閑話~勇者、迷宮に挑戦する・後編~
だ、大分、巻き…
~『欲望と富の迷宮』~
「「「「おおおぉ!!!」」」」
「「「「金だ!!金だ!!」」」」
あちらこちらから怒号が鳴り響いている。第三、第四、第五と溢れ続ける魔物を蹴散らし、迷宮攻略本隊は怒涛の勢いで制覇していた。その真ん中、MPを存分に消費して攻撃や支援をしていた由奈の詠唱が止まる。
「どうしたんだ?」
「…違和感があるのよ?…龍志は感じない?」
「……うーん、確かに。少し体が重いような…『ステータスオープン』…LPが減っていないし、疲れかな。由奈の方はずっと魔法を行使しているし、よりはっきりと感じているとか。」
「どうなの?闇魔法を受けた時の感じしない?」
「…」
周囲で魔物を倒している冒険者を見てみる。激しく戦闘を行っているせいか、汗と血に塗れている。しかし、由奈や龍志のように体に異常をきたしているような雰囲気はない。グンガイ団長やルマノたちにも尋ねてみるが、そんな違和感はないようだ。
ただの杞憂かと思った矢先、光の精霊が警告する。
(私にも分からんが…気を引き締めた方がよい。いつでも荒療治できるように構えておけ。)
(闇魔法をですか?)
(塗り替えたり、気絶させたりするには同系統の闇が便利という話さ。光でもできる。が、反発する分、余計な力がいる。精神系は謎が多い。敵の力を糧にして、潰してしまう方が安全かもしれない。)
(なるほど…)
(滅するのは私の方が向いている。その時になったら変われ。)
光の精霊の自慢するような声が頭の中に響く。いきなり苦笑いし始めた龍志に、一行は由奈を覗いていつものことかとスルーする。由奈だけは不満そうな顔をして、『MP自然回復力向上』によって、秒間2ずつ回復しているMPを使って魔法を放つ。やや乱暴な狙いの火の鳥に慌てた様子で冒険者たちが避けた。
「嬢ちゃん!同士討ちは勘弁してくれ!!」
「……ご、ごめんなさい!」
「勇者、彼女の機嫌くらいしっかり面倒を見てくれよ!」
「りゅ、龍志とはそういう間柄じゃないって何度言ったら分かってくれるのよ!?」
「おわっ!いった傍からか!悪かった!悪かったから嬢ちゃんの魔法連打止めてくれ!!」
龍志に対して注文をつけた冒険者に由奈の魔法が殺到した。盗賊系の職についているようで、足を必死に動かして、素早く動き由奈の魔法を魔物たちへと誘導する。一歩間違えると、丸焦げか全身骨折などを免れない。
流石にスタミナが切れているような素振りはみせないが、顔は青い。見かねた龍志が由奈の手を掴んで、魔法の行使をやめさせる。
「も、もう少しだったのに。」
「狙いが変わっているよ、由奈。」
「ほら、『ヒュー、ヒュー』だって。あいつら、いつか犯罪に手を染めるし、今のうちに始末しておかないと、不利益を被るカップル未満が出てくるわ。」
「どうなんだろう…。僕は気にしてないから、由奈も気にしない方がいいよ。」
「わ、分かったわ。でもその前に一発だけ。」
『ダーク・バレット』を何も言わずにその冒険者の足元から発生させ、不意打ちで闇弾のアッパーを喰らわせる。それですっきりしたのか、由奈は龍志の腕を掴んで、魔法を魔物へと向け直した。
そんなことがありつつ、辿り着いた第十層。そのボス部屋に入った途端だった。
「…欲望を解放しろ?……ぐああっ!」
「お、おいどうした!?……うわぁぁ!」
叫びが連鎖していく。さらに、一番最初に入った男の姿が変わり始める。二本の歪んだ角が耳元から生え、防具と服がはじけ飛んだ。獣へと身を堕としたその魔物は、激しい頭痛を受けながらも、光魔法を行使しようとしていたヒーラーの女性に飛び掛かった。
(勇者!)
