第15話【魅惑の瞳】
夢を見た。
自分の前にいるのは椅子に座って頭を抱えている母の姿。
この姿を私は知っている。
今は一緒に住んでいない母の姿。
瞳の体質に勘付いたのはここだったのかもしれない。
起きると身体の汗がびっしょりだった。
あれは悪夢だったのだろうか、それとも記憶の断片だったのだろうか。
今は母とは離れて祖父母の家で暮らしている。
部屋の扉を開ければ朝食の匂いが漂ってくる。
「おはよう、お祖父ちゃんお祖母ちゃん」
祖父母は私を優しく迎えてくれる。
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その日は昼休みの秘密の教室にて藍良から打ち明けられる。
「今日は放課後にサプライズを用意しているわけですが、灯里ちゃんが不快になるかもしれません」
「……な、なんのサプライズですか」
神妙な面持ちで語る藍良に戸惑いドキドキの灯里。
「私は灯里ちゃんに伝えたいことがあります」
「な、なななな、なんでしょうか……っ」
告白さながらに真剣な表情で告げる。
「実はそれとともに謝らなければなりません。ごめんなさい」
深々と頭を下げる藍良に何が何やらわからず慌てふためくしか出来ない灯里。
「灯里ちゃんの瞳のこと、校長先生に聞きました」
「……」
「あ、心配しないで。前の学校のこととかは聞いてないから。瞳のことだけ」
灯里にとってはどちらでも大差のないことではあった。瞳の体質そのものがすべての原因なのだから。
藍良には隠したくはなかった。だから灯里は話した。
「じゃあ、知っていますよね。わ、私の瞳を男性が見ると……」
「うん。目が合った異性を惹きつけちゃうって聞いた」
灯里は静かに頷いた。
自然と灯里の視線は藍良の顔に向いていた。
「だからサングラスをつけていたんだね」
「はい」
サングラスをしていたのは周りの視線から逃れるためであるのも正解であったが、それ以上に異性と目を合わせないための壁であった。
灯里は男性と目を合わせることで男性からアプローチされることも、アプローチされることで女子から嫉妬を買うことも避けたがっていた。
「私にはひとつ思うことがあるんだ。そのチカラが灯里ちゃんの瞳にあったとして、人の心を操ることまでは出来ないんじゃないかって」
「……」
「例えば、一目惚れをしたとするじゃない? でもその後一目惚れした人が、相手が嫌がるようなアプローチをするかはその人次第だし、嫌がることをするならそれはその人が悪い」
それだけではない、灯里は内心思っていた。しかし、それを藍良の前で口にすることは藍良を信用していないとも言える。
「だから、今日の放課後ある検証をしたい。嫌なら来なくても良い。無理強いはしない」
「い、いったい何をするんですか」
「私の彼氏・翠希を呼びます」
灯里の身体がビクッと震えた。
自分でも気づかないほど驚きの表情をしているだろう。
「男子の視点でどんな感情になるのかを体験して、聞く。ということをしたいと思っています」
「そ、それは」
ダメだ。ダメだ。ダメ。
灯里は口をパクパクさせながら拒否の言葉を考えた。万が一藍良の彼氏が灯里に惹かれてしまったのなら、藍良との関係の終わりを示している。
嫉妬、憎悪、関係の悪化。灯里はそういう事態になるだろうと思っていた。
人に嫌われるのは嫌だけど、藍良に嫌われるのはもっと嫌だった。
せっかく打ち解け始めて仲良くなってきたというのに、これをきっかけに昔の再来だなんてダメだ。
灯里は黙ってしまった裏で、反対に藍良はこう考えていた。
翠希ならそうはならない。なったとしても自分を捨てる選択はしない。
たとえ、灯里を選んだとしても自分を蔑ろにする人物ではないと。
そんな彼氏だから、瞳が本当だとしても自分を選んでくれる。
だから灯里ちゃんと会わせられる。他の男子には絶対無理。
でもこの役目は自分には出来ない。男子でなければ証明できない。
灯里ちゃんを任せられるのは自分の彼氏だけだと。
決意は固かった。
