第七章 プロローグ
第七章開幕…
~本拠点・ベルゥト~
「うぅ、寒っ…」
護の口から白い息がのぼる。昼だというのに、温度が上がっていない。
いきなりといっても過言ではない冬の到来に、護は身を縮こまらせながら、メイアと共に拠点内を歩いていた。
『でてきたにゃ』
『前衛、土の盾をぶん投げて、注意を引け!』
そんな中でも、獣人たちは元気だった。急激な温度変化にも、冬毛が生えてふさふさの彼らは負けずに、養殖場で作られた魔物を狩っている。
「護様は、毛をあのように生やすことはできないのですか?」
「できたらとっくに…と言いたいところだが、それだと拠点の中で生活するには暑いからな…」
「確かに、獣人たちは汗だくになっていますから、匂いが気になってしまうのは分かります。彼らの場合は慣れみたいなものがあるようです。…私は嫌ですね。」
「俺もだ。」
二人は職人たちのラボに向かっている途中で汗だくになる獣人たちを見て、そう話していた。
…スライムたちが大活躍するほど、拠点内では、匂いが気になってしまう。だから、メイアたちに顰め面や距離を取られるよりは、寒さなど耐えた方がいいと護は思っていた。
何より、ステータスの補正で、体力の消耗はほとんどない。寒いと感じるだけだ。精神的には嫌になってしまうが、活動すれば自然と忘れる。
寒さに追われるようにして足を止めずに歩いたおかげか、職人たちのラボについた。丁度、入り口付近でムサと遭遇する。
「よう、旦那ぁ。」
「おはよう、ムサ。丁度良かった。モンはいるか?」
「あいつはまだ寝てるぜ。昨日遅くまで火を見続けていたようだしなぁ。」
「そうか。」
「ああ。だが、あれは出来ているらしいぜぇ。」
鼠の職人、ムサは自身の『アイテムボックス』から砂を固めてできた箱のようなものを取り出す。それには一つの穴が空いている。
ムサが合わさっている型を上と下に分解した。内部には複数の穴が空いており、それらが細い線で繋がっている。また、上と下、それぞれの穴と線が完全に合致するようにもできていた。
「結構、細工が凝っているが何とかなりそうだ。…こりゃあ芸術品といっても過言じゃないぜ。」
「こっちからすれば…普通なんだけどなぁ。」
「…そう思われるのは護様だけかと。」
穴の形の原型となった型を取り出して、ムサが呟く。コインには『ザ・リルゥガ』を示す、複数の種の爪でできた環が描かれていた。
「裏は何も工夫できないことが悔やまれるな…」
「強度と重さを考えたら、そんなもんだろ。」
護は金貨を取り出すと、面の部分を触った。何の彫刻もなく、その表面は擦れあった時にできた傷だけだ。原型の面も凹凸がないような設計になっていた。
この世界において、貨幣はほとんど加工されずに流通している。重さだけが重視されているという現状があり、アスタイト王国であろうと、エルフの国であろうと、同じような価値で使うことができる。要するに、差別化を図って貨幣の価値を変動させるよりも、同じ基準で枚数だけで物などの価値を決めてしまった方がよいということだ。
また、この世界では、素材となる金属を全体で使える程確保できている。ほとんどの国では、金属がドロップするダンジョン等を抑えており、それぞれの通貨の新規発行を調整して、通貨の価値を一定に保っているようだ。
「ここには、そもそも貨幣という概念自体が無いからなぁ…。ただ、これから規模が大きくなるにつれて、拠点同士のやり取りや、かじ取りは複雑化するだろう。そんな時に通貨があれば、便利だからな。後は、他の種族のやり取りにも必要だ。」
「それと、こんな凝ったものを作るメリットに関係はあるのかぁ?」
「さぁ?付加価値がついて、普通の金貨を多く得ることができるかもしれないし、同じ重さなら、既存の金貨と同じような扱いをうけるかもしれない。こればかりは実際にやってみないと分からないな。」
(少なくとも、今とは何かが変わるんだろうなぁ…)
影響については、護が想像できる範疇を越えている。ただ、武器の価値や道具の価値、そして人の価値を測る指標として、通貨は便利だった。
また、通貨というシステムが機能するための教育も外せない。計算を教えたり、算盤などの道具の扱いを教えたりという点も徐々ではあるが、広がっている。
ムサが笑う。どこか気に入ったらしい。
