閑話~勇者、拾われる~
勇者編、その2…
~町の宿屋~
「お、目が覚めたようだね。」
「……あなたは?」
龍志はそう声を掛けられて、ぼんやりとした意識が覚醒する。机とセットになった椅子に腰を掛けて話しかけてくる男は二十代だろうか。物静かな印象を与えてくる青年だ。
これまでの経緯を思い出す。精霊を取り込んだ後、周囲を炎の海にした記憶までは残っているものの、そこから先は意識を失ってしまっており、記憶がなかった。
また、自分の身体は健全な状態に戻っており、着せられた服をめくって傷跡を見るも、そこには焼けていない新しい皮膚が再生していた。
「僕はダストリオ。町に入り損ねて野宿をしていたら、遠くから光が沢山光っていてね。何事かとその場にむかってみたら、火の海になっていて、その中で君が倒れていたのさ。」
「助けていただきありがとうございました。」
「いやいや。朝、町に早く入ってベッドに寝かせるまでは、ほとんど放っておくしかなかった。…一人でに傷が癒えていってたから驚いたよ。」
龍志も驚いてしまう。怪訝な顔をするダストリオに、龍志は自分でもここまで再生する力があるとは思っていなかっただけだと、取り繕う。
目の前の青年は、笑った。それから謝ってきた。ステータスを詮索するのはマナー違反だと。
「そう言えば、剣が落ちてませんでしたか?」
「預かっているよ。」
「仲間のところに戻らないといけないんです。」
そう言うと、青年は少しの間、口を閉じる。それからニコリと笑った。
「うん、返そう。でも、一つ頼んでいいかい?」
「頼みですか?」
「僕の依頼を手伝ってほしい。最近、村一つをまるまる襲撃された。それの調査を手伝ってほしいんだ。魔物なのか盗賊の仕業なのか全然分かっていない。今は、冒険者ギルドも領主もよくある襲撃で、僕たちのような下っ端の冒険者や虎の子の騎士を送ればいいと思っている。でも、引き受けて後悔しているんだ。」
ずいっと、龍志のパーソナルスペースに侵入する。不快感というよりも、気迫に押された龍志は軽くのけ反る。
それでも、青年の瞳は龍志を真っすぐ見つめたままだ。
「調査をし始めた途端、これはただ事じゃないなと思ったよ。慌てて戻ってしまったから、信じてくれる材料がない。このままだと、信じてくれないし、違約金を払わないといけない。だから、僕と一緒に村に行ってくれないか?一緒に行って発言してくれれば、無視はできないだろうし、依頼は達成できる。」
「他に仲間はいないんですか?」
「僕はソロなんだ。うまく、死なないように立ちまわっているけど、それでも、避けられない時はある。」
龍志は悩む。彼と剣を無視して、由奈たちに合流することはできるだろう。しかし、命の危険を感じているにも関わらず、依頼を達成するしかないと追い詰められているダストリオをそのままには…できない。
「分かりました。ただ、仲間がいるんです。彼らとは駄目ですか?」
「信用できるのは君だけだよ。君を疑いたくはないけど、君の仲間を信用できない。」
否定の言葉が異様に重かった。怒気、殺気?龍志にははっきりしなかったが、明らかに青年には触れてほしくない経験があるようだ。
それ以上、仲間を呼ぶことを諦める。
「…僕は未熟です。」
「その時は、僕が見誤っただけだよ。君は逃げていい。」
辞退はさせてくれないらしい。また、龍志自身、どうしてここまで、ネガティブな言葉ばかり出てくるのか理解できていなかった。
断るための言葉もつき、龍志は引き受けることにする。
「そうだ、名前を聞いていなかったね。」
「龍志です。」
「リュウシ…リュウの方が語呂がいいかな。リュウ、よろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ダストリオは龍志に剣を渡し、彼を立たせるのであった。
~別の宿~
「ちょ、どこに行っちゃたのよ!!」
「落ち着いてください、由奈ちゃん。龍志さんなら、絶対に戻ってきます。」
「それは信じているけど…まったく、どこをほっつき歩いているのやら。」
激しく怒る由奈をルマノが落ちつける。周りから怪訝な視線を受けており、悪目立ちしていた。今は、変に部外者に関わってほしくないため、トーンを下げるように、ルマノは由奈に頼んでいるのだ。
