せ。
「うん、いいよ。じゃあ代償として君に私の名を覚えてもらおうか」
分かった。君の名前はなんだ?
―――『災厄の少女』だよ。。。
「右目が、疼く」
僕は右目を強く押さえながらそう言った。少年は少しばかり距離をとる。何かを心配しているようだ。
そんな心配も全て、消してあげるからね。
「幻想長剣」
僕の手から伸びた光の剣は少年の腹部をおもいっきり貫いた。少年は空中で信じられないというような表情になる。その傷口から、大量の血液が流れ出てきた。
「馬鹿な」
彼は力尽き地面に落ちた。少女はすぐに何か叫びながら少年の元に走っていく。
そこで僕はその少女の足首も躊躇なく切り裂いた。
少女は自分を支える部分がなくなり、地面を転がる。麦藁帽子が外れ、少女の顔があらわになった。僕は視界の片隅でその象形を捕らえてしまう。
それは明らかに煙たしだった。
僕は動揺した。
煙たしが敵?そんな馬鹿な。
ありえない、僕を信じてくれたのに。
もう、なにも信じられなくなった。
「やめて、やめて…」
僕の背中に一人の少女が抱き着いてきた。僕にはそれを振り払うどころか彼女を見つめる勇気もない。
「もう、これ以上悪者にならないで…」
「…サヤ」
「過去が辛かったのは知ってる。私だってずっと辛かった。何度も死のうとだって思ったもの」
僕は目を固く閉じた。
「だからこんな想像できない今があるんだよ」
マフィンは僕の背中で首を横に振った。
「私は全く辛くなかった。君がいたから。君が、私の側にいたもの」
彼女は泣いた。点滴とミズキはそんな僕らを悲痛そうな表情で見つめる。僕はそこでどうすることも出来なかった。
「僕はこれから、どうすればいい?」
「喰らったぜ***」
僕の数十メートル先で腹部から血をだらだら流した少年が立ち上がった。少女も這いながら彼の側にいる。
そんな彼等と僕の間にマフィンは立った。
「もう、抵抗しないで。私と一緒に新たな物語を紡ごうよ」
マフィンは全てを諦めたように言った。
この世界はもういいのだろうか。
彼女の不必要なものだということだろうか。
サヤが嬉しそうにこの世界を話すのは何度だって聞いた。
それでも、それよりも僕を優先するということだろうか。
少年はそこで僕らを睨んで脱力するように言う。
「残念ながら、僕らは撤退する。今の君に、勝てるだけの逸材はこちらにはないからな」
少年は苦しそうに言った。額には汗がこびりついている。右手は必死に出血部分を押さえている。
それでも彼の瞳はしっかりと僕を見据えていた。
「大丈夫、必ず救ってやるからな***。僕らは必ず、君を救う」
少女も頷く。
「待っててね***。また傷が癒されたらくるから」
二人は瞬間移動で消えて行った。僕は脱力感に強いられ倒れ込む。
そこで彼等の逃走跡を見ながらサヤは呟いた。
「ねえ、私、君の名を知らないよね」
マフィンの顔には何とか笑みが浮かべてある。
僕は正直に返答する。
「…僕だって、知らないから」
「でも、今聞こえたんだ。君の名が、確かに」
僕は彼女を見つめた。彼女はかわいらしく首を傾げる。
「そんな馬鹿な」
「ホントだよ。聞こえたんだもん」
彼女は頬を膨らまして言った。
辺りは血液だらけなのに、ここだけ異空間の様だった。
僕らを包み込む空気はその血臭に対比してやわらかいものであった。
「なら教えてよ、僕の名を。僕だって、ずっと知りたかったんだから」
彼女は半笑いで言う。
「いいよ、あくまで彼が言ったのがきこえただけだけど」
マフィンはそこで微笑んだ。僕は彼女の次の言葉を待つ。
彼女はゆっくりと口を開いた。
静かな、海のような瞬間だった。
遠くでさざ波が聞こえるような気さえした。
「君の本当の名は、彼いわくマフィンらしいよ」
閲覧ありがとうございました!
season3もよろしくおねがいします!




