第1話 リヒテンラーデへの出張
「アレク副団長、配置完了しました」
「了解」
目標の建物を眺めつつ、小隊長からの連絡に短く応じる。
「石造りの建物、出入り口は正面と左右の3箇所、見張り3人は潰したから、中の連中の人数は――16人で間違いないな」
「はい、情報通りです」
「奴らは我々には――」
「まだ感づいておりません」
「ふむ、我々は1個小隊30名、人数的には2倍、実力的には――」
「個々でも圧倒しているでしょう」
その答えに微笑む。
「――よろしい、大変よろしい。
この静かな進行、圧倒的な戦力差、捕り物とはかくあるべきだな」
だが、小隊長の顔は少し苦い。
「しかし、本当に……よろしいのですか?
隣国アミドニアから逃亡してきた密輸団どもとはいえ、当のアミドニアからは、首謀者3人は生きたまま捕縛しろとの要請が―――」
「知らん」
「は?」
「そんな事は知らん、気にしなくてイイ」
小隊長のなんとも微妙な顔に笑いを誘われながら、彼の肩に手をやる。
「捕り物の現場は生死を賭ける場だよ。そこに立って、なお犯罪者どもに手加減をしろだ?
ならば、この場に自らが立ってからそれを求めろ。
我々は現に立っている。アミドニアは立っていない。どちらに理があるかは明白だ」
私の言葉に小隊長もようやく笑みで応えた。
「騎士団長もアルベルト様も同じ考えだ。
その首謀者とやらは私が引き受ける。
こういう事は年長者の仕事だ。
小隊長、お前いくつだ?」
「は?」
「年齢だよ、いくつになった?」
「ハッ、36であります!」
「私より10も下か。こういうアブナイ遊びはオトナになってからと昔から決まっている。
お前たちはまず自分が生き延びる事を最重要任務と考えればいい」
「ハッ」
小隊長を送り出し、ヒゲを一撫でする。
そのまま人差し指を口の前に立て、無言のまま剣を抜く。
同時に団員が抜刀をし、破城槌が構えられた。
瞳の熱量が高まっていく。
団員たちを見回し、ひとつ頷いた。
振り上げた剣。
皆が凝視している。
決意と覚悟が刃に集約していくのを感じる。
刃が鈍く光った。
無言のまま、剣を振り下ろす!
轟音とともに建物の3箇所の出入り口が一斉に破られ、団員とともに私も中になだれ込んだ。
❖ ❖
「副団長!団長がお呼びです!至急との事です」
連絡係の新米が固さが抜けぬまま、私の執務室にやって来た。
はて、なんだろう?
だいたいこういう時は大捕り物関係だが。
最近の大捕り物はあのアミドニアだ。
あれからもう1ヶ月近く経ったぞ。
今さらアミドニアからなんか文句が来るとは思えん。
しかも、私はちゃんと首謀者3人は生きたまま捕縛した。他国から要請された捕り物だったから、押収品も全てテーゼ執政官室経由で引き渡したはずだし……。
「わかった、すぐ向かおう」
仕掛かっていた書類の束を未処理の山の横に置き、私は新米の後に着いて部屋を出た。
「失礼します!アレク副団長をお連れしました!」
「アレク、入ります」
団長執務室に入ると、ソファには団長の他に、テーゼ領主兼執政官のエリシア様、執政官補佐のアルベルト様、そしてリンちゃんが座り、私に手を振ってきた。
団長だけならともかく、なぜエリシア様たちがここにいる?
