Ⅲ
ようこそ、不思議で不可思議な物語へ。
今から私はずっとずっと遠くに行くんだ。
電車で会いに来てくれるって?
バカバカそんな距離じゃないよ。
永遠のように遠いんだ。
二度と会うことは出来ない。
生者にはここが通れなくて。
死者のみ行くことが出来るんだ。
だから君は生きている間はこの世界に来れないって訳。
こんなにもお別れは突然でちっぽけだけど。
君が君の願いを叶えてくれるなら、私は嬉しいな。
このメッセージはきっとイデアちゃんを通じて届いているだろうけど。
私は正直な所ずっと君といたかった。
君が過去を思い出して、過去の君ともう一度デートをしてみたかった。
でも私は昔は過去の君だけが好きだったけど、今ではこの世界の君も好きだよ。
君であれば、たとえどんな世界でも私は君を好きだったのかもしれないね。
こんな最期は私だっていやだけど、人の死は抗えぬものなんだよね。
だから、私は抗わない。
だから、私は振り返らない。
過去の鎖を振りほどき、きっとこれからを過ごして見せる。
君にとったら淋しいかもしれないね。
でも、必ず本当の敵を倒して物語の終焉をつかみ取って。
私はずっと現世で待ってるから。
君が全てを思い出すことを待ってるから。
それじゃあね。
大好き。
サヤより。
「心臓の鼓動が今、ちょうど静かに収まったようだよ」
点滴は自分の目元を拭いながら僕らに言った。僕はそこで膝から崩れ落ちた。ミズキや未回復の紅蓮まで彼女の側につきっきりだったらしい。紅蓮は僕を振り返って言った。
「気にするな、ノーネーム。お前は抗えなかったんだ。止めれなかった俺にだって腐るほど罪があるさ」
「全て、君のせいじゃない。悲しみを、君一人で受け持つ必要なんてこれっぽちもないよ」
点滴が追加するように言う。俺は目の前で息を引き取った沙耶の肩に優しく手を触れるだけで言葉を返すことは出来なかった。
ただただ目を閉じた彼女を見つめていることしか出来なかった。
誰がサヤを殺した?
エスプレッソは何て言ってた?
病名は異消化ウイルスの大量摂取と言ってたはずだ。
誰のウイルスだ?
誰から生まれたウイルスなんだ?
きっと、きっと。
僕がサヤを殺したんだろう。
「最後まで、俺はサヤを裏切ることしか出来なかったんだね」
俺は半笑いで自虐しながら呟いた。周りのみんなからはなんの返事も無い。
「僕ほどの屑はこの世にはいないだろうね」
「それでもマフィンは君を愛したんだろう?」
点滴は確かに僕に呟いた。僕は顔を上げる。
「彼女は君を愛した。愛というのは美しいかわりに残酷な面も備えていると僕は思うんだ。彼女はそんな愛を君に向けて送ったということだね」
僕は頬が固まって動かなかった。
サヤが自分を愛してくれているのは分かっていた。
その倍、自分も愛しているつもりだった。
そんな自分を殴りたい。殴り飛ばしてやりたい。
僕の彼女への愛など比較対象にもならず、彼女の僕への愛は巨大だったのだ。
僕はきっとサヤに殺されたとしたら彼女を許さないだろう。
何たって、僕自身を殺したのだから。殺されたら普通その人を許すということはしないはずだ。
なのに彼女は僕に殺されたにもかかわらず許すどころか僕を愛し、そしてそれほど巨大な愛を届けてくれたのだ。
そう思うと自分の非力さに打ちのめされてしまった。
「ご主人、手が止まっていますよ」
エスプレッソが心配するように僕の手を取った。僕は顔を引き攣らせたまま彼女を見る。
「僕はさ、どうして怪物なんだろうね」
「…別の部屋へ、移動しましょう。貴方も私もきっと疲れている」
彼女はそう言って僕の手を引いて部屋の外に出た。部屋を出る直前もう一度点滴や紅蓮の様子を見たが、彼等はまるで連れ去られていく僕になど何の興味も無いようにただただ冷たくなっていくサヤをそれぞれの表情で見つめていた。
ようやく、僕らはエスプレッソの部屋についた。付き人の部屋とは思えないほど広く、そして整っていた。地面にはかわいらしいピンクのハートのマットが引かれている。
そんなところで彼女は僕の目を見て言った。
「それは定められし運命だからでしょう。私は運命を信じます。こうして貴方と話せているのもきっと運命の一つでしょうし」
「そんな運命誰が決めたのかな」
僕は右手を強く強く握りしめて震える声で呟いた。彼女は元気なさげに右側に視線を移す。その視線の先にはマカロンとエスプレッソがカメラを見て満面の笑みを浮かべる遊園地での写真が写真置きに挟まれて置いてあった。
「マカロン嬢が全て御決めになさっているのでは無いと思うのです。確かに彼女は何が目的か世界を作りました。ですが、貴方とマフィン嬢との運命まで本当に御決めになさっているのでしょうか」
「それは僕には分からない。でも、僕には彼女がイレギュラーに必死に戦っているように見えた。彼女自身の自作自演でないとはいいきれないけど、僕にはそうは見えなかったな」
