迷宮攻略~第二層~
…
~迷宮・第二層~
「頑張れ、セプ。頼りになるのは君だけだ。」
「どうしたんですか。言い方が気持ち悪いです。」
セプは隣でそう励ましてくる護に、本気で嫌そうに言った。手は目の前に設置されてある落とし穴が作動しないように、ギミックを解除するので忙しい。
両開きになっている落とし穴の扉の片方だけを慎重に作動させ、もう片方の扉の下に補強の土柱を設置する。
「よし、これで通れますよ。」
護たちは先に進もうとし…パツンと、何かが切れる音が。
「ほぁ!…あ、あぶねー」
ダブの頭を横から串刺しするように飛び出た杭を回避する。胴体を貫くように出てきた杭は『障壁』に罅を入れて止まっていた。
護がせっせと杭を回収する。その杭は金で出来ており、目的の金属を回収できて、気分がいい。
そんな様子を見た、ダブがブチ切れた。
「だぁー!爆発系だったら俺たち死んでたかもしれないんだぞ!?」
「まぁ、落ち着け。じゃないと…」
「ほぉ!殺意高すぎだろ!」
ダブが叫び声をあげて頭上から落ちてきたギロチンを回避する。
固定した落とし穴の扉に食い込み、揺れる。
『ダブ、引っ掛かりすぎ!』
セプがダブを怒った。折角、作動しないようにしたのに、それをぶち壊されるようなことをされては堪ったものではなかった。
「わ、悪い…」
『第一層とは全然違った緊張感があるチュウ』
魔物ばかりだった第一層と違い、第二層は全く魔物が出てこない。
しかし、罠が密集して設置されてあり、解除をし始めると、十歩進むのに、丸一日かかってもおかしくないほどの密度。加えて、セプしか『罠解除』の職スキルを持っていないため、全てを無効化しつつ進むのは、現実的ではなかった。
「!!」
オセが隣から飛んできた鎌鼬を小づちで迎撃、上からの大岩をセレスが『ライト・ウォール』で斜めに流す。
大岩で起動した槍のふすまをキナの時空魔法で切り取り、金属の穂先だけを回収する。
「…大族長、後ろの罠、復活してないか?」
「ダブ、気にしたら負けだ。」
「いやいやいや、これ撤退できないんじゃ。」
目を逸らしていたことを指摘するダブを笑みで黙らせる。
謎の力で、無効化したものも、強制的に突破したものも、一定時間視線をずらしていると復活していた。
すでに三つ目の分岐を右に曲がっており、もしこの先が行き止まりならば、鬱憤が溜まる。
「あ…」
「嘘だろ…」
目の前の宝箱と行き止まりを見て、力が抜ける。怒りよりも呆れが支配した。
ダブが体を震わせて…
「だーーー!やってられるか!」
地図を叩きつけようとして、慌てて護が『アイテムボックス』に収納。地団太を踏むダブが運悪く、押したスイッチで作動した炎の槍をセレスが水の槍で相殺。
また、護がダブを拳で黙らせる。宝箱を回収し、その場を離脱しようとした途端、酸の雨が降って来た。
「じ、地獄!!」
「護様、何かギミックが作動したようです。」
「見ればわかる!」
風魔法で当たらないように散らしながら、来た道をひたすら戻る。
酸の雨が地面を溶かし、シュウシュウと煙をあげている。皮膚が爛れるだけでは済まないぐらい強力だ。
「な!」
分かれ道が見えてきた。だが、その手前の横壁が狭くなっていき、逃げられないようになっていく。
「まずは…」
護は背負っているダブを全力投擲。分かれ道の罠が作動し、槍が飛び出るがセレスの『ライト・ウォール』で無傷だ。
