帰還
本編というより、閑話…
~ザ・リルゥガ・本拠点~
「マモたちは助けられなかったのー?」
「「「「「…」」」」」
極寒の嵐が、ドーム内を吹き荒れていると錯覚する。その中心にいたのは、にこやかな表情をとる女猫人だ。
その目の前で、座っているのは迷宮から帰ってきた五人の獣人たち。全員、冷や汗を流しながら、顔を下に向けている。
「大丈夫だよー。マモと約束したし、貴方たちを殺したりはしないからー」
ミゥは笑みを止めて、真顔になる。「でもね…」と続けた。
「貴方たち強くなったんでしょ。マモの分は働いてもらうしー、ダンジョンの攻略はしてもらう。マモたちが帰ってくるのが、一番いい。生きて絶対に会う。…そのためにさー、一緒に戦ってね?」
ミゥが五人を解放する。マモに対する気持ちは燻っており、五人への苛立ちもあった。
しかし、ミゥは護に言われたことを履行する。
「ねぇ、オリー。やっぱりマモとは連絡が取れないのー?」
「生きているとしか…」
「しょうがないよねー」
そう、しょうがない。マモが教えてくれた言葉を反復する。
「マモを必ず見つけ出すよー。そのためにも、ここを強くしなくちゃ。そうでしょ?」
「ひえっ」
ビクッと震えたのはラーだ。気配を感じ取れなかったミゥが急に耳元に話しかけたせいで、悲鳴だけを上げる。
ラーは処理していた書類から手を放し、ミゥに非難の目を向けた。
「ごめんなさい。」
「ミゥさん、苛立つのは分かりますけど、邪魔はしないでください。」
「…」
「今は大族長無しで、発展に力を入れなければいけないんです。ミゥさんが、今すぐにでも助けていきたいのは理解できます。少なくとも、オリーさんやガンドルフさんたちも思っているし、僕もそうです。」
ラーの非難の視線がミゥを射抜く。その視線からミゥは逃れるように顔を伏せた。
ミゥは感情をコントロールできていない。いくら、自分に暗示をかけるように言い聞かせても、事の顛末を聞いてしまうと、昂ってしまう。
五人の前に立った時なんか、今すぐにでも首を絞めつけてやりたかった。
「約束は守らないとねー」
尻尾と耳がピンと立ったり、へたらせたりと何度も繰り返していた。感情の起伏が如実に出ていて、ラー以外は近づこうともしなかった。
結局、力と気持ちを持て余したミゥはドームを離れる。
「ミゥ!!」
「感じてる!今、いくよー!」
『気配察知』に魔物の反応があった。ある程度、固められた道を走る。
護がテイムしているスライムたちがせっせと傷んだところを直していた。…オリーの奴隷契約とは別に、彼が生きている証拠。狼型が言うことを聞いてくれていることも、当てはまる。
ミゥにとっては慰めにしかならない。…いや、大族長を慕っていた者、全員にとって。
うぅ…と喉が鳴った。ああ、イライラする。
気を紛らわすように『アイテムボックス』から新調した弓を取り出す。上達した土魔法で矢を作り、つがえた。
「強いかなー?」
砂防林の外から射撃。Lv5の技をのせた石の矢は魔物に直撃した。
重い音がミゥの耳に入った。速度をあげ、砂防林と水路を飛び越えて、養殖場に入る。
「ミゥ、ようやくか!」
「遅れた!ごめん、リーダー。」
二本の矢をつがえ、放つ。
硬い外皮を持っているウシ型は咆哮をあげた。それだけで、矢は弾かれ、近接戦を挑もうとした女猫人が吹き飛んでいる。
鳴き止んだ。ノムが動く。
『『ボア・バッシュ』…起動!』
ボガッ!!!
