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【最新作】普通を演じる元天才子役は、隣室の美少女優等生に生活を管理される  作者: 優
第二章 初恋の人を、好きになるまで

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第25話 本気を隠すための勝負



 球技大会へ向けた二度目の練習は、水曜日の放課後に行われた。


 男子バスケットボールの参加者が体育館へ集まる。


 前回とは違い、今日は最初から進藤が練習内容を決めていた。


「最初にパス練習。そのあと、試合形式で動きを確認する」


 進藤はボールを片手に持ち、全員の顔を見回した。


「本番まで時間はない。遊ぶつもりのやつは邪魔だから帰ってくれ」


「今日も厳しいな……」


 孝太郎が悠真の隣で小さく呟く。


「勝ちたいんだろ」


「それは分かるけどさ。球技大会だぞ?」


「本人に言え」


「聞こえたら走らされそうだから嫌だ」


 孝太郎は進藤に気づかれないよう、すぐに口を閉じた。


「それから、水瀬」


 進藤が悠真へ視線を向ける。


「今日は最初から手を抜くな」


「俺だけ?」


「ああ」


「差別じゃないか?」


「前回、本気で動けることは分かった」


 進藤の声を聞き、他の参加者たちも悠真を見る。


「何の話?」


 一人の男子が首を傾げる。


「最後に一人抜いたときのことだろ」


 別の生徒が答えた。


「あれ、結構速かったよな」


「たまたまだ」


 悠真が言う。


 進藤は不満そうに眉を寄せた。


「またそれか」


「一度上手くいっただけで、実力だと決めつけるな」


「なら、今日はもう一度やってみろ」


「失敗したら?」


「俺の見込み違いだったと認める」


「それでいい」


 悠真は軽く肩を回した。


 本気を見せるつもりはない。


 前回の動きは、進藤を納得させるには十分すぎた。今日は今まで以上に注意して、平均的な動きへ抑える必要がある。


 体育館の二階部分を見る。


 美咲はまだ来ていない。


 女子のバレーボールも今日から練習が始まるため、見学する時間はないのだろう。


 少しだけ物足りなく感じた。


「水瀬」


 進藤がボールを投げてくる。


 悠真は両手で受け取った。


「集中しろ」


「ああ」


 ◇


 練習が始まる。


 二人一組になり、距離を変えながらパスを続ける。


 悠真の相手は孝太郎だった。


「水瀬、もう少し優しく投げてくれ」


「強かったか?」


「手が痛い」


「これでも抑えてる」


「お前、やっぱり力あるよな?」


「佐伯に力がないだけだろ」


「失礼な」


 孝太郎は唇を尖らせ、ボールを投げ返した。


 パスの方向は、悠真の左側へ大きくずれている。


 悠真は一歩だけ移動し、難なく受け止めた。


「悪い」


「相手の胸元を狙え」


「狙ってるんだけどな」


「投げるときに腕が外へ開いてる」


「こうか?」


「肘を真っすぐにする」


 悠真は自分の腕を動かし、見本を見せた。


「手首も最後まで相手へ向ける」


「分かった」


 孝太郎がもう一度投げる。


 今度は悠真の胸元へ真っすぐ飛んできた。


「できた!」


「ああ」


「水瀬、お前、やっぱり教えるの上手いな」


「これくらいなら誰でも分かる」


「俺は分からなかったぞ」


「威張ることじゃない」


 悠真がボールを返す。


 その様子を、少し離れた場所から進藤が見ていた。


「水瀬」


「何だ?」


「胸の前へ出すパス以外もできるか?」


「授業で習った程度なら」


「見せてみろ」


「孝太郎に?」


「ああ」


 悠真は孝太郎の足元へ、一度だけバウンドさせるパスを出した。


 ボールは床へ当たり、ちょうど孝太郎の腰の高さへ跳ね上がる。


「おお」


 孝太郎が慌てて受け止めた。


