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【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第二章 初恋の人を、好きになるまで

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第44話 好きな人は、すぐそこに



「いるよ」


 悠真は静かに答えた。


「まだ、ちゃんと伝えられてないけど」


 口にした言葉は、放課後の廊下へ溶けていくには、あまりにもはっきりとしていた。


 自分の声だった。


 誰かから与えられた台詞でも、求められた役柄に合わせて作った言葉でもない。


 それなのに悠真自身が、その事実を一番信じられずにいた。


 好きな人がいる。


 たった今、自分はそう認めたのだ。


 それまで胸の奥に散らばっていた感情が、その一言を境にして、一つの場所へ集まっていく。


 美咲が他の男子と楽しそうに話していると、理由もなく落ち着かなくなったこと。


 彼女が好きな人は天宮レイではないと聞いて、同じ人物であるにもかかわらず、少しだけ残念に思ったこと。


 風邪を引いた夜、そばにいてほしいと願ったこと。


 彼女の「好き」という声を、ただの夢として忘れたくなかったこと。


 手をつないだとき、その手を離したくないと思ったこと。


 そして今、目の前にいる女子生徒からの好意よりも、廊下の先で待つ美咲の表情が気になって仕方がないこと。


 すべて同じ感情から生まれていた。


 悠真はようやく、それを認めることができた。


「そう……なんですね」


 水色の封筒を持った女子生徒は、傷ついたように眉尻を下げた。


 勇気を出してここまで来たのだろう。


 胸元に抱えた封筒の端は、強く握られたせいで少し曲がっていた。


 断るのなら、最初から迷うべきではなかったのかもしれない。


 それでも悠真は、曖昧な返事で期待を持たせることだけはしたくなかった。


「ごめん」


 もう一度、頭を下げる。


「気持ちを伝えてくれたことは嬉しい。でも、受け取ったら失礼になると思う」


「水瀬くんが謝ることじゃないです」


 女子生徒は俯いていたが、やがて小さく息を吸うと、顔を上げた。


 目元は少し潤んでいる。それでも悠真へ向けた笑顔には、無理に明るく振る舞おうとする強さがあった。


「急に呼び止めて、すみませんでした」


「いや」


「好きな人と、上手くいくといいですね」


「……ありがとう」


 女子生徒は小さく頭を下げ、悠真へ背を向けた。


 廊下を歩く速度は、来たときよりも明らかに速い。


 その背中が階段の向こうへ消えるまで、悠真は動けなかった。


 断ったことが間違いだったとは思わない。


 しかし、誰かの好意へ答えを返すことが、これほど重いものだとは知らなかった。


 子役時代、恋愛作品へ出演した経験は何度かある。


 台本の中では、誰かを好きになり、告白し、振られたこともあった。


 失恋の場面では涙を流し、その演技が評価されたこともある。


 けれど当然、そこに本物の感情はなかった。


 撮影が終われば涙を拭き、次の場面に備えるだけだった。


 現実の気持ちは、そう簡単には切り替えられない。


 今の女子生徒も、きっとしばらくは傷ついた気持ちを抱えることになる。


 その重さを考えると、自分がこれから美咲へ伝えようとしていることも、決して軽い気持ちでは口にできないと思った。


 悠真は静かに息を吐くと、廊下の先へ視線を向けた。


 美咲は窓際に立っていた。


 西日が差し込む廊下で、窓の外を眺めている。


 夕方の光を受けた横顔は、いつもより少し寂しそうに見えた。


 片手には自分の鞄。


 もう片方の肩には悠真の鞄まで掛けている。


 右肩を怪我している間は持たせないと、今朝から譲らなかったのだ。


 足元へ伸びた細長い影が、窓枠の影と重なっている。


 悠真が近づくと、美咲はその足音に気づき、ゆっくり顔を向けた。


「もう、いいの?」


「うん。待たせてごめん」


「大丈夫」


 美咲は笑った。


 普段と変わらない、柔らかな笑顔。


 けれど、その笑みが作られたものだと、今の悠真には分かってしまう。


