第1夜
Taboo―タブー
人には役割というものがある。
それぞれがそれぞれのあるべき役割をこなすことで世界は円滑に動くのだ。
そしてその役割りというのは、必ずしも望んだものであるとは限らない。
それは、自分で選ぶことを許されることも血筋や運命によって決まることもある。
演劇のように、誰もが主役を演じたいと少なからず思う。しかし主役になれるのは、ほんの一握りの者だけなのを皆は知っている。主役が主役であるために、悪役や脇役は存在しなくてはならないのだ。
――損な役回りというのは必ず存在する。
茶色い紙袋をいっぱいにして、青年は馴染みの店を出た。店にいる間、小雨でも降ったのか空気はじんわりと湿り気をおびて、地面からは雨の臭いが上がっていた。青年は傘を持っておらず、本降りになる前に帰ろうと、いつもとは違う裏通りを歩いた。
工場が続くこの工業地帯は至るところから煙があがっている。工場の間を縫うように流れる川は排水で緑色に濁っている。
今や世界のほとんどの地がこの町のように工業化してしまっている。生きる土地はもはやわずかしか残っておらず、大概の土は種を植えても芽を出すことはなくなった。人は飢えに苦しみ、かつて70億もいた人口は1億を切ろうとしている。物語は終盤にさしかかっというところか、人類の滅亡は遠くない未来にあるだろう。
迷路のように入りくんだ工場の間をなれた足取りで、青年は早足に歩く。 ここは昼間こそ人はほとんど通らないが夜になると所々に露店が開き闇市となる。一般人でも名を聞くような有名なブラックマーケットも数多く店を出すような通りだ。
紙袋に入った果物を何度か落としそうになりながらも、早いうちにこの道を抜けなければと曇った空を一瞬見上げた。目線を前に戻し、金色の長い髪が目に留まった。物乞いのように汚れた地面に座り、うなだれる少女がいた。青年は思わず急いでいた足を緩める。昼間とはいえ、こんな裏通りに女性が一人などありえない。
――死んでいるのか?
その顔はほとんどが隠れていて見ることは出来ないが、髪の間からわずかにのぞく頬は汚れのない雪のように白い肌であった。髪も乱れなく整っており、わずかだが甘い香りもする。ホームレスには見えなかった。
「おい」
声をかけてもまったく反応しない。微かだが寝息が聞こえる。信じられなかった、こんところで寝るなんて。人さらいにでも捕らわれ売り飛ばされたところで、誰も庇護する者はいない。
青年は「おい」と2度目の呼び掛けをした。先ほどよりも少し大きな声でだ。
「起きろよ、こんなところで寝てると」
言いかけて青年はハッとした。誰かこちらに近づく、話し声が聞こえた。時間も時間だ、闇市の人間かもしれない。青年はとっさに物影に隠れた。
闇の人間に下手に顔を覚えられたら、面倒だ。仕事柄で彼らが人の顔をよく覚えるのを青年は知っていた。
物影からしばらく様子を伺うと、どうやら相手は数人いるようだった。青年の首回りほどありそうな太い腕をした屈強な男が3人。よくいる柄の悪いギャングのようだ、恐らく上から闇市の見回りか買い付けを頼まれているといったところか。
一人が眠ったままの女性を肩に軽々と担ぎ、連れ去ろうとしている。場所を変える気だろう、そこで彼らがやろうとしていることも青年はだいたい予想がついた。
物凄く面倒臭そうだ。普段の青年なら関わらないようここでくるりと踵を返すところなのだが、何故だがこの時は胸騒ぎがした。
「さて」
どうする、助けるのか否か。自分一人の生活も苦労の絶えないこのご時世に、女を一人背負い込む余裕ははっきり言ってない。リスクが大きすぎる。だが青年は今にもギャング達に飛びかかりたい気分だった。物陰から遠ざかっていくギャングの背中を盗み見ながら、その肩に担がれ揺れる金色の髪に青年は妙に庇護欲を掻き立てられた。 気がつけばジャケットについたフードを目深く被っていた、こんなことをしてもなんの意味もないと言うのに。自分に小さく苦笑しながら、青年は素早く物陰から走り出た。狭い道を我が物顔で広がって歩くギャング達の間を抜け、彼らの前に躍り出る。
青年はフードをさらに目深く被った。
「なんだ、お前」
顔を伏せ、目の前に前に立ちはだかった青年を威嚇するように男の一人が答えた。
そんな男の凄みにもひるまず「その女、返してくれないか」ぼそりと青年はつぶやいた。
3人は顔を見合わせるとニタニタといやらしい笑いを浮かべる。
「なんだ、この女あんたの彼女さんか? ただで、なんてむしのいい話してんじゃあないだろうな」
「出すもんだせよ、顔ぐらいみせたらどうだ」
男の一人が青年のフードに手をかけた。