柔らかいところへ槍を深々とさし、魔力を注ぐ。槍に込められたギミックが発動し、爆ぜた。
内臓への直接のダメージはかなり堪えるらしい。怯んだ。
さらに攻撃をしようと、接近した獣人たちへと、ウシ型が二割増しで、叫んだ。
『くぅ…痛いチュウ』
『近づけないにゃ…』
咄嗟に自分で飛んで、衝撃をできるだけ殺すノムたち。攻撃をしたいが、後ろに下がるしかなかった。
また、肺活量が尋常ではなかった。魔力草の残骸が宙を舞い続けている。
むやみに近づかず、ミゥたちは武器を構え、イメージを練る。そして、その時はやってきた。
「今だ!」
咆哮が途切れた。リーダーとノム、オセが突貫する。それからぞろぞろと他の獣人たちも攻撃に参加していく。
ウシ型から迫りくる風の刃は、ミゥやダブの土の矢や礫が相殺し、ノムたちがウシ型へと辿り着くのを援護していく。
「おぉぉ!!」
ノムはウシ型の右前脚を薙ぎ払う。穂先から、火花が飛び散った。硬い外皮の上を擦れたのだ。
舌打ちをしている暇はない。ウシ型の太い右角が迫ってくる。
ボン!!
その角が爆ぜた。ノムへの攻撃がキャンセルされる。
二射、三射と矢が降り注ぎ、爆ぜた。三射目で目へと当たり、ウシ型はがむしゃらに、暴れまくる。
距離を取り、ノムは息を整える。魔力を槍へと注ぐ。…ウシ型の視線が自分を捉えていないタイミングで動き出した。上がったステータスで跳躍する。そして暴れる巨体の上へと着地し…
『ローン・モゥイング』
技を使用し、ウシ型へ強烈な二撃を叩きこんだ。技の勢いのまま流れるように空を飛び、地面を削って着地する。
攻撃に耐え切れず、ウシ型の巨体が横に倒れた。角などが地面に食い込み、動きが止まる。もがくが、先ほどまでの荒々しさは無くなっている。
モォ…
「!」
「黙ってて!!」
オセが杭を口へと打ち込んだ。ウシ型は苦痛で唸り声をあげるだけで、あの咆哮を放ってこない。
間髪入れずに、リーダーが石の大剣を頭にめがけて振り下ろした。あまりの衝撃に、柄が折れてしまう。
…ウシ型の頭は形を留めていない。絶命していた。
息をゆっくり吐いて、力を抜く獣人たち。その中でミゥが耳をピンと立てる。
「もう一体、来るよー!」
「「「!!」」」
見張り櫓に立っている猫人が炎の矢を飛ばし、ミゥが指している方向で、炎が上がる。
ウシ型ではない。ミゥの身長ほどの、肉塊?だった。SAN値があれば、確実に減るような容姿だ。
てっぺんが外側に開き…触手が展開されていく。
「うわっ…!!!」
「危ない!!」
触手へと矢が当たり…その場所が腐り落ちる。触手に捕まっていた女猫人が解放されるが、倒れてしまう。手足を動かそうとしているようで、顔が赤くなっているが、動けていない。どうやら、毒を盛られたらしい。
女猫人に触手が迫る。絶望に染まり、赤から青に顔色が変化している。ダブやミゥを中心に魔法を叩きつけて、彼女へ迫る触手を撃退した。
『本体、凄い弾力にゃ!攻撃が弾かれるにゃ!』
『土魔法と相性が悪いワン!』
唯一、炎に弱いようで、ぬめぬめとした触手が炎の槍や剣で攻撃する度に、焼け焦げた。
触手が怯んだところに女犬人の大槌でのフルスイングが決まる。いくら弾力があると言えど、完全に衝撃を消せたり、ダメージを無視出来たりできるものではない。肉塊からどろどろとした、血を流しつつ、転がった。
麻痺していた女猫人が救助される。
『うにゃぁ!?』
「変な声をあげるな!」
女猫人が艶やかな声をあげるので、担ぎ上げていたダブの挙動が狂った。
ダブに殺気が…
「何やってるんですか?」
「キナ…」
「代わりに私が運ぶので、ダブはとっとと、魔物を倒してきてください。ほら、剣に炎を付与しますから。」
鼠人の有無を言わせない迫力にダブは頷くことしかできない。
有言実行、キナは麻痺している女猫人を軽々と受け取り、ダブの剣に炎を纏わせる。そして、『ワープホール』で安全な場所へと退避していった。
「相変わらず、キナに管理されてる。」