由奈は由奈で、ルマノも同じように龍志のことを心配していると、感じて彼への怒りを抑え込む。そして、呆れた様子で、愚痴をこぼした。
情報収集している弓使いたちが戻ってくるまで、由奈とルマノ、桃花は宿で待機するように言われてしまった。何やら、外がいつもとは違った喧騒に包まれており、念のためらしい。それも、由奈がかんかんに怒ってしまう要因となっていた。
「戻ったよ!」
「どうだったの!?」
一番先に戻ってきたのは、ハウと『風送』だ。直ぐに問い質そうとする由奈を手で制し、グンガイ団長が戻ってくるのを待つ。
「待っていたのか。」
「ええ。こっちでは、ロトエ草原での大火事でもちきりでした。魔物の死体が魔石もそのままになっていて、どうやら眠っている魔物を目的にしている犯行ではないようですし。」
「誰も、何が原因なのか分からないの。夜、見張りをしていた衛兵たちも分からないけど、力が抜けてしまって眠っちゃったらしくて、草原に向かった冒険者が第一発見者みたいよ。」
冒険者ギルドや冒険者から聞いた話をする二人に、グンガイ団長が付け加える。
「それと、町長から俺たちに依頼が来ている。どうやら、村に強力な魔物が出たらしい。…魔物使いが使役していたらしく、唯一、生き残ることができた男によると、『餌をつれてこい。さもなくば、どんどん犠牲が増えていくぞ』と言ったそうだ。」
「村の情報は、どうなっているのです?」
「分からない。生き残りの男は、発狂して自殺してしまった。騎士団の派遣を頼むそうだが、私たちも協力してほしいとのことだ。」
沈黙に包まれる。勇者は不在、出てきた問題はかなり重い。
時間だけが進む中、由奈が腕をやや下で組みつつも、話を切り出した。
「龍志と二人だけで話したことがあるの…」
由奈の話を全て聞いたグンガイ団長たちは、より深刻な表情になる。重たい空気が場を支配していた。
「まず、人の死体や食べた魔物が出たとは聞いていません。」
「生きてはいるだろう。となると…」
「別の問題に巻き込まれたんじゃないの?…龍志は困っている人を見捨てられないから。」
「そう考えるのが自然か。」
楽観的な憶測だが、ずっと行動してきた由奈たちだ。生存を信じていた。
ただ、状況が良くなったわけでもない。龍志がいないことには変わらないし、魔物使いという脅威は残ったままだ。
「失礼します!頼まれていた御仁をお見掛けしました。」
「なんだと!?」
兜と鎧をまとった衛兵が、扉の前で立っていた。彼らにはグンガイ団長自ら龍志の人相書きを渡していた訳だが、まさか引っ掛かるとは思っていなかった。
「若い男と一緒に、町の外へ?」
「はい。冒険者のようです。…気になったことが。全滅したと一報をうけた村の方面へ向かうとのことでした。」
「詳しい話を聞いたか。」
「いえ、冒険者の依頼でと。」
「冒険者ギルドに、そんな依頼は出ていませんよ。」
アズラの言う通り、冒険者ギルドに村の調査の依頼は出ていない。それどころか、その話を知っているのは、町長など一部の人間だけだ。
血の気が失せる。偶然なのか、必然なのか分からないが、とにかく急がなければならない。
「ありがとう。我らはすぐに発たねばならん。村までの地図はあるか?」
「関所に写本が。」
「そこまで案内してくれ。」
「は、はい!」
「私たちは準備ができてますよ~」
「よし、行くぞ!」
グンガイ団長たちは宿屋を後にし、走る兵士の後ろをついて行くのであった。
~村~
「これは酷い…」
腐臭が漂う村に男が二人、目を凝らして調べていた。龍志とダストリオだ。
木でできた柵は無惨に破壊され、焼失してしまった家もある。
また、死体を漁りにきた魔物が時折、二人に襲い掛かってくるが、龍志の力に屈服していった。死体や遺品を闇に仕舞い込み、龍志たちは進む。
「本当に、青ランク級冒険者かい?僕とは大違いだ。」
「ダストリオさんの索敵能力も凄いと思います。」
「僕はこれしかないからね…」
鼻がだんだん麻痺していく中、探索を続ける。その中で龍志の目に一つの手が映った。肘から後ろがない。
顔を歪めながらも、仕舞おうとしたところに、物音がする。
「ダストリオさん!!」
「リュウ、気をつけろ!いきなり反応が現れて、また、消えた!」
武器を構えるが、そこには、先ほどの手はなかった。遠くに移動している。
(どうやった?かなり速いのか!?)
