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【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第三章 恋人になった学年一位と、隠された天才

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第51話 水着姿は、まだ秘密



 商業施設からマンションへ戻るまで、美咲は何度も右手を持ち上げていた。


 薬指にはめられた、薄桃色の小さな石がついたリング。


 高価なものではない。


 近くで見なければ、石の色さえ分からないほど控えめなものだった。


 それでも美咲は、信号で立ち止まるたびに街灯の明かりへ指をかざし、大切そうに眺めている。


「そんなに気に入った?」


 隣を歩く悠真が尋ねる。


「うん」


 美咲はすぐに頷いた。


「悠真くんとお揃いだから」


「まったく同じではないけどな」


「石の色が違うだけでしょう?」


 美咲はつないでいた手を一度離し、二人の右手を並べた。


 悠真の指には青。


 美咲の指には薄桃色。


 形は同じで、色だけが違う。


「こうして見ると、ちゃんとお揃いに見えるよ」


「学校にはつけていかないんだろ?」


「うん。先生に見つかったら注意されるかもしれないし」


 美咲は少し名残惜しそうにリングを撫でる。


「でも、学校から帰ったらすぐにつける」


「毎日?」


「悠真くんもつけてね」


「忘れるかも」


「忘れたら、私がつけます」


「わざわざ部屋まで来るの?」


「どうせ毎日行くでしょう?」


「それもそうか」


 何気なく交わした会話だった。


 けれど、毎日会うことを互いに当然のように考えている。その事実に気づくと、美咲の口元が少し緩んだ。


「何笑ってるの?」


「笑ってないよ」


「笑ってる」


「嬉しいだけ」


「指輪が?」


「それもあるけど」


 美咲は再び悠真の手を取り、指を絡める。


「これからも毎日会うことを、悠真くんも普通だと思ってくれてるのが」


 悠真はすぐには答えなかった。


 隣同士で暮らしているとはいえ、別々の部屋だ。


 会わないようにしようと思えば、何日でも顔を合わせずに過ごせる。


 実際、美咲がプリントを届けに来るまでは、隣室に同じ学校の生徒が住んでいることさえ知らなかった。


 それが今では、朝に顔を合わせる。


 一緒に登校し、教室でも隣に座り、放課後は並んで帰る。


 夜は同じ食卓を囲み、別れたあともメッセージを交わす。


 美咲がいない一日を、上手く想像できなくなっていた。


「普通というより」


 悠真はつないだ手へ視線を落とす。


「会えない日の方が、変な感じがすると思う」


 美咲の指が、きゅっと動いた。


「それ、嬉しい」


「でも、美咲にも用事はあるだろ。毎日無理して来なくてもいいからな」


「無理じゃないよ」


「勉強もあるし、菜月と出かけることもあるだろ」


「そういう日は、悠真くんも一緒に来る?」


「女子同士のところに?」


「嫌?」


「美咲がいいなら」


 悠真が答えると、美咲は困ったように笑った。


「明日は駄目かも」


「何かあるの?」


「菜月と買い物に行こうと思ってるから」


「さっき買い物したばかりだろ」


「明日は別のもの」


 美咲は意味ありげに一度だけ悠真を見た。


 その後、頬を薄く赤くしながら視線を逸らす。


「もしかして、水着?」


「……聞かないで」


「やっぱり」


「秘密にするって言ったでしょう?」


「どんなものを選ぶかくらい教えてくれてもいいだろ」


「駄目です」


「色は?」


「教えません」


「学校の水着みたいなもの?」


「それだったら買わないよ」


「じゃあ――」


「何を聞かれても言わないからね」


 美咲は質問を遮るように、つないだ手を軽く振った。


「土曜日までのお楽しみです」


「まだ三日以上あるけど」


「我慢してください」


「一週間の命令権を、そこにも使うの?」


「必要なら使います」


「便利だな」


 悠真が苦笑すると、美咲は少し得意そうに胸を張る。


 けれど数歩進んだところで、急に不安そうな表情へ変わった。


「悠真くん」


「何?」


「本当に、楽しみ?」


「プール?」


「……私の水着」


 声が小さくなる。


「自分から聞くのは恥ずかしいんじゃなかった?」


「そうだけど、気になるから」


「楽しみだよ」


「どのくらい?」


「どのくらいって言われても」


「少し?」


「かなり」


 悠真が正直に答えると、美咲は足を止めかけた。


