第3夜
ドアの開く音に、2人の視線はそこに立つ青年に向けられた。まだ生乾きの髪で、肩からは出来立ての料理のようにゆらゆらと湯気が上がっていた。ピンク色に染まった血色の良い頬で、青年はまたも乱暴にタオルで頭をふいた。部屋にかすかに石鹸の匂いが香る。
「起きたんだな」
タオルの下から青年が彼女にそう言った。
「サンディーちゃん風呂上がったのね、早く出かける準備しないと」
「だから」
タオルを肩にかけて青年がレオンに睨みをきかせる。サンディーという愛称で呼ぶなといったい何度言えば分かるのか。言葉にしたいのを、ため息で流した。仕事まで時間がない、その前に彼女に聞けることを聞いておきたかった。
「あんた、なんであんなところで倒れてたんだ」
青年の質問に彼女は答えにくそうにうつむいた。「もしかして、わからないのか?」と先にレオンが口火を切る。
「はい、記憶が……自分が誰なのかもわかりません」
彼女の言葉にしばらく部屋には沈黙が走った。一瞬、レオンと青年が目を合わせる。どうするんだ? レオンは青年に目でそう言っていた。本当に記憶がないのだろうか、身元を隠すために嘘をついている可能性はないだろうか。でも、そんなことをして彼女になんの特があるというのか。 やっぱり記憶がないのは本当なのか?
「まあ別に俺はあんたの過去が、知りたいわけじゃない、他に行く場所もないだろうし、しばらくここに居ればいい」
「またお前は、そういうことを勝手にホイホイ決めるなっての」
「責任は俺がとる」
青年が、じっとレオンの瞳を見据える。何か言いたげなレオンもその視線に今のところは口をつむぐ。「後で話がある」レオンはぼそりと青年の耳元でそう囁いた。
「何にしても、名前がないのは不便だな」
とりあえず、と青年は続ける。
「今は俺の名前を貸しておいてやる、俺の名前はアレッサンドロだ。今日からあんたは女性名のアレクサンドラを名乗れ」
「……アレクサンドラですね」
「そうだ、本当の名前を思い出すまで必要がある時は使えばいい」
「わかりました、あのアレッサンドロさんは」
アレックスでいい、そう言うと背を向けて部屋を出ていってしまった。
「悪い、この後仕事があるんだ」
俺の名前はライオネル、呼ぶときはレオンでいいから。思い出したようにレオンは続ける。
「アレクサンドラだと長いから、サーシャって呼ばせてもらうよ。 よろしくなサーシャ」
レオンはニコリと笑うと、アレックスの後を追うように部屋を出ていってしまった。