『ウインド』を起動。速度を底上げし、メイア、オセ、ノム、セレス…の順で脱出。キナが出た所で、壁が完全に閉まり、護とアン、オリーが取り残される。
護側からこの状況を打開できない。だから…
「私ならできる…『ワープホール』」
キナが時空魔法を発動。その穴から、セレス、オリー、護が脱出する。
「はぁはぁはぁ…良かった。」
「助かった。いい魔法だ、キナ。」
「ありがとうございます。」
キナの触れた壁が沈む。
護は彼女を引っ張り、壁から出てきた巨大なトラバサミに挟まれないようにする。
「もう片方も進もう。」
「大丈夫?ダブが発狂しそうだよ?」
「我慢してもらうしかないな…」
護はダブの目覚めと、体力と魔力の回復を待った後、干し肉を食べて、もう一方の道を侵攻し始めるのであった。
~翌日~
「迷いそうになるな…」
第二層の入り口で息を荒く吐く護たちがいた。
ほぼ丸一日気が抜けない第二層を進み、戻ってきた結論。それは…
「強行突破しよう。止まったら死ぬ。」
「おいおい、今からか?休ませてくれ…」
徹夜したことに加え、罠を発動させてから無効化するという神経を削る帰り方をした結果、疲労が蓄積していた。
メイアと護を除く全員の目が死んでいるので、連続で挑戦するのは無理があるだろう。
「メイア、検証したいことがある。」
「畏まりました。護様も同行なされますか?」
「そうだな。…セレスたちは拠点に戻って、しっかり休んでくれ。」
「…護さんとメイアさんはここに残るのですか?」
「ああ。確かめたいことがある。今度はずっと走りっぱなしになるし、俺たちも休める時に休むさ。」
「『ライト・ウォール・アンダー』…気をつけてください。」
セレスの魔力が護の表面を覆って消える。護の「起動」で光の壁が顕現する。離れて行動する彼女なりの工夫だ。
「ありがとう」と伝えるとセレスは微笑む。そして、水晶に触れて転移していった。それに続くようにダブたちが転移していき、護とメイアだけが残る。
「それで、護様、検証したいこととは?」
「何度か行き止まりの宝箱を回収しただろ?あれの後、必ず酸の雨が降り始めた。おまけに他の罠は落とし穴以外、起動しなかっただろ?」
「そうですね。ですが、あの状態は分かれ道までしか続かなかったのでは?あれを利用しての攻略はできません。やはり強行突破が一番手早いと思われます。」
結論は変わらない。数ある罠を防御系の魔法と技、攻撃で相殺しながら進む。これが護のパーティーで一番早い攻略法になるだろう。
だから、あくまで、検証しようと思っていることは別だ。
「宝箱をその場で開けた場合も酸の雨が発生した。唯一開けなかった場合を検証していない。」
「…酸の雨も発生せず、通常通りの罠が発動するだけでは?」
「そうだと思うが…」
「分かりました。一番近い分岐で試してみましょう。それでよろしいですか?」
優しい目をするメイアに感謝を告げ、二人で罠で溢れる通路を通っていく。
罠の配置は今のところ、変わっていない。覚えきれないほど設置されているため、気をつけてもどんどん引っ掛かっていく。しかし、メイアは純粋な身のこなしで躱し切り、護は『属性付与・日』で灼熱を纏わせた『月光・真打』で無力化しているので、問題なかった。
「オセあたりはついて来れそうですが…アンやオリーさんでは厳しそうですね。」
「セレスもかな…」