警戒し、歩き進める。手に近づく度、物音がし、手が瞬間移動する。
そして、村の一番奥、ボロボロになってはいるものの、周りよりも一回り大きな家にたどり着いた。おそらく、村長の家だろう。そして、その手がその家から現れたそれの腕に戻る。
「なんだあいつ…」
「気をつけて、リュウ。あれが、おそらく元凶だ。」
人?…女の身体で、胸と恥部は大きな魔石らしきものが癒着している。肘と膝は完全に離すことができるようで、瞬間移動させたり、攻撃に使えそうだ。あの長い髪も同様らしい。
ギョロと、女型の魔物は龍志を見定める。そして、恍惚な表情を浮かべてきた。
『アァァ、アナタもぉぉ、ワタシのモノォォ!!ジャマはぁぁ、ユルサナイイ!!』
「ダストリオさん!?」
手が消えたと思えば、ダストリオの首を掴み、消えた。龍志が助ける瞬間すらなかった。
そして、手だけが戻ってくる。その様子に、龍志は一気に警戒度をあげる。戦意が沸き起こり、絶対に倒すと、気を引き締め直す。
目の前の女型は表情を行ったり来たりさせている。恍惚しているかと思えば、落ち込むといった風に、顔色も変化が激しく、行動が読めない。
『コレデェ!フタリキリ?フタリキリ?でも、足りないのぉぉ!』
いきなりだった。手が龍志の首を掴もうとする。しかし、『瞬転』で躱し、距離が埋まった。
『アハッ!!』
「くっ」
龍志の身体が九の字に折れる。ただ、剣の間合いよりも転移された蹴りが来る方が早かった。鎧を着ていても、衝撃はしっかり伝わり、吹き飛ばす。転がった龍志に、すかさず首に手が来て、力強く締めてくる。
解こうとするが、首の皮膚に爪が食い込むほどの膂力に抗えず、さらに、意識がもうろうとしてきた。このままでは、絞殺される。
『ア!?イタいぃぃ!!』
「がぁ!ごほっ、ごほっ!ひゅっ、ひゅっ…」
突然、手を引っ込めて女型が解放した。龍志の身体を纏うように発生したぼんやりとした光は、徐々に増していき、膜となる。さらに、首にできた傷と青あざが収まっていく。自分でも制御できていない力に、勇者は困惑する。
そして、切り替わった。
「このたわけが。この程度の敵に苦戦して…」
『ダレ、アンタ。さっきの男じゃない。ダレよ!?また、ワタシからウバウの!?』
「これは強欲と嫉妬のようだな…忌まわしき力を継承する者が残っておるのか…」
光が一筋、奔った。女の魔石を砕き、貫く。
女型の絶叫が響き渡る。それでも、まだ、力尽きる様子はない。それどころか、変貌していく。結晶が女型の手足まで覆ったかと思えば、蛹から羽化するように、結晶が砕け散った。見た目は女型のままだが、殺気は段違いだ。
「こけおどしにすぎん。」
再び、光線を撃つ。またしても、魔石を砕き…再生した。
さらに、女型の身体がどんどん崩れていき、龍志に砂嵐となって襲い掛かる。
「面倒な。」
何本もの光線が龍志を守る繭となる。女型はその内側に転移し、龍志の身体をやすりにかけようとした。
しかし、光の鎧をまとう龍志にダメージを与える所か、女型のほうがダメージを受けてしまう。
『ズルい!ズルい!私もシタイ!!』
「これは…長期戦をしないほうが良さそうだな…」
女型の身体が光り始める。欲望は力だ。圧倒的な力にさらされた女型は、更なる力を欲した。それに、与えられた魔石が応え、増幅させていく。
また、やはり、と龍志は再認識する。この力は、自身を服従させた自身より、危険で、悪質なものだと。
村一つを壊滅させただけ?この力の根本はもっと多くの死で構成されている。村一つなどでは到底足りない。そして、被害は村一つで済まないだろう。
「交代するしかあるまいか。我では殺しきれぬ。……僕に戻った!?」
切り替わった。自動的に動かされていた身体の主導権が戻った龍志は、驚きながらも、襲い掛かってくる、砂嵐に対抗する。
当たれば光によって削り取られてしまうだろう、それらに、龍志は慣れた魔法を発動する。
「『ダーク・アーマー』」
