第七章 エピローグ
し、死んでいた…(作者が)
~???~
「ここに来るのも久しぶりに感じるな…」
護の目の前には大樹と三毛柄の化け猫。そして、見渡す限りの草原が広がっていた。また、空は相変わらず白い。
自分の身体を触る。鉱人族の骨を変化薬に溶かし、飲み干した。その変化を確かめるために。
(…身長が低くなったり、毛深くなったりはしていない…骨と筋肉がよりついた感じか?)
妖精族の因子を取り込んだ時のように、耳が長くなったり、獣人族の因子を取り込んだ時のように、爪を長くしたり、毛を伸ばし防御に使えたりといった外見上の変化はほとんど見られなかった。ただ、手足を中心に、骨と筋肉の量が少し増え、太くなったぐらいだ。
しばらく、身体を動かして差異を確かめる。特に動きが重くなったわけでもなく、柔軟性が失われた訳でもない。そのことに、ホッとする護だった。
自分に寄ってきた化け猫の背中を優しく撫でる。ふさふさしていて、置かれている状況を忘れられる。
(メイアは特に、俺と距離を取ろうとしているからなぁ…)
すぐに思い出し、毛を撫でる手が止まる。それから、ため息が出た。
一線を越えて迎えた朝、メイアは謝ってきた。理性を失って、護を半ば獣のように襲ってしまったことに罪悪感を覚えているようで、護が気にしないと言っても、彼女は護と距離をとってしまう。
常時、『愛しき主と共に』が発動してしまうようだ。護の傍に居れば、衝動がどんどん大きくなるとのことで、護も納得しているのだが…気づけばメイアが隣やすぐ後ろにいる状況に慣れてしまっているせいで、寂しさを感じる。
(完全に心の中でのストッパーが外れてるんだよなぁ。)
今までの騙し騙しの慰めでは満足できなくなった。『色欲』がなぜか発現しなかったのだが、理性を溶かす快楽が頭の片隅にしっかり残っている。どれだけ疲れていても、強請られたら断れず、その快楽にふけようと思うぐらいには。
再びため息をつく。性欲はともかく、やはり、メイアに距離を取られているという事実が、苦しめてくる。
「少しずつ、やっていくしかないよな…」
メイアの『愛しき主と共に』は生き残るためには有利に働く。今は、あまりの力に振りまわされ、自身の感情と行動を彼女自身が受け入れられないだけだと、推測する。
トップクラスまで駆け上がった彼女なら、制御できるはず。そう信じることにする護だった。
また、時折、弱さを見せるようになったメイアのことが愛おしい。そう思っていると、化け猫に手を噛まれた。
「痛っ!!引っ掻くんじゃない!!」
まるで、やきもちを焼いたミゥのように、鋭い歯と爪が護を傷つける。血が流れたり、皮膚が割けたりといった、外傷はないのだが、痛覚は本物だ。痛みがメイアのことから護の思考を引き剥がす。
それと同時に、自分を呼ぶ声が聞こえる。…やや高めの声ということは、おそらくセレスだろう。
新たにできた大地から足が宙に浮いていく。一緒に意識も外側へと飛んでいくのであった。
~天幕~
「護さん、どこか痛いところはありませんか?…かなり痛そうにしていたんです。前回の時は穏やかな表情をしていましたし、もしかして、失敗したのですか?」
「いや、成功だ。猫に引っ掻かれた。」
「猫?」
「何でもない。全然、怪我とかないだろう?」
護は腕をまくり、傷の一つもないことを示す。
徐々に、触って確かめるセレスの瞳が妖しく光り、握られている腕に込められる力が強くなった。
「セレス?」
「…っ!け、怪我はないです!わ、私ったら、護さんに何をしようと…」
たちまち、セレスの顔が真っ赤になっていき、茹蛸状態になった。目をグルグルと回して、護から離れようとして、ベッドから滑り落ちた。
手を差し伸べるようとしたところで、天幕にアンが入って来て、そちらに目がいく。
「セレスお姉ちゃん、何してるの?」
「え…ええとね…」
「…マモル様、メイアお姉ちゃんと話して来たよ。」
「メイアと?」
「うん」
護とセレスは目を丸くする。セレスを再びベッドに座らせ、アンは二人の前に椅子を引っ張って来て、そこに音を立てずに座った。
「頑張れ、マモル様。押し倒せば、万事解決する。」
「「それはないだろ(です)」」
「そんなことない。昨日みたいに、マモル様が主導権を奪い返せばいい。マモル様が多少強引でも、何とかなる。」
「「…」」
二人は黙り込んだ。そんな二人に、アンはさらに付け加える。
