第4夜
アレックスとレオンに出ていかれ、サーシャは部屋に1人きりとなってしまった。半分起こしていた体をもう一度ベッドに投げ出す。知らない天井を見上げ、部屋のどこかからか聞こえてくる時計の秒針の音に耳を傾けた。
すーっと息を吸い込むと、他人の匂いがした。嫌な臭いではなかった、どこかで嗅いだことのあるような気さえした。ここはあのアレックスという青年の部屋なのだろうか?
サーシャはベッドから起き上がった。長い間寝たきりだったのだろうか、なんだか久しぶりに地面を踏んだような気がした。まるで足が自分のものではないような奇妙な感覚だ。一歩二歩と歩くとバランスを崩して転んでしまう、しばらく壁伝いに歩いて少しだが感覚をつかんだ。なんとか歩くことはできそうだ。
部屋のドアを開けると、階段がありその先にはリビングのような広間があった。慌ただしそうに二人が出ていこうとしているところだった。
「お、サーシャも一緒に行くか」
「え」
レオンに意気揚々とそう言われるが、仕事があると先ほど言っていたのをサーシャは思い出す。
「お仕事の邪魔になりますよ」サーシャは頭を横にふった。
「大丈夫、今日の仕事は舞台の代役なんだ」
「代役?」
「アレックスが舞台に出るんだよ、俺らは見てるだけだからさ、考えてみたら知らない家に1人で留守番ってのは嫌なもんだろ?」
おい、どっちでもいいから早くしてくれ雨が降ってるんだ。アレックスがドアを半分開けて今にも出ていきそうだった。レオンはサーシャの手を強引に引いて「すぐ行くって」と後を追いかける。
「レオンさん、あの」
「あの仏教面のアレックスが演劇やってるとこなんてなかなかお目にかかれないんだ、面白いものが見れるぞ」
アレックスに聞こえないよう小声で、今にも踊りそうなくらいウキウキとレオンは言った。
そんなレオンに手早くレインコートを着せられると、サーシャは手を引かれる形で二人の後を歩く。歩いているはずなのに、まるで走ってるみたいに二人のスピードは早かった。サーシャは置いていけれないように小走りで着いていくのがやっとだった。夜の街はキラキラと輝いていて、人が無数の虫みたいに引っ付いて歩いていた。すぐ先にいるはずのレオンの姿さえ人混みに紛れて見えなかった。
その人混みの間から伸びて、自分の腕をつかむレオンの腕が今サーシャの頼れる唯一のものだった。
何か大きな乗り物に乗ると、人の流れは止まった。
「サーシャ、大丈夫か?」
ぬっと人をかき分けてレオンが顔を除かせた。こっくりと頷くサーシャに、レオンは笑顔を見せた。
「駅ではぐれるなよ、スタジアムの近くはもっと人がいっぱいいるからな」
「はい、絶対はぐれません」
レオン達とはぐれ、1人でこの人混みに揉まれるのを想像してサーシャは身震いをした。
レオンの言った通り、スタジアム付近はあまりの人の多さに熱気で満ちていた。ところどころから空腹を刺激する油や酒のいい匂いが漂っていて、売られている菓子の砂糖や着飾った人々の甘い香りにサーシャは少し吐き気すら感じた。
「着いたぞ」