「その言い方、かなり悪意あるよな!?」
「そう?しばらくしたら、骨抜きにされているダブがいてもおかしくないと思うけど。だって、部屋は一緒、食事も一緒、流石にベッドは違うみたいだけど、かなりお世話されてない?」
「すげぇ、心当たりが…」
「よかったじゃん。…子供ができたら、教えてね。」
「「…」」
互いに無言になった。ダブが触手を切りはらい、オセが片手斧を両手にそれぞれ持って舞う。二人が戦う空間にある触手はことごとくぶつ切りにされていった。
また、二人の空間に仲間さえ入れない。連携の速さに目を丸くして見ることができない。
「強くなってるねー」
怒りではなく、感心。迷宮に行く前にかなりしごかれていたのをミゥたちは目撃している。…あの時よりもさらに強くなっている。そのことは、否定できないし、素直に賞賛できる。
「マモ…」
羨ましい。マモとメイアたちとしっかりレベル上げを行ったそうだ。それを聞いて、ミゥが最初に抱いた感情。それがふつふつと湧いてきた。
ミゥの矢がぶれた。ごちゃごちゃと切り替わる感情のように。リーダーの犬耳を掠める形で、標的に命中する。
「ミゥ!!」
「ごめんねー」
目の前のことにようやく集中する。ダブとオセの支援は他に任せ、二人を見ないことにした。敵を倒すために、イメージを練る。…不意をつき、前衛を引きずろうとしている触手を、魔法を付与した矢で貫いた。
最初に撃った矢と同様に、当たった場所が腐り、前衛の重さに耐え切れず、その部分から落ちる。
二射目は肉塊に刺さり、ごっそりと腐り落ちた。三射、四射と。
「終わりかなー」
ミゥの目には、身体の大半を腐敗させ、触手の再生が追い付ていない魔物に、リーダーたちが攻撃を怒涛の勢いで叩きこんでいる姿が映っていた。
あっという間に討伐され、今度こそ、魔物が出てこないことを確認すると、獣人たちは戦闘から頭を切り替えた。
『ミゥ、先ほどの攻撃は…』
「ごめん、リーダー。別のことを考えちゃったー」
『やっぱり、しっかりと休むべきではないのかワン?』
「ううん。休めない。ジッとしているとダブたちに矛先を向けてしまうからー。それに、当てなかったでしょー」
『結果論ワン。』
「そんなことないよー。数日間で、誤射はあった?」
仲間に当たったことはなかった。ぶれることはあれど、正確無比。
リーダーから反論が無いと分かると、弓を仕舞い、肩から力を抜く。
「もし、当てるようなことがあったら、私から参加するのを止めるよー」
『心配ワン』
「大丈夫だってー。…皆には迷惑をかけるつもりはないから。」
ミゥは、倒した魔物を回収している仲間の方へと歩いていった。
ウシ型はともかく、この二体目は食用に明らかに向いていないので、肥やし用となるだろう。護がいれば、食べられると、言うかもしれないが、彼はいない。
他の面子に、養殖場の作業の再開を言い渡し、ミゥは魔物の死体を回収する。ここからは、ミゥを含めた、腐属性を覚えている者たちの仕事だ。
新規で作っている畑の方へと赴く。寒さにも負けず、尖った葉を展開する改造されたマツも見慣れたものだ。砂防林の間伐をしていた犬人に話しかけた。
「新しい魔物を手に入れてきたよー」
「ミゥさん。怪我とかはありませんか?」
「ないよー」
「それは良かった。で、あの五人の処遇は…」
「…役に立つからお咎めなしー。気に入らない?」
ルシの表情は非常に分かりやすかった。納得がいっていないのは一目瞭然だ。
帰還して当初、護たちが戻って来ていないことで、オセたちに殴りかかろうとしていたミゥを見ているルシは、縋るような表情でミゥを見るが…
「マモとの約束は絶対。ラーたちにも迷惑をかけるから、駄目だよ。」
「ですが…っ」
ミゥの人差し指がルシの唇を抑える。
ルシは、剣呑な瞳を向けられ、黙るしかなかった。
「私は信じてるのー。焦っても、自分たちが死ぬだけだよー」
「それは…僕たちの上に立つ人の立場だから言っていることですか?」
