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【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第二章 初恋の人を、好きになるまで

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第40話 負けた日の帰り道



 閉会式が始まる頃には、悠真の右肩はじっとしていても痛むようになっていた。


 試合直後より熱を持ち、体操服が擦れるだけでも鈍い痛みが走る。


 美咲には気づかれないよう、できるだけ普段どおりにしていたつもりだった。


「悠真くん」


「……何?」


「今、また肩を押さえたよね」


「気のせいじゃない?」


「今日だけで四回目の気のせいだね」


 隣に立つ美咲は、呆れたように眉尻を下げた。


 全校生徒が体育館へ集まっているため、二人は列の後方に並んでいる。前にはクラスメイトが大勢いるが、閉会式のざわめきに紛れ、美咲の小さな声まで聞いている者はいない。


「そんなに数えてたの?」


「見てたら分かるよ」


「ずっと俺を見てたんだ」


 何気なく言うと、美咲の肩が小さく揺れた。


「そ、それは怪我が心配だったから」


「試合中も?」


「試合中は当然でしょう?」


「俺がベンチに下がったあとも?」


「それは……」


 美咲は言葉に詰まり、正面へ顔を向ける。


 横から見える頬が、少しずつ赤くなっていった。


「進藤くんたちを応援しながら、悠真くんも見てただけです」


「やっぱり見てたんだ」


「もう、今は肩の話をしてるの!」


 美咲が頬を膨らませる。


 強引に話を戻したいらしい。


 悠真は小さく笑ったが、その振動で肩に痛みが走り、わずかに顔をしかめた。


「ほら、やっぱり痛いんでしょう」


「笑ったら響いただけ」


「それを痛いって言うんだよ」


 美咲は悠真の右腕へ手を伸ばしかけ、周囲の目に気づいて途中で止めた。


 心配そうな指先が行き場を失い、胸元で握られる。


「閉会式が終わったら、すぐ病院へ行こうね」


「命令その一、だっけ」


「うん。拒否は認めません」


「今日の美咲、厳しいな」


「誰のせいだと思ってるの?」


「俺です」


「分かってるなら、ちゃんと言うことを聞いてください」


「はい」


 悠真が素直に返事をすると、美咲は少し驚いたように瞬きをした。


「どうしたの?」


「いや。もっと嫌がると思ってた」


「一週間は美咲の言うことを聞くって約束したから」


「本当に何でも聞いてくれるの?」


「俺にできることなら」


「じゃあ……」


 美咲は何かを言いかけて、口を閉じる。


「何?」


「あとで考える」


「今、変な命令を考えなかった?」


「考えてないよ」


「顔が怪しい」


「怪しくありません」


 美咲は正面を向いたまま、唇をきゅっと結んだ。


 だが、耳が赤い。


 いったい何をさせるつもりなのか。


 少し不安ではあるが、美咲が本当に困るようなことを命じるとも思えなかった。


 やがて、壇上へ生徒会長が上がり、閉会式が始まった。


 各競技の結果が発表されていく。


 男子バスケットボールは五組が優勝、一組が準優勝。


 クラス名が呼ばれると、一組の列から拍手と歓声が上がった。


「惜しかったな」


「でも準優勝だぞ!」


「最初の試合、あそこから逆転したのすごかったよな」


 クラスメイトたちの声が聞こえる。


 そして当然のように、何人かが悠真を振り返った。


「水瀬のおかげだ!」


「進藤もな!」


「佐野のシュートもよかった!」


「俺も決めたぞ!」


 木村が自分を指差し、周囲から笑いが起こる。


 閉会式中のため担任に静かにするよう注意されたが、全員の表情は明るかった。


 優勝できなかった悔しさはある。


