第六話……聖剣という事情
俺は伯爵さまのお手伝いをした後は、伯爵領の端っこの森の中にある小屋に住むことになった。
伯爵様からは、是非とも衛兵に取り立てたいとの申し出があったが、この世界では宮仕えをやめ、自由に生きてみることにしたのだ。
幸いに貰った金貨は多く、しばらくはお金に困らない。
ちなみに、まず俺が始めたことは『釣り』だった。
池も川もない火星の地では、大富豪でもない限り出来ない遊びだ。
昔に公共TVで見たようにやってみたが、なかなかうまくはいかなかった……。
「……ちっ」
また餌だけが取られた。
糸にはきれいな針だけが残される。
眼下の小川には魚影が沢山あり、理論的には釣れないはずがなかったのだが。
「……くそっ」
また獲られた。
どうやら、俺は魚に遊ばれている様だった。
「釣れますかな?」
背後から声がした。
この声は聞き覚えがある。
クリフォード家お抱えの召喚術師のトムじいさんだった。
「いや、サッパリだね」
「あはは」
老人は快活に笑う。
めちゃめちゃにムカつくのだが、顔に出すのは恥ずかしい。
「用はなんだ?」
俺は不愛想に問うた。
態々に人がこんな辺鄙な場所に来るはずがないのだ。
「いやいや、お願いがありましてな」
「報酬は?」
「……釣りの仕方、明日から爆釣間違いなし!」
「うはは」
俺は乾いた声で笑った。
面白い条件じゃねぇか。
「話だけは聞いてやる。ついてきな」
俺は釣り道具をしまい、老人を小屋まで案内したのだった。
□□□□□
陽は傾き、空が赤く染まったころ。
窓もない薄暗い小屋の中。
灯を兼ねた囲炉裏の火だけが灯る。
「……で、頼みってのは?」
「王家から攫われた王女様がおったじゃろ?」
「無事に助けたじゃないか?」
「ああ、そうなんじゃがな。実はあの王女様が攫われたのは、憚りながらオマケだったんじゃそうな」
老人は体裁が悪そうに頭をかく。
「あの聖剣とかいうのが本命だったと?」
「そうじゃ。魔族に盗られたのは、王家に代々に伝わる伝説の聖剣であったらしい」
「しかし、王女様の命には代えられまい」
「まぁそうなんじゃがな。あの聖剣は王家の祭壇にて、大量の魔物を封じていたモノらしい。その封印が解かれると、魔物が津波のように押し寄せてくるそうじゃ」
この話ホントかよ?
眉唾なんじゃねーか?
だが爺さんは真顔だった。
「……で、いつまでに取り返せばいい?」
「一年の間じゃ。それまでは王宮魔法使いがなんとかしてくれるらしい」
「一年? そんなにあるんじゃ、俺の出番がねーよ。皆でやればいいじゃないか?」
俺は面倒くさそうに頭をかいた。
「いや、これは貴族同士の戦いじゃ! 我がクリフォード家が取り返して勲功第一位になりたいのじゃ……。そうすれば、旦那様にあの第二王女様が降嫁してくださるのじゃ。」
「いやいや、俺に得がないじゃん。やだよ」
俺はわざと嫌そうに断ってみてやった。
伯爵様だけが得じゃないか。
俺にはほとんど得がないのだ。
「そんなこと言いなさんな。見事に聖剣を取り戻した暁には、勇者殿をもとの世界に戻して差し上げたい! いやしてみせる! 他の願いでも構わんぞ。出来るだけのことはする」
……ぇ?
帰れるの?
面倒くさがりの俺の心はぐらりと動いた。
「分かったよ。期限は一年だな?」
「いや、出来るだけ早くじゃ!」
「はいはい。わかりましたよ……」
その次の日から三日間ほど、俺は約束通り爺さんにみっちり釣りの奥義を学んだ。
その成果は凄く、釣果は見る見るうちに上がっていた。
……よし!
これで火星に帰れば、俺は火星一の釣り上手だ。
部隊の皆に自慢が出来るぞ!
四日目の朝。
「よし、では出かけますか」
俺は爺さんを見送った後、小屋を片付け、あてのない旅へと出立したのだった。
目標は、他の貴族家様より先に聖剣を取り戻すことだ。
□□□□□
クリフォード伯爵領から南下する事、三日間。
俺は街道が空いている夜間に移動していた。
人造兵器の俺に馬は要らぬ。
馬は体が柔な割に、大量の飼葉と水を必要とするからだ。
実は爺さんから預かったものに、魔法の方位磁石があった。
これの指す方角に、強い魔力があるとのことだったのだ……。
当然そこに手がかりがあると考えられる。
俺は方位磁石に従い、細い街道をも離れ、とある森の中へと入っていた。
「こっちかな?」
俺は方角を他確かめた後。
地面に毛布を敷いて、ゆっくりと体を休めた。
毛布を地面に敷くのは、体温を大地に盗られぬ為だ。
翌日は朝から歩き始め、陽が影ってからも歩を休めなかった。
ホウホウ。
夜も更け、フクロウやコウモリたちが飛び交う。
……不気味だ。
出来れば早く通り抜けたい。
俺は冷たい沢を越え、草がうっそうとした獣道を進んだ。
そして、とある大木を迂回したところ。
ドン。
俺は何かにぶつかった。
……魔物か?
いや動物か?
俺は慌てて手に持った松明の光を掲げる。
相手はフサフサとした毛に尻尾がある。
眼はくりくりとした可愛い物体であった。
「痛いポコ~!」
それは魔物とも動物とも言い難い、喋るタヌキだった……。
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