「そうだし、私個人の意見。私が行ってどうにかできるなら、とっくに行ってる。今、ここで強いのはガンドルフさんとエトリアさんを除けば、オセたち五人なの。彼らが逃げるしかなかった相手に、今、挑んでも死ぬだけ。…分かった?」
「……」
ルシを見て、すらすらとそんなこと言葉が出た自分に驚いた。それと同時に、手に痛みが走っている。血がぽたぽたと滴り落ちていた。
血の匂いでルシがハッとする。『ウインド・ヒール』を使い、爪が食い込み、血が流れてしまっているミゥの手を治療した。
「納得はできないです。でも、ミゥさんの決定に文句を言うつもりはありません。…僕は、ここで続きをします。向こうに、パロさんたちが居る筈です。」
ルシは治療を終えると、ミゥに背を向けて、作業を再開する。
胸の奥が痛むような、そんな辛さを感じながら、ミゥは指で指された方へと向かうのであった。
~ザ・リルゥガ・ドーム~
「猫人の女族長から使者が来ていたわよ~」
日が沈みかけた頃。ドームでは魔道具を起動してラーと族長たちが話していた。そこにガンドルフ、エトリア、トヴァ、オリーの四人が加わる。
「用件は何だったんだ?」
「お礼よ~。職人が打った鋼の剣を貰ったわ。おまけに渡した宝石が気に入ったらしいのね~」
「そうなのですね。」
オリーたちは戻る途中、契約を履行していた。約束通りドロップした金属の一部を女族長たちに渡して、帰還していたのである。なお、二週間ほどの探索で得た金属類はまだ迷宮の拠点に残っており、回収できずに置いたままになっている。
貰った女犬人の族長が実物を抜いてみせる。護たちが持っている武器に比べれば、質が劣るが、魔物の骨を加工したものと同等かそれ以上。ガンドルフが、映像に映るそれを、見定める。
「魔法付与はないし~、普通の付与も乗りにくいけど~、結構、いい出来よ~」
「技量が低くても、威力がでそうだな。」
「底上げには使えますね。」
ソラ、ガンドルフ、ネクの順番で、感想を言った。シザは腕を組み、ラーは微妙な表情で見る。
「やっぱり、炉の問題ですね…」
「一応、魔法陣のお手本はあるんだけどねぇ。如何せん、素材がさね。」
「本格的な炉は後から作ればよいのではないか。鋼や鉄を打てる炉はあるのだろう?」
「ええ。必要な炭なども揃っているそうですね。」
「ここでしかできないが、一日に一本作れるだろう、だとよ。作るのがモンだから、質は確実に落ちちまうそうで、諦めてくれとも言っていたな。」
実を言うと、試作は既に始まっていた。護が残した記録があるので、それを基にモンはひさしぶりの道具を握って挑んでいる。…一本、ステータスによって、剣の形をしたものは出来たが…本人が気に入らないと理由で、鋳つぶされた。
また、炉の問題は、ミスリルなどを加工する時に必要な魔法の炉のことで、火力、耐久性に魔法陣と魔石を利用する。そのための適した魔石などがないため、計画はあれど、進んでいない。
「となると、完全に普及するまで、かなり時間がかかりそうですね。」
「護たちがダブたちにしたように鍛えることもできん以上、長い目で見るしかないだろ。…話を変えるが、しばらく、俺かエトリアはここを留守にする。」
「どうしてなの~?」
ガンドルフが言い出したことに神経を尖らせる獣人たち。護たちが居ない上に、さらに離脱するとなれば、動揺は計り知れなかった。
そんな反応は予想で来ていたガンドルフは話を続ける。
「落ち着け。マモルに頼まれたことをするだけだ。聖女を呼ぶ。」
「え~と、聖女というのは、確か…」
「俺やマモルの上に立っている女傑だ。俺たちは元々教会騎士。その仲間たちにマモルたちの救出を頼むわけだ。」
「なぜ、このタイミングで?」
「準備が整った。ただそれだけだ。準備のことを伝え忘れていたのは謝ろう。済まなかった。」
「は、はぁ…どちらが行くのですか?」
「俺が行こうと思う。エトリアの魔法は、お前たちに必要だろう?」
できれば、二人ともにいて欲しい。そんな雰囲気が漂う。
「間に合うのでしょうか?」