「大人数でも、同じ経路を全く同じ足取りで移動することができれば、罠の発動は最小にできますね。」
今まさに、メイアが切り開く道を護がぴったり追従し始めたことで、罠の起動が減っていた。
メイアの着地、足の運び、触れた場所を完全コピーし、動きを合わせる。護がついて来れるように、手加減こそしているものの、メイアの動きはトリッキーだ。
後衛職のセレス、オリー、ステータスがやや足りないアンでは真似は難しい。
「護様、この第二層のコンセプトは何になるんでしょう?」
「……」
第一層は、魔物ばかりでシンプルだった。この第二層は罠だけ。
「罠への対処だろう。強行突破もよし、徐々に解除して進むのもよし。…ただ、殺意が明確に出るのは宝箱の場所だけだ。」
「方向性は違えど、殺意は充分高いですよ。」
踏む、触る、引っ掛かる。上から下から、左右から。
ないところを探す方が、難しいほどの罠のてんこ盛り。
…護の感覚が鈍っているだけであって、一歩踏み出すだけで罠に怯えないといけないような場所だ。
「おっと」
メイアが急に止まる。そこへ護が同じように止まり…きれずに抱き着く形でメイアとぶつかった。
前方へ視線を飛ばすと、宝箱への道に丸鋸の刃が一対、上下に設置されていた。最初に挑んだ時には無かったタイプの罠だ。
「護様、いかがなされますか?」
「突破する。」
「離してください。…では行きます。」
カチャリ
そんな音と共に、丸鋸の刃が回転し始め、同時に動きだした。
メイアは一気に速度を上げ、下の刃を跳躍で回避、絶妙なタイミングで迫りくる上の刃を、風魔法で自分を吹き飛ばして下を掻い潜る。
滑り止まったところで、落とし穴と槍衾のコンボ。落とし穴をあえて落下し、槍を回避。猛毒の底へと落ち切る前に後ろ壁を蹴って、腕に仕込んでいる暗器を展開して突き刺す。『アイテムボックス』からロープを取り出し、先端についてあるかぎ爪を槍の一本に引っかける。体重をかけても槍が折れないことを確認し、よじ登った。
「護様、ここまでくれば、ひとまず安心のようです。」
「分かった!そっちに行く。」
護のトライ。速度はそこまで上げず、『月光・真打』を構える。
迫りくる上の刃を『フル・パリィ』でへし曲げ、下の刃も同様に、破壊。かん高い金属音が鳴り響き、曲がった部分と壁がぶつかり合っている。
丸鋸を無効化した護は、メイアに倣い槍が自身の体重を支えられることを確認すると、一番下の槍を雲梯のようにつたって、彼女に合流した。
カチッ!
メイアが一歩踏み出した。それと同時に罠が作動する。
ドン!
「本当にここの罠は種類が豊富ですね。」
二人とも指輪に魔力を注ぎ、風の結界で同じ風の砲弾を防いだ。
少し遅れて貫通力の高いミスリルの釘を、護が『三の型・土塔壁』を発動し、鋼鉄のように硬くなった土の壁にたちまち弾かれる。
さらに、これでどうだ!と言わんばかりに、通路の四隅から火炎放射。メイアの『アクア・ウォール』が二人の身を守り蒸発した。
「「…」」
間髪入れずの三連攻撃に、沈黙する二人。視線を合わし、頷く。
カチッ!カチッ!…
護とメイアは二人揃って走り出した。罠が連続で起動していくが…
「『障壁』!」
「『ウインド・ステップ』」
風の防壁と障壁を展開し、さらに加速していく。罠の起動が遅れてしまうほどの速さだ。
防御が完全に突破される前に、落とし穴を飛び越えて、最奥を目指す。
ドゴォォン!
