Ⅷ
ようこそ、不思議で不可思議な世界へ。
素敵な出会いが君を待ってる。
「君、死にたいの?」
前日の騒ぎもあり僕らは点滴の部屋に集合していた。空を含めた四階層の面子全員が集まっていた。そこで、内容を話した僕に向けてイデアが叫ぶ。
「い、いえ。死にたくはないですけどそんなどうしようもない状況だったんですよその時は」
「分かってるの?君は紅蓮とは異なって非戦闘員なんだから戦闘員の戦いに下手に参加しても無駄なの。寿命をわざと縮めているだけ」
僕はイデアの言葉に少し語弊があるように感じて叫んだ。
「そんな味方が殺されるのを見続ける最期の寿命なんていらないですよ!」
「実際マカロンちゃんが守ってくれたけど、紅蓮がもう少し戦うことが出来たならマカロンちゃんがもう少し遅れても戦えた。あとマカロンちゃんが一秒狂っていたならばどうなっていたやら…」
「それは…」
「言わしてもらうなら俺はもう戦えなかったよ。無念ながらな」
イデアは分かりやすく歯軋りをした。紅蓮はお手上げというような構えをイデアの前で取る。
「イデアさんだって彼がこうやって僕らを襲うことが分かっていたのなら教えてくれればよかったのに」
「それが、分からなかったのよ」
僕はえっと声を漏らした。すると、点滴の部屋のドアがなんの前振りもなく開いた。僕らはそっちに首を傾ける。
「ごきげんよう、皆さん。一カ所に集合などして、何かの個人的なパーティーでも?」
マカロンだった。いつもの下手に地味な全身を隠すような服とは大きく異なり、麦藁帽子に肩を全て露出した派手なワンピースといいアウトドアな恰好をしている少女は全ての扉を開けることが出来るマスターキーを掲げながら嬉しそうに僕らを見つめていた。市販のクレヨンで塗ったように彼女の肩は真っ白だ。
「マカロンさん。こんな何もない場所にどうかしましたか?」
点滴は彼女に驚きを隠せないように話すと彼女は口元に手を当てて笑った。
「いや、何もなくはないわ。この子がいるもの」
彼女は靴を脱いで入ってきて僕の肩を叩いた。僕も彼女の力を知ったばかりなので少しばかり無言で離れる。
「どうしてはなれるのよぉ」
「マカロンさん、前日の騒動、どうお考えですか」
点滴は僕を置いてマカロンに声をかけた。マカロンはその発言を聞いた後不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろうね」
「どういうことよ」
イデアがもう一度聞き直すと、マカロンは僕の隣に座って言った。なんだか女の子の匂いがした。
「彼の名はセリヤ。私の最強のライバルでありながら遥か昔の私の彼氏よ」
「はああ!?」
イデアは馬鹿にするように叫んだ。彼女は微笑んで言う。
「まあ、どういうわけか人間じゃなくなってしまって、彼が私をかつて捨てて行ったの」
「べつにあんたのそんな暗い過去を聞きたい訳じゃないのよ?」
「まあ、その時は泣いたわ。ずっとずっと、洪水が起こるぐらい。そんな時に私なりの世界を作ろうと思ったのよ」
「そんな理由で作られた世界に僕らは閉じ込められてしまったということですか!」
僕が叫ぶと彼女は「そんな理由とは何よ」と不満そうな声を漏らした。
それでも顔は怪しい微笑みを浮かべている。
「セリヤ、といいましたか。セリヤをお知りだということですか」
するとそこで煙たしは急に関心を持ったようで食いかかった。
僕は彼女を不思議そうに見つめる。
「どうしたの、エクレア?」
「いえ、少しばかり聞き覚えのある名だったので…というよりサラっとその名で呼ばないでくださいよ!」
「何々、私以外に二人の呼び合う名前を作ったってこと?」
またそこでマフィンが心配そうに僕に言った。なんでそんなに心配そうなのだろうか。
「ご心配なく。私たちは同階層の面子にすぎません。ところで、セリヤという名は貴方の知り合いなのですか?」
「ええ、少しだけ。ところで、貴方はエクレアという名なのかしら?」
マカロンはいつもの余裕の笑みを浮かべながら囁いた。煙たしは納得いくようにゆっくり説明する。
「いいえ、あだ名がエクレアという風なのですね。エクレアという名に何か覚えでもあるんですか?」
「いいえ、ないわ。有ったとしても、きっとデジャヴ。私の過去には程遠い」
マカロンの過去。それは一体どういうものなのだろうか。
「そうですか、ところで。マカロンちゃんはどうして彼が狙われたとお思いに?」
「そこが分からないのよ。セリヤとこの子に過去、何かの関係があったとしか私には分からないわね」
「残念です」
煙たしは本当に残念そうに俯いた。そこで点滴が全員分のコップとジュースを持ってくる。僕は我慢できず無意味な大声を出した。
全員は不思議そうに僕を見る。