エリシア様たち3人は、我々から見てもまんま“家族“だ。
こうなると、あの捕り物は全く関係なくなる。
しかし、じゃあなんだというと、ホントに見当もつかん。
ただ、厄介事のニオイだけは漂ってくるぞ。
リンちゃんが私に駆け寄ってきた。
「アレクおじさん、おはようございます」
うん、カワイイ挨拶だ。
リンちゃんは……7歳だったかな。
この子が来てから、エリシア様も、団長も、アルベルト様も、いや、街全体に笑顔が増えた気がする。
かく言う私も……かな。
「おはよう。今日はどうしたの?みんなでこんなトコに」
「ウン、おしごとのおねがいに来たの」
「お仕事のお願い……?」
意味が把握しかねて多少躊躇する私に、団長とアルベルト様が声を掛けてきた。
「おう、スマンな、アレク。よう来てくれた」
「アレク、仕事を中断させて申し訳ない。
ここに掛けてくれ」
アルベルト様が立ち上がり、着座を勧め、団長とエリシア様の向かいに座った。
アルベルト様はリンちゃんの相手をしている。
団長が従者にコーヒーを淹れさせ、下がらせた。
人払いが必要な要件か。
ヤッパリ厄介事の類いだ。
少しだけ、心を身構える。
「人払いしてまで私にしたいお話とは、いったい何でしょうか?」
私の問いに、団長は少し目尻のシワを深め、エリシア様は少しイジワル気味に口角が僅かに上がった。
「お前は……なんだと思う?」
「最初は先日の捕り物の件と思いながらここに来ましたが、皆さんのお姿を見て一層わからなくなりました。正直見当もつきません。
ただ――」
「ただ?」
「リンちゃんから漂う、マーサ殿お手製の焼きたてパンケーキの残り香に負けぬほどの厄介事のニオイがしますね」
これにはふたりも言葉が見つからず、二、三拍固まった。そして、団長が大笑いし出し、エリシア様も口を押さえて笑っていた。
「おう、アレク、警戒すんのは当然じゃが、そう心配すな。たいした任務じゃないわ」
クックックと笑いを残しながら、団長が手を振る。
「しかし、人払いしたうえで領主はじめ騎士団長と執政官補佐が並んで命ずる任務となれば、とても通常任務とは思えませんが」
「いやいや、いたって普通の任務じゃ。
来週、お嬢とリンがリヒテンラーデに行くでな、その護衛を務めてもらいたい」
「来週リヒテンラーデへ……、開国祭……ですか?」
「おう、青二才は都合がつかんで、ふたりで行くんじゃ。国王謁見式以外は出欠自由のユル〜い祭りじゃで、家族旅行のようなもんじゃわい」
なるほど……、エリシア様とリンちゃんが……
「そうなると、私だけというワケにはいきますまい。仮にも淑女2人の護衛です。男では同行を憚る空間もあるでしょう。女性団員の随行が必要です」
「おお、その辺も織り込み済みじゃ。
誰ぞ娘っ子2人、一緒に連れてけや」
女性団員2人か。
これは助かる。
私ではカバーし切れない部分を任せられる。
「了解しました。それでは今日中に選定します」
「おう、そうしてくれや」
リンちゃんがまた駆け寄ってきた。
「アレクおじさんも、一緒に旅行行くの?」
「リン、旅行じゃないだろ、お仕事お願いに来たんだろ」
「あ、そうだった。おしごとで一緒に行こう」
そう言って袖を小さな手が掴む。
その仕草が、心を暖かくする。
「わかりました。その任務、謹んで拝命致します」
笑顔でそう答えると、エリシア様とリンちゃんは、わ〜っと手を叩き合い、そして私に手を差し出した。
「それではアレク、よろしく頼む」
「よろしくたのむ」
細い手とちっちゃな手。
少し遠慮気味に握手を返すと、エリシア様とリンちゃんは満足気に笑い、
「それじゃな」「またね〜、アレクおじさん」
と言って、部屋を出ていった。
エリシア様の退出を確認し、私は佇まいを正し、団長とアルベルト様に向き合った。
「……それで、本当の目的は何ですか?」
その言葉を聞き、団長とアルベルト様も表情を少し引き締めた。
「……まあ、そうなるだろうね……」
「人払いして、ただの旅行の護衛依頼なんてあり得ませんよ」
アルベルト様が頷き、団長が大きなため息を吐いた。
「実際のところ、今回の旅に危険が潜んどるワケではないんじゃ。普通にリヒテンラーデに行って、謁見式が終わったら、後はまんま観光旅行じゃ。その護衛をすりゃエエ。
ただ、ひとつだけ、お嬢が裏の目的にしてる事がある。お前もそれを知ったうえで護衛にあたってくれや」
裏の目的――?
公にはできないという事か?
少し眉を顰めた私に、アルベルト様が柔らかく笑いかけた。
「いや、そんなに警戒しなくてもいい。
先日のアミドニアの密輸団の押収品だが、引き渡し前に資料にひと通り目を通したんだ。
書類の中に取引の記録があってね、それを見てわかったんだが、かなり前にリヒテンラーデの貴族が、ある素描画を入手したらしい。それを譲ってもらえるよう話をしに行くんだよ」
「……素描画……ですか?」
絵を買いに行く?
確かに入手先には問題があるが、貴族が胡散臭い品を買い集めるのはよくある話だ。
「テーゼ市民の盗難被害品で、返還請求があるとか?」
「いや、そういう訴えは……ない。
入手先を問題にするつもりもない」
それでは別に秘密裏に行うような話ではないはず。
とすると……
「……どんな素描画……なんですか?」
団長とアルベルト様が目を合わせ、小さく頷き合った。
「その素描画に描かれているのは……」
アルベルト様が身を乗り出した。
私にも身体にグッと力が入る。
動いた唇が空気を揺らした。
「旧ウォーケン領主と、その息女だ」
膝がブルっと震えた。
テーブルが少し揺れた。
カシャン……
カップが、か細い声を立てた。




