Ⅶ
ようこそ、不思議で不可思議な世界へ。
今回は煙たしの物語です!
マフィンの不思議で不可思議な物語
キョナ
「セリヤ。エクレア」
僕は意味の分からない過去の謎の記憶をそのまま口にした。目の前の清楚なドレス姿のお姫様のような煙たしは驚いて僕に聞き返した。
「今、なんて?」
「ち、違います。なんだかパッと頭に浮かんだ言葉を口にしただけで。気にしないでください」
彼女はふーんと声を出して僕の元にナイフとフォークを寄越した。
ここは高層ビルの17階。料亭『かきつばた』である。
僕らは二人で外の見える窓のある席に座っていた。煙たしは髪の毛をくくっており、その上ドレス姿なのでかなり素敵に見えた。
ディナーより、僕らの側にある窓からは真っ赤な世界が見えていた。このまま夜になれば素敵なものの、この世界には夜という概念が存在しないから屈辱である。
「マフィンちゃんの件はごめんなさい。でも、二人っきりでお話がしたくて」
「サヤは別にいいですよ。今からミズキと点滴とレストランに行くみたいですから」
「それなら好都合ですわね。ところで、サヤとはマフィンちゃんのことでしょうか?」
僕はあっと声を出した。そしてなんとか言い訳をする。
「あだ名のようなものですよ。僕はフィ、と発音するのが苦手でしてね。彼女もサヤと呼んでほしいらしく」
「なら私もこれからはサヤと呼ばして頂きましょう。おや、ディナーが届きましたよ」
何か変な締め方をしてしまったなと後悔していると、僕らの元に大きな皿に盛りつけられた料理が届いた。三口ぐらいで食べれそうだがいいのだろうか。
煙たしはワインのようなものを僕のコップかグラスか分からないような容器に注ぎ、自分の容器にも注いだ。辺りにそれだけで朗らかな葡萄の匂いが充満する。
「素敵な飲み物ですね」
「ゴブリッチェは比較的アルコール性の高い飲み物です。未成年でもこのお酒のみ飲酒は許されていますが飲み過ぎには注意してくださいね」
彼女はそう言って自分の口元にグラスの口を近づけて飲んだ。鮮やかな紫色の液体が彼女の口紅で染められた唇を通って中に入って行くのを見てるとなぜか急に恥ずかしくなってしまった。
「では、素敵な出会いに乾杯を」
僕は彼女の突き出したグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。僕のグラスの中の液体が軽く揺れ、小さく甲高い音を立てた。
彼女があのパーティーの時に比べて大人らしく見えるのは、どうしてだろうか。それは服装や態度だけが変わっただけではなさそうだった。
彼女自身が女の子から女性に成ったような気がした。
僕はそこで目の前のステーキにようやく気づき、大胆に切り離して口に運んだ。
すると僕はあまりの衝撃に目を見開いた。
前世でも、勿論現世でも食べたことのない、とろけるお肉だったからだ。
僕は口を動かしたまま煙たしを見ると、彼女も幸せそうな表情をして僕を見ていた。彼女の目の前で手をふると、彼女ははっと目を覚ましたように驚き笑った。
「貴方が国家の写真に残せるほどの美しい幸せ顔をするもので、見とれてしまいました」
「そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。ところで、僕はこんなに煙たしが素敵な女性とは知りませんでした。初対面では女の子という印象が強かったのですが容易に変わるものですね」
「ええ、みなさんと遊ぶ際は少しでも気楽に話してもらえますよう有意義な服装や振る舞いをしているのです。貴方はこの私とかつての私、どちらの方が素敵に見えますか?」
僕は少し考えてから言う。
「どちらもそれぞれの美しさというものが存在しますので、区別などできません。確かに話しやすいのはかつての貴方ですが、大人びた笑みを浮かべる貴方も相当素敵ですよ。可愛い、が過去の貴方。美しい、が今の貴方ではないでしょうか」
「素敵な褒め言葉をありがとう。私は過去の貴方も今の貴方も素敵だと思いますよ、すごくすごく」
「え、僕はあの時とそんなに態度を変えていないと思うのですが。変わっていましたか?」
「違いますよ、もっともっと過去のお話です。前世での貴方ですよ」
前世。
僕の前世。
僕はその話に食いついた。
「僕の前世とお知り合いですか」
「やっぱり、記憶は消されちゃったんだね、仕方ないのかな」
彼女が何を言っているのか分からない。記憶が消えたんではなく消された?