「ごちゃごちゃ考えても仕方ありませんよ。今回はマカロンちゃんに助けていただけたんですからそれはそれでいいじゃないですか。襲われたらまたその時に考えたらいいんです」
「気楽ね。でもそれじゃあ駄目だよ。君が死んでしまったらもう遅いの。私はもう生きれない」
マフィンは胸に手を当てて言った。空もその台詞に噛み付くように言う。
「私だってお兄ちゃんに会えて嬉しかったんだから。そんな幸せライフをこんな短時間で壊そうとしないでもらえるかな」
「空…」
僕が二人に心から感心していると、紅蓮が割り込むように言った。
「だが、敵の強さは一流だ。この世界で矛盾型を含まず一番強いと一応言われている俺でもあれほど瞬殺だったからな。常に近くにいてもらえる人なんてマカロンしか先ずありえないっていうことだよ」
「私は忙しいからずっとは無理だよ。一日一時間空いてるかも分からない」
「ま、そうなる。他の矛盾型に頼むのもいいが、ほとんどイデアのような非戦闘員ばっかりだから頼るのもできねえ」
紅蓮はそこで自分の歯を噛み締めた。よっぽど自分の力不足を悔いてるのだろう。僕は励ますように腰を摩る。
「そこんところは仕方ないとしか言えないわね。私の力で何とかしたいところだけど、彼の住めない世界なんて作れない。その上、君の部屋に寝泊まりするのもどうかと思うしねえ」
「いや、それがいい。これからそうしろマカロン」
マカロンの顔が少し引き攣るのが目に見えた。
「なぜです」
「貴様がいつでも側にいる。それほど良いことはない。まあ、常人であるこいつにそこまでする意味が本当にあるのかは分からないが、マカロン、お前はどうやらその意味を見出だしているようじゃないか」
「でも殿方と二人というのは…」
マカロンはもう自国責任者というよりはひとりの女の子の様だった。こんな風に少しデレてくれていれば可愛いのだが。
「なら俺も泊まろう。それで構わないか」
まずい、このままの流れであれば僕の部屋が爆散しそうだ。部屋を救わなければ。
「三人も入りませんよ!僕の部屋はこの点滴の部屋の二分の一ぐらいしかないんですから!」
「そうですよ!私のお城ではないんですから!無茶です!別のことを考えてください!」
マカロンも必死である。そこまで僕は嫌われているのだろうか。男女の仲という垣根を越えて嫌われている気がする。
が、僕の問いも無視し点滴は立ち上がって指を鳴らした。
「…それだ」
「へ?」
マカロンは瞼をパチパチと閉じたり開いたりした。
「僕ら全員でマカロンちゃんの城に泊まれば良いんだ」
空気が凍った。僕は半笑いで微笑む。その中で一番始めに声を出したのはマカロンだった。
「何かってに決めてるんですか!この階層をどうするんですか!?」
「それぐらいマカロンちゃんの力となれば消せるでしょう。マカロンちゃんのお城に入れるのは光栄だなあ」
「許可してませんから!それと私のことこき使いすぎじゃないですかぁ?私最高責任者なんですけど!もっと敬ってもらえませんかぁ?」
「敬うというより愛でたくなる君の容姿を怨みなさい」
「「同感」」
僕と紅蓮が言うと、マカロンは顔を真っ赤にして倒れた。心配そうに僕が彼女の顔を除くと、彼女は目を反らして「バカ」とだけ呟いた。僕はそこで彼女を見て「言われ飽きましたよ」と言う。
やっぱりこの世界にいるみんながみんな、少年少女だなと僕は思った。誰も狂ってなんかいない。そう、誰も。
誰も、矛盾していないはずなのに。
そう思うほどに僕の思いが辛くなるのはどうしてだろう。
辛さも。苦しみも。そして痛みさえも。
全部全部なんだか僕の過去みたいで。
僕はいつも自分の過去に引っ張られるようにして生きてきた。
それはいつもいつも僕を睨んでいたんだ。
そして事あるごとに死の世界へといつも誘う。
この世界に着いてからはなんだか少し楽だけど。
そんな楽も、きっと見せ掛けの楽なんだろうな。
全ては本当の罪悪感に押し付けられるもの。
うん。
だってそこから僕を救えるのは。
痛みじゃない。
見せ掛けの甘い言葉なんかじゃない。
僕が前世でもっとも信じてもっとも愛した、
サヤ。
彼女だけだ。
「聞こえるか?」
僕を元の世界に戻そうとする声が聞こえた。
「大丈夫?気絶かしら」
気絶なんかじゃない。僕はもう世界に帰りたくないんだ。
もう僕をここから救おうとしないでくれ。
「彼は時々こんな現象に成ってしまうんだ。心当たりはあるかい?」
心当たり?そんなのありすぎて困るよ。
「分からない、けど体温は果てしなく下がり続けている。危険」
それでは僕を元の世界に、帰してくれるだろうか。
そんな時、僕の肩に触れる温度と共に懐かしい声が聞こえた。
すごくすごく懐かしい、温かい過去の一粒だった。
「お兄ちゃん、死なないで。まだ、何も話せてないよ」
美空の声がした。そういえばあいつは今何してるかな?
