29.
不吉、悪運、疫病、戦争。
そして、死。
死者或いは精霊の大群が、押し寄せる。
「っ…"魔術師"!」
「うおぉっと!?」
咄嗟の風が2人を運ぶ、その直下では、おぞましい野の狩人共が猟犬を引き連れ馬で天と地を大挙していた。
「ヒマリ!先の剣術は良い、が控えろ!二度とあやつには効かん!」
「は?なんで!?てかなんて!?」
「説明は後だ!下方を見るな!」
空力剣が生じさせた上昇気流は二人を乗せる、しかし…
「今一度告ぐ、汝等生きるもの一切の望みを捨てよ。」
ひまりは垣間見る、故郷の魑魅魍魎いずれにすら遠く及ばない規模の不浄を。
「ぐふ゛ぅっ…!?」
喉元から迫る泥、頭頂部を覆う黒き猟犬、ただの一瞬視界に入れたそれのみである。
「ごほっ゛ぉ゛えけ゛っ…!」
「っヒマリ…!」
酷いまでの咳が止まらず、血の混ざった痰が口に溢れる。
「く゛ぅ゛ぅ〜…!」
「止めよ!まだその時ではない!」
それは百年程前、世界に億の死屍累々を積み上げた疫病、スペイン風邪である。
呼吸が苦痛に変わるその時、自身の首元へ刀を持っていくひまりを王は止める。
「嗚呼…なんて素晴らしい生の最大化、是非とも記録しておきたい…」
狂人は、それを恍惚として見ていた。
「…ヒマリよ、気休めにしかならん、これに頼るな。」
「が…ぁ…」
気流と共に両者は落下する、塗炭の苦しみを味わうひまりには、首筋へ"Achaiah"と焼印が刻まれる。
「狂者よ、最早一切の慈悲は与えん。」
「闇夜に灯火、真に小生が望むは、臨むは最大化された生なり。」
大挙を成した狩人共が、その生尽くさんと迫る。
「余が下す、余が行う、余が裁く。」
が、その向かう者全ては生じる威光の壁に隔たれる。
「おおっ!カヴの閃光!」
「いざ嘶け、正負剣ラメド。」
正のエネルギーを纏いし表の刀身が光る、そしてその光は迫る者共を焼き殺す。
負のエネルギーを纏いし裏の刀身がどよめく、そしてその歪みは…
悪しき相手、滅すべき対象、今ここで裁くべき者へ必然と刃を向ける。
「貴様容易に死ねると思うなよ。」
「うむ、そちらこそだ偽の主、互いに死を、互いに生を謳歌しようではないか。」
死渦巻く小島にて、王者と狂者が今相対する。
「ぅ゛…チビ…」
「喋るな、お前に心意気があればアカイアは応える。」
未だ止まらない咳を抑えひまりは刀を支えに立ち上がる。
「んなもん要らねぇよ…こんな体調不良くらい、あいつぶん殴ったら治るわ…!」
「…良い、せめて余の邪魔をしない事だ。」
焼印は熱を帯び、頭頂部の猟犬は死に絶える。
あらゆる災いを呼び込み、見た者に死をもたらす荒々しい狩を前に若き剣士は明朝家としての誇りか、闘志を燃やす。
「チビ、時間が欲しい、頼む。」
「は!良い、絶対の王を時間稼ぎに使う、その意を知れ。」
閃光は一層と輝きを増し、収束、空力、正負剣が集う。
「然らば往くぞ偽王と女人、不肖ダンテ、至高に至る美を御覧に入れよう。」
「すぅ…ふぅ…信じるからな。」
「憂うな、お前の眼前に佇むは王ぞ。」
取り巻く3つの剣、渦巻く万軍の狩人、嵐の目に近い状況にて、狂人ダンテは一つの書物を取り出す。
「"偽典、ネクロノミコン"」
それは平安の世にて、死地に追い込まれた初代明朝家当主が発案した膂力任せの一振りの構え、ひまりは脱力と緊張の中間を探る。
「明朝家流居合抜刀術が四本目…」
それは、我が主の神名、みだりに名を呼んではならず、結果として音そのものが霧散した四文字。
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