155話 現れた天女
皆さんもよく知っている妖怪…というか怪物ですかね?今やかなり美人として知られているメデューサですが、元々は醜い怪物だった事はご存知でしょうか?
自分はこの妖怪も好きです。個人な意見ですが、Fate stay nightに出てくるメデューサことライダーがめっちゃ好きです‼︎
幸助達が古都の支配領域を抜けるには『赤兎馬』を使っても3日は掛かる。
それに、古都:霊脈の都市を抜けた後、完全に褒姒の管轄外となる為、法に従わない者に狙われる恰好の獲物になる。
古都から抜ければ完全に不法地帯。
野を走り、海を渡り、山を越えて漸く怪都の支配領域に入れる。
それまでの壁で立ちはだかるのは、中国妖怪、はぐれものの妖怪、海の妖怪、神話の怪物妖怪、最大の鬼門である“三妖魔”の酒呑童子を突破しなければならない。
距離では表せない遠き未開域と化した怪都。來嘛羅と酒呑童子、神話の怪物しか辿り着けなかった怪都:天霧の都市に足を踏み込めるだろうか。
新たな妖怪を仲間とした幸助がこの難関を乗り越え、『吸血鬼』の真祖に着けるのか。
前代未聞とも思える人間と妖怪による旅が始まる。
死の山脈デスバレーの離れた海の地帯で神話の怪物が瀕死状態で這いずる。
内臓が爛れ、皮膚から筋肉や骨が剥き出し、巨体な身体が歪に海の方へ逃げるように這う。
蛇のような髪、怪物と化した巨体、伝承による容姿は醜さを誇張する。それを羞恥と怨み、憎しみで這いずり、呪言葉を繰り返す。
藤原陽輝に討伐されたと思われた『メデューサ』であった。
陰陽術をその身で受けた衝撃で、僅かに人間としての知性を得た。
近年、『メデューサ』の伝承が変わり、人間の知性を取り戻した。酒呑童子達の鬼達と戦った際にふと昔を思い出したのだ。
陽輝に祓われる直前、自らの妖力の大半を犠牲にして、何とか此処まで逃げ落ちる。
「迂闊…でした。あの人間の女は退魔の術を扱うとは。くっ…この傷も簡単に癒えない猛毒。怪物と妖怪の魔を祓う陰陽術を扱える人間は殺さなければ……妖界が危険な事に……うっ⁉︎」
深手を負い、邪蛇の姿であった肉体は今や肉塊を保つだけで精一杯。妖力を取り込もうにも退魔の猛毒を受けたメデューサは吸収出来ずに力尽き、地面に何度も倒れる。
「あ……姉さん達と一緒に神の地に行きたかった。こんな目に遭ってまで怪物を望んだのではないと言うのに…。人間にはつくづく狂わされる。目が覚めた時、姉さんの元へ行ける事を……」
血の塗られた手を海の先へ伸ばす。あと少しで近づけるも、これ以上進む事は困難であった。
紀元前に生まれた怪物と謳われたゴルゴーン三姉妹の『メデューサ』はこの世界からの離脱を望む。
しかし、妖怪として恐れられてしまった彼女の妖界からの離脱が叶わない。
「……そうでした。私は堕神した邪悪。姉さん達とは違う。神は純妖……私は死ねない」
神であり、人間という伝承を持たない純妖は世界が滅ぶまで転生を余儀なくされる。
死を経験したメデューサは生きる事に失望を抱いた。
同時に、死を恐れた。
不死身の方がマシだと、幾度なく理性ない本能は訴えてきた。
死を恐れ続けて漸く、その命の限界を知る。
理性が戻り、自らを支え続けてきた姉妹への強い想いを忘れず、終わりない人生に正気を失いかける。涙を流し、虚しくも化け物にされた顔は血と涙で汚く濡れる。
「お願いです……この『メデューサ』の伝承を抹消して下さい。たとえ…全ての記憶や思い出が消える事になろうと、この純妖の苦しみから解き放ってくれるならば……神でも人間でも…妖怪でも構いません。私の…私という存在を消して下さい」
絶対に叶わぬ願望を切実に声を絞り願う。
誰もいない無人の海辺で伝わる筈もない。
妖怪の願いを叶えられる神など存在しない。知性なき怪物と恐れられた神話の妖怪に慈悲はない。