美空の奴のことだから、そこらでラーメンでも食べてるか。
どうせこの腐った世界に満足しながら今日をすごしているだろう。
馬鹿な妹だ。愚かな妹だ。
でも、怪物なんかにならなくて、本当によかったと今になって思う。
僕には美空と違って腐るほど友達はいた。
勉強も宇宙一と言われるくらい出来た。
運動は勿論。正義感も誰にも負けないくらいあったのだが。
僕は抗えぬ怪物だった。
僕は昔から人間なんかじゃなかった。
シャース・キルミット。あの糞やろうのせいで。
僕は人間じゃない怪物としてこの世にやって来たのだ。
でも、正直恨んではいない。それは確信して言える。
確かに怪物には生まれたくなかった。
人から人間を見るような瞳では見られなかったもの。
だって、僕らは化け物だから。
人間の敵で、人類の害だから。
そんな時、僕を救ってくれたのは紛れも無い彼女だった。
人間が僕を初めて呼んでくれたのだ。
僕の本当の名で。僕の顔を見て。
その時は嬉しかった。
毎日家に遊びに来てくれた。そのころから父はもういなかったけど、たしか妹はいただろう。
「今日も来たよ」
僕と美空は彼女の来場を待ち望んでいた。父から送られてくるお金の二割ほどを彼女の為に使ったりした。そのかわりその100倍以上のお金を彼女は僕達にくれていた。
「うんうん、それは辛かったでしょう」
彼女はいつも僕らにほほえんでくれていた。
そう、今も。
そう、今も。
そう、今も。
そう。
今。
今…
「戻ってきなさい。その暗い悪夢から。希望の光の射さない絶望と憎悪の瞳から」
あれ?
次は視界にはマカロンだけが映っていた。隣には煙たしと僕を襲った少年が武器を構えている。
「よう、起きたか。矛を保て。俺達は先に行くぞ」
二人はマカロンの横を過ぎて真っ赤な世界に歩いていく。
マカロンも、紅蓮も、イデアやミズキや美空まで。
その先の見えない血液のような真っ赤な世界に歩いていく。
「だめだ、いってはだめだ」
僕の意味もないにもかかわらず手を伸ばした。
が、その手は弾かれる様にして誰かに遮られた。僕はそちらを見ずに無能に声を荒げる。
何語かも分からない叫び声をぼくは上げていた。
そしてようやく僕はその人間の手を振りほどいて叫んだ。
その直前、僕の手を掴んだ少女は僕の顔の前に人差し指をかわいらしく突き出した。
「抗えないもの。それはこの世界の中で生まれたのなら仕方ないものだから」
「サヤか?」
「うん、私も行かなきゃ。再開のキスはまた後でね」
彼女は紅い世界に吸い込められる様に入って行こうとした。僕は動かない脚を引きづりながら必死に叫ぶ。口の端から唾が垂れる。喉から溢れ出してくる血液と混ざり、僕の喉から汚臭が飛び出す様にして吐き出された。
夏のような熱さに僕は目を閉じることも許されなかった。
「だめだぁぁぁぁぁぁぁッ!サヤ!帰ってこい!」
そこで彼女は視界のギリギリで微笑んだ。
口元は僕の理解の追いつかない脳に描くようにゆっくりと言葉という伝言を作り出して。
「次の世界で、待ってるから。私の世界で、待ってるから」
僕の口からついに多量の血液が唾とともに垂れてきた。
右目がちぎれるほどに痛い。
苦しい。
死ね。
どうか、死んでくれよ。
僕よ、死んでくれ。
こんな世界、いらない。
……。
…。
あ。
え。
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
あああ。
ああ。
小さな声とともにまた僕の記憶が飛んだ。
自身の何よりの絶望も。
サヤとの思い出も、全て。
後に残るのは相変わらずの再スタートの為に必要なスイッチのようなものだけだった。
僕は無言で彼女を思いながらそのスイッチの電源を付ける。すると僕の人生はなにもかもまた新しい雑巾のようになった。
閲覧ありがとうございました!




