履行
~出発当日・本拠点・ドーム~
「さて、準備はいいか?」
「問題ありません。」
「…私たちも大丈夫です。」
『大族長、こちらの準備もできていますにゃ』
マジックバックを利用しなければならないセレスを除いて、ダンジョン攻略組は必要最低限の装備だけをして、頷く。約二週間分の食料に、予備の武器、野営をするための道具はダブとノム、キナの三人が『アイテムボックス』に分割して入れていた。
結局、獣人たちのレベルは1~2だけ何とか上げることができた。また、全員『本能回帰』が発現している。幾度も死線を連続して潜り抜けたせいか、若干、癖が矯正された気もする。
…特にオセはメリハリ?がついて、起きていろと命じると、いつまでたってもその場で起きている。休めの合図で、すぐさま眠る。オセと呼ぶだけでも、目が覚めて、背筋を正して待機するのだ。
(俺の姿は、相変わらず直視できないみたいだけど…)
二日、三日ではあの記憶は払しょくできなかったらしい。…護の声を聞くだけで、発狂に近い状態にならなくなった分、マシというものだ。
時折、何かを悟った目をして、遠くを見ていることが気になってしまうが…
「大族長!」
「ラー、しばらく戻ってこれなくなる。俺のいない間、頼んだぞ。」
「ま、任せてください…大族長には、感謝しきれません。あなたは私の居場所を作ってくれた。今度は自分が守る番、なんでしょう。…すいません。私には体逸れたことで、代理なのに。」
ラーが目を伏せてそう言った。護は肩を叩く。
ほぼ、ダンジョン攻略に力を注いでいた護は普段の責務をラーに任せていて、特に問題は起こらなかった。彼は、自身の限界をよく知っている。
仲間を頼ることを躊躇わないし、引っ掛かったことはすぐに確かめる。精査能力なら、護を凌駕していて、実績も能力も、護の代理を名乗る資格がある。
唯一、時折、出会った頃のおどおどした雰囲気が出てしまうが、それも些細な欠点だった。
「これを。」
「この白い槍は?私は戦えません。」
「…お守りのようなものだ。詳しくはモンに聞くといい。名は『犀之白角』。俺の代理であり、後継が持つ槍だ。」
「ええ!」
「…といった感じでモンや幹部、族長たちと話を合わせてくれ。」
「本気ですか?わ、私が後継?」
戸惑うラーに白い槍を押し付け、護は笑う。
「どうしたいか。それはラーたちが決めることだ。」
「そ、そんなぁ。」
「任せた。」
「……はい。」
押し切られる形でラーは『犀之白角』を受け取った。後は、ラー次第だろう。
護は通信機で映る幹部や族長たちを見る。幹部たちはすでに泣いており、ソラも…色っぽい表情をしている。悲しみより放置される快楽の方が強いのか。思わず無表情になる。
『マモ殿、帰還を待っているにゃ』
「早く戻ってきてください。微力ながら尽力していきます。あなたのような大革命は無理ですが、少しでも向上させて待っていますので。」
『戻ってきて一杯虐めてねぇ、旦那様。』
「俺がいなくても、上手くやっていけてるよ。ソラ、真面目にやれよ。そうじゃなければ、遊んでやらないからな。」
『は~い。』
甘ったるい返事に体から力が抜ける。…ああ見えて、ソラもしっかり責務をこなすだろう。
幹部たちに激励の言葉を送り、護は笑った。一生の別れではない。悲しむより笑って送ってくれと。
涙が流しながらも、作り笑いをする幹部たちに、「頑張れよ」と一言付け加えて、映像を切った。
「マモー」
「見送りに来た。」
「私もなの!」
入り口を見ると、ミゥ、シィ、トヴァの三人が来ていた。
…トヴァは元気そうにしているが、どこか無理をしているように見える。
「ごめんなさい。私の予知でも、どうなるのか分からないの。」