「関係ないさね。生きてるなら、引っ張ってでも帰って来させるし、死んでいるなら、その骸を持って帰って来て、悲しむ。見捨てることはしないさね。」
「ラー、マモルに変わってお前が決めてくれ。お前が今のリーダーだからな。」
ラーは一気に集まった視線に、身体を一度震わせる。それから、深呼吸し、目を閉じる。
開くのと同時に、結論は出た。
「任せます。」
「おう、任された。とっとと、戻ってくるぜ。」
ガンドルフはラーたちにサムズアップしてみせる。これで、リヒト教会が獣人たちと関わることが決まった。
それまでずっと黙っていたトヴァが、ガンドルフにしがみつく。
「絶対に戻ってくるの!お兄ちゃんみたいに、戻ってこないのは苦しいの!」
「おうおう。マモルが戻ってきたら、一発殴ってやれ。それに、トヴァちゃん。自分を責めてばかりじゃ駄目だぞ。そんな暇があれば、魔物狩りだ。とにかく強くなることだけに集中するんだ。泣くのも、責めるのも、マモルたちがどうなったか知ってからでも遅くない。」
「つ、強すぎるの…」
トヴァがガンドルフから離れて、雷に打たれたように驚きを顔に浮かべて、後ずさった。
唖然とし、石像になってしまったガンドルフに、エトリアが「はぁ」とため息をつく。
「マモルにはそれぐらいの態度で挑まないと駄目さね。心配するだけ、心が病んでしまうよ。トヴァちゃんは、トヴァちゃんにしかできないことがあるさね。それをしっかりやっていくさね。」
「集中できないの…だって…」
「…忘れることはできないさ。でも、心の隅に置いたり、薄れさせたり…どこかで整理がつくさね。それまでは、今を受け入れることしかできないのさ。」
「……」
「ちょっと、難しい話になったねぇ。いつか、スッと分かるようになるよ。」
エトリアはこの話は終わりと手を叩くと、風魔法で拡張された音が、しんみりとしていた空気を一掃する。…ガンドルフも再起動を果たした。
「ガンドルフについては、心配しなくても、大丈夫さね。他に話すことはないのかい?」
「ミゥさんたちが作成している新規農地に何を植えるかの話が…」
それからも、族長たちの話は続くのであった。
~翌日・第三拠点~
「はぁはぁはぁ…」
「強くなったな、シィ。」
「馬鹿親父。すぐ治せる範囲で戦ってよ。」
傷だらけのシィは仰向けで隣に座っている父親に文句を言う。
遠慮の一欠片もない、戦闘だった。族長という立場にも関わらず、鍛錬を止めない父親に、歯が立たなかった。再会した時よりも、腕を磨いているはずなのに。
「手加減はしない。言ったぞ。それに、あの場所は甘えがあれば、命を失う。挑むのだろう?」
「うん。ミゥはそのつもりだろうし。」
「…ガンドルフさんが援軍を呼ぶそうだ。」
「援軍?…人族を呼ぶの?」
「ああ。所属している族の仲間に助けを求めるらしい。」
シィは耳をピンと立てる。しばらく考え込んだ後、目を伏せた。
「どうした?不満があるのか?」
「その人族は信頼できるの?私たちは対価を払えないよ?」
「…」
シザは娘の問いに、目を丸くした。そんな考え方をシィから聞けるとは…
父親の反応でむっつり顔になったシィに、シザは答える。
「対価は必要ないそうだ。…大族長殿が、せいじょ?というリーダーに殺されるかもしれないとは言っていたが。」
「それって、本末転倒なんじゃ…」
「それぐらいボコボコにするかもしれないという話だろう。」
シザは内心で、ガンドルフ殿の表情を見れば、冗談や例の類では済まないかもしれない、と思うが、納得しているシィに伝えることはなかった。
娘が立ち上がる。纏わりついた砂を振り払い、回復をシザにかけてもらって、完全に傷を塞いだ。
「シザさん!」
幹部の女犬人がシザに用件を伝える。どうやら、喧嘩が発生したらしい。
親子は解決のために動き出した。
一方、場所は変わって、第二拠点。族長の部屋で、ネクと対峙していたのは、女鼠人だった。
両者ともに、視線がぶつかり合い、どちらが最初に口を開くのか、窺っている。
ドンドン!