「私はその場にいなかったので何とも言えないですが、私はこの世界で誰よりも長くマカロン嬢とは関係を持ってきました。傍から見れば姉妹のように見えたかもしれない程です。食事やお風呂は勿論、就寝やプライベートもマカロン嬢と共に行ってきたのです」
エスプレッソはマカロンと彼女の写真から視線を外し今度ははっきりと僕の瞳を見つめた。よく見るとエスプレッソの瞳は決意に満ちた濃い黒色であった。
「ずっとマカロン嬢と過ごして来ましたが、彼女が何かを企んでいる様子なんて全くありませんでしたよ」
彼女は言い終わると大きくため息を吐いて続けた。
「この世界は確かに不思議や不可思議に満ちており、時には矛盾だって考慮します。現世にはありえるはずのない、ファンタジーの世界でしょう。それでも、それでも私は、運命までは操ることは出来ないと思うんです」
僕が放心していると、彼女は頬を赤めて照れ臭そうに笑った。
「そんな当たり前の事をいまさら言うなんて私らしくないかもしれないですが、きっとそうなんですよ。他人の存在を操作することは出来ても、他人の運命まで土足でズカズカと入り込む権利なんて誰にも無いんだから」
エスプレッソはそう言い終わると納得したように自分で頷いた後僕に笑って見せた。仕事中は決して見せないような眩しい笑顔。その笑顔は素敵で、また魅力的だった。
「ご主人様、どうかなさいましたか?顔が真っ赤になっていらっしゃいますけど」
「え、ええ!そうかな…ははは、なんでだろうね」
僕は自分の頬に手を触れた。ちょっとばかり温かい気もした。
「エスプレッソのおかげで、軽く慰められた気がするよ。ありがとう、エスプレッソ」
「ご主人様を癒すのはメイドの当然の仕事。そしてご主人の健康を保ちつづけるのも私の仕事ですわ」
そう言ってエスプレッソは僕のデコに左手を当てた。
それは凄く小さな手だった。
エスプレッソはこんな小さな手で剣を持って戦っているのか。
そう思うとなんだか複雑な思いに駆られた。
「手の平、小さいね」
「よく言われます、こんな手の平で戦っているのかって。ですがよく見てみてください。タコだらけでしょう?それはペンタコなんかではない、れっきとした戦闘慣れの印です」
エスプレッソの手の平には幾千もの戦い抜いた証が残っていた。僕はそれを見て唖然とする。
「ああ、少し熱っぽいかもしれませんね」
エスプレッソは僕のデコに手を当てて微笑んだ。僕もその手の上から手を乗せる。
「こんな時期に熱を出すなんて最悪だね」
「え、厳しい状況ですね。ですが」
するとエスプレッソはまた微笑んだと思うと、
僕のデコに手を当てたまま僕の頬に唇を押し付けた。
僕は一体何をされたのかが不安になるが、すぐに自分がされた行動に気づき目一杯目を見開く。
「え、え、え、エスプレッソ!どうしたの!」
「これからは、私が貴方の付き人ですよ、マフィン」
「ど、どうして、その名を?」
エスプレッソは微笑んだ。
「私の記憶ですよ。これからは私が貴方の相方ですね、ご主人様。プライベートでは、お名前で呼んでも構いませんか?」
「いや、マフィンはだめだね。実質サヤの元の名前がマフィンだから」
「サヤ、ですか。それがマフィン嬢の本名ですか?」
「そうだ、でも君が知ったところで何か変わるのかな?」
僕が不思議そうに言うと、彼女はもう一度口元に手を当てて微笑んだ。
そんなお嬢様のような振る舞いをする彼女がお嬢様の付き人なのだから不思議である。そのまま彼女は囁くように言った。
「必要であろうと不必要であろうと聞きたいことなので聞きました。私が行うこと各々に意味があると思われたら厳しいですよ」
僕と彼女は顔を合わせて笑った。彼女はどんな時でも嬉しそうに笑う。
それは出会って間もないにも関わらず僕にも分かっていた。
「では、思い出しましょう。僕の記憶を、貴方のために。そして、僕より先に現世に戻った彼女のために」
「記憶を戻さずに現世に戻ったところで彼女は喜ぶかしら?きっと喜ばないでしょうね。貴方が本当の姿に戻ってこそ、彼女に対する最高の敬意だと私は思います」
彼女はそう言うと自然な動きで僕の耳元に口を近づけた。先ほどの事もあってか僕は少し警戒心を強めてのけ反ってしまう。そんな僕を見て彼女は顔を赤めて一層上品な笑みを浮かべた。
「そう一日に何度も殿方に唇を預けたりはしませんよ。伝えたい事があったのです」
「なんかその表現は違う気がするけどまあ良いか…。で、何かな?」
彼女は今度はその場で両手を後ろに組んで言い放った。彼女の頬は真っ赤に染まっており、瞳はまるで泣いてるように潤んでいる。
彼女はそのまま僕に一言呟いた。
「マフィン嬢の元に戻るまで、私とお付き合いして頂けませんか?」
閲覧ありがとうございました。