「僕の記憶って消されたんですか」
「いや、今は君に伝えるときじゃないだろうから言えないね。ごめんね。でも、時が来たら必ず教えるから」
彼女はそう言って微笑んだ。僕は不安に駆られて言う。
「僕の過去について、どれほど知ってるんですか」
「前世のフィナーレだけだよ。それ以外は何も知らないの」
「フィナーレ、ですか」
彼女はもう一度グラスに口をつけた。中に入っていた澄み切った液体は彼女の口の中に全て入り込み、彼女は満足そうに口元を拭う。
「君を見た時、ようやく見つけたって思ったんだ。だから、このような時間を貰ったの。何か聞きたい?」
「え?」
「一つだけ、私が知ってるものを教えてあげます。ただし一つだけですよ?彼にばれたら怒られてしまいますので」
僕もグラスの中の液体を泳がせながら飲んだ。冷静さを保っておきたかったのだ。
「では、貴方の本当の名を教えてください」
「そんなのでいいの?」
彼女は不思議そうに僕に言った。彼女は二杯目の飲み物を自分のグラスに注いでいる。
「構いません。それが僕の今一番知りたい事なんです」
「記憶が無いのに、私の名なんてなんの価値を持つのかしら」
僕は大きく頷いて真剣な瞳で彼女を見た。彼女は僕の瞳をお酒で少しうとうとしたような目で見つめた。
「分かった。教えてあげる」
僕はグラスを下ろして彼女と対面した。彼女は彼女なりに真剣な笑みを浮かべていた。彼女はゆっくりと口を開く。
彼女の声がぽろりと口から漏れた。
「エクレア・フォロン。それが私の本名だよ」
エクレア。
聞いたことはない。
やっぱり、この質問は無駄だったのだろうか。
彼女は僕の次の反応を待っているようだった。
そこで僕が何か言葉を発しようとすると、急に何かの悪寒が脳裏に蘇り、僕は反射的に後ろを向いた。が、そこには家族連れが楽しそうに食事しているだけだった。
「どうかしたの?」
「いえ、なんだか急に寒気がしたので」
「今日は帰ろうか?私は構わないけど」
「もう少しだけお話出来たら光栄なのですが」
彼女は嬉しそうにまた飲み物を飲んだ。そんなに飲んで大丈夫なのだろうかと聞きたくなったが彼女の頬の緩み方から大丈夫ではなさそうだった。
「大丈夫ですか。アルコールが回ってきてるんじゃないですか?」
「ううん、大丈夫。私、アルコールが回ればげんきになるものぅ」
「そんな人がいてたまるものですか。かえりますよ、聞いてます?」
彼女はすでにうとうとと眠りかけてしまっていた。僕は残りを口に入れて味を楽しみ、彼女を担いで外に出ようとした。
「お客様、ご会計を」
レジの人が無銭飲食をしようとする僕らを呼び止めた。当たり前だろうが、僕は少し焦りながら煙たしの頬を叩いて起こした。
「エクレア、会計をしたいんだけど」
彼女はゆっくりと一枚のカードを取り出し僕に渡した。金色に輝く、市民には決して持つことの許されないゴールドカードというものである。かつてサヤが教えてくれた。
僕がそれを店員さんに渡すと、彼はおどおどしながら会計を処理した。奥の方で「~の御令嬢か!?」と驚く声が聞こえたのはまた別の話で何やら面倒なお話をその後されたのも別の話である。
僕は軽い彼女を担いで家に帰った。「むにゃむにゃ、セリヤ様」という謎の寝言が聞こえたが、僕には何も関係のないことだった。
すると、僕は帰り際に一人の少年と出会った。
「ごきげんよう」
彼は僕に声をかけているのか、煙たしに声をかけているのか分からないような声量で言った。
「煙たしのお知り合いですか」
「記憶、やっぱりあの糞野郎に喰われたままなんだね」
またまた同じような内容が聞こえ、僕は煙たしを守るように立った。彼はそんな事はしないよと手をわざとらしくあげた。
「お前は誰だ、僕に何の様だ!」
「君を助けにきたんだよ」
彼は僕に優しく笑った。僕は少しずつ距離を取るが彼は近づいてくる。
「どうして逃げるんだい?おいでよ、エクレアも君を助けようとしてるんだから」
「だからお前は誰なんだよ!」
彼は答えず僕に近づいてきた。何としても、煙たしだけは守りきる!