「問題ない。トヴァは、シィたちと共にここで頑張ってくれ。俺の方はメイアたちがいるから、大抵のことは何とかなる。」
「心配なの。このまま行かせちゃダメな気がするの。」
涙目になるトヴァの頭を優しく撫でる。
『予知』は彼女にずっと凶と伝えてきている。それは護と合流してからもそうだった。しかし、それ以上は分からない。あまりにも離れすぎており、そして、彼女の強さからはそう感じるしかなかったからだ。
護はそのことを聞いており、それでも、行くことを彼女に伝えていた。
「大丈夫だ、トヴァ。お兄ちゃんは死なない。」
「胸騒ぎがするの。無理はしないで、帰って来てお兄ちゃん。」
「分かってる。」
トヴァは護に抱き着き、離さない。しばらくは、解放してくれる様子はなさそうだ。
そんな様子をジーと見てくるのはシィ。ミゥはというと、彼女は護に笑みを浮かべてくるだけ。
「マモ、やっぱりお前のことが嫌い。」
「…」
「誰かを泣かせてまで、行く必要があるの?笑って送れるような時がいい。」
「…いつまでも行けないだろ。」
「だから、嫌い。」
そう言い残して、シィは走り去ってしまった。
ミゥは笑みをやめて、首を少しだけ横に振るだけで、シィを追いかける様子はない。
「シィお姉ちゃんは、迷ってるだけなの。色々と感情がごちゃ混ぜになっているの。」
トヴァがそう言って、護を解放する。
シィとは命を取り合い、腕を奪い、何度もぶつかり合ってきた仲だ。父親であるシザやミゥとの関係の変化もある。そこに絡んでいる護への感情を一言で言えば、「嫌い」なのだろう。
トヴァの言う「ごちゃ混ぜ」の理解に苦しむ護だったが、ミゥが抱き着いてきたため、意識が目の前の猫人に向く。
「「…」」
二人揃って無言になる。視線だけが重なり、互いに見つめ合う。
不意にミゥが護の唇を奪った。軽い小鳥のようなキス。…そして、彼女は離れて行ってしまった。
「…」
「女たらしのお兄ちゃんで、残念なの。」
トヴァのジト目が護に突き刺さる。
当の本人は動きを止めたままだ。柔らかい感触の余韻もあるが…
「護様、そりの準備が…毛がついていますよ。」
「!」
メイアの殺気に護は再起動を果たす。護のローブにはミゥの長い毛が残っており、二人が抱き合っていた証拠になっていた。
弁明できない。トヴァという証人もいる。
「護様、現を抜かしている暇はありません。皆待っていますよ。」
「すまない。」
「…愛おしくなるほど、護様に刃を向けてしまいそうになってしまいそうです。」
冗談か本気か区別がつかない。
メイアは毛だけを焼き払い、強く頭を掴んで引き寄せる。そのまま口腔を舌で貪り、絡め合う。
…彼女の手は『宵闇』の柄に触れており、いつでも抜けるようにしていた。
護は、快楽よりも命の危機で汗が滝のように流れるのを感じ、彼女の手をそっと触れる。
「…取り乱してしまいました。行きましょう護様。」
「ああ。」
「こ、こわいの…」
トヴァが怯える。何事もなかったかのように、いつものポーカーフェイスに戻るメイアを見て。
護も生きた心地がしないまま、ついて行き外にいるメンバーと合流する。
「護さん…顔色が悪いです。」
「大丈夫ですよ、セレスさん。護様を少し、叱りつけてしまっただけですから。」
「そうなのですね。駄目ですよ、護さん。…メイアさんに怒られることをしたら、駄目です。」
セレスとアンには怪訝な顔をされてしまったが、それ以上追及されることはなかった。
ダブたちが長距離を移動するためのそりに乗り込んでいく。かなり大きく八人乗れるようにしていた。
セレスの土魔法で指一本ほどの厚さで作られており、強度は鉄並み。四方に杭のような四つのブレーキも備え付けてあり、停止する際は砂地に突き刺して止まる仕様になっていた。
「頼むぞ。」
グルウゥ!!