「メイアお姉ちゃんの迷いなんて、キス一つで吹き飛ぶよ。もしうまくいかなかったら、私のせいにしていいから。このまま時間をかけてやっている暇なんかない。」
アンは護の耳元で、「したくない?」と付け加える。
一瞬動きを止めてから、思案し、アンの提案に頷いた。
「…やってみるか…」
「その調子。」
護はメイアの居場所をアンに聞く。それから、天幕を出て行った。
残ったセレスは、ニヤリと笑顔になっているアンに苛立ちを見せる。
「何が面白いの、アンちゃん?」
「え?これで、マモル様とメイアお姉ちゃんが仲直りすれば別にいいし、出来なかったら…私たちでマモル様におねだりしても、メイアお姉ちゃんに邪魔をされずに済むよ?」
「…おねだりですか?」
「そう。セレスお姉ちゃんだって、マモル様に夢中でしょ?いっぱい、エッチできるよ?」
「…護さんの気持ちもありますし、メイアさんが苦しむことをするのは、駄目だと思います。…わ、私だって、そういう気持ちはありますけど…誰かを苦しめてまでやるのは間違ってます。」
「そう?」
アンは本当に理解できないとばかりに首を傾げる。護が座っていたところに腰を下ろし、濁った眼でセレスの瞳を覗く。
ハイドロが義手の姿を解除して二人から離れた。
「メイアお姉ちゃんには選択肢をあげたよ?我慢せずに溺れてしまえばいいじゃん。我慢しても辛いだけだよ?」
「答えをすぐに求めさせるなんて、酷いことじゃないですか?二人には二人なりの時間が必要なんです。…それを護さんが、理解できてないとは思えません。」
「でも、行っちゃったよ?」
「信じてます。」
ハイドロが天幕の隅で震えあがる。他のスライムたちは天幕の外へと逃げ出した。
魔力と力がぶつかり合い、大気を震わせる。
しばらく、互いに睨み合った後に、先に引いたのはアンだった。額から流れた汗を拭い、ベッドから立つ。
「いいや。セレスお姉ちゃん、ごめんなさい。でも、メイアお姉ちゃんがマモル様とどんな形であれ、繋がらないと、マモル様が危ないよ。マモル様がメイアお姉ちゃんの迷いで、危機にさらされるなんて、私は嫌。それに、私はマモル様さえいればいい。拒絶されるのは辛いけど、死んでしまうのはもっと嫌。セレスお姉ちゃんの愛はその程度なの?」
「っ!!」
アンは最後に挑発の言葉を残して、ハイドロを義手に戻して天幕の外へと出て行った。…怒りに染まったセレスを残して。引き留める言葉が出ることはなかった。
…時を少し遡る。護はメイアの元に来ていた。
彼女は愛刀である『宵闇』を振るい、演舞をしていた。まるで、雑念を払うために。そんな彼女の視線が、どんな顔をして会えばいいのか迷った挙句、愛想笑いを選択した護に向く。サマーソルトを繰り出した後、『アイテムボックス』へと漆黒の短剣を仕舞った。
「アンに何か言われたのですか?」
「…押し倒してこいと。」
「はぁ。あの子は…」
素直な答えに、メイアは手を頭にやる。アンとの会話で、何となく予想できた展開に、頭が痛くなってきていた。
護も苦笑する。一歩だけ近づいた。メイアは下がらずに、その場に立つ。
「もう一歩です。それ以上近づくとスキルが発動します。」
護はその言葉の通り一歩だけ近づいた。距離としては七、八メートルほどだろうか。ここまで離れてしまうと、他人と話す距離でもなかった。
メイアが寂しそうな表情をとった。それを見た護はもう一歩、さらに一歩と距離を詰めていく。彼女の瞳はじっと、護の瞳を見つめ、身体を動かさない。
そして、腕を伸ばせばつかめる距離に来ていた。メイアは、妖しい雰囲気を出し、護に触れようとした右手を引っ込めようとして、護に掴まれる。
「あっ…」
唇だけの軽い口づけ。静かに唇が離れる。
顔を背けるメイアと、穏やかな笑みを浮かべる護の距離は変わらず近いまま。それでも、メイアは顔を赤くしただけで、護を押し倒すような動きをしなかった。
「どれぐらい衝動があるんだ?」
「ドキドキしてしまうぐらいです。やはり、護様と一緒にいるだけで、欲求が募ってしまうようです。今は、キス一つ、手の届く距離で護様を襲ったりはしませんが、夕方までご一緒であれば、意識を保っていられないでしょう。」
「戦いには、影響がありそうだなぁ。」
「離れていれば、募りませんから、距離を取れば問題ないかと。ですが、護様と触れ合う度に欲求は増すばかりで消えません。欲に忠実であるよう強制してきます。……離れてくださらないのですね。」
「この距離が当たり前だったからな。」