「さあね、言わないようにしてるのさ。ところで、君はエクレアを覚えているのかい?」
僕はそこで彼女がなにかしら怒られるとかいうような事を言ってたことを思い出し話を欺く。
「ああ、僕の前世の大切な人だからね。覚えてるのが当たり前じゃないか」
「ははは、ははははは!」
彼は大声で笑った。もう僕の嘘に気づいた様である。
「面白い、やっぱり面白いね。でも、僕が求めているのは君じゃない。過去の君なんだ」
「なあ、教えてくれよ」
僕は今度は自分から近づいた。必死な形相で、彼の胸倉を掴む。
彼は抵抗せず笑みを浮かべて僕を見下ろした。
「知りたいかい?」
彼は勿体振るように言った。僕は頷く。
「後悔しない、というなら教えてあげるよ」
「なら教えてくれ!」
「なら、一度死ねば分かることさ!」
彼はどこからか取り出した真っ赤な鎖のようなもので僕に殴り掛かってきた。急な出来事に僕は何も出来ないでいると、カインと高い金属音とともに彼自身の体が吹き飛んだ。彼は倒れ込むことはせずすぐに体勢を立て直しこちらを睨む。
「今はどういう状況なんだノーネーム」
僕の前には炎に輝く剣を持った紅蓮が立っていた。紅蓮の剣の炎の熱が倒れた僕の顔について僕は熱さに後退した。
「なんか襲われて…」
「煙たしは爆睡か。俺が盾になる。お前は逃げろ!」
「僕の邪魔をする気かぁ!」
彼は瞬間移動して横から紅蓮を斬りかかった。紅蓮は持ち味の反射神経でギリギリ彼の攻撃を弾く。が、あまりの威力に紅蓮は倒れ込んだ。
「どうやら実力の違いのようだね」
紅蓮は舌打ちをして彼から距離をとった。僕は心の中で必死に紅蓮の勝利を願う。が、願いも馬鹿馬鹿しく紅蓮は飛ぶような加速力で走ってきた少年に蹴り飛ばされた。
「紅蓮!」
「くるな!こいつは人間じゃない。俺達に勝てる相手じゃないんだ」
「でも!」
僕は迫り来る少年と紅蓮の前に立ち止まった。両手を広げて盾になろうとする。僕は目を閉じた。
「馬鹿かノーネーム!死ぬぞ!」
「死んでも構わない。僕のために誰かが命を落とすことに比べたらどうでもいいことさ」
「なら死ね!」
少年は僕の前に来るなり鎖を半回転させ風の音が聞こえるほどの速度で僕に向かって回した。防御の手を出すが、無論役に立つことはないのだろう。手首もろとも首筋が吹き飛ぶ想像を目を閉じてしていると、少年は鎖をとめて僕の右側を振り向いた。僕は半目で彼を見る。
「人の世界で暴れるなど、問答無用。私が貴方の存在を抹消して差し上げましょう」
マカロンが僕と少年の間に目には見えない結解を張り、僕はあまりの急さに驚きながらマカロンの来場を歓迎した。
マカロンは瞬間移動して僕のもとに現れる。
「紅蓮君、私に連絡してくれてありがとう。君はよく時間を稼いでくれたよ。これからはどうやら私の仕事のようですね」
「くそがぁッ!」
少年はすぐに彼を包んでいた結解を破り遠くへ走り出した。マカロンはそれを一瞥するように見た後、治癒魔法のようなもので紅蓮の傷を癒した。彼女の瞳はなんだか少し淋しそうであった。
「マカロンちゃん、今の相手をご存知なんですか」
「いえ、知りませんよ。ただし、この世界に無断で入ってきたのだろうと思うと少し淋しく感じてしまうだけです。私の世界は全員大歓迎なのに、どうして私に話してくれないのだろうって」
僕は小さく頷いて歩き出した。煙たしは紅蓮に渡して、部屋に向かって歩き出した。マカロンはそこで少し迷ったように僕を呼び止めた。
「少年、待ちなさい」
「それって僕のことですか?」
「そうよ、話があるわ。明日、いつでもいいから私の宮殿に来なさい。この大惨事は少しでも早く終わらせてまた平和な不思議で不可思議な世界を取り戻さなくちゃいけないもの」
「取り戻す?」
マカロンは僕の耳元に口を近づけて囁いた。冷静に。
「少しばかり深刻な、怪物の話よ」
閲覧ありがとうございました!