 目元にいつもの温かさがない。


 口角だけを意識して持ち上げた、周囲へ心配をかけないための笑顔。


 自分も長い間、同じような表情を使ってきたからこそ分かった。


「手紙、受け取ったの?」


 美咲が恐る恐る尋ねる。


「受け取ってない」


「そうなんだ」


「断った」


「……どうして?」


 その一言は、悠真が予想していたより小さかった。


 美咲の指が、肩に掛けた鞄の紐を握っている。


 平気なふりをしているが、返事を待つ姿には隠しきれない緊張があった。


「読んでから決めてもよかったんじゃない?」


「読んだら、余計に断りにくくなるから」


「でも、あの子、勇気を出して渡そうとしたんだと思う」


「分かってる」


「なら……」


「好きな人がいるから」


 悠真が言う。


 美咲の言葉が止まった。


 廊下には、運動部へ向かう生徒たちの声が遠く響いている。


 校庭からは、野球部の掛け声と金属バットの乾いた音が聞こえてきた。


 そんな日常の音が続く中、美咲だけが時間から取り残されたように立っていた。


「好きな、人?」


「うん」


「悠真くんに?」


「俺に」


「いつから?」


「それは、まだ分からない」


 悠真は正直に答えた。


 どの瞬間から美咲を好きになったのか、自分でも分からない。


 最初は、勝手に部屋へ入り込んで掃除を始める、少し強引な優等生だった。


 料理を届けてくれることはありがたかったが、これ以上踏み込んでほしくないとも思っていた。


 それが、いつの間にか変わっていた。


 美咲が来ない日は部屋が広く感じた。


 一人で食べる食事は、味気なくなった。


 彼女の足音や呼び鈴を待つようになった。


 気づいたときには、隣にいることが当たり前になっていた。


「最近、気づいた」


「最近……」


 美咲は同じ言葉を小さく繰り返す。


 俯いたため、長い髪が表情を隠していた。


 その姿を見ながら、悠真は伝え方を迷った。


 好きな人は美咲だと、今ここで告げればいい。


 もう自分の気持ちには気づいている。


 あとは言葉にするだけだ。


 けれど悠真は、気づいたばかりの感情を勢いだけで渡すことが怖かった。


 美咲は、自分の生活へ深く入り込んでいる。


 毎日食事を作り、家事を教え、体調を崩せば看病してくれる。


 悠真にとって、美咲を失うことは単に失恋すること以上に大きい。


 そして美咲にとっても、自分は特別な存在になりつつある。


 だからこそ、曖昧なまま告白するのではなく、きちんと向き合って伝えたかった。


「どんな人?」


 美咲が尋ねる。


 声が少し震えていた。


「その子は……可愛い?」


「うん」


 答えた瞬間、美咲の肩がわずかに落ちる。


「頭もいい?」


「かなり」


「運動もできる?」


「できるな」


「料理も上手だったりする?」


「すごく上手い」


 美咲の表情が、質問を重ねるたびに曇っていく。


 悠真は気づいていたが、あえて止めなかった。


「優しい人?」


「世話焼きで、少し強引だけど優しい」


「そう……」


「怒ると怖い」


「それは余計じゃない?」


 美咲が反射的に顔を上げる。


 目が合った。


 数秒後、美咲の瞳が大きく見開かれる。


「もしかして……」


 悠真は答えず、口元だけで笑う。


 美咲の頬が少しずつ赤くなっていった。


「その人、悠真くんの近くにいる?」


「かなり近い」


「クラスは?」


「同じ」


「住んでいるところは?」


「隣」


 美咲の唇が小さく震える。


 先ほどまでの寂しそうな表情は消え、信じられないものを見るような顔になっていた。


「それって……」


 最後まで言葉にできず、美咲が黙り込む。


 悠真も続きを口にしなかった。


 答えは十分に伝わっている。


 しかし、これを正式な告白として終わらせるつもりはなかった。


「今は、ここまで」


「どうして?」


 美咲が一歩近づく。


「ここまで言ったなら、ちゃんと言ってよ」


「まだ気づいたばかりだから」


「私はずっと待ってるのに」


「だからこそ、ちゃんとしたい」


 悠真は美咲の肩から、自分の鞄を左手で受け取った。