護の声に大きく吠えて応えたのは、体長四メートルほどの狼型。魔物としての名前は、『ケーニッヒ・ヴォルフ』。Lv59、STR、AGIが750越え、ENDも600あり、その巨体を支える脚が地面に沈み込むこともない。 偶然適した魔物が出てきたので、テイムしたのだ。
なお、魔物が出てこなかった場合は人力の予定だった。護かメイアの二人であれば、一応、個で引っ張れる。
「ハーネスの強度も問題なし。流石、セレスだな。」
「ありがとうございます。魔道具も作ったので、壊れないと思います。…そのケー君が出てきてくれて、良かったです。…護さんがそりを引いている姿を思うと…心苦しいですから。」
ケーというのは、狼型の名前だ。雄だからケー君とセレスはじめとする女性からそう言われていた。
また、アンがセレスに同意する。奴隷のような扱いをしているようだと、現在進行形でその立場にいるアンに言われてしまった。
「効率的な考えをすると…」
「そういう問題じゃないだろ。…いつ出発するんだ。こっちは全員乗ったぞ。」
ダブが言う通り全員乗り込んでおり、視線が護に集まる。後は護とメイアがケーの背中に乗れば出発だ。
そりから離れ、ハーネスの前に急造された鞍に鐙を踏んで一気に飛ぶような形で乗り込む。かなりの力が加わったはずなのに、ビクともしないケーを見ると頼もしい。
その護の後ろにメイアが跳躍して跨った。密着するように護に抱き着いて告げる。
「護様、出発を。」
「ケー、直進だ。」
ウォン!
最初はゆっくりとした歩みで、それから徐々に加速する。各種異常がないか確認しつつ、建てられた石柱を次々と通り過ぎて行く。
そして、拠点の外縁部の特徴である壁と堀、砂防林が見え始めた。
「メイア!」
「お気をつけて!」
近づいていき、壁の直前でカーブしたところで護がケーから飛び降りる。そこから、壁の上へと跳躍し堀を飛び越える。砂防林を最速で抜けて、反対側の堀と壁も超えた。『気配察知』にかかる魔物の反応は遠い。
問題なしと判断し、動かす所を視野に入れて、唱える。
「『ロック』!」
大きく砂が動き出し壁や砂防林を超えるような形で、橋を形成していく。しかし、向こうの様子までは見ることができないので、護が準備したのは半分までだ。
間もほぼ開かずに、反対側から砂が盛り上がり護の半分しかない橋にしっかりと繋がる。やったのはセレスであり、護が作った部分にピッタリ合わせられるのは、彼女の腕が為せる技だ。
そして橋の上をメイアの風魔法によるブーストを受けたケーとそりが何ら問題なく登り切る。頂点から一気に速度を増して護の目の前を通り過ぎて行った。
「『ロック』」
橋を二回に分けて解除する。拠点側は事前に相談していた通りに砂に戻し、自身がやったところも、ほぼ元通りに解除した。
かつて建てた土柱に沿って進むそりに追いつくため、護は魔法を起動する。
「『ウインド・ステップ』」
砂埃を巻き上げて一気に加速し始めた。800近いAGIでトップスピードを出せば、そりを引いているケーには空いた差を埋めて余裕で追いつく。
…たちまちのうちに追いつき、メイアにケーの背中へと引き上げてもらう。
「お疲れ様です。見事でしたよ。」
「メイアこそ凄い風の制御だった。…頂上手間とかで止まらずに行けたな。」
「恐縮です。それはともかく、後ろの皆様を固定しておいて正解でした。吹き飛んでもおかしくないほど、速さが出ていましたから。」
傍から見ていた護を同意する。厳密な速度は分からないが、ジェットコースターのようになっていた。直進でなければ、間違いなく横転している。
また、後ろからオセの泣く声が聞こえる…眠っていたところにあの挙動だ。メイアの言う通りにしていなければ、降り始めの急加速の時に、放り出されていた可能性があった。
オセが泣き止んだかと思いきや、後ろが一気に騒がしくなる。
「ご主人様、キナが完全に酔っているので、休息を御願いします。」