「『マインドショック』!」
「『ファイア・ウォール』よ!『ライトニング』」
龍志の精神への一撃が、全体へと普及し、意識を失う冒険者が続出する。…この魔法の本命に対しては、ヒーラーへかぎ爪の動きが止まった。そこへ由奈の炎の壁が出現し、火だるまにしていく。さらに、雷撃が飛び、内部も焼け焦がした。
遅かった。一番最初の男に近寄った男も変異していく。意識がないせいか、緩やかな変化だが、人の姿をやめて異形へと墜ちた。そして、目を開く。
「ちっ!あれは俺が引き受ける!龍志、あいつは任せた!」
「はい!」
「ルマノ、桃花は冒険者たちを退避させろ。由奈、アズラはそれぞれ支援してくれ。」
『了解!』
「他の奴も巻き込まれない所に退避しろ。寝ている奴を引きずって、自分たちが変異しないか、しっかり見張っておけ!」
「は、はいっ!」
グンガイと龍志はそれぞれ魔物に対峙し、由奈は土の壁を乱立させて被害が広がらないようにする。
龍志は悲痛な顔で変異してしまった化け物へと本気を出していた。
ドプッ!
「こんなことがあっていい筈がない…」
闇に囚われた魔物の動きが拘束される。素体となった冒険者のステータスにさらに強化されているのか、拘束している闇を引きちぎろうと闇が引き延ばされていた。そのことに、龍志は相手を想うことを止め、警戒に変える。
剣に風を纏わせ、剣技を放った。
「『クロススラッシュ』」
十字斬りに連動するように、闇の拘束ごと風の刃が躍り切り裂いた。
赤黒いを通り越して黒の血を流す魔物。苦痛から怒号のような悲鳴が上がる。周囲を怯ませる圧を放ち、ようやくほどけた闇を振り払って、龍志に殴りかかるが…
「『ダーク・アーマー』」
ドプッ!
!?
まるで龍志に取り込まれるように、腕が闇の鎧へと消えていく。引き抜こうとするが、龍志が闇の鎧を解除すると同時に、その先が無くなった。…遅れて血が溢れ、噴水のごとく地面を濡らしていく。
『瞬転』で背後へと回っていた龍志が、両手で剣を握り、最後の技を発動する。
「『ブリッツ』」
剣が大きく魔物の胸へと突き刺さり、付与されていた風が肉を抉って、風穴をあける。それと同時に、頭に生えていた二本の角が砕け散り、急速に体が元に戻っていく。…命なき骸が地面に横たわる。
グンガイ団長が引き受けた方でも同様のことが起こり、その場で意識を保っていた冒険者たちに悲しみと怒りの炎が灯った。
「あああ…」
「だ、駄目!」
絶望に色を染めた女冒険者の意識を由奈が強制的に眠らせる。まだ、あの嫌な感じは終わっていない。由奈はMPを使い、他の狂乱に身を染めようとしている冒険者たちを眠らせた。
そこへと本来の部屋の主が舞い降りる。それはアゲハ蝶のような文様を刻んだ羽をもつクジャクだった。鱗粉が舞い散り、周辺へと広がっていく。
フェエロロ!
「ま、不味い。初手から広範囲爆撃だと!?」
「どうにかします。『サイクロン』」
激しいMP消費に龍志の顔が歪む。強烈な嵐が巻き起こり、鱗粉を吸い上げた。クジャク型が慌てて起爆させる。
ボガッガッガッ……
嵐を維持できずに吹き飛ばされる。だが、爆発の連鎖に巻き込まれた者はいない。
距離を取ろうと後退するクジャク型に、ルマノと桃花が距離を詰めて一撃を…防がれた。それから驚愕に顔が染まった。そこにいるのは、あの二人の少年だったから。
クジャク型の様子がおかしくなる。よく見ると、首には黒い短剣のようなものが刺さっており、それが、クジャク型を侵食しているようだ。肉が腐り、皮膚がボロボロと崩壊していく。綺麗な羽は色あせ白色と灰色だけを残し、鱗粉は剥がれ落ちた。最終的には骨と薄い皮の欠片だけが残る。
クジャク型は悲痛な叫び声をあげる。頭の中をかき回し、集中できなくなるような叫びだ。
(くっ、変われ。今のお前じゃ、あれに抗うことができない。)
「「ねぇ、どんな気持ち?」」
「!」
光の精霊と入れ替わろうとしたタイミングで、二人の少年の攻撃を受ける。黒いのローブの下から覗くのは、漆黒の鎌。命を刈り取る死神の攻撃を何とか龍志は捌き、距離をとろうとする。