メイアは背けていた顔を護に向けて非難の目を向ける。目の前の主はこちらに配慮してくれないらしい。…呆れとどこはかとない嬉しさが湧き、性欲をいくらか払拭する。しかし、それも、よりもどかしさと変わって平静に務めようとする彼女の心を蝕んだ。
衝動のままに護を抱きしめる。
「セレスさんとアンの気配はないですし…食べてしまってもいいですよね。」
「!?」
激しく、強引に、驚いて固まっている護の口腔を貪る。そして、欲求を満たし始めた。
アンが二人を見つけた頃には、メイアは赤面に息を激しく乱してへたり込んでおり、護はげっそりと疲れ切ったいたようである。しばらくしてから、セレスも来て、護は極寒の殺意を感じるのであった。
~数日後~
天幕の隣に、護とセレスは立っており、彼女が右手を翳す。
「護さん、ようやく魔法が使えるようになりました。…これで参戦できます。」
「意気込むのはいいことなんだが…まだ俺のレベルが95を超えていないから、もうしばらくはお留守番になる。ホーンラビットなら問題はないだろう。ただ、あの蹴り兎はなぁ…」
「分かってます。…護さんとメイアさんが外で苦戦しているのは散々目にしていますよ。…護さんが私とアンちゃんを守れるぐらい強くなってからという約束ですし。」
「ああ。」
セレスは翳した手の指ごとに炎を灯らせた。護たちの治療の反動で使えなくなっていた魔法が、使えるようになったことに、護が歓声を上げる。セレスは感覚を確かめるように炎をクルクルと回転させてから、魔力を注ぐのを止めて消す。
また、セレスは思い出していた。白雪を血で染めつつ、メイアと護はレベル上げに勤しんでいる光景を。適度に護との距離を調節しながら戦い、魔物を翻弄するメイアと、周囲の雪を操り、目くらましと防御をこなし、『守護』を使ってメイアを全力支援する護の姿を覚えている。
…あの蹴り兎は強敵だった。AGIはメイアと護の間。STRこそ低いが、二足歩行で雪を爆ぜながら、突っ込んでくるのは、安全なところから見ていても、恐怖を覚える。…何より、護の『気配察知』を潜り抜け、護の首を容赦なくへし折ろうとしたところは、肝が冷えた。
そんな訳で、護が蹴り兎を対処できるまでは、セレスとアンは祭壇の結界から出てはいけない約束をし、例え、セレスの魔法が戻ってきても、しばらくは現状維持だ。
「ねぇ、マモル様、今日もやろ?」
「いいぞ。…セレス、剣を作ってくれないか?」
「…はい」
気づくと、天幕で調合を終えたアンが護に提案する。メイアに代わり、手合わせを護はアンとしている。ちなみにメイアは偵察に出ており、祭壇内にはいない。
頼まれたセレスは鍛錬用の武器を土魔法で作り上げる。いつもは護が作っていたが、耐久性に難があった。
二人はずっしりとした剣を受け取る。振り心地を確かめた後に軽く打ち合う。それから、セレスから離れて対峙する。
「…っ!」
最初に護が動く。距離を一気に詰めてアンの心臓あたりへ突きを放つ。それを剣の腹で受け流される。
ハイドロが変形。護の引き戻した剣とハイドロの鎌がぶつかり合って、甲高い音が鳴り響いた。それから、アンは右半身、ハイドロを前に突き出す形で護にタックルを仕掛ける。ハイドロは棘を作って、『硬質化』し、護を穴だらけにしようとしてきた。
「えげつない!」
「どの口で言うの!?」
護の姿が消えたように映る。それと同時に右足を目掛けて、剣を振っていた。
アンは苦痛で顔を歪める。予測のままに、剣で防御していたが左手だけでは、護の攻撃に耐え切れず、手から剣が落ちる。さらに、その剣ごと右足に攻撃が当たり、かなり痛い。
ハイドロが護の顔面に対して棘を伸ばしたことによって、距離が離れた。その内にアンは武器を拾う。
「痛…」
「これぐらいは許してくれよ。ここからが本番だぞ。」
「うん」
再び激しくぶつかり合う。そんな二人をセレスは羨ましそうに見つめていた。
そこへメイアが姿を見せる。彼女は予備の防具を着ており、所々破損している。しかし、傷は治療したようで、肌には傷跡さえ残っていなかった。
「お帰りなさい。…もう少しかかりそうです。」
「ええ、そのようですね。二人が終わるまで待ちましょうか。…場所が分かりました。」
「本当ですか!?」
セレスから驚きの声が上がる。それに、剣をぶつけ合っていた二人が動きを止めた。
ごめんなさいと頭を下げるセレスを護は許して、ボロボロになっているメイアに視線を送った。アンも護にならって、メイアに視線を送った後、ハイドロを腕の形に戻す。