後ろで爆発が起き、爆風が迫る。それすら推進力にし突き進む。
護の視界が白黒に染まった。緩やかになった世界で、護は『集中』し、神経が研ぎ澄まされる。
ヒリヒリとした熱気に、横から飛んでくる杭を回避したかと思えば、床に触れている右足を挟もうとするトラバサミを『超・制御』で足を無理矢理のばし回避。『七・転』で重力を前にして、そこへ落下するように移動する。
メイアが起動した硫酸らしき水しぶきは無視。それより、物理的に潰れて死ね、と殺意剥きだしの大岩を『七・転』での二歩目の全力で突破し、イメージを練る。
「『ロック』」
大岩が護のINTを受けて、変化する。一気に崩れ去って砂と化し、残りの通路のど真ん中に宝箱まで一直線に行ける頑丈な通路として再構成された。その下の罠が作動し、水の暴威が襲い掛かってくる。
「『十・断』」
通路の真上の濁流を切り裂き、先んじたメイアに続いてその真ん中を突破。不思議なことに影響を受けていない宝箱がある空間へと頭からジャンプ。彼女が護を両腕で受け止め、地面を滑りながら、威力を殺し切る。
メイアの身体の感触を楽しむ暇なく後ろを振り返る。一歩遅れていたら濁流に飲まれていた。
「…跡形もなく元に戻りましたね。」
メイアと一緒に、ほぼ一瞬で水滴一つ無くなり、あれほどあった罠が痕跡一つなく、綺麗になった通路を見る。
不気味なほどに静かになった通路に思わないことが無い訳でもないが…
「さっきのをもう一度か。」
「そのようです。」
メイアが一歩、守られた空間から足を出し罠を作動させる。高速で天井から、四本の金の杭が打ち出されて床に食い込んだ。それに触れ『アイテムボックス』に仕舞うと、床が元通りに再生する。
「検証するまでもないと…」
「ええ。せっかくなので、宝箱を回収しましょう。護様、準備はよろしいですか?」
「少し待ってくれ。……『ウインド・ステップ』『ライトニング・ホップ』『障壁』」
風の加護に加え、雷撃を身に纏う。メイアにもかけ、防御を固めた後、メイアが宝箱ごと回収した。
走り始めると同時に、強酸が塊で落ちてくる。風で払うには量が多すぎる。身を低くし、視界がまた白黒に染まる中、稲妻となって直線を駆け抜ける。
カーブを壁を蹴って曲がり、行きの三倍以上の速度を出す。既に閉じ始めている壁の間を一歩で駆け抜け、その先にある罠を暴風と雷撃で破壊しながら減速、落とし穴を跳躍しつつ入口へと戻った。
「練習した甲斐がありましたね。」
「ああ。寿命を削るような加速と制御だ。こればかりは地面のシミにならないか、気を使う。」
護の背後を似たような軌道を取って追いついたメイアが笑みを浮かべる。
この高速移動、元は護が拠点間を速く移動できないかというところから始まり、試行錯誤していた。結局、完成したのは、迷宮出発前日という悲しい結果だったが、こうして役に立ったところ、無駄ではない。
メイアの本気の走りと同等と、破格な加速と速度を持つが…試行錯誤中に結界を張っておく、『七・転』の起動など、制御の失敗した時の対応をしっかりしておかなけば、文字通り「死」が待つ。
「『七・転』で護様が上空に吹き飛んだ時は、不味かったですね。風魔法を使って、慎重に着地した時はおみごとでした。」
「…あれはなぁ…」
夜な夜な極寒の空へと吹き飛んだ時はやばかったと、護は水晶を起動させながら思う。
はるか上空に吹き飛び、数歩だけ宙を歩いた後、『七・転』の欠点である連続使用不可に直面した護は、『エア・ハンマー』を自分に下から何度も叩きつけて速度を落とし、最後は『エア・クッション』で地面に降りた。
MPはギリギリ、『エア・ハンマー』による全身打撲と骨の罅で痛くないところの方が少ない、一瞬「死」が垣間見えたことで、体中汗でぐっしょりと、散々な目にあった。
今、振り返ってみても…
「よく死ななかった…」
「もし、護様が御せなくても、私がカバーに入っていましたので、死ぬことはありませんでした。私としては、あの場で冷静対処してみせた護様に惚れ直したところですし。」
「ははは…」
メイアは微笑み、護の手をとる。護からすれば、苦笑ではすまないことなのだが…
二人揃って転移し、入口へと戻った。
まだ、風雷を纏っていた時のような感覚に、顔を顰める。動きが重い。いや、普段と同じ速度で歩いている。護の感覚がおかしくなっているのだ。
「!!」
「躓くようなものはありませんよ。」
こけかけた護をメイアがしっかりと支える。
彼女はやはり微笑ましいのか、さっきからずっと微笑んだまま。