オリーの声が聞こえる。…耳を傾けるとキナが吐いてしまったらしい。
一旦、立ち止まる。吐しゃ物はオリーが『浄化』のおかげで一つ残らずなくっていた。匂いも風魔法で流したようで、しない。
肝心のキナの方は、鼠人の耳をペタ~と頭に貼り付けて伸びてしまっている。
キナが回復する間、ハーネスなどが壊れていないか点検する。砂と擦れて表面が傷ついているものの、セレスの土魔法で作ったそりだ。罅一つない。
「…」
「どうかされましたか?」
「いや、魔物の反応が少ないと思ってな…」
『普通チュウ』
ノムがメイアの代わりに護の疑問に答えた。護の『気配察知』には、遠くに一つ二つ反応があるだけだ。
『養殖場で毎日魔物と戦う方がおかしいチュウ。ここら辺の魔物の数はこれが普通チュウ。ずっとその場にとどまって暮らせるほど、奴らはいないチュウ』
「…」
雨はほとんど降らず、冬を除いて高温、炎天下。冬は氷点下を下回り、日の光があってもほとんど気温が上がらない。過酷な環境で生きていける魔物が少ないと、護は初めて実感する。とどめに魔力もそこまで濃くない。
影の一件でこちらに来た時は魔物が多かった。しかし、あの時は非常事態のようなもので、今こうして躱せるほどの魔物がいる状況が普通なのだろう。
「よくこんな状況で生きていけるな。」
『それは…こんな場所でも弱い魔物は生まれるチュウ。それに、オアシスには魔物が集まりやすいから定期的に狩ることができるチュウ。』
族によって取り決めがあり、複数あるオアシスをローテーションして飢えをしのいでいる。
もし取り決めを破れば、その族そのものが族連合で潰すようなこともあるのだとか。
『それでも限界はあるチュウ』
続きを聞かなくても、護にはそれを分かっていた。きっかけであり、時間が経った今ですら、護の中で戦列に残る記憶。
『活躍できるような、力があれば…』
「ろくでもない。力を求めることを否定しないが、あれだけはだめだ。」
『失礼だったチュウ。大族長たちの種族のことを忘れていたチュウ』
ノムが慌てて謝る。何の感情も籠っていない否定を聞いて。
護の瞳には、闇が見えた。ノムの心を捉えようとする不思議な引力がそこにあるような気がして、ノムは距離をとる。
目の前のノムが飛びのいたことで、護は普段の目に戻った。
「気にしなくていい。俺がどうしてここにいるかを思い出しただけだ。復讐とか仇を討ちにきたわけじゃないのは知っているだろ?」
『当然チュウ。我らを救ってくれたことは忘れていないチュウ』
「そうなのか。」
護の言い方にノムは再三謝ってきた。何度も死線を彷徨ううちに、自分たちが迷惑をかけてきたことをしっかり認識できたようで、ノムの謝辞も、本心から謝っていると感じられた。
ノムにそりの方の様子を見てくるように言い渡し、護は遠くを見つめる。まだまだ、目的地までは遠い。自身の手の中にある『双方向発見玉』は自分たちの拠点の方を指し示すのみで、目的地へと行くには、一旦、猫人たちの領域に行く必要があった。
ほとんど時間が経たずに、セレスが護を呼ぶ。キナの体調が戻ったらしい。
これからも酷く乗り物酔いをするなら、眠っててもらうことも考えにいれて、護は戻るのであった。
~日暮れ~
『ホントに来た~!!』
「歓迎するよ。マモ。まさかアンタが直々に来るなんて想定外だけど!」
とある家の前で、三人の幼い子供たちと現れた女猫人の族長に言われる。彼女はいつぞやの会議で、猫豚を殴り飛ばした女傑だ。
護は無警戒に白色のコートにしがみついてくる子供たちに、苦笑する。飴玉一つ持ち合わせていないので、為すがままだ。
「お前たち、お客さんが迷惑している!パパと向こうに行って、狩りの練習でもしていなさい!!」
「は~い!」
「パパ~、あそぼー!!」
「…(こく)」
質素な造りの家の中へと子供たちは入っていった。しばらくもしない内に、弓を持った男猫人が子供たちと出てくる。やや夫の方が、女族長より年下のようだ。