 それでも誰か一人を責める者はいない。


 悠真が怪我で途中交代したことも、決勝で負けたことも、失望の理由にはなっていなかった。


「不思議そうな顔してるね」


 美咲が小声で言う。


「そう?」


「うん。褒められると思ってなかったみたい」


「最後まで出られなかったから」


「それでも、悠真くんが頑張ったことは変わらないよ」


「負けたのに?」


「負けたら全部なくなるの?」


 美咲は穏やかに尋ねる。


「勝つために練習したことも、みんなで協力したことも、試合が楽しかったことも。負けたら意味がなくなる?」


「……ならないと思う」


「それなら、ちゃんと受け取っていいんだよ」


「何を?」


「みんなの『ありがとう』を」


 悠真は前に並ぶクラスメイトたちの背中を見る。


 子役だった頃、結果がよければ褒められた。


 視聴率が上がれば、笑顔で肩を叩かれた。


 だが、その言葉のあとには必ず次があった。


 次も頼む。


 次はもっと上手くやれ。


 期待している。


 褒め言葉は、首へ掛けられる新しい鎖と同じだった。


 けれど、今の「ありがとう」は違うのかもしれない。


「……そうだな」


 悠真は小さく頷く。


「あとで俺からも言っておく」


「何を?」


「一緒にやってくれて、ありがとうって」


 美咲は目を細め、嬉しそうに微笑んだ。


「うん。その方がいいと思う」


     ◇


 閉会式のあと、教室へ戻ると担任から結果について簡単な話があった。


「優勝を逃した競技も多かったが、総合順位では一年一組が二位だ。よく頑張ったな」


 担任が黒板の前で拍手すると、教室中から声が上がる。


 悠真も自分の席で小さく手を叩いた。


 以前なら、こうした行事にはできるだけ関わらないようにしていただろう。


 負けても悔しくない程度に手を抜き、勝っても自分のおかげだと思われない場所にいる。


 それが一番安全だった。


 だが今回は、少し違った。


 目立った。


 期待された。


 負けて悔しいとも思った。


 それでも、参加しなければよかったとは思わない。


「それから水瀬」


 突然名前を呼ばれ、悠真は顔を上げた。


「はい」


「肩を痛めたと聞いた。大丈夫か?」


「少し打っただけです」


「保健の先生からも、きちんと病院で診てもらうよう言われている。今日は寄り道せず――」


「先生、大丈夫です」


 美咲が席から立ち上がった。


「私が連れていきます」


 教室が静かになる。


 担任だけでなく、全員が美咲を見た。


「一ノ瀬が?」


「あっ……」


 美咲は周囲の反応を見て、ようやく自分の発言に気づいたらしい。


「その、家が近所なので。水瀬くんが一人で帰るより安全ですし……」


「近所っていうか、隣だもんな」


 孝太郎が余計な一言を加える。


「そういえば、一緒に夕食も食べてるんだろ?」


 別の男子が続いた。


「弁当も一ノ瀬さんが作ったって聞いた」


「試合中は名前で呼んでたよね?」


「手もつないでたような……」


 次々と上がる声に、美咲の顔が赤くなっていく。


「どうしてみんな知ってるの!?」


「球技大会で隠す気なかっただろ」


 孝太郎が笑う。


 菜月は頬杖をつきながら、楽しそうに二人を眺めていた。


「美咲、もう付き合ってるって認めたら?」


「付き合ってないよ!」


 美咲が反射的に否定する。


 その直後、悠真の方をちらりと見た。


「……まだ」


 最後の一言は、教室の騒ぎに紛れるほど小さかった。


 だが、隣の席にいる悠真には聞こえてしまった。


 胸が大きく鳴る。


 昨日、二年生の先輩へ言った言葉と同じだ。


 まだ違う。


 今は付き合っていない。


 それは、いつか付き合いたいという意味なのか。


 美咲の顔を見ると、目が合った。


 彼女は慌てて視線を逸らし、俯いてしまう。