メイアの微笑みに負けた護も笑い、彼女を頼りつつ歩くのだった。
なお…上機嫌なメイアを見た獣人たちは、信じられない!と顎が外れたかのように動きを止める。
…しばらくたった後、獣人たちの悲鳴があがったらしい。
~数時間後~
「おわっ!」
「ダブ、気をつけて。大族長のスキルが間に合わなければ即死です。」
再び第二層に進行した一行。
ダブが起動した弾丸の嵐を護の『障壁』が防ぐ。回収する暇もなく、先頭を走るオセについて行かなければならない。
「ナイス」
オセが落とし穴に嵌りかけたところで、二番手のセレスが足場を咄嗟に伸ばし、道を作る。
続いて毒を仕込んであるワイヤーネットを土の礫で吹き飛ばした。
魔法を連続行使する間、メイアが彼女を抱えて移動。その後ろをアンとオリー、ノムが続く。
「ほぁ!」
「ダブ!!」
キナがダブの尻尾を掴み、引っ張った。目と鼻の先をどこからともなく飛んできた棒手裏剣が壁を砕く。
尻尾を掴まれることを嫌うダブは抗議したい気持ちをぐっとこらえる。少し、ノムとの間が空いてしまった。これでは、ノムたちが踏んだ場所が分からない。
「とにかく前進!キナ、ダブは俺がカバーするから気にするな!」
「了解!…私が怒られた!とっとと、進め!!」
「分かってるよ!!」
走る走る。
ダブが起動したギロチンをキナが杖で、面を打って弾く。
ワンテンポ遅れて迫りくる罠に、護はキナに『ライト・ウォール』をかけて、走ることだけに注力させる。
「メイアさん、お願いします。」
前回で到達できた分かれ道のところまできた。ここからは手探り状態で進むしかない。
メイアが単独で、右の道を進む。その間、護たちは休憩だ。
爆風が護のところまでやってきた。それをセレスの張った光の壁が遮る。
「護さん…、メイアさんの反応はどのあたりですか?」
「うーん、まだ進んでいるようだ。」
「結構、私たちも気を遣うね。あっ」
ハイドロを変形させ、ダブが起動した土の杭を粉々にした。
…後ろに一歩引いたダブの手が後ろの壁にあるスイッチを押し込む。
『『ローン・モゥイング』チュウ!』
ほぼ勘で、ノムが技を発動、素早く振られた槍の穂先が足を刈り取るように出現した、薄い氷の刃を砕く。
「!?」
「『ロック・バレット』!」
遅れてやって来た無数の炎の矢を的確にダブが打ち落とした。
不意打ちに動けなくなっていたノムがダブに礼を言おうとして…
カチッ
「「!!」」
ダブは動いていない。彼が飛ばした礫が罠を作動させたようで、雷撃が飛んでくる。
セレスの光の壁が再び受け止め、残ったのはオゾンの独特な匂いのみ。
その場の全員が完全に動きを止めたことで、ようやく罠の起動が止まった。
「済まねぇ。完全にお荷物だわ。」
「…ダブを最後尾にした方が良さそうだ。今のままだと、ダブの罠はキナや俺が対処する羽目になる訳で、負担が大きい。俺はともかく、キナへの負担は減らさないといけない。」
「俺が何とかすればいいだけかもしれないけどよ…」
罠の対処ができるか不安になる。現時点で、護とキナのフォローが無ければ、何度か命を落としている場面があった。
殿になれば、ほぼ自力で対処するしかない。もちろん、護たちが支援をするが、それも間に合わない時があるかもしれない。
何より、度重なる罠の起動で、ダブの精神はストレスで弱っており、不安と恐怖が頭を常に掠めるような状態になっていた。
「もしも…」
『うざったいにゃ。自分のケツぐらい、自分で拭くにゃ』
「…」
オセがグダグダしているダブを冷たい声音で叱る。
「まぁ、落ちつけ、オセ。…ダブ、試しに一回だ。上手くいけばよし、いかなかったら考え直せばいい。少なくとも修正する時間はある。」
「危険に晒しちまうかも…」
「もう既になってるの。もう少し、楽がしたいです。」
キナが呆れたようにダブの周りをふよふよと水球を漂わせる。次ヘタレたことを言えば、ぶつけるぞと脅し気味に。
そうして、ダブは自身の両頬を叩く。
「ああそうだ…やってやる!」
「そう、その調子。できたらご褒美も考えてあげます。」
キナがくすりと笑い、ダブは再起する。
それとは別に、メイアの動きが止まった。
引き返してこないところを感じる限り、右の道が奥に続く道だと判明する。
「じゃあ、行こう。セレス、俺がカバーに入る。」
「ダブさんは?」
「セレ、俺のことは心配しなくていい。最初の防御だけで乗り越えて見せる。」
罠を踏まないようにオセが走り始める。セレス、護…キナ、ダブが殿としてその後ろに続いた。
ジャキン!