夫は護を見て驚く。族に来た時に、奇異と警戒の目で見られた。その二つが入り混じった表情をしているようだ。
子供たちに催促されるように外へと出ていく夫の後ろ姿を見送った女族長は、護に向き合う。
「今日はここに滞在するつもりかい?」
「ああ。明日に迷宮の方まで行く予定だ。とはいっても、方角がさっぱりだが。」
「道案内できるようにしてあるよ。会議の後、トヴァちゃんにそうなるだろうと言われていたからね。」
「だから、土柱が立っていたのか。」
道中で、大小は違えど自分たちが建てたものとは異なる土柱が立っていたことを思い出す。どうやら、護たちがやったことを真似したらしい。
領域内の大体の狩場は互いに知り尽くしているので、今までは土柱などなくても、経験と痕跡に頼ればある程度、探し出すことができた。まさに、会議の時にシザが族長を集められた理由はそれだ。
しかし、『ザ・リルゥガ』との繋がりができたことで、事情が変わった。『ザ・リルゥガ』へ赴く道は、かつて護たちが建てた土柱を利用すればいい。ただ、そこにたどり着くまでの道まで行くのに、手掛かりなしではベテランでも難しい。
同様のことが、迷宮への道のりにも言えた。
「土魔法を使える奴が大変そうにしていたよ。そのおかげで、マモとの契約は履行できそうさ。」
「迷宮まではどうやって調べたんだ?」
「族連合を集めて、人海戦術さ。あのバカが居たところを除いて、全員で大体の方向をしらみつぶしにして、見つけた。後はここに繋がるように道しるべを置いただけさ。」
おまけで、魔物も狩れたと付け加える女族長。
護が感謝の意を告げると、金属を早くほしいと催促されてしまった。
「それと、うちらとしても、あの養殖場を真似てみたいんだけど…」
「…やめておけとは言わないが、けが人を治療したり、レベルが高い奴は揃っていたりするのか?はっきり言って、限度を間違うと全滅するぞ。」
「そっちはどうして無事なんだい?」
「無事?」
護は鉢の腰ほどある『マジック・ププレア』の葉を弾く。
「犠牲が出ていないだけだ。俺たちでも手を焼く魔物が出てくることなんて、よくあったぞ。それに、もしそうでなくても、不意打ちで怪我をする者は絶えなかったし。」
「うちは、回復魔法を使える奴が少ない。でも、腕には自信がある。怪我も犠牲も出たりしないさ。」
「……」
護の様子を見ていた女族長の耳と尻尾がしな垂れ落ちる。
養殖場のノウハウまでは教えてくれないらしい。責任はとらないぞ、という意思表示に女族長は音をあげる。
「私が悪かったよ。あんた、そんなゾッとするような瞳をよく向けられるね。」
「最近、イライラするような出来事があったからな…伝えるべきことは伝えた。それでもやるなら、俺は止めない。」
「しばらくはそちらに厄介になる方を選ぶことにする。」
護は防寒をした天幕で休むために、泊る所は心配しなくていいと伝えて、女族長の傍を後にする。
メイアたちを探すと、彼女たちは拝まれていた。どういう経緯でそうなったのか分からないが、少なくとも警戒する様子は無くなったようだ。
「護さん!…その、お怪我を直したら…こう畏まられるようになってしまって…」
「正直恥ずかしいのですが、止めてくれないのですよ。」
「ははは…」
二人が護に抱き着く。すると、崇敬が嫉妬に変わり、殺気立つ空気を感じて護は苦笑する。同性、異性関係なく殺気を飛ばしてくるあたり、かなりメイアたちのことを気に入っているようだ。
このままだと、闇討ちでもしてきそうな雰囲気であったので、護は魔法を発動する。
「『カーム・ダウン』」
嫉妬に塗れ、怒りが滲む彼らの心を強制的に落ちつけた。獣人たちは一瞬、呆けた後、混乱する。
自分の身に起きたことを上手く消化しきれていないらしい。護たちから視線が外れていた。
「今のうちに、天幕の方へ行こうか。」
「はい。」
「…護さん、闇魔法はほどほどにです。」
セレスに強く腕を抱きしめられる。咎めの言葉とは裏腹に口調は優しかった。