 頬から耳まで赤くなる。


「期待しすぎないでって言ったよね?」


「期待してるかどうか聞いたのは美咲だろ」


「そうだけど、かなりって言われると思わなかったの」


「じゃあ、楽しみじゃないって言えばよかった?」


「それは嫌」


「難しいな」


「私も、自分で面倒だと思う」


 美咲は恥ずかしそうに俯く。


「悠真くんには見てほしい。でも、見られると思うと恥ずかしいの」


「見ない方がいい?」


「それも嫌」


「じゃあ、普通に見る」


「あまりじっと見ないで」


「分かった」


「でも、全然見ないのも駄目」


「どうすれば正解なんだよ」


「褒めてから、少しだけ目を逸らして」


「細かい指定だな」


「だって、似合ってるって言ってほしいから」


 美咲はつないだ手を、ほんの少しだけ悠真の方へ引く。


「悠真くんに見てもらうために選ぶんだよ」


 その言葉に、悠真の胸が強く鳴った。


 単にプールへ行くから水着を買うのではない。


 自分に見せるため。


 そう言われただけで、まだ見てもいない姿を意識してしまう。


「今、何か想像した?」


 美咲が疑うように目を細める。


「……してない」


「返事が少し遅かった」


「どんな水着なのか考えただけ」


「それを想像したって言うんだよ」


「仕方ないだろ」


「……変な想像じゃないよね?」


「しないようにしてる」


「しないって言い切ってよ」


「それは無理かも」


「もう!」


 美咲は悠真の腕を軽く叩く。


 それでも手を離さず、マンションへ着くまでずっと指を絡めていた。


     ◇


 翌日の放課後。


 美咲は菜月と二人で、昨日訪れた商業施設へ来ていた。


 悠真は自宅で待っている。


 一緒に夕食を食べる約束をしているため、水着を選んだらすぐに帰るつもりだった。


「それで、どんな水着にするの?」


 水着売り場へ向かうエスカレーターの上で、菜月が尋ねる。


「それを相談したくて来てもらったの」


「美咲なら何でも似合うと思うけど」


「そういう答えが一番困るよ」


「じゃあ、思い切ったものにする?」


「思い切ったもの?」


「悠真くんが見た瞬間、固まるようなもの」


 菜月がいたずらっぽく笑う。


「無理だよ!」


 美咲は慌てて首を振った。


「普通のでいいの」


「普通って?」


「泳ぎやすくて、派手すぎなくて……でも、少しは可愛いもの」


「悠真くんに可愛いって言われたい?」


「……うん」


 美咲は恥ずかしそうに頷く。


「付き合ってから、前より言ってくれるようになったの」


「可愛いって?」


「うん。言われるたびに恥ずかしいけど、嬉しい」


「なるほど。かなり重症だね」


「どうして?」


「幸せそうだから」


 菜月は呆れたように言いながらも、口元には優しい笑みを浮かべていた。


「付き合ってから、何か変わった?」


「変わったというか……」


 美咲は自分の右手へ視線を落とす。


 学校へ持ってきていないため、薬指にリングはない。


「前より、触れることが増えたかも」


「手をつなぐとか?」


「うん。それと……」


 キス。


 口にしようとして、慌てて飲み込む。


 悠真と二人だけの秘密にすると約束したばかりだ。


「それと?」


「抱き締めてもらったり」


「毎日?」


「毎日ではないよ」


「昨日は?」


「……された」


「一昨日は?」


「された」


「毎日じゃん」


「まだ二日しか経ってないもの!」


 美咲が抗議すると、菜月は楽しそうに笑った。


「他には?」


「秘密です」


「キスした?」


「秘密!」


「その反応で十分だけどね」


「何も答えてないよ」


「顔が答えてる」


 美咲は両手で頬を押さえる。


 確かに熱い。


 悠真とのキスを思い出しただけで、表情に出てしまう。


「ここまで分かりやすい美咲、初めて見た」


「仕方ないでしょう?」


「幸せ?」


「うん」


 今度は迷わず答えた。


「すごく幸せ」


「そっか」


 菜月はそれ以上からかわず、穏やかに微笑んだ。


 二人は水着売り場へ入る。


 色とりどりの水着が壁や棚へ並び、夏を先取りしたような明るい空間が広がっていた。


 美咲は最初、露出の少ないスポーツタイプを選ぼうとした。


 紺色で、上下とも身体をしっかり覆うもの。


 泳ぎやすく、恥ずかしさも少ない。


「学校用とあまり変わらなくない?」


 菜月が隣から覗き込む。


「これなら安心して泳げるよ」


「誰と行くんだっけ?」


「悠真くん」


「初デートだよね?」


「……うん」


「もう少し可愛い方がいいんじゃない?」