ダブは神経をこれ以上ないほどに尖らせ、トラバサミを回避する。
目の前にある細い糸を頭をかがめ、キナが踏みしめた道を敏感な鼻で探しとる。
ペースが速くなるにつれて、思考回路が焼け落ちそうだ。
「!!」
前で起こった爆風に一瞬気を取られる。罠を踏んでしまった。
死の匂いを嗅ぎ分け、横からの熱線を土柱を立て、その陰に隠れてやり過ごす。
「ダブ?」
「気にするな!」
距離が空いた。自分を気にするキナにそう声をかけて、ダブは足を動かす。
キナたちがしゃがんだ。ダブも遅れずにしゃがむ。犬耳の上を土の杭が何本も掠めていった。
ガコッ!
また引っ掛かる。今度は飛びのいた。遅れて地面から炎の壁がそそり立つ。
何とかキナたちが進んだ足取りを追いかける。
「はぁはぁはぁ!!」
極度の『集中』。追うべきはキナの後ろ。彼女が罠を踏んだ。
土魔法が自然と、彼女を守るように展開する。
彼女が通り過ぎたその後ろをすぐさま自分が通り過ぎた。
「…」
また、また、また…
ダブ本人は気づかない。罠に引っ掛かる回数こそ変わらないものの、その反応速度が段違いに速くなっていることを。
踏む。飛びのく。押す、防ぐ…
ダブの変化に気づいたのはキナだった。彼女の方が先に集中力が切れ始めて、罠をつい起動させてしまう。キナが注意するよりもダブの反応の方が速い。それどころか、損耗を気にしていないかのように、ダブは彼女を守る。そして、彼女の足跡を忠実に踏んでいた。
「!!」
護たちが着く頃には、メイアはすでに先の行き止まりから引き返していた。
休む暇もなく、次の分岐も進む。
「『ロック・ウォール』」
「はぁはぁ、あ、ありがと…」
覚醒というべきか、キナのミスはダブが全て解決していた。
キナの方も、負けられていられないと言わんばかりに、身のこなしを、神経を尖らせていく…
「あれ?」
後方が奮起している、一方、先頭を走るオセが疑問を覚える。
道としては急なカーブ。先の様子が見られないところへ差し掛かっていた。今までこんなことはなかった。
そして、カーブを潜り抜けたところで、道が途切れた。
「嘘でしょ!!」
「セレス!」
「『エア・ブラスト』」
まさかの跳躍だけでは渡り切れない落とし穴。下は、灼熱の溶岩が流れており、突破できなければ、確実に死だ。
止まり切れずに、オセが落ち始める。それをセレスの魔法によりかっとばし、セレスたちも彼女に続いて風の砲弾と化す。
ミシミシと軋むどころか、折れている骨の痛みに顔を顰めながら耐える。
「まだ!足りない!」
「『エア・ブラスト』」
セレスの追加の風の砲撃でさらに飛ぶ一同。そこへ護の魔法が援護する。
「『ロック』」
天井スレスレを飛んでいるセプたちに天井の一部を崩し、手すりを作成。
さらに、下の方を飛んでいるオセ、護、セレス、メイアには落ちるタイミングで岩の足場を作成。
それぞれが、あと一歩足りなかった距離を補い、何とか渡り切った。
「!!」
「護様、頼みます。」
オリーが手を滑らせ、溶岩へと落ちていく。護が動きはじめるよりメイアが速かった。
風を纏った足で、宙を蹴ったかと思えばオリーを抱きかかえ、宙返り。メイアのオーダー通り、彼女に足場を提供し、彼女は軽快に戻って来た。
オリーに怪我はない。また、後ろの方のダブとキナがそれぞれ手すりを伝って、こちらへようやく合流する。
カチッ!