二人に引っ張られるままに、天幕に入ると、ハイドロとじゃれているアンだけが居た。
オリーはどうやら、オセたちと共に外で料理を作っているようだ。確かに『気配察知』にダブたちが居る方向で慌ただしく動いている反応があった。
メイアとセレスは手伝うために外に出ていき、残ったのは護とアン、ハイドロだ。
「アンは外に出なくてもいいのか?」
「私じゃ、セレスお姉ちゃんたちを手伝えないから。それに、一人の方が落ち着く。マモル様の横の方がもっとだけど、誰かがお留守番していた方がいいでしょ?」
「ありがとう、アン。」
「どういたしまして。…一緒に剣の手入れをしてほしい。」
アンは自身の剣を抜く。その剣は使い込まれており、刃こぼれもあった。
それでも手入れが行き届いており、まだまだ現役だと、護は感じる。
二人で座り、各種の点検をしていく。
黙々と進んでいき、ほぼ終わった頃にアンが口を開く。
「ねぇ、マモル様。」
「どうかしたか?」
「お願いがある。この剣の代わりをいつか用意してほしい。」
「まだ使えるだろう。アンの剣の腕なら、よっぽど硬い敵でも切らなければ、砕けることはないさ。」
「そうかな。」
アンは、手元で磨かれ光を反射する剣を見つめる。
「剣はいつか砕ける。多分だけど、私たちの力に耐えられなくなる。」
フルフル
その通りだとハイドロが震える。
剣を収めつつ、アンは微笑む。どこか寂しそうに。
「ずっと使い続けた剣だから、悲しいけど、マモル様に近づいていることにもなるから、嬉しい。力が無い方が辛いし。」
「アン…」
「マモル様がそんな顔をしないで。壊れてしまう物を悲しむより、私は役に立ちたい。それにね、次も思い出が残るような剣を振るえばいいだけだから。」
ようやく、護もぎこちない笑みを浮かべた。剣の所持者がそう思っているのならば、これ以上強い言葉で反対する必要もない。
護はアンの身体を軽く引き寄せて、約束する。
「『月光・真打』にも負けない剣を見つけてみせる。」
「うん。待ってる。」
二人の唇が重なる。最初は軽く、二度目から激しく互いを貪る。
顔が赤く染まり、護の手がアンの胸に伸びそうになったところで、オリーが天幕の入り口を少し開けた。
「ご夕食の準備ができました…アン、夜伽は後でしてください。」
薄暗い外からジト目が覗いてくる。若干怖い。
軽い返事を返すと、「早くしてくださいね」という催促と幕を閉じる音が聞こえるが…
「もうちょっとだけ。」
アンが護の顎を引き寄せて、唇を重ねる。
結局、メイアに怒られるまで、二人だけの逢瀬を楽しむのであった。
~翌日~
「右から四!見えてくるぞ!」
『今度こそやるぞ!』
速度を落として進む一行に例のサメ型が現れる。護たちを案内していた彼らにやる気に火が付き、各々が骨の武器を構えた。
…しかし、器用に目印である土柱を避けて護たちに向かってやってくる奴らに、魔法が発動する。
「『ファイア・エクスプロージョン』」
「『シャイン・レイ・ツイン』!」
護が設置した魔法陣を踏んだ瞬間、二体が吹き飛んだ。硬い外殻が無惨にひび割れ、はがれて落ちる程の威力であり、その命は風前の灯火となっていた。
また、二本の光線が、相手の反応速度を超える速さで、残りの二体の頭を貫通する。こちらは当然のごとく、一撃だ。
『さすが、巫女様!』
『完全にやりきれてないぞ、雑魚!馬鹿!間抜け!』
「…」
「護様、耐えてください。案内役を始末してしまうのは、駄目です。」
同じようにケーにまたがるメイアは護をきつく抱きしめ、動きそうになった護を止めた。しかし、護から殺気が漏れ、護は猫人たちの方へと振り向く。
そして、殺気を受けて毛を立てている猫人たちに笑みを送り、亡骸を指で示した。
「あれと同じようにはなりたくないだろ?」
『は、はいにゃ!』
「あのサメはそちらに差し上げる。上手く活用してくれ。」
慌てた様子で回収しに行った彼らに、ため息を吐く。
