第9夜
いつもの“儀式”が終わりアレックスが部屋を出ると、レオンが傘を支えにして壁にもたれて待っていたようだった。さっきまでうたた寝をしていたのか、大きな伸びと一緒にあくびをもらす。目元には涙がたまっていた。
「終わったか?」と涙を指先で拭う。
そんなレオンに「ああ」と呆れた返事を返す。
よくこんなところで眠れるな、しかも立ったまま。そう続けてため息混じりに首を横にふる。まったく鈍感な男である。
鼻をつまみ「俺はさっさとここから離れたいね」とだみ声で言うアレックスの心情は、ナイトリーにはお見通しのようで、ドアの向こうからは「聞こえてるぞ、このバカ者」と叱り声が飛ぶ。
「いつも悪いねナイトリー」ドア越しにナイトリーにレオンが片手で謝る仕草をした。
「いいさ、それよりお前ら真夜中までには帰れよ」
二人が顔を見合わせる。レオンが腕時計をアレックスに見せ「10時か」とつぶやく。
この世界の時計の針の数字は13まであり、1年の月もひとつ増えて13月まである。これは18年前にある男が太陽に強力な魔法をかけてしまったために、不吉な13という数字で月日が呪われ世界が不完全になってしまった結果だった。
「今日は土曜だったな」
不の魔力が強まるこの日は魔女達が街にやってくる。
今でこそ数は大分少なくなったが、出会ってしまうと厄介だ。故に土曜の夜遅くにあまり出歩く人間はいない。終電はいつもより早くすでに出てしまった為、ビスの運転で帰ることとなった。
「それで?」レオンが傘をさしながら尋ねた、さりげなくアレックスを傘に入れる。勢いよく弾かれた雨粒が滝のように傘の露先を流れ落ちていくほど、雨はまた本降りに戻っていた。スタジアムを出て、そんな中を二人はビスが車を付けるところまで歩いていく。
「“鑑定結果”はどうだったんだ」
“鑑定”とは先ほどナイトリーの部屋で行われた“儀式”の
ことである。実はとある事情からアレックスにはいくつかの呪いがかかっている。その呪いについてなのだが、全貌はまだわかっていない。分かっているのはその呪いの数が13だということと、それをかけた人物だけだ。だがその呪いをかけた張本人は既に死んでいる。あの例の太陽に呪いをかけた男だ。
呪いは既に6つが解かれており、残りの呪いはあと7つ。
どのような呪いがかけられているのか、内容についてはこうしてナイトリーの元に足を運んで彼に呪いを“鑑定”してもらう他に知る術はない。
どのような呪いがかかっているのか分からなければ、解きようもないからだ。
「地獄行きだとさ」
7つ目にかけられた呪いは“地獄に落ちる”というものらしい、それは神の墓に名前を残すことを許されぬ呪いだった。レオンはそれを聞いて、さも不思議そうに言う。
「そんなの呪われるまでもないな、だってお前は“どのみち“地行きだろ」
「レオンには言われたくないね」
車のヘッドライトに頬を照らされ、二人は会話を止めて目を細める。雨音に混じって低いエンジン音が空気を震わせ、漆黒の乗用車が現れた。どうやらビスのようだ。
「いかすね」とレオンが高く口笛を吹く。
「これエンブレムが変わってるな、狼のなんて見たことないけど」
「美しくない、バイクも車もイタリアに限る」レオンとは対照的にアレックスが興味なさげに答える。
「そうか? ドイツ車も悪くないぜ、なんたって丈夫だし、いやあ俺も車買おうかね」
そう言ってすぐには車に乗らず、一歩下がって車体を眺める。そんなレオンの指す傘からさっさと抜けるとアレックスは後部座席のドアを開けた。
見ると、広い後部座席の隅にサーシャが縮こまるように座っている。
「待たせたな」
「あ、いいえ」
そんな、緊張しなくていいのに。一足遅れてレオンが助手席に乗り込むと、運転席シートの間から顔を覗かせて言う。バタン、とドアを閉めてから体の奥底まで揺らすようなエンジン音を鳴らせて漆黒の車は暗い雨の中に消えていく。