 机の下で両手を握り、恥ずかしそうに指を動かしていた。


「静かにしろ」


 担任が黒板を軽く叩く。


 教室の声が落ち着くと、担任は美咲へ向き直った。


「一ノ瀬が付き添うなら安心だが、無理はするなよ」


「はい」


「水瀬も、嫌がらずに行け」


「……分かりました」


 これで逃げ道はなくなった。


 もともと美咲との約束を破るつもりはなかったが、教室全員に見送られて病院へ行くことになるとは思わなかった。


     ◇


 学校から徒歩で十五分ほどの場所に、小さな整形外科があった。


 診察と検査の結果、骨には異常なし。


 軽い打撲と筋肉の炎症で、一週間ほど激しい運動を控えれば問題ないとのことだった。


「だから大丈夫って言っただろ」


 病院を出た悠真が言うと、美咲は隣で頬を膨らませた。


「大丈夫だって確認するために病院へ来たの」


「結果的には来なくても平気だった」


「違うよ。来たから安心できたの」


 美咲は処方された湿布が入った袋を、自分の鞄へ大切そうにしまう。


「それ、俺が持つよ」


「駄目。右肩を休ませて」


「左手で持つ」


「それなら、私の手を持ってて」


「……え?」


 悠真が聞き返すと、美咲は自分の発言に遅れて気づいた。


「ち、違うの。手持ち無沙汰ならって意味で……」


「手持ち無沙汰だから手を持つのか」


「上手いこと言わなくていいから!」


「別に上手くないけど」


 美咲は恥ずかしそうに目を伏せる。


 しかし、差し出しかけた左手は引っ込めなかった。


 悠真はその手を見下ろす。


 学校から離れた住宅街。


 周囲に同じ制服の生徒はいない。


 昨日も今日も、何度か手をつないでいる。


 今さら躊躇う理由などないはずなのに、意識すると指先が動かなくなる。


「嫌なら、いいよ」


 美咲が寂しそうに手を下ろしかける。


 悠真は咄嗟に、その手を掴んだ。


「嫌じゃない」


「……うん」


 手のひらを重ねる。


 美咲の手は小さく、少し冷たかった。


 悠真が指の位置を直すと、美咲の指がそっと隙間へ入ってくる。


 指と指を絡める形。


 昨日は途中で諦めたつなぎ方だった。


「これでいい?」


 美咲が恐る恐る尋ねる。


「美咲が嫌じゃなければ」


「嫌じゃないよ」


「なら、このままで」


 二人は手をつないだまま歩き出す。


 腕を振るたび、重ねた手のひらが僅かに擦れた。


 体温だけでなく、美咲の指の細さや、緊張から少し汗ばんでいることまで伝わる。


 悠真も同じだった。


 黙って歩いていると、意識がすべて左手へ集まってしまう。


「さっきから静かだね」


 美咲が横目で見る。


「美咲もだろ」


「私は……緊張してるから」


「正直だな」


「悠真くんは?」


「同じ」


 美咲が驚いたように目を丸くする。


 その後、嬉しそうに指へ力を込めた。


「昨日の背中のときもそうだったけど」


「その話、する?」


「少しだけ」


 美咲は前を向いたまま、赤くなった頬を髪で隠そうとする。


「悠真くんが私を意識してくれるの、嬉しい」


「……俺だけ恥ずかしいことを言わされてない?」


「私も恥ずかしいよ」


「そう見えない」


「顔、見て」


 言われて横を見る。


 美咲の頬は赤く、耳まで染まっていた。


 目が合うとさらに恥ずかしくなったのか、唇をきゅっと結ぶ。


「ね?」


「確かに赤いな」


「あまり見ないで」


「見ろって言ったのは美咲だろ」


「確認したら、もう前を向いて」


「注文が多い」


「一週間は私の命令を聞く約束です」


「それに使うのか?」


 悠真が笑う。


 美咲も恥ずかしそうにしながら、少しだけ笑った。


 恋人ではない。


 けれど、ただの隣人とも言いにくい。


 指を絡めて歩くこの距離に、何と名前をつければいいのだろう。