剣を二人とも下ろした後に、メイアは話し始める。
「護様、どうやらここは、北の果てのようです。」
「?」
「南下すれば、山脈に当たります。アスタイト王国やエルフの国、そして獣人たちの領域側と隔てるあの山脈です。おそらくですが、魔物の強さを鑑みると、魔の領域の中でしょう。」
「あの高すぎる山脈か?ここからは見られないが…」
「詳しいことは更に近づかなければいけませんが、認識阻害がかかっているようですね…理由はさっぱり見当がつきません。」
祭壇の結界から外は雪景色が続いたままだ。凍てつくような気温に、夜、時折見えるオーロラ。獣人たちの領域とは二段階ほど厳しい寒さは、セレスが作った魔道具がなければ、凌ぐことさえ難しい。
このような環境から異なる迷宮内部か北に飛ばされたとは思っていた護だが、後者は目立つ山脈の存在がなく、半信半疑だった。メイアが確認したことで、後者だと確定した訳だ。
納得した護はメイアに尋ねる。
「山脈って超えられるか?」
「難しいのではないでしょうか。標高は普通の人間が生存できないほど高いですし、それが奇跡的に途切れているのは、ここから東へ向かった連邦との通り道だけと聞いたことがあります。仮に防寒と呼吸の手段を用意したとして、あそこは龍のような太刀打ちできない魔物が好む場所です。命がいくつあっても足りないでしょう。出来るとすれば…孤高の冒険者だけだと言われていますし。」
「孤高の冒険者…確か、伝説上の人物だったよな?」
「ええ。」
勇者の物語と同じほど語られる童話がある。それが、「孤高の冒険者」と呼ばれる人物の伝説だ。話に尾ひれがたくさんついたせいか、脚本が多く、嘘のようなエピソードもある。ただ、どの話でも共通している点が二点ほどある話だ。
一点目は、孤高の冒険者は、中級、上級を職変更せず、下級の《冒険者》を貫き、その果てに他者とは違う職につき、強大な力を手に入れたという話だ。たどり着くまでの数多の死闘とそれを乗り越える精神力と実力が人気があるらしい。…彼が最後に人の前に姿を現した時、レベルは300を超えていたという話も共通だ。
二点目は、強大な力を手に入れた彼だが、その妻はそうではなかったという点だ。…結婚していた妻は先に逝き、息子たちも同様だった。孫以降の代に、彼は関わろうともしなかった。それどころか人とのかかわりを断ち、ひたすら戦い続けたと。その結果が、Lv300というどうやってたどり着いたのかすら分からないレベルと、ほぼ永遠の命ということらしい。
一点目は憧憬やカッコよさもあって、人気の話だが、二点目は悲劇の話として取られることが多い。必ずしも、レベルを上げ、死を遠ざけることが良いことではないと。愛しき人との別れを生むことになるという教訓として、物語は締めくくられる。
…当人は今もどこかで生きているか、眠りについているのか、それとも死んだのか、約千年以上経った今でも分からないという話だ。
「護様?」
「悪かった。物語の内容を思い出していた。とにかく、今の俺たちでは無理か。現実的に、連邦に向かって進むべきだな。」
「はい。私と護様がここの魔物のほとんどを対処できるようになる必要はありますが…」
「ザ・リルゥガのこともあるし、急ごう。幸いな事に、かなり強い水薬などの素材は取れるし、食べものについては魔物がいるから、あまり悩まなくて良さそうだ。いざとなれば、三人を抱えて強引に移動だな。」
在庫が心もとない『反撃の水薬』を使っての最終手段を、セレスが護の名前を呼んで諫めた。
「冗談だ」といった護に「もうっ…」とセレスはムスッと腕を腰に当てて、怒ってくる。一週間も経たない前に死にかけ、セレス自身もLPを代償に癒したばかりだ。彼女に押されるまま、護は謝るのだが、当時のことを思い出しているのか、彼女は止めてくれない。
そんなことを他所に、アンのお腹の声が聞こえた。視線が彼女に集まる。
「お腹が空いた。ご飯にしよう。昼からはどうするか、ご飯を食べてから。」
「…そうだな。」
セレスの説教を無理矢理切り上げて、料理を作り始める四人。セレスも矛を収めて、限りある食料を無駄にしないように、丁寧にイモの皮を剥いていくのであった。
苦しい戦いはまだまだ続く。しかし、料理と食事をしている間は、穏やかな時間が過ぎていく…
なんちゃってQ&Aはお休みさせてください。
第七章本編は以上となります。閑話を2話、登場人物紹介を加えて、第八章に進んでいく予定です。