人間も同じだ。彼女を救う術はなく、寧ろ殺そうと襲われる未来しかない。
では妖怪は?これもまた絶望でしかない。弱き妖怪には疎まれ、“太古の妖怪”には討伐される始末。
生と死を繰り返す事に絶望し、力尽きかけそうになるその時、人間だと思われる声が聞こえた。
「どうした?砂海に美しい体を身投げする者よ」
耄碌するような意識に声を掛けてきた者。自身を「美しい」と言われたことなど、今日が初めてだった。
その声はとても天女に近しく、メデューサが神の遣いだと一瞬でも思えるほどに優しかった。
「誰…です?」
声の主の顔を見ようとするが、既に疲労状態の肉体は天女のような者の姿を朧げでしか見えていない。
「これは酷い。労らない人間にやられたようだな?早急に治療しなければ貴殿は死んでしまう。それにこの傷、ただの傷ではない。陰陽術という一部の人間にしか扱えない秘技、受けた傷や損傷は簡単には癒せないであろう」
天女のような声とは裏腹に悲しい事実を告げられる。メデューサはその人物に憤りを感じる。
「分かっている!……もう死ぬことぐらい。人間に殺されるのが妖怪の宿命ってことは……」
冷静ではなかった。死の感覚が刻一刻と身を侵蝕し始め、意識を保つのが困難となってきた。
ここで余計な気遣いはかえって苦しめるだけ。潔く死に、再び転生することを選ぼうとした。
だが、天女である者は彼女の覚悟に待ったをかける。
「決意を焦れば後悔するぞ?もし、死を選ぶのならば己が許せなくなるであろう」
心を見透かされたような唆し、メデューサはその言葉に意思が揺らぐ。
「ナゼ……死ぬ者を放っておかない?私はこの世界から消えたい…」
本音とは違うが、今の状態で望む願望を吐く。
「神話の書物や口伝で記された者はこの世界から抜け出せない。貴殿ならば理解している筈。ギリシャ神話に記された悲劇の怪物『メデューサ』ならば運命に逆らえないことは。実は本能で察しているであろう」
「っ……」
メデューサは言葉を失った。
天女と思っていた者に思考が読まれ、自らの伝承をただ憎み、心の底で感じていた怒りに言葉が出ない。
同時に、自らが『メデューサ』という伝承に縛られ、輪廻を繰り返す現状を受け入れなければならないと失意する。
「どうした?我が目に見抜かれて言葉が出ないか?それもそうだろ、貴殿は心の底で人間を恨んでいるのだから」
天女と思しき人物の声は天女とは相応しくない口調であるが、メデューサはそんな事に疑問を抱かない。それどころか、これが天女なのだと思い込み始めていた。
「人間に…恨み?」
「分からないか?何故、『メデューサ』だけが虐げられる伝承が記されている?元は神話の時代に生まれ、自らの幸せを掴み取ろうと姉二人と共に暮らしていた。それを愚かにも、神の身勝手な怒りで自身のみに呪いが刻まれ、その美しき美貌も邪蛇となって失われた。それは自らの人生として区切りをつけた、違いないか?」
「あ…姉さん…」
人間界の知られざる真実。人間界に神は住んでいた。ただ、伝承のとおり遥か昔にだが。
天に召された神々は多い中、メデューサだけは天界へ向かう事を許されなかった。
それは、『メデューサ』が妖怪として認識されたからであり、妖怪としての側面を持つからである。
妖怪と認知された時点で妖界に堕ちる。神々の中で妖怪や怪物と恐れられた者は神であっても同様の影響を受ける。
妖怪として認知された者は、終末を迎えるまで妖界の住人を余儀なくされる。
「姉であるステンノーとエウリュアレーも怪物にされ、貴殿も怪物となり生を余儀なくされた。だが、姉である二人は天に召されたというのに貴殿だけは妖界へ招かれた。これはどういうことか分かるか?」
天界へ行けない理由を問われ、メデューサは何かを察したように顔を震わす。
