第2夜
「えっと、買い物に行ったんじゃなかったっけ」
傷だらけで家に帰ってきた自分を見て、きょとんとする同居人のレオンという男に青年は買い物の紙袋を押し付けるように渡す。「いや、っていうか誰その女の子」レオンの問いかけを無視して青年は例の女性を抱えたまま2階の自分の寝室へと向かった。
「オレンジが入ってないぞ、どっかで落としたのか」
ガサゴソと紙袋のなかを覗きながらレオンが後ろで問うが、これもまた青年は聞き流し無言で階段を上る。
「サンディーちゃんたら、無視しないでよ」
「その名前で呼ぶな」
女をベッドに横たわらせ、やっと青年は口を開いた。
「可愛い子だねー、なに喧嘩でもしたの?」
レオンは女と青年を交互に見比べ、ニヤニヤと笑いながら言った。青年の沈黙をイエスととらえ「喧嘩なんて、らしくないじゃん」と続ける。
「拾ったんだ」
「“拾った”ってお前ね、そんな子猫みたいな言い方されても」
「しばらく置いてやってくれ」
有無を言わさず、青年は部屋から出た。汚れた体を洗おうと風呂に向かう。熱い、とても熱いシャワーが浴びたい気分だった。
*
押し付けられた買い物の紙袋はくしゃくしゃでシワだらけだった。傷だらけで帰ってきたかと思えば、まさかこんな娘を拾ってくるとは。
レオンはベッドに横たわり、寝息をたてる彼女を見る。
「まさか、あいつが人助けをするなんてね」
起こさないようにゆっくりと近づく、しかしまあよく眠っている。まるで童話に出てくる眠り姫のようだ。このまま100年でも眠り続けてしまうのではないかと思ってしまう。腰までありそうな金色の細い髪、瞳はいったいどんな色だろうか。
「――ん」
その髪と同じ色の薄い眉がぴくりと上に曲がる。レオンは思わず「お」と声をあげた。眠り姫はずいぶんと早いお目覚めのようだ。眩しそうに薄目を開けたかと思うと彼女は今度はパチリと瞬きをした。
「アイスブルーか珍しい色だな」
おはようございます、お姫様。レオンがおどけてそう言った。
*
脱衣所に行くとまるでその体から引きちぎるように、青年は着ていたシャツを脱いだ。頭をかきむしり、気分がひどく高揚して軽い息切れをしていた。レオンが言っていた通りだ、自分らしくない。面倒事が嫌いだというのに自ら首を突っ込むなんて。
ゆっくりと息を吸い込み呼吸を整えると、鏡に写る傷だらけの自分を見据える。何故あんな真似をしたのか。その瞳に問いかけるように思った。
左頬に出来たアザをそっと押し、痛みに少し顔を歪めた。口のなかではまだ血の味が残っていた。腰にしまっていた銃をとる。弾は満タンのままだ。
これを使わず体格で不利な相手3人に体術で向かった。殺しはしなかった、後のことを考えれば殺しておくべきであったろう。顔を見られていれば、彼らはいつか報復に来る。
「正気か――俺は」
そうまでしても、自分はあの女を助けたかったのだ。
「似ているからか」
自分にも聞こえないような小さな声で青年は独り言を言った。そう、あの女は少し似ている。これは偶然なのだろうか、確かに彼女は死んだものなのだと思っていた。生きていたのか、あるいは自分がただそう思いたいだけなのか。
シャワーの水勢を最強にして、頭に当てた。染み込むように水は体をなでながら落ちていく。温度を次第にあげ、いつもなら上げないくらいまで高く熱くした。全身が赤く火照っているのがわかった。浴びる熱い湯に青年は快感を感じていた。耽った寒い夜にふわふわと柔らかな毛布に入るような、安心感。このままずっと浴びていたいと青年は思った。あたりが湯気で満ち、まるで霧のなかにいるようだった。
水をとめた。とたんに体からすっと熱が引いていくのがわかった。
水滴のしたたる髪もろくにふかずに脱衣所を出ると奥で笑い声が聞こえた。大して広くもないこの家では、どこにいても喋り声が聞こえる。肩にかけたタオルで乱暴に髪をふきながら青年は寝室に向かった。