瞳の呪縛から少しでも解放してあげたかった。
「これは自己満。わかってる。ごめん……無理だよね」
「……す、少しかんっ、考えさせてください」
藍良が立ち上がって立ち去ろうとしたところで、灯里はそう言った。
だけど、藍良は座りなおすことなく、
「嫌だったら連絡せず帰ってもいいからね」
秘密の教室から立ち去って行った。
灯里は静かにその背中を目で追っていた。
「……」
二の舞になるのは嫌だけど、真剣な表情をして向かい合う藍良の姿に応えたくなった。
その気持ちの板挟みで結論を先延ばしにした。
教室の静かさが、誰もいなくなったこの寂しさが、心に刺さる。
「ダメだよ、妻鳥さん。私は悪い女なんだから」
小さく呟いた。
瞳の奥に映るのは母の姿だった。
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放課後、藍良は秘密の教室で灯里を待っていた。
先にやってきたのは藍良の彼氏、椎名翠希であった。
私服姿で学校に入って来た彼だったが、運よく誰に捕まることなくこの教室に辿り着いた。
「藍良、顔色悪いけど大丈夫?」
「……」
もしかしたらもう灯里は来ないかもしれない。もう話してくれることもなくなるかもしれない。そんな感情が渦巻いていた。
「……そんな顔で迎えられたら友達のその子も強張っちゃうよ」
「……ごめん」
「大丈夫だよ、藍良。いつもの笑顔笑顔」
寄り添う翠希は藍良の頬をぐにっと触って無理やり笑顔を作らせる。
「やめいっ」
藍良は翠希を押しのける。
すると秘密の教室の扉が開かれた。
そこに立っていたのは灯里だった。
藍良は思わず駆け出して、灯里を抱きしめた。
「ありがとう……っ」
「うん……」
灯里は優しく受け止めた。
「と、言うわけでこちら私の彼氏。翠希でーす」
「どうも、椎名翠希です」
さっきの落ち込みようはどこへやら。いつものように明るくニコニコで振舞う藍良。
紹介されて微笑んで会釈する翠希だったが、一番動揺を隠せていないのが灯里だった。
「えぁ、えあと……っ」
「こちら灯里ちゃん。蛇ノ目灯里ちゃん」
「よろしく」
灯里が会話に混ざれないまま会話が進行していく。
「で、俺は何するの。何も聞いてないけど」
「翠希は灯里ちゃんの目を見て感想を言ってもらいたいの」
「あばば……」
意を決して来てみたはいいものの、実際に男子と目を合わせるとなれば挙動もおかしくなる。泡拭いて倒れそうなほどに慌てふためく灯里に藍良は後ろから優しく抱擁をする。
翠希はそのまま灯里が座る位置の前に椅子を運んできて座った。
「落ち着いて灯里ちゃん。深呼吸深呼吸」
「その状態で深呼吸して落ち着く?」
「気持ちが大事なの」
少しずつ落ち着きを取り戻す灯里に藍良は話しかける。
「お昼の時も言ったけど、男子が灯里ちゃんの瞳を見て惹かれたとして、それで何が起こっても灯里ちゃんのせいじゃない。灯里ちゃんは悪くないんだよ」
「……瞳を見たら惹かれる……好きになる? サキュバス」
「翠希! それは無神経!」
無神経な一言に藍良は一喝。そう言われてしまえば藍良の頭の中にサキュバスかもしれないと考えてしまったが、それは置いといて。
「も、もし…椎名さんが」
「うん、そうなったら付き合う? 翠希」
「……付き合っちゃうかも」
「おい」
灯里が危惧していることを口にすると、藍良は翠希にあっけらかんとした感じで話を振った。その後の翠希の返答はふたりの仲だから出来る冗談であろう。
ふたりの様子を呆然と見つめる灯里。
その裏で、灯里と翠希が付き合うならそうなっても良いと思っている部分も藍良にはあった。翠希なら灯里を大切にしてくれる。それは確信していた。
「灯里ちゃんはもっと気楽でいいんだよ。都合の悪いことは翠希に押し付けちゃえ」
「……わ、わかりました」
灯里は頷いた。
灯里は座りなおして、翠希の方を向く。
だけど、顔はやや斜めを向いて翠希の方を見ていない。
