第13夜
車が完全に止まるよりも前に、アレックスはすでにドアを少し開けていた。タイヤを削る甲高い急ブレーキの音がしてすぐに、勢いよく閉まる車のドア音が響く。それは軽く車体が横に揺れるほどのものだった。
寺院を出るまでの疲れきっていた顔とは違い、 まるで警察に追われる犯人のような緊迫した表情でアレックスは家にかけていった。
「あーらら、慌てちゃって」
余計なことを言ってしまっただろうか、ビスは半分笑いながら玄関のドアに手をかけるアレックスの背中を見つめる。ただ正直なところ、普段クールなアレックスの切羽詰まった顔を見て楽しんでるのは否めない。
一方で息を切らせながら家に入ったアレックスはリビングやキッチンにザッと目をとおす。だが2人の姿は見当たらない。
給湯器の稼動する甲高い音が外から微かに聞こえ、顔の険しさが増す。
「風呂か」
風呂場に向かう廊下のドアを開けると、シャワーの流れる音が聞こえる。薄暗い廊下に脱衣所の扉のすきまから出る光が線になっていた。その前には不自然に扉に張り付くレオンの姿がある。
ピンときたアレックスはゆっくりと音をたてずにレオンの背後に近づく。
「なるほど、Bのアンダー60と見た!」
背後に気づかず、覗きに夢中になっているレオンが1人小さく歓声をあげる。
「おいレオン」
「いいとこなんだよ、邪魔すんなって」
「てめえ、何してんだ」
「いやいや、何ってお前……あ」
あ、じゃねーよ。
アレックスが蹴りをひとついれる。
「このドスケベめ」
「いや、むしろこの状況で覗かないのは」
「開き直ってんじゃねえよ、この野郎」
つかみ合いになっている2人を前に、ガチャリと脱衣所の扉が開く。湯気に乗って石鹸の香りが押し寄せる。
「どうかしました?」
頬を染めた風呂上がりのサーシャが、首をかしげる。
状況からいって怪しすぎる2人の行動にサーシャは微塵も不信を抱いていないようであった。
「いや、あの、……俺は覗いてないからな! レオンが」
つかんでいたレオンの胸ぐらを離し、慌ただしく手をふるアレックス。一方レオンはまったく懲りていないようで、サーシャの着ているTシャツが逆であることを指摘してそれを脱がせようと手にかかる。
「よし、 優しいレオンさんが直してあげよう! さあバンザイしなさい」
「いい加減にしろ」
獣のように襲いかかろうとするレオンを押し退け、アレックスはサーシャの抱き上げた。さらにそのままレオンのわき腹に蹴りをもうひとつ入れる。
「反省する気ないだろお前」
「もちろんだ!」
「クソして寝ろ、変態」
本日三度目の強烈な蹴りをレオンの脛に入れると、痛みにうずくまるレオンを無視し、サーシャを抱きかかえたままアレックスは2階へと上がる。
やりとりの声は外まで聞こえ、ビスも呆れながらその一部始終を聞いていた。
「さて、帰るかな」
低いエンジン音が静まった夜の町に響いた。
プロローグ『魔女達の夜』fin.




