第10夜
「これイングニシアか?」
「正解、さすがレオン。ただ型は一緒なんだけど製造元が違うから正確にはイギリス車になるんだ」
「なるほど、それでエンブレムが違ったのか! それにしても羨ましいぜ、俺より年下のくせしていい車乗りやがってよ」レオンがビスの肩を小突いた。
そんな会話の弾む運転席とは裏腹に、後部座席に座るアレックスとサーシャの二人はお互い窓の外に目を向けたまま、スタジアムを出発してから言葉1つ交わされていない。
広い外車の後部座席では、二人の間にもう1人分座れるだけのスペースが空いている。
サーシャがちらりとアレックスの方を見る。ガラス越しに反射して見える彼の顔はひどく暗く、疲れているようだった。舞台で王子役を演じた双子のエイベルと同じ顔のはずなのにまるで別人のようだ、彼も笑えばあんな王子様みたいな綺麗な顔をしているのだろうか。
「なんだ」
視線に気づいたアレックスと窓越しに目が合った。サーシャは緊張してカチカチに固まってしまう。その冷えた声と瞳に、身体中の筋肉を凍らされた気分だった。
「なんでもないの、ごめんなさい疲れてるのに」後半は車のエンジンにかき消されるほど小さな声だった。
視線を感じてアレックスがバックミラーを見ると、レオンがこちらを睨んでいる。もっと優しくしてやれ、と目で言っているのが付き合いの長いアレックスには嫌と言うほど伝わった。
アレックスが小さくため息をして、サーシャの方に向きをかえる。
「謝らなくていい」
「あ、はい」
「舞台は楽しめたか」
「ええとても、綺麗な舞台だった」サーシャの顔がぱっと明るくなる。白雪姫達の衣装や、演出の華やかさについてなど、嬉しそうに舞台の感想をアレックスに伝える。
「王子様が出てきた時、凄くかっこよくって、お客さんも皆ビックリするくらい」
嫌な予感がして、アレックスが再びバックミラーを見るとやはりレオンがニヤニヤと笑っていた。
「よかったな、アレックス! イケメンだってさ」
「黙れよバカ」
運転席の二人がどっと笑う、照れんなよとビスも悪のりしていた。サーシャの顔がすっと林檎のように赤くなる。
「俺じゃなくてエイベルのことだろ」
「双子じゃんかよ」
「俺は王子じゃなくて魔女役だっての」
アレックスも半分怒りで顔が赤くなる。
そうしてなんやかんやと車で騒いでいるうちに、家に着いた。しかし全員が車から降りたあと、アレックスがレオンに何時かと尋ねる。
「11時半だけど」
「先に家に入っててくれ、俺は少し用事がある」
「正気か? 真夜中まで二時間切ってるぞ」
ひどい顔だ、今日は疲れてるだろうし早く寝た方がいい。ビスもそう言って心配そうにアレックスの顔色をうかがう。
「今夜はまだ眠れそうにない」
その言葉に、しばらく考えてから「わかった、ただし俺もついていく」ビスがアレックスに助手席に座るようにうながす。
「おいこのバカ、こんな夜中にどこ行く気だよ、ビスまで巻き込んで」
「寺院だ」
「寺院だと?」
「ナイトリーに会うように勧められた神父がいる」
「こんな夜中にか、それも土曜の」
「サーシャは頼んだ」レオンの質問には答えず、ただ冷たくそう言ってアレックスは車に乗り込む。
バタンと勢いよくドアを閉めて、車が走り出す。辺りを一瞬光が照らし、風も出てきた。遠くで雷鳴が狼の唸り声のようにゴロゴロとなる。サーシャに背中を叩かれるまで、レオンは車が消えた闇先を見つめていた。