しかし逃してくれない。そして、言葉が紡がれていく。
「「優しいね。王女もあなたも。」」
龍志は首筋に痛みを覚える。掠ってしまったらしい。切り傷から血が流れ、熱さと流れ落ちる冷たさを感じる。
「「だからさ、あの人たちも助けられたんじゃない?」」
ルマノや桃花…由奈ですら動きが鈍い。グンガイ団長は特にクジャク型の精神攻撃に曝されているようで、頭を激しく振り、抗っている。…長くはもたないだろう。
「「ねぇ、答えてよ。勇者は人族の希望だ。弱者を全て救うために力があるんじゃないの?」」
傷が増えていく。手足は勿論のこと、頬に一発受け、血が溢れ流れる。
魔法が使えず、光の精霊に意識を渡そうものならその隙を突かれる。何より、距離を開けるために『瞬転』を行っても喰らいついていくる予感があった。
「「勇者の役立たず。ただの弱虫。見殺しは人殺しと変わらない。」」
その言葉で龍志から瞳から光が消える。そして、首への一撃を防御しなかった。
迫る結果に、目の前の緑髪の少年が嗤う。
「『限界突破』」
両方の鎌が勇者の首に触れた瞬間、彼が消えた。それと鎌が砕け散るのは同時だった。
「「ちっ!……がはっ!!」」
舌打ちは急に腹に受けた一撃で呻き声に変わった。
「そうだね。勇者なら、全てを救いたいさ。でもさ、現実は上手くいかないんだよ。」
剣をクジャク型へと投げつける。あまりの速さに反応すら許さなかった。受けたクジャク型の骨が衝撃でボロボロになった。また、呪詛が薄れる。グンガイ団長が異形に墜ちずに意識を失ったところを安堵しつつ、再び警戒に切り替えた。
「「お前は勇者じゃない!」」
「そうだね。僕もそう思うよ。」
「「人殺し!!」」
「そうだね。」
ここでようやく、二人の少年は龍志の異常性を知っているのではなく、理解する。
殺意や憤怒、傲慢といった形の感情の発露はない。そこにあるのは…無だ。
「「心を捨てたか!!」」
「まさか。僕は約束を果たす。由奈やルマノ、僕を支えてくれる人やその周りの人の力になりたい。でも、手がどうしても届かないことがあるんだ。それに怒っても、嘆いてもしょうがないんだよ。…イラっとくることはあるよ。」
「「だったら!」」
「君たちがどんな目的で近づいてきたのかは知らない。そんなことはどうでもいい。僕は二人もそこの化け物も倒して帰るだけだよ。…殺しはしない。君たちの目的はその時聞けばいい。」
「龍志…」と怯えと恐怖が混じった呟きが背後から聞こえる。他は聞こえないが、静かな空間に響いた龍志の言葉はそれを聞いた人間の動きを止めていた。
「「化け物め!!」」
「もういいよ」
龍志の姿がぶれる。これ以上、問答による時間稼ぎに乗るつもりはなかった。
二人の少年の姿が変わる。人には無い筈の角と翼が生え、それから準備していた魔法を発動していた。
「「転移」」
「逃がさないよ」
闇が赤髪の少年を串刺しにした。とっさに緑髪の少年を庇って。悲鳴が上がるまでもなく、緑髪の少年がかき消える。
龍志はすぐに狙いを変える。残されたクジャク型に近づき魔法を発動した。
「『煉獄』」
黒き炎が上がり、クジャク型を黒い灰と塵へと変えていく。一気に包まれた黒き炎は自ら切り離し、ダメージを減らすことすら許さない。さらに、闇が動きを拘束し、反撃すら許さなかった。
その様子を確認せず、龍志は今回の騒動の元凶に、魔法を放った。
「『獄門』」
元凶である巨大な黒い水晶が、その黒よりも黒い炎に呑まれ、燃えていく。さらに、門と名付けられた魔法は、その灰を闇へと屠り、存在そのものを抹消していく。
『……』
あまりの決着に彼の戦闘を近くで見続けていた由奈たちも言葉を失っていた。
(この馬鹿野郎。一人、逃げちまったよ。それに周りを見てみ。これは荒れるよ。)
唯一、光の精霊だけがこの場で、いや、龍志の精神に対して話しかけるのであった。
次回は登場人物紹介です。