「今の、取りやすかった」


「一応、基本だからな」


「次は片手で投げてみろ」


 進藤が続ける。


「試験でもしてるのか?」


「確認だ」


「何の?」


「お前が、どれくらいできるか」


 進藤は悠真の正面へ移動した。


「今度は俺に出せ」


「普通に?」


「好きなように」


 悠真はボールを腰の横へ構えた。


 進藤の右側へ視線を向ける。


 それにつられ、進藤の意識が僅かに右へ動く。


 悠真は見ている方向とは逆の左側へ、片手でパスを出した。


 進藤の反応が一瞬遅れる。


 それでも、どうにか手を伸ばして受け止めた。


「……今のを、授業で習ったのか?」


「遊びでやったことがある」


「誰と?」


「昔の知り合い」


 子役時代、スポーツ作品の撮影前に指導してくれたコーチ。


 嘘ではない。


 ただ、すべてを話していないだけだ。


 進藤はボールを抱え、悠真の目を見た。


「やっぱり、お前は隠してる」


「何を?」


「実力を」


「考えすぎだ」


「なら、今日の最後に俺と一対一をしろ」


 進藤は迷いなく告げた。


「嫌だ」


「負けるのが怖いか?」


「その挑発は前にも聞いた」


「手を抜くのが好きなのか?」


 悠真の眉が僅かに動く。


「好きでやってるように見えるか?」


「少なくとも、本気でやる気はない」


 進藤の視線が鋭くなる。


「それなら、この種目から外れてくれ」


「人数が足りなくなるだろ」


「本気でやらないやつが一人いるほうが困る」


 二人の間に、張り詰めた空気が流れる。


 周囲にいた生徒たちも、練習の手を止めていた。


「進藤、そこまで言わなくてもいいだろ」


 孝太郎が不安そうに割って入る。


「水瀬だって、ちゃんと練習には来てるんだから」


「練習へ来るだけなら、誰でもできる」


 進藤は悠真から目を逸らさない。


「俺は勝ちたい。だから、使えるやつがいるなら使いたい」


「本人が使われたくないと言ったら?」


「理由を聞く」


「言えない」


「なら、勝負しろ」


「話がつながってないだろ」


「俺に勝ったら、それ以上は聞かない」


 進藤はボールを悠真へ差し出した。


「お前が実力を隠してることも、他のやつには言わない」


 悠真は進藤の表情を見る。


 真剣だった。


 単純に悠真を困らせたいわけではない。


 実力を確認し、球技大会で勝つ方法を考えたいだけだ。


「俺が負けたら?」


「俺の指示に従え。本番も練習も、手を抜くな」


「勝ったら、本当に黙ってるのか?」


「ああ」


「試合でも本気を出さなくていい?」


 進藤は少し考えた。


「必要になるまで隠していい」


「必要になったら?」


「一度だけ、本気を出せ」


 試験のとき、美咲と交わした約束に似ていた。


 一問だけ、本当の答えを書く。


 今回は、一度だけ本気で動く。


「分かった」


 悠真はボールを受け取った。


「勝負する」


 ◇


 全体練習が終わったのは、午後六時前だった。


 他の参加者たちが更衣室へ向かう。


「本当にやるのか?」


 孝太郎が心配そうに尋ねた。


「ああ」


「俺も見ていい?」


「駄目だ」


 答えたのは進藤だった。


「どうして?」


「水瀬と二人でやる」


「でも――」


「佐伯」


 悠真が孝太郎の言葉を遮る。


「先に帰ってくれ」


「……分かった」


 孝太郎は納得していない様子だったが、更衣室へ向かった。


 他の生徒たちも体育館を出る。


 残ったのは、悠真と進藤だけ。


 そう思っていた。


「水瀬くん」


 二階から声が聞こえた。


 見上げると、美咲が手すりの近くに立っている。


 女子の練習を終え、着替えてから来たらしい。


「一ノ瀬さん」


「まだ練習するの?」


「ああ」


 悠真が答える。


 進藤は二階の美咲を見た。


「見られたくないんじゃなかったのか?」