「誰かに告白された直後、廊下で流されるように言うんじゃなくて。俺が自分で決めた場所で、自分の言葉で伝えたい」


「……今のも、自分の言葉でしょう?」


「そうだけど」


「私は今でもいいよ」


「俺がよくない」


 悠真が言い切ると、美咲は少し不満そうに頬を膨らませた。


 それでも、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。


「いつ?」


「何が?」


「ちゃんと伝えてくれるのは、いつ?」


「まだ秘密」


「今日?」


「どうだろう」


「明日?」


「さあ」


「今週中?」


「美咲、さっきまで落ち込んでたのに、急に積極的になったな」


「だって……」


 美咲は胸元で両手を握り、悠真を見上げる。


「待ってていいって分かったから」


 その表情は、今度こそ作られたものではなかった。


 頬を赤くしながらも、心の底から嬉しそうに笑っている。


「期待していいんだよね?」


「いいって、今朝も言っただろ」


「本当に?」


「うん」


「絶対?」


「何度確認するんだよ」


「嬉しすぎて、夢かもしれないから」


 美咲は自分の頬をつねろうとする。


 悠真はその手首を掴んで止めた。


「何してるの?」


「確かめようと思って」


「夢じゃないよ」


「でも……」


「俺が保証する」


 掴んでいた手首から、手のひらへ指を移す。


 廊下にはまだ他の生徒がいる。


 人目を気にする美咲なら、普段はすぐに手を引くだろう。


 しかし今日は逃げなかった。


 むしろ悠真の指へ、自分の指をゆっくり絡めてくる。


「帰ろうか」


「うん」


「手、このままでいいの?」


「今日はいい」


「見られるかも」


「もう、少しくらいならいいの」


 美咲は恥ずかしそうに周囲を確認し、悠真へ少しだけ身を寄せた。


「それに、離したくないから」


 小さな声だった。


 だが、つながれた手から伝わる体温と同じくらい、はっきりと悠真へ届いた。


     ◇


 二人が昇降口へ向かう頃には、廊下に残っている生徒も少なくなっていた。


 窓から差し込む夕日は赤みを増し、並んで歩く二人の影を長く伸ばしている。


 手をつないだまま階段を下りようとしたところで、踊り場の先から菜月と孝太郎が現れた。


「あ」


 美咲が足を止める。


 菜月の視線が、二人の顔から、つながれた手へ移る。


 その口元がゆっくりと持ち上がった。


「お邪魔だった?」


「違うの、菜月」


「何が違うの?」


「これは、その……」


 美咲は手を離そうとする。


 だが、悠真はその手を離さなかった。


 軽く指へ力を込める。


 美咲が驚いたように振り返る。


「別にいいだろ」


 悠真が言う。


「見られて困ることはしてない」


「手、つないでるけど?」


 孝太郎が指摘する。


「怪我人だから」


「怪我してるのは右肩だろ。左手は元気じゃん」


「精神的な支えが必要なんだよ」


「便利な怪我だな」


 孝太郎は呆れたように笑う。


 一方、菜月は美咲の表情をじっと見つめていた。


「さっきまで、あんなに落ち込んでたのに」


「落ち込んでないよ」


「水瀬くんが手紙を渡されてるのを見て、分かりやすく落ち込んでたでしょう?」


「それは……」


「何かあった?」


 菜月が意味ありげに尋ねる。


 美咲は答えに迷い、悠真を見る。


「何もないよ」


 悠真が代わりに答えた。


「ただ、少し話しただけ」


「どんな話?」


「好きな人の話」


 孝太郎の目が大きくなる。


 菜月は一瞬驚いたあと、すぐに美咲へ向き直った。


「美咲」


「な、何?」


「よかったね」


「まだ何も言ってないよ!」


「顔を見れば分かる」


 美咲はつないでいない方の手で、自分の顔を隠した。


「そんなに分かりやすい?」


「うん。今までで一番幸せそうな顔してる」


「だって……」


 言いかけ、美咲は恥ずかしそうに口を閉じる。


 悠真はその横顔を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 自分の言葉一つで、美咲がこれほど嬉しそうに笑う。