みるみる涙は枯れ、血塗られた顔に怒りが宿る。
「まさか…私だけが妖怪として広まった…から、か?」
天女は歪んだ笑みで答える。
「……そうだ」
「はっ⁉︎私が…妖怪だから姉さん達に……」
目が覚めたような衝撃だった。
メデューサが事実に気付き、天女は彼女の心理を掻き乱す。
「貴殿は遥か昔に妖怪と記された。それは間違いなく人間の仕業!人間は愚かにも自然現象や人災を妖怪のせいにしてきた。その被害者は数知れず、そこらに生まれた妖怪も伝承のある妖怪も人間が生み出した架空の存在。貴殿は神話の時代に生まれたというのに、このような贋作でしかない妖怪と同類され、人間は伝承に残した。我が心は痛む…」
「人間が…私達を作っ…た?」
「それしかないだろう。人間は妖怪を奇怪な存在として見下し、多くの伝染病や人災、戦争、事変、悲劇、喜怒哀楽、悪逆非道を妖怪のせいと転嫁してきた。妖怪がすべてをやってきたのか?違うな。妖怪は人間の望んだ形で生まれ、伝承に記されてきた。それがどうだ?その大半の妖怪は自らの伝承を恨み、そのあり余る妖力と強大な力を勝手に与えられた。誰が望んで人間に危害を加えたいと思った?人間を害する妖怪を討伐しようと人間は、古代から敵意を我ら妖怪に容赦なく向けられた妖怪の心中を惨たらしくズタズタにしてきた!友を交えようとした妖怪は殺され、愛を求めようと奮闘した者も首を刎ねられ、役目を負わされ、人間に殺め苦しまされる様を見てきた」
恨みがあるような口言。
天女であろう者が恨みを持つとなれば、メデューサもその恨みに共感する。
「我が同胞は妖界で安らぎを得ようにも、記された伝承に恐怖する日々を余儀なくされている。容赦なく精神は擦り減り、守護者に支配された領域では自由が得られない。思考も記憶も思うがままに支配され、人間への恐怖を、憎しみを、怒りすら抱かないように操作されている。妖都の『九尾狐』・古都の『褒姒』・怪都の『吸血鬼』。奴らは人間の望んだ統制で我ら妖怪を縛る表裏を演じる閻魔の遣い。首輪をされた都市に何も期待などない。メデューサよ、貴殿が望む人間への憎悪を聞こうではないか」
妖界の世界に不満があるメデューサには、天女の言葉は魔王のような言い分に思えた。だが、この世界を憎むのは天女だけではない。自らも天女の言葉に激情する。
天女の言葉によって、抱く黒い感情が増幅する。
「そう…だ。私は、人間が憎い…腸が裂けるほど憎い。神話の時代のあの頃は幸せだったんだ‼︎あの時、私は英雄に倒された女神で死ねれば幸せだった‼︎…なのに、なのに私を醜い怪物へと仕立て上げた‼︎伝承を記した人間が全ての元凶だ‼︎人間が私と姉さん達を引き離したんだ!伝承全て憎い‼︎まやかしに恐怖する人間如きに…‼︎」
瀕死の肉体と消耗した精神が吹き返し、己が抱く呪言が出てくる。
人間への憎悪を持つメデューサを引き立てたのは紛れもなく天女。天女はメデューサの心と伝承を全て知っているからこそ、彼女の心理を容易に支配する。
煽てあげれば妖怪も人間と一緒。感情に感化された者は正気を失い、本来望むものを見失う。
「憎い、その気持ちは存分に分かる。貴殿が怪物として彷徨っていたのが奇跡に等しい。奴らは人間の住処を確保する為、三都市を築き、強力な妖怪を捕らえては首輪を付ける。妲己が良い例だ。『九尾狐』に侵された哀れな我が長女は、自らの欲望に生きていたというのに首輪を付けられた。これでは妖怪に自由などないではないか。だからこそ、最都:新来を我が力を持って彼の地に建国した」
天女は自らの為した行いを口にする。
メデューサは最都の名に鋭い反応を見せる。
「今……最都と言ったのですか?現代妖怪が放たれているあの…」
漸く、天女と思しき人物が何者なのか知る事になる。