向かって翠希は見守るように微笑んで灯里を見ていた。後ろで支えて不安そうにする藍良の表情も見えていた。
一同がドキドキの緊張。
灯里がサングラスを静かに外す。
灯里と翠希の視線が交差する。
時間にして1秒もなく、サングラスは元の位置に戻った。
「ど、どう…! 翠希」
「……」
灯里は身体ごと翠希から逸らしていた。
「惚れたかも」
「!」
女子ふたりに衝撃が走る。予想していたことであるが、受け入れがたい事実でもある。
藍良の悲しそうな表情を見た翠希が
「サキュバスみたいな、操られる感じかと思ったけど」
なんて言うものだから藍良がきつくにらみつけた。
「まあ、それぐらいだよ。例えばさ、町中でモデルみたいな綺麗な人とすれ違うじゃん。その時って綺麗だな~って見入っちゃう時あるよね」
「うん」
「そんな感じ」
灯里も藍良もキョトンとした表情をして、ふたり顔を見合わせる。
「……」
もしかすると、根本的なのは女子からの反応だったんじゃないかということを翠希はよぎらせるが、それは口にしなかった。
安堵するふたりに余計な不安の種を残したくなかったからだ。
「その程度だよ。瞳だけじゃなくて顔も整ってるとおもうし、美人さんだよね蛇ノ目さん」
「……えっ、そうだ。私サングラスしてる姿しか見たことない! 翠希ズルい!」
「ズルいと言われてもねえ」
藍良は灯里よりも翠希に嫉妬していた。その様子に灯里もただ二人の様子を見つめるしか出来なかった。状況を飲み込み切れていないからだ。
「でも、灯里ちゃんはサングラス越しでも美人なのはわかる。髪も綺麗だし」
「確かに。サングラス外したら人気出ちゃうかも」
「それはダメだ。灯里ちゃんはその辺の男子には渡せない」
藍良は灯里ちゃんを独占するように抱きしめて、翠希に見せつけた。
ようやく状況を飲み込めた灯里は泣き出す。
「えっぐ、ひえぇん」
「えっあ、と、灯里ちゃん!?」
それは怖かったからではない。嫌だったからではない。
克服したわけでも、呪縛が解けたわけでもない。
単純に過度の緊張から解放されたことにより感極まっただけだった。
「ご、ごめんね。怖かったよね。頑張った頑張ったよ~」
「藍良のあほ」
「何よぅ!?」
泣く灯里の声を聞きつけた校長先生が乱入してきて、教室内はプチパニックに陥った。
泣いている灯里を見た校長、それを目撃された藍良。他校の生徒なのにこっそりお邪魔していた翠希。
全員が驚き、動揺し、その教室内だけで騒動が巻き起こった。
その日はとりあえず帰りなさいと促されたことで解散となり、3人は帰路につくこととなった。藍良と翠希は灯里を家まで送り届けた。
この時ようやく藍良は灯里の家の場所を知った。そして、出迎えたのが両親ではなく祖父母であることも目撃した。
灯里が泣きじゃくっているのを見て心配した祖父母に藍良はひたすら謝った。
だけど祖父母は暖かく「これからも灯里と仲良くしてくれると嬉しい」と藍良たちに微笑んだ。
藍良は力強く返事をした。
その帰り道。
「藍良は嫉妬した?」
「なんで」
「惚れたって言ったでしょ」
「本気だったの?」
互いに目を合わせることなく、相手の顔を見ることなく歩きながら会話する。
それは信頼の表れでもあった。
「本当は嫌なくせに意地張りすぎ」
「だって、灯里ちゃんの助けになりたくて」
「……」
藍良なら大丈夫。嫉妬してあの子と喧嘩別れなんてしないだろう。
だから翠希は藍良を抱き寄せた。藍良も抱き寄せられるまま受け入れた。
「何か食べて帰る?」
「うん」
後日、藍良は担任に呼び出されて、校長含めて2人に灯里に何をしたのかを聴取された藍良。そしてこってりと怒られたのでした。
灯里への配慮不足とついでに他校の生徒を学校に招いた事。
彼氏連れ込んだことは、表面上は注意したが、担任も校長もそんなに気にしていなかった。クラスメイトは呼び出された藍良に興味津々だったが、「彼氏連れ込んで怒られた~」とごまかした。
灯里だけはそのことを聞いて思ったより大事になってしまったとビビり散らかしていた。