「一ノ瀬さんはいい」


「どうして?」


「知ってるから」


「何を?」


 進藤が尋ねる。


「それは――」


「水瀬くん」


 美咲が二階から首を横へ振った。


 悠真が余計なことを話す前に止めたのだろう。


「私は帰るよ」


「見ていかないのか?」


「二人だけで勝負するんでしょう?」


「ああ」


「それなら、邪魔しない」


 美咲は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「マンションで待ってるね」


 悠真の胸に、小さな迷いが生まれる。


 美咲なら、本気を見せてもいい。


 むしろ彼女には、見ていてほしいと思った。


「一ノ瀬さん」


「何?」


「残ってくれ」


 美咲の目が大きくなる。


「いいの?」


「ああ」


「でも、進藤くんは?」


「俺は構わない」


 進藤が答えた。


「一ノ瀬が誰にも話さないならな」


「話さないよ」


 美咲は真剣な表情で頷いた。


「水瀬くんとの約束だから」


 彼女は急いで階段を下り、コートの端へ来た。


「頑張ってね」


 美咲は悠真へ声をかけたあと、少し迷うように胸元で指を組んだ。


「でも、無理はしないで」


「どちらだ?」


「怪我をしないように頑張って」


「分かった」


「進藤くんも」


「ああ」


 進藤は短く答え、ボールを持ってコート中央へ向かった。


 ◇


 勝負は、先に三本シュートを決めたほうの勝ち。


 最初の攻撃は進藤だった。


「本気で来い」


 進藤はボールを床へつきながら言った。


「あとから言い訳は聞かない」


「分かった」


 悠真は腰を落とし、進藤の動きを見る。


 進藤の得意な方向は右。


 左へ抜くこともできるが、僅かに速度が落ちる。


 練習中の動きだけで、すでに分かっていた。


 進藤が右へ踏み込む。


 悠真は半歩先へ入り、その進路を塞いだ。


 すぐに進藤が左へ切り返す。


 その動きも予測していた。


 悠真は身体を寄せ、ボールへ手を伸ばす。


 指先が触れる。


 ボールが進藤の手から離れ、床を転がった。


「速いな」


 進藤は驚きながらも、口元に僅かな笑みを浮かべた。


「次は俺の攻撃か?」


「ああ」


 悠真がボールを拾う。


 美咲はコートの端から、胸元で両手を握りしめていた。


 本気で動く悠真を見るのは、初めてだった。


 悠真は一度だけドリブルをする。


 進藤が距離を詰める。


 その瞬間、悠真は身体を低く落とし、左へ踏み込んだ。


 進藤が反応する。


 すぐにボールを背中側へ回し、右手へ持ち替える。


「なっ――」


 進藤の横を抜く。


 ゴール下へ入った悠真は、ボールをリングへ軽く当てた。


 一本目。


 ボールがネットを通り抜ける。


「すごい……」


 美咲が小さく呟いた。


 悠真は表情を変えず、ボールを拾った。


「続けるか?」


「当然だ」


 進藤の目に、先ほどまで以上の闘志が浮かんでいた。


 ◇


 勝負は、悠真が三対一で勝った。


 進藤は最後まで手を抜かなかった。


 それでも悠真は、相手の動きを先に読み、必要な分だけ速く動いた。


 最後のシュートが決まる。


 進藤はしばらくリングを見上げたあと、床へ座り込んだ。


「完敗だ」


「約束は?」


「ああ。何も聞かない」


 進藤は額の汗を腕で拭き、悠真を見上げた。


「お前が実力を隠してることも、他のやつには話さない」


「助かる」


「ただし、条件がある」


「話が違うだろ」


「秘密を明かせと言ってるんじゃない」


 進藤は立ち上がった。


「球技大会で負けそうになったときだけ、本気を出してくれ」


「必要になったら一度だけ、だったな」


「ああ」


「それで勝てるとは限らないぞ」


「負けてもいい」


 進藤は真剣な目で答えた。