「『障壁』」
「『ライト・ウォール』!」
「『ウォーター・ウォール』」
護、セレス、メイアがそれぞれ防御を張る。
特大の風の砲弾が二つの防壁を砕き、水の防壁とぶつかった。水の防壁ははじけ飛んでしまうが、護たちは無事で済む。
「ここが最深部?」
通路を真っすぐに進んでいくと、登録用の水晶と複数の通路、そして、下に続く階段があった。
「第一層同様、複数の道があるみたいだ。俺たちが進んだあそこはおそらく最短ルートだったのかもしれない。」
「今まで、行き止まりか正解かしかなかったよ?」
「…」
(行き止まりではない場所がある?探せば通路が開くギミックがありそうだが…)
あの罠地獄を引き返してみようとは思えなかった。
(金属の回収具合から考えると、良い層なんだけど。)
金、ミスリル、鉄。第二層で回収できた金属だ。
罠を解体、発動させて回収すれば、第一層のドロップよりも目的の金属を手に入れることができる。
しかし、魔法、岩などのギミックも多い。また、護とメイアの二人で挑んだ時のあのギミックが起動すると、大抵の獣人では太刀打ちできない。
(何よりなぁ。目を離したら復活するとか、絶対少人数で攻略する層じゃないだろ。)
引き返そうにも、罠が復活している。
メリットとしてはさらに金属を回収できるわけだが、精神的な疲労のデメリットの方が大きい。苦労を無に帰されるのは、かなりのストレスだ。
そのため、大人数で、罠を復活させないように見張ってしまえば、いいのかもしれない。ただ、検証しようにも、人手がまだまだ足りない現時点では不可能だった。
(こればかりは考えてもしょうがない。…にしても…)
護はダブを見る。キナに頬へキスをされ、言動が少しおかしくなっているようだ。
まさか、支援なしで乗り切ってしまうとは…と、護の予想を超えていた。
『真理眼』でダブのステータスを見ると、『集中Lv2』が『集中Lv5』まで上昇していた。
(キナとの仲も改善しているようだし、能力も一皮むけたのかな?)
そんなことを思いつつ、水晶を起動し、第一層の時と同じような波動が生じる。
波動が収まると、『苦難の迷宮・罠の間踏破者』とステータスが変化していた。『獣の間』が『罠の間』へとなっており、どうやら下層に行くにつれて、変わっていくらしい。
「護様、何か気になることでも?」
「いや、疲れが出ただけだ。」
「ご主人様…はやく休ませてください。まだあの時の滑った時の恐怖が残っております。はっきり申しまして、この層にいるだけで、背中がぞわぞわします。」
元気なダブとキナのやり取りをぼんやりと見ていた護に、オリーがまだ震えている手を握ってくる。
珍しい様子に思わずキョトンとした護。そんな彼の手を引っ張り、オリーは少し顔を赤くしながら、階段へと進んで行く。
メイアに視線を…彼女は手を振って見送るだけで動こうとしない。
「酷いです、ご主人様。」
恐怖から恥ずかしさと怒りに転じたオリーに、振り回される護であった。
なお、翌日、正気に戻ったオリーは、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして、アンに抱き着いたらしい。
……