 その事実が、悠真にとっても嬉しかった。


「それより、何で二人が一緒にいるんだ?」


 悠真が尋ねる。


「孝太郎は部活じゃないの?」


「今日は休み。菜月と途中まで帰ろうと思って」


「へえ」


「何だよ、その顔」


「別に」


「お前らみたいな関係じゃないからな」


 孝太郎が慌てて否定する。


 菜月は隣でわざとらしく肩をすくめた。


「佐伯くんが、どうしても一緒に帰りたいって言うから」


「言ってないだろ!」


「照れなくてもいいよ」


「違うって!」


 今度は孝太郎が顔を赤くする番だった。


 美咲も顔を上げ、少し楽しそうに笑う。


 結局、四人で校門まで歩くことになった。


 悠真と美咲は途中で手を離した。


 しかし離れたあとも、二人の指先は何度か触れ合う。


 そのたびにどちらからともなく顔を見合わせ、小さく笑った。


     ◇


 マンションへ戻ると、悠真は美咲に言われるままソファへ座らされた。


「命令その五です」


 美咲は救急箱を開き、新しい湿布を取り出す。


「今日は肩を動かさず、夕食ができるまで大人しくしてください」


「昨日と同じじゃない?」


「全治するまでは毎日です」


「俺、一週間何もできないの?」


「洗濯物を畳むくらいならできます」


「扱いがお年寄りみたいだな」


「無理をした人が悪いの」


 美咲は少し怒ったように言いながら、湿布の袋を開ける。


 だが、その表情はどこか浮き立っている。


 口元が緩みそうになるたび、引き締めようとしているのが分かった。


「美咲」


「何?」


「機嫌いいな」


「普通です」


「ずっと笑ってる」


「笑ってません」


「今も」


 指摘すると、美咲は片手で口元を隠した。


「……仕方ないでしょう」


「何が?」


「好きな人に、期待していいって言われたから」


 美咲は俯き、小さな声で続ける。


「嬉しくないわけないよ」


 悠真の胸が高鳴る。


 言われるたび、まだ慣れない。


 美咲から向けられる好意が、少しずつ現実になっていく。


「悠真くん」


「うん」


「私、待ってるからね」


「分かってる」


「でも、あまり遅いと私から言うから」


「どのくらい待てる?」


「……一週間」


「短くない?」


「命令を聞いてもらえる期間と同じ」


 美咲が顔を上げる。


 恥ずかしさを残しながらも、その瞳には決意があった。


「一週間以内に悠真くんが何も言ってくれなかったら、私から告白します」


「宣言するんだ」


「ずっと待つのは無理だって、今日分かったから」


「どうして?」


「あの子に手紙を渡されているところを見たら、すごく嫌だった」


 美咲は膝の上で手を握る。


「悠真くんが誰かを好きになるのも、私以外の人と手をつなぐのも、嫌だって思った」


 それは自分勝手な感情かもしれない。


 そう言うように、美咲の表情には僅かな罪悪感があった。


 だが悠真は、その言葉を嫌だとは思わなかった。


「俺も同じだよ」


「え?」


「美咲が他の男と仲良くしてたら、落ち着かない」


「進藤くんのとき?」


「……気づいてた?」


「少しだけ」


「あれは別に」


「誤魔化さないで」


「はい」


 一週間、美咲の言うことを聞く。


 その約束を思い出し、悠真は素直に認める。


「嫉妬した」


 美咲の顔に、喜びが広がる。


「嬉しそうだな」


「少しだけ」


「俺は結構困ってたんだけど」


「ごめんね。でも、私だけじゃなかったって分かると嬉しい」


「美咲だけじゃないよ」


 悠真は左手を伸ばし、美咲の手へ重ねる。


「だから、一週間も待たせない」


 美咲が息を呑む。


「それって……」


「ちゃんと考えてる」


「いつ?」


「秘密」


「明日?」


「教えない」


「どこで?」


「それも秘密」


「今教えてくれてもいいのに」


「教えたら告白にならないだろ」


「準備したいの」


「何の?」


「服とか、髪とか……」


「いつもの美咲でいいよ」


 悠真が答えると、美咲は一瞬黙った。


 やがて、照れくさそうに目を細める。


「そういうことを自然に言えるのに、告白はできないんだね」


「難易度が違う」


「私も緊張すると思うよ」


「知ってる」


「どうして?」


「今、手が震えてる」


 重ねた手から、微かな震えが伝わっていた。