 悠真にはまだ分からなかった。


     ◇


 買い物を終え、マンションへ戻った頃には午後六時を過ぎていた。


 美咲は自分の部屋で着替えてから、食材と救急箱を持って悠真の部屋へ来た。


 白い半袖の部屋着に、柔らかな素材の短いパンツ。


 健康的な範囲ではあるが、学校の制服より脚が大きく見えている。


「お邪魔します」


「……どうぞ」


 悠真は美咲の足元を見てしまい、慌てて顔を上げた。


 普段は膝丈のスカートや長めの部屋着が多い。


 今日は病院や買い物で歩き疲れたため、楽な格好を選んだのだろう。


 ただの部屋着だ。


 何もおかしくない。


 そう思っているのに、視線の置き場所に困る。


「どうしたの?」


「何でもない」


「また?」


「何でもないって」


 美咲は首を傾げたあと、自分の服装へ視線を落とす。


 悠真がどこを見ていたのか察したらしく、頬が赤くなった。


「……変?」


「変じゃない」


「じゃあ、見すぎ」


「見てない」


「見てたよ」


「少しだけ」


「正直に言えばいいわけじゃないの!」


 美咲は持っていた買い物袋で脚を隠そうとする。


 だが両手が塞がって歩きづらそうだった。


「嫌なら着替えてくれば?」


「嫌というか……悠真くんに見られると恥ずかしいだけ」


「それなら、見ないようにする」


「それはそれで嫌かも」


「どうしろっていうんだよ」


 悠真が困って尋ねると、美咲は自分でも答えが分からないのか、口を閉じた。


 数秒後、恥ずかしそうに小さく呟く。


「普通にしてて」


「それが一番難しい」


「頑張ってください」


「命令?」


「命令です」


 美咲は顔を赤くしたまま、キッチンへ向かった。


 悠真はソファへ座り、料理を始めようとする美咲の背中を見る。


「手伝わなくていい?」


「今日は駄目」


「左手だけなら」


「命令その三。ソファで休んでいてください」


「暇なんだけど」


「テレビでも見てて」


「美咲が料理してるのを見てる」


 美咲の手が止まる。


「……どうして?」


「テレビより見てて飽きないから」


「そういうこと、急に言わないで」


「変な意味じゃないよ」


「分かってるけど、それでも恥ずかしいの」


 美咲は俯きながら、鶏肉の入ったパックを冷蔵庫へ入れる。


 耳がまた赤くなっていた。


 今日の夕食は、肩を動かさずに食べやすいものとして、野菜を多めに入れたうどんになった。


 食後、美咲は薬と水を用意し、空いた食器をすべて洗う。


 悠真が手を出そうとすると、そのたびにソファへ戻された。


「本当に何もしなくていいの?」


「今日は甘える日でしょう?」


「命令その二か」


「うん」


 片づけを終えた美咲が、悠真の隣へ腰を下ろす。


 ソファがわずかに沈み、二人の肩が近づいた。


「じゃあ、甘えてみて」


「急に言われても」


「してほしいことはない?」


「湿布を貼ってもらう」


「それは最初からするつもりだよ」


「他には思いつかない」


「……もっと、あるでしょう?」


 美咲が期待するように、ちらりと悠真を見る。


「例えば?」


「それを私に言わせるの?」


「美咲が命令したんだろ」


「そうだけど……」


 美咲は膝の上で指を組み、落ち着かなそうに何度も組み直した。


「膝枕、とか」


 消え入りそうな声だった。


「……美咲がしてくれるの?」


「悠真くんがしてほしいなら」


「嫌じゃない?」


「嫌なら言わないよ」


 美咲は少し身体をずらし、ソファへ座り直す。


 露出した太腿の上を両手で軽く整え、恥ずかしそうに悠真を見る。


「どうする?」


 悠真は返事に困った。


 美咲の脚を意識しないようにしていたのに、その上へ頭を乗せるのは難易度が高すぎる。


「やっぱり恥ずかしいからやめる?」


