153話 人心地
いよいよ古都を出発します。
この章は比較的幸助視点が少なく、他視点での物語が中心となってきます。
それにしても、雪姫の心情が変わっているというか深まっている感じですかね。考えることも幸助に関してですし。
そう思われた。
「何をしている貴様ら。ワレの目先で殺し合いでもするか?」
先程まで機嫌麗しくしていた妲己は、彼らの様子の変わり様に気分を害した。
折角の旅出の前に殺し合いを見せられる身としては許せなかったのだ。
「ほぉ?何かと思えば虐殺を喜悦とする混妖ではないか。取り込み中だ、少し退いてくれないか?」
蚩尤は雪姫に集中したいが為に無視をする。
だが、妲己がそんな勝手を許さない。
「ワレを無視するか……。なら告げてやる!今すぐ止めよ。さもなくば臓物を引き摺り出すぞ‼︎」
《獄罰》を告げた。この瞬間より、双方のどちらかが戦闘を仕掛けた場合、その者の臓物が外へぶち撒かれる。
“災禍様”である蚩尤ですらこの術を避けれない。幸助と同じく止められるとは考えていなかったからだ。
まさか、妲己が幸助に惚れ込んでいるとは予想だにしない。それが本物と裏付ける証拠が証明され、蚩尤は驚きを隠せないでいた。
「あの噂は本当だったのか⁉︎まさか…人間如きに情を抱いたとでも言うのか⁉︎」
「ククククッ!そのまさかだ。ワレの婿である目の前で血を流させる真似はさせないぞ。勝手に動いてみろ?そうすれば、潔く死を迎えられるぞ?」
妲己がこの場を支配した事で、二人が戦うのをやめた。
戦意が失せ、幸助に近付く。
「ごめんなさい。勝手に巻き込んで」
「いや…大丈夫だ。それより、あんまり仲良くする奴らに敵意は向けないでくれよな?気分害すると仲間意識に亀裂が走りかねないしな」
「分かった。善処する」
雪姫は納得しない顔で言う。
「頼むぜ?これから一緒なんだからよ」
「っ⁉︎……そうね」
一瞬だが雪姫は幸助の言葉を勘違いして受け取ってしまう。
そのせいか、普段あり得ない熱が帯びる頬に気付けなかった。
「どうした雪姫。凄え真っ赤だぜ?」
自然な仕草で頬を触り、焦りで頬を凍結させて冷やす。
「……早く出ましょ。長居はかえって守護者を目障りにさせる。忘れ物しないように」
「お、おう。てかソレ痛くねえのか?凍らせ過ぎだろ⁉︎」
「問題ない。早く支度をしなさい」
何事もないように冷たい表情でその場を貫いた。
しかし、雪姫の気持ちは妙に高まっていた。
幸助に言われた言葉が頭から離れない。
“これから一緒なんだから”。
この言葉が心に響いていた。
(冗談じゃない。私は、幸助の幸せと安全を願っている妖怪。それなのに……幸助に言われたことが妙な感じで落ち着く。心が温まるみたいな心地がする…どうして?)
まだ自分を理解し切れていない雪姫は困惑する。
親心とは近い感情を最近感じるようになったが、心休まる事のない言葉に反応し、自らの感情が解かれる度に変化し、親心とは違う情を持つ感覚を得る。
冷めたと思った心が幸助との接触で大きく変わっている。ソレが自分の本当の感情と知る日はまだ遠い………。
新たに妲己と蚩尤が旅の付き人に参加した。蚩尤は俺に不満みたいだが、妲己がいるお陰で落ち着いている。
それと、妙に悟美に気があるような態度を見せるが、あれは一体……。
妲己が放浪の旅に付き添う、俺には心強い。
荷台付きの馬車が用意され、赤兎馬という赤い毛皮に被われた名馬だと言う。蚩尤は機嫌よく馬を凝視していた。
「『三國志』に出てくる名馬を用意したか。これが妖馬『赤兎馬』……久方ぶりに拝めるとは」
「クククッ!蚩尤も心躍るか?そうだ、この名馬はワレが奪っておいたのだ。あの女には隠していた事だが、この馬は千里の道を日で走れる足を持つ。怪都までは幾万と距離はあるが、コレさえあれば数ヶ月で辿り着ける」
得意げに語る妲己。
俺も実物を見るのは初めてだ。まさか、呂布や関羽が乗っていた名馬を拝めるとは‼︎
「是非くれないか?この馬を」
蚩尤は名馬に心奪われたかのように、冗談ではない様子で強請る。
取り仕切るのは当然の如く妲己である。
「ワレの所有物を欲するとは腹が立つ…‼︎蚩尤、貴様に水一滴たりとも与える筈がないだろ?しかし…貴様がワレを連れて行ってくれると約束したからな。充実した旅を過ごさせてくれるな?」
野生味を感じさせる圧が俺に向けられる。俺だけを見るものだから、雪姫達が色んな反応を見せ、特に、雪姫は今にも斬りかかりそうな殺気を出している。
「わ、分かってるさ。俺の旅なんだから、ちょっとは自重しろよな?テンション高いと疲れちまうぜ?」
「問題ない。疲れるなどあり得ない。怪都に着くまではワレの馬車から降りることは許さぬからな。寝て過ごせばいい話だ」
「なんだそれ?それ旅の意味がねえだろ⁉︎」
俺は疑問を口にした。
旅は歩いてこそ意味がある。寝て旅をするなど言語道断、俺は全力で反対する。