「面白そうじゃねぇか。その投げやりなところ、嫌いじゃねぇ。」
「…まぁ、今のところ、肝心な金属が全然ないけどな。」
「「…」」
たちまち笑いが失せた。護は真上へと金貨を弾く。現状、これ一枚分を作るような余裕がないし、素材がない。
この場所に来て以来、ずっとあった問題だが、重要な案件が怒涛の勢いで連続して起こっていたため、ほぼ無視していた問題でもあった。
「大分、俺がいない時でも回るようになってきた。もうそろそろ武器の強化も図りたいし、通貨の件もある。少ない面子でだが、ダンジョンに一度挑んでみようかと思う。」
「ラーたちには相談したのか?」
「話は通してある。シザやネク、ソラたち族長と幹部たちにもな。」
「その様子だと頷いてくれたようだな…」
ムサがジト目で護を見る。現状を考えると、まだ護たちに頼らないといけないことが多い。
もし戻って来なければ、問題になるのは目に見えていた。
「俺…メイアたちがやっていることは、二歩三歩スキップしていることだ。リスクはあれど、追いついたり、追い抜いたりすることができる。もちろん、時間と才能は必要だが。」
「そりゃあ、そうだが…ここは呑気にやってもいいんじゃねぇか。」
「そこを突かれると何も言い返せない。ただ、どれぐらいの相手がいるのか、定期的に取りに行けるのかを調べる必要はあるだろう。それにその型の試行錯誤も必要だろ?」
「…そこまで言うなら、俺からは何も言わねぇ。死ぬような真似はするんじゃねぇぞ。」
「分かっている。」
ムサが視線をメイアに移す。彼女は首を横に振るだけだった。
特にこれまでのことをムサに話したことはないのだが、経験から護が無理をするタイプだと分かっているらしい。いや、こうやって獣人たちを率いている時点で、無謀なことをしていると考えれば、抗議する気も失せる護だった。
「メンバーとして数人獣人たちから連れて行きたいんだが…ムサの方から薦めたい人材はいるか?」
「いやぁ。職人どもは養殖場でレベリングした方がいいだろう。レベルがそこそこ高いモンを連れていくという手もあるが…あいつは何でもできるからなぁ。こっちの人手として出すわけにはいかねぇ。」
「…」
ムサの言う通りだろう。
そもそも自由に動ける人材はほとんどいない。一人か二人、戦力外になっている面子がいれば、彼らを引き抜いて、連れて行くのがせいぜいといった所だ。
当てが無い訳ではない。…とりあえず、考えを切り替える。
(メイア、セレス、オリーは連れて行くし…アンもついて来させる。…ガンドルフさんたちは拠点で残ってもらって…後はシィやミゥか?ミゥは腐属性を覚えていてレベルも高い…残ってもらった方がいい。)
主要なメンバーで残ってもらう名前をピックアップしていく。さらに、トヴァやパロといった戦闘に欠かせないメンバーも外す。
ある程度、記憶の限り思いつく面子を分けていたところで、「マモー」と呼ぶ声が聞こえた。
「ミゥ、どうしたんだ?」
「どうしたもーなにもー、メイがマモを止めて居なかったら、私にぶつかっていたよー?」
「あー、すまない。」
どうやら、没頭していたせいで、仁王立ちして止まっていたミゥに突っ込みそうになっていたらしい。
メイアが護をジト目で見ている。わざとではないと、護は弁明する。
すると、目が離れたすきを狙ってミゥが護の頭を自分の胸元に引き込んだ。彼女の毛が護の頬を優しくくすぐり、子ぶりながらもある柔らかい感触が、男の部分を反応させてくる。
「隙ありー、マモ、気が緩んでいるよー」
「あのなぁ…」
護が言おうとしたところで、ミゥはより押し付けて黙らせる。
毛が口の中に入り、気持ち悪い。
「護様を解放しろ。」
「はいはいー」
メイアの殺気を帯びた視線で、ようやくミゥは護を解放する。
「何を悩んでたのー?」
「えーと、ダンジョンに挑むメンバーをどう揃えようかなと。」
「私は駄目なんだよねー」
「当然です。あなたがいると護様の調子が狂いますから。」
「それは私のせいじゃないよー。ドキドキするんだよね、マ、モ」
耳に息を吹きかけられた護は背筋がぞくぞくと震える。それから汗が滝のように流れ始めた。
メイアとミゥの間でつけられた約束が、明らかに守られている様子はない。ミゥは最初は二人きりの時に、からかうように接触するだけだったが、最近、かなり大胆になってきた。