全身を闇で包み込んだ龍志と光の砂嵐が激突する。闇に触れた光は、その勢いを相殺され、塵となっていく。闇の鎧も触れる度に削れていく。女型が退却するまで、闇の鎧は勇者を守り、力を失う。
『うう、ダメなの!?あいつのチカラをトリコメナイ…ズルい、ズゥルゥイィ!!!』
(欲張り過ぎじゃ。光と闇は双極にあるもの。一つに交わることはない。)
脳内に精霊の言葉が。目の前の女型はところどころにひび割れを作りながら、龍志を射殺さんとばかりに睨みつけてくる。龍志が持つ力に「嫉妬」し、飽くなき「強欲」に女型の魔石は力を増幅しているようだ。しかし、その力に素体である女型の肉体が耐え切れず、崩壊し始めている。
(ステータスが足りておらぬのだろう。あの「強欲」と「嫉妬」の強さは、充分のようだが、肉体の強さがその欲に耐えきれておらん。あれは放っておいても、自壊する。しかし、龍志を殺し、肉体を奪えば話は変わるが。)
先に言って欲しかった。龍志の口がそう動くが、声を出している暇はない。なぜなら、闇の鎧をほんの一握りの光で突破してきた砂嵐に対処するので、精一杯だった。
距離を『瞬転』で離し、闇の鎧を纏い直す。さらに、黒い炎がその上で燃え盛る。
再び砂嵐と鎧がぶつかる。今度は、鎧側が一方的に、光を飲み込み始めた。
『イイイィィィ!!』
増殖し、回復することすら許さない。女型の両手両足はすでになく、一部で燃え盛っていた黒き炎が再構成しようとした女型を焼き払っていく。もはや、自壊を待つ必要すらない。
地獄の炎が魔石に到達した。魔石から強大な光が発生し…大きな音を立てて爆発する。
「レベルが上がった…」
(取り込んだ以上、私を使いこなしてみせろ、勇者。)
衝撃を素のステータスで耐えた龍志は、増した力を感じる。また、精霊はそう言い残して、話を止めた。
後ろから自分を呼ぶ声がする。振り返ると、慌てた様子で、自分の元にやってくる仲間たちがいた。
「あっ、ダストリオさん!!彼を捜さないと!」
「りゅ、龍志、どこに行こうとしているの!?けがはない?」
「由奈、僕は平気だ。でも、一緒にいたダストリオさんが、相手の攻撃で転移してしまって。見つけないといけない。」
「待ってください、勇者様。それはおそらく罠です。」
「え?」
仲間たちの言い分に、頭の中が混乱する。今すぐにでも捜しに行こうとしていた龍志は動きを止める。
追いついたハウが説明していく。
「そうよ!少なくとも、この場所を知る冒険者はいないの!依頼すら出ていないわ!」
「え、でも…ダストリオさんは依頼で調査に…」
「それ自体がありません。」
「そんな筈は…」
ますます混乱する。いったいどういうことなのか。
自分を殺そうと思ったなら、気を失っている時点で殺せばいい。なぜ、こんな回りくどい方法をとって、あの女型と戦わせたのだろうか。ダストリオのステータスがあの女型より低かったから?…そんな話でいいのだろうか。
ダストリオの行動の意図が分からない。また、完全に彼を敵だと認識できなかった。
「馬鹿!まさか、一人で行っちゃうなんて、本当に馬鹿!」
「ゆ、由奈、ごめん。まさかこんなことになるとは思っていなかったんだ。」
「そんな言い訳を聞きたくないです、龍志さん。…今日はお説教ですよ。私も由奈ちゃんも、本当に心配したんです。」
それよりも、泣きじゃくる由奈に、目が据わっているルマノの二人の対処の方が先決だ。
桃花やハウたちに視線を送るが、首を横に振られる。
ダストリオのことは気になる。しかし、目の前の問題を解決する方が、龍志にとって、大変な大仕事となるのであった。
~???~
「楽しかったよ、勇者。実に面白く、愉快な時間を過ごせたよ。まさか、精霊を取り込み、見たことがない魔法を使いこなすなんて、XXちゃんが遭遇した彼に引けをとらないね。」
『隠密』を解除、さらに自分の姿を基に戻した男は鼻唄交じりで道なき道を歩む。その足取りはどこまでも軽く、邪魔する輩は、地獄の炎で焼かれ、潰えていく…
次回は登場人物紹介です。