 美咲の声に、少しだけ寂しさが混ざる。


「いや」


 悠真は観念し、ソファへ身体を横たえた。


「お願いします」


「う、うん」


 ゆっくりと頭を下ろす。


 後頭部へ、美咲の太腿の柔らかさと温かさが伝わった。


「……重くない?」


「大丈夫」


「痛くない?」


「大丈夫だよ」


「緊張してない?」


「してる」


「俺も」


「こういうときまで正直に言わなくていいよ」


 美咲の手が、恐る恐る悠真の髪へ触れる。


 指先が前髪から頭頂部へ、ゆっくりと動く。


 撫でられるたび、肩の痛みだけでなく、全身の力まで抜けていくようだった。


「どう?」


「……思ったより落ち着く」


「よかった」


「でも、顔をどこに向ければいいか分からない」


 悠真が正面を見ると、美咲の顔が真上にある。


 下を向けば別の意味で気まずい。


「天井を見てて」


「美咲の顔が視界に入る」


「見ないで」


「じゃあ目を閉じる」


「それならいいよ」


 悠真は言われたとおり、目を閉じた。


 視界がなくなると、美咲の指の感触や体温が、より鮮明になる。


 髪を撫でる手つきは優しく、子どもを寝かしつけるようだった。


「眠ってもいい?」


「いいよ」


「その間に変なことするなよ」


「しないよ!」


 美咲の指が少し強く頭を押す。


「痛い」


「自業自得です」


 言葉とは裏腹に、すぐに撫で方が優しく戻った。


 しばらくすると、悠真の呼吸がゆっくりになっていく。


「美咲」


「何?」


「今日、止めてくれてありがとう」


 目を閉じたまま言う。


「あのまま続けてたら、もっと悪化してたと思う」


「うん」


「負けたけど、前みたいに逃げたいとは思わなかった」


「うん」


「たぶん、美咲がいたからだ」


 髪を撫でていた手が止まる。


 数秒後、今まで以上に優しく指が動き始めた。


「私も、悠真くんが頑張ってるところを見られて嬉しかったよ」


「途中でやめたのに?」


「やめられたことも、頑張ったことだと思う」


「そういう考え方もあるんだな」


「あるよ」


 美咲は少し笑った。


「だから今日は、何も考えないで甘えてください」


「じゃあ、もう一つ」


「何?」


「しばらく、このままでいて」


 言葉にしたあと、少し恥ずかしくなる。


 だが美咲は笑わなかった。


「分かった」


 悠真の額へ、柔らかな指先が触れる。


「眠るまで、こうしてるね」


「うん」


 美咲の声が近い。


 触れる太腿の温かさも、髪を撫でる手も、あまりに心地よかった。


 誰かへ甘えることを、悠真はずっと忘れていた。


 弱いところを見せれば利用される。


 休めば誰かに役目を奪われる。


 そんな環境に長くいたせいで、誰かへ身体を預けることすらできなくなっていた。


 しかし、美咲なら大丈夫だと思える。


「美咲」


「今度は何?」


「一週間と言わず、もう少し長くてもいいかも」


「何が?」


「美咲の言うことを聞く期間」


 美咲は一瞬黙り、やがて小さく笑った。


「じゃあ、ずっとにする?」


 冗談のような声だった。


 それでも、どこか本気の響きがあった。


「それは……考えておく」


「そこは、うんって言ってほしかったな」


「今すぐ決めたら、美咲に一生管理されそうだから」


「悠真くんには、それくらいがちょうどいいと思う」


「否定できない」


 二人の笑い声が重なる。


 悠真が眠りに落ちる直前。


 額へ、指とは違う柔らかな感触が一瞬だけ触れた気がした。


 けれど、目を開けることはできなかった。


 夢だったのか。


 それとも、美咲が何かをしたのか。


 確かめる前に、悠真の意識は穏やかな眠りへ沈んでいった。

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