 菜月は別の棚から、水色の水着を取り出した。


 上は肩紐のついたシンプルな形で、胸元には小さなフリルがある。下には短いスカートのような布がついており、露出は控えめだった。


「これなら美咲に似合いそう」


「可愛いけど……」


 美咲は水着を自分の身体へ当て、鏡を見る。


 色合いは好みだった。


 派手すぎず、子どもっぽくもない。


「露出、多くない?」


「これで多いなら、選べるものがほとんどないよ」


「でも、悠真くんに見られるんだよ?」


「そのために買うんでしょう?」


「そうだけど……」


 鏡の中の自分を見る。


 これを着て、悠真の前へ出る。


 想像しただけで顔が熱くなった。


 学校では、制服に守られている。


 普段着も、肌が大きく見えるものはほとんど選ばない。


 それが水着になれば、肩や脚は隠せない。


 悠真はどんな顔をするだろう。


 可愛いと言ってくれるだろうか。


 それとも、何も言わず目を逸らすだろうか。


「試着してみれば?」


「うん」


 美咲は水着を持ち、試着室へ入った。


     ◇


「どう?」


 カーテン越しに菜月の声がする。


「着られたけど……」


「出てきて」


「恥ずかしい」


「私に見せられないなら、悠真くんにはもっと見せられないよ」


 正論だった。


 美咲は試着室の鏡へ、もう一度自分の姿を映す。


 水着のサイズは合っている。


 胸元のフリルも派手すぎず、短いスカートが腰回りをほどよく隠していた。


 自分で心配していたほど、大胆なものではない。


 それでも、普段とは比べものにならないほど肌が見えている。


「……笑わないでね」


「笑わないよ」


 美咲は覚悟を決め、カーテンを少しだけ開けた。


 最初は顔だけを出す。


「全部見せないと分からないよ」


「本当に出ないと駄目?」


「悠真くんの前にも、その格好で出るんでしょう?」


「その予定だけど……」


「なら練習」


 美咲はカーテンを握り、何度か深呼吸する。


 そして一気に開けた。


 菜月は美咲の姿を上から下まで確認したあと、すぐに頷いた。


「似合ってる」


「本当?」


「うん。可愛いし、美咲らしい」


「変なところはない?」


「ないよ」


「子どもっぽくない?」


「むしろ、いつもより少し大人っぽい」


「大人っぽい……」


 美咲はその言葉を繰り返す。


 悠真にも同じように思われるのだろうか。


「水瀬くん、固まるかもね」


「そんなに?」


「普段の美咲しか知らないなら、かなり意識すると思う」


「……やっぱり別のにしようかな」


「どうして?」


「悠真くんを困らせたくないから」


「少しくらい困らせていいんじゃない?」


 菜月は楽しそうに笑う。


「美咲だって、水瀬くんの水着姿を見るんでしょう?」


「あ……」


 今まで、自分が見られることばかり考えていた。


 プールへ行くなら、当然、悠真も水着になる。


 球技大会で活躍した姿。


 湿布を貼るためにシャツを脱いだ背中。


 思い出した瞬間、美咲は鏡の中でも分かるほど顔を赤くした。


「想像した?」


「してない」


「した顔だよ」


「……少しだけ」


「お互いさまでしょう?」


「そうかもしれないけど」


「水瀬くんも高校生なんだから、好きな相手の水着姿を意識するのは普通だと思うよ」


 菜月は美咲の肩へ手を置く。


「大切なのは、美咲が嫌だと思うことをしない人かどうかじゃない?」


「悠真くんは、しないよ」


 美咲は迷わず答えた。


 悠真は、ときどき意地悪なことを言う。


 視線を向けられ、恥ずかしくなることもある。


 それでも美咲が本当に嫌がることを、無理にしようとしたことは一度もなかった。


 キスをするときも、必ず尋ねてくれた。


 抱き締める腕も、美咲が逃げようと思えばいつでも離れられるほど優しかった。


「それなら、これでいいんじゃない?」


「……うん」


 美咲は鏡の中の自分を見る。


「これにする」


「水瀬くん、喜ぶと思うよ」


「喜んでほしい」


 恥ずかしさは消えない。


 それでも、悠真に見てほしいという気持ちの方が少しだけ強かった。


     ◇


 買い物を終え、マンションへ戻ったのは午後六時過ぎだった。


 自室へ水着の入った袋を置いたあと、美咲は夕食の材料を持って悠真の部屋へ向かう。


 呼び鈴を押すと、すぐに扉が開いた。


「おかえり」


「ただいま」


 その言葉を交わしてから、美咲は少し驚いた。


 帰ってきた場所は、自分の部屋ではない。


 それでも悠真から「おかえり」と言われ、自然に「ただいま」と返していた。


「どうした?」