「全員ができることをやって負けたなら、仕方ない。最初から勝つ気がないのが嫌なだけだ」


「そうか」


「それと、本気を出すタイミングは俺が決める」


「そこまでは約束してない」


「勝負に勝ったのはお前だから、最終的にはお前が決めていい」


 進藤は僅かに口元を緩めた。


「でも、俺の合図くらいは見ろ」


「分かった」


 二人は短く握手を交わした。


「水瀬くん」


 美咲が駆け寄ってくる。


「お疲れさま」


「ああ」


「怪我はない?」


「ない」


 美咲は悠真の腕や足元へ視線を動かし、本当に怪我がないか確認している。


「疲れてない?」


「少しだけ」


「飲み物、買ってくる?」


「持ってる」


「汗、拭く?」


 美咲は自分の鞄から、綺麗に畳まれたタオルを取り出した。


「自分で拭ける」


「はい」


 美咲がタオルを差し出す。


 受け取ろうとした悠真の手が、途中で止まった。


「これ、一ノ瀬さんのだろ」


「まだ使ってないよ」


「そういう問題か?」


「嫌なら、私が拭こうか?」


「自分でやる」


 悠真はタオルを受け取り、額の汗を拭いた。


 柔らかな布から、美咲の部屋と同じような微かな香りがする。


 妙に意識してしまい、すぐに顔から離した。


「もういいの?」


「ああ」


 タオルを返そうとする。


 美咲は受け取らず、首を横へ振った。


「洗ってから返してくれればいいよ」


「今日の弁当箱と一緒に?」


「うん」


「分かった」


 悠真はタオルを鞄へ入れた。


 進藤が、二人のやり取りを黙って見ている。


「何だ?」


 悠真が尋ねる。


「いや」


 進藤は僅かに目を細めた。


「お前が一ノ瀬にだけ話した理由が、少し分かった気がした」


「何の話?」


 美咲が首を傾げる。


「こっちの話だ」


 進藤はボールを片づけるため、コートの反対側へ歩いていった。


 美咲はまだ不思議そうにしていたが、それ以上は尋ねなかった。


 ◇


 帰り道。


 美咲はいつもより悠真の近くを歩いていた。


「格好よかったよ」


「昨日も聞いた」


「今日は、もっと格好よかった」


「進藤とバスケをしただけだ」


「本気の水瀬くんを、初めて見たから」


 美咲は嬉しそうに目元を細めた。


「私に見ていてほしいって言ってくれたことも、嬉しかった」


「一ノ瀬さんなら、見られてもいいと思った」


「どうして?」


「俺のことを知っても、変わらなかったから」


 美咲は足を止めた。


「水瀬くん……」


「何だ?」


「手、つないでもいい?」


 美咲は少し恥ずかしそうに片手を差し出した。


「今日もご褒美か?」


「うん」


「俺への?」


 悠真が尋ねる。


 美咲は頬を赤くし、僅かに視線を逸らした。


「半分は水瀬くんへのご褒美」


「残り半分は?」


「私のため」


 美咲は正直に答えた。


「水瀬くんと手をつなぎたいから」


 悠真は差し出された手を取った。


 指と指を絡め、僅かに握る。


「俺も半分は、一ノ瀬さんのためにする」


「残り半分は?」


 美咲が期待するように顔を上げる。


「俺がつなぎたいから」


 美咲の表情が止まった。


 次の瞬間、頬が真っ赤になる。


「それ、ずるいよ」


「何が?」


「そんなことを急に言われたら、どうすればいいか分からない」


「俺も正直に答えただけだ」


 美咲は恥ずかしそうに俯いた。


 それでも、つないだ手へ嬉しそうに力を返す。


「じゃあ、今日は二人のためだね」


「ああ」


 二人は手をつないだまま、夕暮れの道を歩き始めた。


 悠真の秘密を知る人間が、美咲以外にも一人増えた。


 けれど、自分から本当の姿を見せたいと思った相手は、今も美咲だけだった。

読んでくださってありがとうございます。

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