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銀の松風、朱の早瀬  作者: 帆波
朱の孤独
2/5

千差万別の息

守勝はまず、本多平八郎忠勝の屋敷を訪ねた。

門をくぐると、井伊の陣屋を包むあの肌を刺すような緊張感はなく、代わりに兵たちが上げる快活な掛け声が響いていた。

練兵場の隅で、数人の若武者が熱心に槍を合わせている。守勝はその中に、昨日まで井伊隊で「武士を辞めて帰農しろ」と罵られていたはずの男の姿を見つけた。泥にまみれ、必死に食らいつくその表情には、もはや絶望の色はない。ただひたむきに、前を行く背中を追う熱が宿っている。

視線を上げると、少し離れた場所で腕を組み、仁王立ちでその様子を見守る忠勝の姿があった。

ただ立っているだけで練兵場全体の空気を引き締めるような、圧倒的な存在感がある。

ふと、忠勝が入口に立つ守勝に気づき、その鋭い眼光を向けた。

守勝が深々と一礼すると、忠勝は無言で顎を引き、手招きするようにして傍へ寄るよう促した。

「……あれは、おぬしのところから流れてきた男だな、清左」

守勝が歩み寄るなり、忠勝は若者から目を離さずに言った。かつて共に家康公の側近くに仕えていた頃と変わらぬ、親しみのこもった呼び声だった。

「不器用だが、芯は悪くない。一度の不手際を死ぬまで責め立てられるような場所では、指一本動かすのも怖かろうよ。ここでは、まず息の仕方を教えている」

(……人は皆、感じ方が違うのだ)

忠勝の評価を聞き、守勝は苦い思いで目の前の兵を見つめた。

苛烈な叱責を受けて「なにくそ」と発奮する者もいれば、己の無能に絶望し、竦み上がってしまう者もいる。万人が万人、兵部のように強いわけでも、同じ高さの景色を見ているわけでもない。

だが、あの「お虎」と呼ばれていた若き主は、没落の淵から這い上がるようにして生き残ってきた己の過酷な経験を、他人にとっても当然の基準として求めてしまう。一分の隙も許さぬ焦燥ゆえに、自分ができることは他人もできて当然だと信じて疑わず、それができぬ者を「不忠」と切り捨ててしまうのだ。

忠勝はようやく守勝に顔を向け、その苦渋に満ちた表情を覗き込むように言った。

「木俣清左衛門。軍は確かに死兵となって戦うものだが、兵を殺すのは敵の刃であるべきだ。兵部に伝えろ。主君の言葉で兵を殺しては、万一の時に誰がその主を守る。あれでは、いざという時に後ろから撃たれるぞ」

「……平八郎様の耳にまで届いておりましたか。面目次第もございません」

「俺はあいつの武勇は認める。だが、強さと鋭さは別物だ。あいつのは、ただ自分を削っているだけにしか見えん。あれでは人は付いてこんぞ」

忠勝の言葉は、太陽のような熱量を持って守勝の胸を突いた。直政の鋭さは、今の徳川にとって無二の武器だ。だが、その武器を振るうために、握る手である兵たちを傷つけていては、いつかその太刀はこぼれる。

「平八郎様、過分なる忠告、痛み入ります。……兵部には、しかと伝えておきます」

守勝が静かに頭を下げると、忠勝はふっと表情を緩め、守勝の肩をどんと叩いた。その手の厚みと重さが、かつて共に殿を支えた日々を思い出させ、守勝の心をわずかに軽くした。

「……まあ、あんな赤鬼のお守りをするお主も難儀なことだ。清左、あまり根を詰めすぎるなよ。お主まで折れては、あの隊は本当に瓦解するぞ」

「……有り難き幸せに存じます」

守勝は短く返すと、再び若者たちの槍合わせに鋭い視線を戻した忠勝の背に一礼し、その場を辞した。

背後から聞こえてくる快活な笑声と土を蹴る音が、遠ざかるほどに守勝の心に重く響いた。次に向かうべき場所は、この「熱」とは正反対の空気が流れる、榊原小平太康政の陣であった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。本作は初めての投稿作品のため、誤字脱字や表現の拙さ、時代考察の拙さ、設定の不整合などがあるかもしれません。

日々推敲しながら加筆修正をしていく予定です。

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