「呼びましたか。」
「丁度いいところに来ましたね、キナさん。」
「お説教を受けるようなことはしてません。…パロがなぜここにいるのですか?」
キナは読めない状況に、困惑する。ネクからは、怒られることがほとんどだったので、てっきり、怒られることをしたのか?と恐々としていた。…どうやら違うらしい。
ネクはパロの隣に立って、こう命じた。
「彼女の指導をキナにしてほしいのです。」
「はい?聞き間違えたかもしれません。今、なんて?」
「魔法を教えてくれないかしら?」
「…」
キナは首を横に振った。
「辞退させてください。再び、拠点に戻って高レベルの魔物を倒さないといけないですから。」
「私を連れたままじゃ、駄目なの~?」
「力不足ですし、私が使える魔法の種類を考えてください。まだ、オセやトヴァちゃんにあたった方が、いいと思います。」
想像とは異なっていた言葉に、ネクとパロが唖然とする。
ボソッと「ダブと一緒に居いられる時間が減っちゃうじゃないですか」と聞こえたのは、きっと気のせいだろう。おそらく、こちらが本当の理由だ。藪蛇を突く勇気を二人は持ち合わせていなかった。
「そ、そうですか。他を当たってみます。」
「ええ、ぜひそうしてください。私は戻りますね。」
キナが部屋を後にした。パロが涙目になる。
「こ、怖かったです~」
「いやぁ、僕もですよ。あそこまで変わっている予想外でした。」
「恋する乙女は怖いですね~。セレやアンとは別の怖さがありました~」
「そう言えば、大族長との関係を疑われてましたよね?」
大分前の話だ。それこそ、出会いの時までさかのぼる。その時のことを思い出したのか、パロは体を震わせた。
あの時のセレスとアンの疑う目は忘れられない。自分が邪まな感情を抱いていないと信じてもらえてよかった、と今でも思うぐらいだ。
「よく、ミゥさんやソラさんは戦闘になりませんよね~」
「ミゥさんはともかく、ソラは…不思議ですよ。」
あの変態が好き勝手やっていた状況に首を傾げる。噂にはなっていた筈だが…
ネクは思考をそこでやめる。あのふざけた女犬人は、時折、理解できないことをやってのけてみせる。ネクからすれば、嫌いな部類で、理解に苦しむ相手だ。
これ以上、考えてもしょうがないので、話を戻した。
「どうするのです?」
「何をですか~?」
「強くなりたいのでしょう?」
「うーん、キナに言われた通りにトヴァちゃんたちに当たってみようかと思います~。まぁ、急ぎません。男どものアプローチも全然ないから、その暇つぶしみたいなものですし~」
「…」
「あ~、そこで黙るのはなしですよ~」
「頑張ってください。」
「ちょっとした恩返し?です~。助けてもらったまま、何もしないのは気持ち悪いでしょ~」
パロの顔は少し赤かった。あまりにも挙動が、誤解を招くものとなっていた。
つい、ネクは何も考えずに言葉を発してしまった。
「殺し合いにならないことを祈ります。」
代償は、無言でのパンチ。ネクは腹部を抑えて悶絶する。ステータスを開くと、LPがそれなりに減っていた。
苦痛で体を歪めるネクに冷たい空気を纏ったパロは、怒りに任せて言う。
「なりませんから~。とっとと、お嫁さんを探したらどうですか、族長~」
ネクを完全に沈黙させて、パロは部屋を出ていくのであった。
それから平穏な日々が流れていくことになる。…時々、死闘になることはあったが…
燻り続けた炎に火が灯り、事態が動くのは、冬があけてからだった。
次回は護たちの話に戻ります。
物理系聖女、参戦決定。
閑話で再度登場予定(仮)。