「ううん。何だかいいなと思って」


「何が?」


「今の挨拶」


 美咲が微笑む。


「悠真くんの部屋なのに、帰ってきた気がしたから」


「美咲の箸もあるし、合鍵も渡す予定だからな」


「私の部屋みたいになっちゃうね」


「半分くらいは、もう美咲の部屋だろ」


「そうなの?」


「冷蔵庫の中身も、食器の場所も、美咲の方が詳しい」


「それは悠真くんが何も覚えないからです」


 美咲は呆れたように言いながら、部屋へ上がる。


「水着、買えた?」


「うん」


「どんなの?」


「秘密」


「菜月に選んでもらった?」


「最後は自分で決めたよ」


「色だけでも」


「駄目」


 美咲は買ってきた水着を思い出し、頬を赤くする。


「土曜日まで見せません」


「あと三日か」


「楽しみ?」


「かなり」


 昨日と同じ答え。


 分かっていたはずなのに、胸が高鳴る。


「私も」


「何が?」


「悠真くんの水着」


「普通のだよ」


「それでも楽しみ」


 美咲は靴を脱ぎ、悠真の隣へ立つ。


 周囲には誰もいない。


 二人きりの玄関。


「ねえ、悠真くん」


「うん」


「今日の恋人らしいこと、まだだよね」


「今から夕食だけど」


「その前にしてほしい」


「お腹空いてない?」


「少しくらい待てる」


 美咲は両手を背中へ回し、期待するように悠真を見上げる。


「何がいい?」


「私が決めたら意味がないよ」


「昨日みたいにキス?」


「それでもいいけど……」


「けど?」


「今日は、悠真くんから好きって言って」


 美咲は恥ずかしそうに目を伏せる。


「昨日も言っただろ」


「今日の分は聞いてない」


「毎日必要?」


「一日一回、恋人らしいことをする約束です」


「好きって言うだけでいいの?」


「だけじゃないよ」


 美咲は悠真の服の裾を、指先でそっと摘む。


「言ってもらえると、安心するの」


 付き合ったばかりだから。


 まだ夢のようで、時折不安になるのだろう。


 悠真も同じだった。


 美咲が自分の恋人になったことを、何度でも確かめたくなる。


「美咲」


 名前を呼ぶ。


 美咲が顔を上げる。


「好きだよ」


 短く伝える。


 それだけで美咲の表情が明るくなる。


「うん。私も好き」


「これで今日の分?」


「まだ」


「足りないの?」


「今のは私が言わせたから」


「それじゃ、どうすればいいんだよ」


「悠真くんが考えて」


 美咲は少し楽しそうに笑う。


 悠真は困りながら、その頬へ手を添えた。


 触れただけで、美咲の笑みが消え、緊張した表情へ変わる。


「これは?」


「……恋人らしいと思う」


「じゃあ」


 悠真が顔を近づける。


「待って」


 美咲が胸元へ手を当て、動きを止めた。


「嫌?」


「違うよ」


「じゃあ何?」


「目を閉じるまで待って」


「昨日と同じだな」


「まだ慣れてないの」


 美咲は一度息を整えると、ゆっくり瞼を閉じた。


「いいよ」


 悠真はその額へ、優しく唇を触れさせた。


「……おでこ?」


 美咲が目を開く。


「俺もされたから、お返し」


「唇じゃないんだ」


「不満そうだな」


「不満じゃないけど」


 美咲は自分の唇へ指で触れる。


「少しだけ、期待してた」


「夕食のあとにする?」


「予約みたいに言わないで」


「それなら今?」


「どっちでもいいよ」


「じゃあ、今」


 悠真が再び顔を近づける。


 今度は美咲も止めなかった。


 額ではなく、唇へ触れる。


 短いキス。


 離れると、美咲は満足したように微笑んだ。


「これで、今日の分」


「二回したけど」


「おでこと唇で一回ずつ?」


「明日の分にできる?」


「駄目です」


「やっぱり厳しいな」


「明日は明日で、ちゃんとしてもらいます」


 美咲は頬を赤くしたまま、悠真の腕を軽く引く。


「夕食、作ろう」


「うん」


「今日は何を手伝ってくれる?」


「味見」


「それは手伝いじゃありません」


 二人は肩を並べ、リビングへ向かった。


 土曜日のプール。


 互いの水着姿。


 付き合ってからの正式なデート。


 楽しみでありながら、少し怖くもある。


 好きだからこそ、相手を意識する。


 近づきたいと思う一方で、距離を間違えたくないとも思う。


 その答えをまだ知らない二人は、一つずつ確かめるように、恋人としての時間を重ね始める。

読んでくださってありがとうございます。

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