50.4
「良い!臣民の声一つ余の耳に届いたぞ!」
光を掲げ、光が走り、光でそれが現れる。
「…?!っわぁあっあんぎゃっ…」
「存分に教えを乞うが良い、余が許す。」
それは、灰桜色の毛。
それは、灰桜色の何か。
それは、いつの日か見た灰桜。
「た、建部さん?!?!」
「…たてべ?」
「こやつが適任だろう、余が呼び出したのだ跪きひれ伏すが良い。」
「えと、これが、この人が操縦出来る…人?」
建部綾、テット日本支部職員兼エンジンの付いている機械なら動かせる怪物。
それの正体は、この世で最も運転という面に長けた者だった。
「いたた…ここ…どこー…」
「たっ建部さん!俺です佐都です!ここはエジプトのキノヤクアカデミーで…!ああもう…!」
「なるほどー…おっけい、何運転すればいいー…?」
「え?」
流石テット職員と言うべきか、呑み込みの早さは怪異に匹敵するレベル。
「終夜航行者よ、余の背に在す舟だ。」
「しゅーや…ま、まだ言うんだ…」
そびえるは地に下ろされ、更に下ろされ遂に海へ触れることとなる戦艦。
「佐都くん状況聞かせてー…建部さん、休暇後ですっごい元気だからー…」
「あ、はい。」
状況説明は芳しくなく、苦患を呈した。
aを説明する為には前提のbを、bを言うにはcの用語を言わねばならない。
「えっと〜…それで、あの戦艦の艦長をしてほしくて…」
「いいよー…」
「…マジすか。」
「だいじょーぶ、規格分かれば乗れる。」
が、建部はそれ以上に頼もしく、こと運転において天賦の才を有していた。
「あのっ…」
「はろー…ふゆちゃん…で合ってるよね?」
「そうですっ、ぁえと、私…」
「緊張しない緊張しないー…」
緩く間延びした声と共にその長髪からブラシが取り出され…
「ちゃんと聞いてるからー…ね?」
髪が動き、髪を梳く。
建部の神秘である毛髪操作が顕著に表れていた。
「ぉ、同じ舟に乗る…乗ります、操舵、教えてほしくて…」
「りょーかい、取り敢えずデッキのぼろー…」
鉄の巨体へ消える二人、果たしてこの先どうなるか。
______________________
述べる挙句に時来たり、ついに総員が戦艦下野、もとい方舟へと乗り込んだ。
「…ここまでで何か質問あるやつは?」
「はい!」
「ん、どうした新科学部の部長。」
「船酔いは―――!」
「知らん、適当に吐け」
「はい!」
上陸作戦前夜、方舟は今か今かと進水を待っている。
「にしても…ほんとに上手くいくんすかね…」
「あ?今更やろ、戦争やって最初から全部決まってた訳ちゃう。」
上陸用のLCPV総20隻、人がこれでもかと詰められたその現場で、言の葉を交わす男女二人。
「うぅー…死にたくないっすー…」
「泣き言ぴーぴーうっさいねん、お前は守ってるから安心せぇや。」
「…ふふ、変わらないねミチル。」
肩に手を置いたのは、前線に配置されたウナ。
「あれ、ひなちゃんには昔の事話したっけ?」
「うえ、ミチルさんって昔があったんですね!」
「お前俺を何やと思っとんねん、あとです口調なのかっす口調なのかどっちや。」
「ああキャラ付けです、本当はずっと敬語です。」
「………」
ひなの直轄小隊員が怪訝な目で見つめる中、戦艦が揺れる。
______________________
「バーイ、マイシスター…このデカブツは任せろ。」
「alright…じゃあ、I'm going now.」
「…イェ、帰ったらもうちょっと日本語学ぼうぜ。」
それぞれが、
______________________
「…行ってくる。」
「うん…それじゃ、終わったら会お。」
「うぇーい、無傷で戻ったらあたしの腹の件見過ごしてやんよー!」
「クルミ。」
「ひえっ」
「………」
それぞれの方法で、
______________________
「…で、テットのやつらはここのボートって訳か。」
「はい、本当はミチルんとこに配属したかったんですが…あの、守ってほしくて。」
「んだよしゃらくせぇ…ああ分かった、文字通り肉壁になってやるよ、犬っころ。」
別れを、再会の誓いを、告げていた。
「私も居るよぉ…」
「余も居るぞ。」
三者三様、の域を超えた十人十色。
数多の様相渦巻く艦内に、間延びした声が響く。
「あー…あー…こちら艦長ー…」
「艦長の、建部…三十分後にしゅっこーするよー…」
「くわしくは、各自に頒布されたぶりーふぃんぐちぇっくー…」
______________________
乾いた金属音が、戦艦に響く。
巨大な船体を支えていた最後の固定具が外され…
「しゅっこー…」
ノイズ混じりの声から数秒遅れて、戦艦が動いた。
全長二百メートルをも超える鋼鉄の塊が、自らの意思を持ったかのようにゆっくりと滑り始める
戦艦下野、またの名を方舟。
今ここに、進水落下の儀を。