 美咲は恥ずかしそうに手を引こうとする。


 悠真は逃がさないよう、その指を握った。


「離して」


「嫌だ」


「湿布、貼れないよ」


「もう少しだけ」


「……甘えてるの?」


「美咲が甘えろって命令したんだろ」


「昨日の命令、まだ有効だったんだ」


「一週間は有効じゃないの?」


 悠真が尋ねると、美咲は困ったように笑った。


「分かった。もう少しだけね」


 美咲は湿布をテーブルへ置き、悠真の隣へ座り直す。


 肩同士が触れそうな距離。


 悠真は右肩を庇いながら、美咲の方へ身体を傾けた。


「どうしたの?」


「甘えていいんだろ」


「うん」


 悠真は美咲の左肩へ、そっと頭を預ける。


 美咲の身体が一瞬だけ強張った。


 しかし逃げることなく、悠真の髪へ手を添える。


「重くない?」


「少し重い」


「じゃあ離れる」


「嫌とは言ってないよ」


 美咲は悠真の頭を引き戻すように、優しく髪を撫でる。


「このままでいい」


「うん」


「悠真くん」


「何?」


「好きな人ができたって言ってたけど」


「うん」


「その人のどこが好き?」


 耳元で尋ねられ、悠真は目を閉じる。


 理由は一つではない。


 優しいところ。


 努力家なところ。


 時々強引で、怒ると怖いところ。


 料理が上手で、誰かのために自然と動けるところ。


 だが、一番大きな理由は別にある。


「俺を見つけてくれたところ」


「見つけた?」


「天宮レイじゃなくて、今の俺を」


 美咲の手が止まる。


「何も持ってないふりをして、誰にも見つからないようにしてた俺を、美咲だけが見つけてくれた」


 プリントを届けに来た、あの日。


 気分が乗らないという理由で学校を休み、一人で適当な食事を済ませようとしていた悠真。


 あのまま誰にも踏み込まれなければ、悠真は今も平凡なふりを続けていただろう。


 クラスメイトと本気で笑うことも。


 負けて悔しいと思うことも。


 誰かを頼り、そばにいてほしいと願うこともなかった。


「だから好きになった」


 その言葉は、告白とほとんど同じだった。


 美咲もそう感じたのだろう。


 悠真の髪を撫でながら、少し震えた声で答える。


「私も、悠真くんを見つけられてよかった」


 悠真は頭を上げ、美咲の顔を見る。


 美咲の目元には、薄く涙が浮かんでいた。


「泣くところ?」


「嬉しいと、泣きたくなるの」


「最近よく泣いてるな」


「誰のせい?」


「俺かも」


「そうだよ」


 美咲が目元を指で拭う。


 その手を悠真が取り、代わりに涙へ触れた。


 球技大会のときと同じように、親指で頬をそっと撫でる。


 美咲は逃げなかった。


 むしろ、その手へ頬を寄せる。


 互いの顔が、自然と近づいていく。


 呼吸が触れ合う距離。


 美咲の瞼がゆっくり下がる。


 悠真も目を閉じかけた。


「……待って」


 唇が触れる直前、美咲が声を上げる。


 悠真は動きを止めた。


「嫌だった?」


「違うの」


 美咲は真っ赤な顔で首を振る。


「ちゃんと告白してもらう前にしたら、順番がおかしくなるから」


「額には勝手にしたのに?」


「あれは……」


「順番は?」


「寝てたから数えません!」


「それは美咲の都合だろ」


「とにかく、今は駄目」


 美咲は悠真の胸元を左手で軽く押し、二人の間に少しだけ距離を作る。


 だが、完全には離れなかった。


「ちゃんと告白して」


「うん」


「それからなら……」


 美咲は続きを口にできず、俯いた。


「それからなら?」


「自分で考えて」


「命令?」


「命令です」


 美咲の声は消え入りそうだった。


 悠真は笑い、額を美咲の額へ軽く触れさせる。


「分かった」


「近いよ」


「唇じゃないからいいだろ」


「そういう問題じゃ……」


 言い返そうとした美咲も、最後には困ったように笑った。


 告白まで、あと一週間。


 しかし悠真は、それほど待たせるつもりはなかった。


 美咲が過去の自分ではなく、今の自分を選んでくれたように。


 次は悠真が、自分の意志で美咲を選ぶ番だった。

読んでくださってありがとうございます。

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