28.
「公務機関テットだ、通せ。」
世界に知れ渡るその名は容易に通行を許す。
王とひまり、両者は島へ足を踏み入れる…
「…人居ないな。」
「観光としての人気…或いは奴の仕業であろうな。」
庭園は、異様な静けさに包まれていた。
ルネサンスの時代から続く建築様式は荘厳ながらも、何処か不安を煽る。
「教会へ往くぞ、居るとしたら其処だ。」
「…分かった。」
返事は短く、緊張が表に出ていた。
不快な蒸し暑さが汗を垂らす。
「よし…開けるぞ…せ、せーのっ!」
白き教会、別名水辺の貴婦人の黒き門が、今開かれる。
「お、お邪魔しま〜…うおっ!?」
「"節制"」
その眼に広がるは祭壇でも、書見台でもなく…
「で、デカい…門?」
苦悶の顔があしらわれた黒き門、扉は閉じられ、天蓋には座り込む男の像が鎮座していた。
「構えろ、奴だ。」
「え?な、なんて?」
突如、この世のものとは思えない叫びが教会内に響く。
「嗚呼!其処にお見受けするは我が主!一体なにゆえ小生のアトリエへ?!」
同時に、狂気に染まった声色が、発音もままなっていない声が叫ばれる。
「ヒマリ、背後を。」
「わっ分かった、任せろ…」
「ンン?!其処に見受けるは小娘?!ナゼ我が主の傍へ?!」
狂人が、黒き門から現れる。
飛び出た眼球、生気のない肌、異形を漂わせる猫背の狂人が。
「貴様を臣下へ加えた覚えは無い、余の従者を名乗るな。」
「ンン?ンンーーーー…」
首をかしげる狂人、その首は何処までも曲がり…
「嗚呼、なるほど。」
捻れた首が途切れ頭部が地に落ちる。
「アナタ様は我が主ではない。アナタ様は我が主ではない。アナタ様は我が主ではない。」
「我を過ぐれば死の都あり。我を過ぐれば永遠の苦患あり。我を過ぐれば滅亡の兆しあり。」
「死は尊き我が肉体を動かし。邪なる威力。比類なき悪性。第一の悪性。我を造れり。」
「永遠の物のほか物として我より先に生命はなし。しかして我永遠に冥府に立つ。」
繰り返される狂言、妄言、戯言。
それは、14世紀の詩人へ地獄の門が語った内容をおぞましく改竄した物。
「………ッ来るぞ!」
「汝等生きるもの一切の望みを捨てよ。」
穢らわしく、黒色の液状と化した狂人の頭部が両者を襲う。
「…明朝家流居合抜刀術が三本。」
瞬時、時が止まる。
「"無心無刀"」
時間にして刹那、ひまりは刀を抜かず、ただ構え、ただ睨んだ。
「イ゛…!!」
狂人は奇声を張り上げる、切られてすらいないというのに。
王は感知する、それは催眠でも、幻術でもない。
「…なるほど、面白い。」
"完成された生物が放つ絶対性"
それは、被捕食者或いは獲物を"切られた"と錯覚させるには充分な圧であった。
「ああ、あアぁあアアぁーーー!!!!」
しかし、叫ばれるのは痛みや恐怖ではなく、むしろ恍惚としていて、感動を含んでいた。
「優れている。秀逸だ。抜群だ。卓越している。非凡だ。絶妙だ。申し分ない。一流だ!!!」
「我が主ぃィ゙っい!!非礼を詫びますぞッ!この女子は小生の美に値する!!」
「小生は生を求むる探求者!この感応に感謝を示そうではないかぁっ゛!?!?」
叫ぶ狂者はかく語る、かく示す、かく動く。
馬の嘶きが、教会に近付く。
「―――ワイルドハント」