セレスは巫女様と慕われ、メイアは子供たちから鬼と…アンは影の薄い存在として認識されているようだ。そして、護はというと…セレスをたぶらかす悪い男といったところだ。
メイアやセレスのすねをかじって生きている存在。さらに、狩りも下手くそとなると、まぁ、好き放題に言ってくれるわけだ。
「相手するだけ疲れた。イラっと来るが、もう相手しない方がいいな。」
おまけに、護の殺気に怖気たとしても、しばらくすれば元に戻る。過度に痛めつける訳にもいかず、罵倒だけで済むので、気にしないことにする。
ダブたちが、そんな様子を冷や冷やと見ているが、そちらの視線は無視だ。
無造作にダンジョンまで続く土柱を転々としていく。たまに距離がかなり離れていて、案内役を頼らなければならないのだが…セレスが頼めば上機嫌でする。…護ならいやいやでだ。
(まぁ、土柱を補いながらやってきているから、今度からは完全に役いらずだ。今度暴言があったら、俺じゃなくて、セレスがブチ切れそうだし。)
セレスが眉を引きつらせながら、彼らと話しているところを見ると、堪忍袋の緒が切れるのは間違いなく近い。
そんな状態でダンジョンが見えてきた。ダンジョンはピラミッド型でその周辺には他よりも強い魔物たちがちらほら見られる。土柱が途切れたところで、猫人たちは止まった。
『俺たちはここまでにゃ』
『犬人や狐人の領域が近いから、気をつけるにゃ。ここから先はどの獣人たちも治めずに、魔物ばかりが跋扈する領域にゃ。』
「…教えていただきありがとうございます。」
猫人たちはセレスに向かって言う。それから、護に向かって舌を出して馬鹿にしてくる。
…ずっと一緒に過ごしてきた護たちは、プツンと何かが切れるのを感じた。
「『ウォーター・ボール』」
大きな水の玉が猫人たちの頭上に現れ、下側だけが崩れ落ちた。咄嗟のことに動けず、水浸しになる。
彼らは魔法を発動した本人を見て呆ける。
「いい加減にしてください!護さんを馬鹿にする人は大っ嫌いです!」
セレスは顔を真っ赤にして、属性の玉を漂わせ始めた。
地面に触れた空色の玉が小さな氷柱へと変わったかと思うと、他の玉が猫人たちに殺到し始めた。
血の気が引いた彼らは逃げ出し、その背後を属性の玉が追いかける。
『…』
遠くから、悲鳴が聞こえる。手加減はされているので、死ぬことはないし、最後に飛ばした光の玉は回復魔法なので、傷を癒してくれるだろう。…彼らが怯えて、逃げ出さない限りは。
息を切らしているセレスを宥めるために、護が彼女の背中を優しく撫で、感謝の言葉を伝えた。
また、彼女の消費した魔力が回復するまでその場で休憩した後、再び進み始める。
魔物を排除しつつ、ダンジョンへ進んで行く内に、その建物部分の大きさが、分かってきた。
(結構、大きいな。七階建てのビルぐらいはある…)
そうして、馬車やそりが一台余裕で入るほどの入り口の前までたどり着いた。
護はセレスと協力して『ロック』を使い、近くに拠点を作り上げる。また、入り口に魔物が寄ってこないように、魔道具を置く。
近寄って来ても、魔物が襲い掛かってこないことを確認する。それができて、ようやく体から力を抜く一同。
ケーにそりの防衛を任せ、拠点に入り、その日は休むのであった。
A:なんちゃってQ&Aを始める。
Q:おおー、ってセレスさん、種族問わずに人気なんですね…
A:護に影響を受けている部分があるとはいえ、傷ついている人がいれば悪人以外助ける。そこは変わりにくいことだからな。
Q:悪人以外なんですね…
A:護が思っている以上に、悪人に対して容赦しない。…『純愛』が発現してからは特に。護が敵認定すると躊躇わずに殺せるのは当然で、護に直接害する場合は、ほぼ反射的に。
Q:うわ…護を罵倒していた猫人たちは、直接手を出さなかったら命拾いしていると?
A;そういうことだ。
Q:…(まだ甘いところはあれど、大分強くなりましたね…)(逃避)