メイアとの殺し合いに発展こそしてはいないものの、ミゥとメイアの関係はかなりぎくしゃくしている。
「マモにはっきりと拒絶するように、教えていないメイが悪いんじゃないかなー。いけないムシがつかないようにしっかりとねー」
「…」
「私はマモが好きー。だから、マモと触れ合うのも好き。恋人や奥さんになれなくてもー、こうやって、ドキドキしてくれるマモが私は好きなのー」
ミゥは護からようやく距離を取る。
好意をあけすけに伝えるようになったミゥを、強く護は振り払えない。
動きを止めた護に、再び近づいてミゥは頬を腕にこすりつける。
「マモが大事なメイも好きだよー。セレもアンもね。…だからさ、死なないでね。マモを死なせたら、私はメイたちを殺すし、もしマモを残して死んだら、ずっと罵り続けてやるから。」
「「…」」
重圧を放つミゥに何も言えない。重すぎる。
『真理眼』には『依存』こそないものの、それに近い狂気が彼女の中にあることは間違いなかった。
…満足したのか、護を解放してにっこりと微笑む。
「私、もっと頑張るからマモはダンジョン攻略、頑張ってー」
護が小さく頷いたのをみて、ミゥは養殖場の方へと走り去ってしまった。
(戻って来てからでもいいから、ミゥとしっかり向き合うべきだよな…)
先送りかもしれない。十中八九、そうなのだろう。しかし、護は今すぐに彼女を追いかけて出せる言葉を持ち合わせていなかった。
~護の部屋~
「マモルの頼みだ、いいぞ。」
「セレスを危ない目にさせるんじゃないよ。で、メンバーはどうするのさね?」
「それは…」
ミゥとの会話の後、ラーたちの協力のもとに情報を集めた。
ガンドルフとエトリアにメンバーのことについて、反応は渋いものだった。
「それで大丈夫さね?」
「万が一のことを考えると、ベストな人選だと思っています。」
「一癖、二癖あるような奴を連れて行くなんてどうにかしているよ。もう少しマシな奴を入れな。」
「それだと、何かがあった時に、困るので。」
「困るって…自分たちが戻ってこれないことを考えるなよ。」
護が目をつけたメンバーは、生活に慣れてきたことで、化けの皮がはがれてきた問題児ばかりだった。
おまけに、報告に何度も上がってくるため、資料を漁れば五人までに絞ることは簡単だった。
もし、五人にテーマをつけるなら、「問題児」または「生存特化」だ。だからこそ、彼らを護が選んだといっても過言ではない。
「死ぬつもりは…死にかけてからが本番ですし、セレスたちにそんな目を合わせないことは約束します。」
「本当だろうね。」
「いざという時はリヤさんに連絡を。」
「そうならないことを祈るよ。…どう連絡をつけようさね…」
いつもはさらに二つか三つほど、多く反対を受けるのだが、エトリアはそう言うだけだった。
護は首を傾げるが、それ以上何も言われない。
不意に裾を引っ張られる。護が振りむくと、ハイドロをスライム状態で頭に載せていたアンがいた。
「マモル様、私も行く。その間、スライムの面倒は誰が見る?」
「あー、そうだな。確か第三にテイマーがいたよな。彼に頼むのはどうだろう。」
「うん。あと、テイマーの宝珠は出せないの?」
「明日、やってみよう。アン、それぞれの拠点へ行く前に言ってくれ。」
「うん。」
(他にもやらないといけないことが多そうだ。まだ、ソラたちは起きているかな?)
日が暮れてしまっているので、起きているかどうか不安だった護だが、ソラたち族長も幹部たちも全員起きており、杞憂に終わる。当然ながらネクを中心に心配された。
それでも、護はやると言い切るのだった。
こうして、翌日、テイムの宝珠を職変えの水晶などが並んでいる場所に新規設置し、ピックアップした五人を第二、第三から拘束しつつ、本拠点までメイアたちが担いでくる…
A:なんちゃってQ&Aを始める。
Q:性急な展開だと思うのですが?
A:護は金属について悩んでいたし、迷宮という答えがあった訳で…これまで、放置してやらなければならないことを優先しただけで、ようやくできるようになったと言うべきだろう。
Q:えーと、護はそもそもやるつもりだったと。
A:そう言うことになる。それをこの章でやろうと考えていた訳だ。
Q:……(本音は別ですよね?)
…いつまでも獣人の話をするのも…とか、考えていませんよ?
一章分丸々放置されていた話を回収するだけです。