妲己が不機嫌な溜息を吐く。
「貴様…旅というものを理解していないな?」
「なんだよそれ?」
イライラが抑えられず、妲己は俺の顔を覆うように鷲掴んだ。
「旅は命の危険が晒される危険行為だ。貴様らが古都まで傷を負わずに辿り着けたのは奇跡なのだよ。ほんの一握りの幸運がそうさせたに過ぎない。それを踏まえ、貴様は“放浪者”。今後、怪都付近にいるであろう『酒呑童子』、『メデューサ』が容赦なく襲ってくる筈だ!他のヤツが死ぬのは勝手だが、貴様はワレの婿だ。勝手に死ぬ事をワレが許さぬ!」
徐々に握り潰されそうな痛みが顔にくるのが気のせいだと思いたい……。
「痛いから!まずは離してくれ!」
「痛いか?それは悪かった。貴様がワレに惚れようとしないから悪いのだぞ?加護もタダでやったというのに貴様とくれば……むず痒いぞ!出来ればワレ以外の加護を破棄してくれれば嬉しいんだがな」
ちょっと怖い発言してくる妲己。
加護はそう易々と破棄出来る代物ではない。妲己が気に入らないらしく、俺の体に触っては雪姫や來嘛羅との加護を破棄しようとしてくる。
だが、“太古の妖怪”の來嘛羅の加護が凄まじく、妲己が何度も懲りずに隙があれば行為に走る。
その度に俺は滅茶苦茶痛い思いをしている。加護を破棄しようとすると痛みが生じる。
「言っとくが俺は加護を破棄されたくねえぞ!毎回触る度に激痛に苛まれる俺の身にもなれよな⁉︎」
多分だが、妲己の伝承に臆せずに怒りを示せるのは俺だけかも知れない。
妲己が俺が怒る度に、少々驚いている瞬間を見せてくれる。
しかし口には出ない。驚くも俺に強い態度で攻め寄ってくる。
「ほう?ワレに盾突くとは随分図太いな⁉︎それこそがワレが望む貴様だ。さあ、如何わしい情欲をぶつけてこい!ワレを心地良くさせるのだ‼︎」
驚くことに会話が噛み合わない。
俺が話を修正しようにも、こいつには全く意味を成さない。
「……もう良いよ」
妲己に付き合うしかないのだと分からせられる。こいつは俺以外には機嫌が悪くなる。最悪、気分次第で敵を殺しかねない。
雪姫とはまた違った恐怖がある。まぁ、雪姫の方が怒ると怖えけどな………。
古都を出る為に六体の『赤兎馬』を走らせる。
馬車は三台用意されており、馬は二体ずつが馬車を引くような形となる。俺が乗る馬車に雪姫・すね子・妲己。もう一台には悟美・紗夜・蚩尤が乗る。三台目は荷物が置かれていて、とてもじゃないが人が乗れるスペースが二人分しかない。旅の人数が七人とは意外と多いな。多過ぎると観光気分になりそうで嫌になりそうだが、文句の言えない立場だから堪えている。
出迎えに褒姒の姿はなく、あの人は最後に俺達に何も話さずに空間に籠ってしまった。やる事があるらしいが、少なくとも見送りはして欲しかったな。
「褒姒は忙しいのか?」
俺は妲己ではなく、一緒に同乗する雪姫に聞いた。
「守護者は常に都市町の管理に追われているの。それに、化け狐のように見送り出来る立場は持っていない。閻魔大王様が定めた“太古の妖怪”の地位にいる者でなければ許されない。勝手に見送るというならば地獄へ招かれてしまう」
淡々と恐ろしい事を口にする。
「そりゃあ怖いな…」
「うん。だから幸助が堂々と話しているのはあまりにも恐ろしいことなの。何度もヒヤリとさせられる気持ちを理解して欲しい」
「それは…悪かったよ。ついはしゃいじまったんだ」
「興奮して我を忘れないで。さもないと、幸助だけが地獄に堕ちるから」
相変わらずの冷たい態度だが優しいんだよな。
これがまた雪姫の良いところでもある。俺を本気で見てくれているのが安心するし、それには俺も応えなきゃいけないと思える。
身勝手に動いて良かった事がなかったから、雪姫の心配はしっかり聞き入れる。
「次会った時は気を付けるから。てか、カナ達も出迎えねえのかよ?」
「あの二人ね…。正直に言うと、あの華名という少女は何処か異質。まるで私を探るような…いいえ、もっと羞恥な感じで見られている気がする」
そう言う雪姫は寒がるように服を擦る。新しくなった服にも慣れてくれたのか、買ったその日から着てくれるようになった。
似合うし、少し魔法剣士みたいでカッコいい。
駄目だ!俺が渡した服を着てくれているだけで変な見方をしちまってる。切り替えねえと……。
本当に雪姫が拒むぐらいカナが嫌いなんだな。怒るとなると、その原因は俺にある。
「俺的には妖怪を侮辱する奴だと思っていたが、意外にも愛好家で愛着も湧いたな」
俺は素直にカナを認めた。
あいつは年齢さえ除けば普通だしな。
「幸助?もしかして……華名っていう人の子が好きなの?」
「ん?何言ってんだよ雪姫。俺があいつを好きになるかよ」
変な質問をしてくるもんだ。雪姫が真剣な表情で聞いてきたから軽くあしらうように否定した。
「そう……それなら別に」
何故か、雪姫が安心するような表情を見せた。




