閑話~勇者、命を削って吸収する~
か、閑話その1…
~とある伯爵領~
「はぁ!」
炎を纏った剣が鹿型の角を叩き折った。激昂した鹿型の突進で地面を削りながらも、返す刃で残るもう一本の角も叩き折る。
両方の角を折られてしまった鹿型は苦痛で怯む。逃げ出そうと後ろに回ろうとしたところを影が拘束し、こけた。たちまち、剣で首を叩き折られて命を刈り取られてしまった。
「龍志、こっちは終わったわ。」
炎によって赤熱を帯びている剣をゆっくりと冷やしながら、龍志は振り向くと、胸を張った由奈が立っていた。向こうから響いていた戦闘音も、もう鳴っていない。
また、由奈の背後から、師であるグンガイ団長が現れる。龍志が息一つ乱していない様子に「よくやったな」と褒め、角と死体を『アイテムボックス』に仕舞う。
冷めた剣を鞘に納め、木につけた『影』を頼りに天幕まで戻る。
「勇者様、お疲れ様です。」
天幕から出てきた、三十代の金髪蒼眼の男性にそう声を掛けられる。龍志よりも高身長で、二メートル近くはありそうだ。元は、黄ランク級の冒険者で二つ名は『風送』。Lv66の「魔導士」で、二つ名の通り、得意な魔法の属性は「風」。由奈のように、破壊に特化した魔法だけではなく、風の刃を付与したり、防壁で攻撃を防いだりと支援もできる。
実力は彼の方が上であるため、龍志は普通に呼んでほしいと頼んでみたが、丁寧な対応を崩してくれない。
「あー、龍志さん、大変でしたよ!桃花ちゃんが傷だらけになりながら戦うのは、やっぱり心臓に悪いです!」
そして、もう一人。赤毛、緑眼で龍志と同じような身長の女性。こちらも冒険者から引き抜かれた人材で、緑ランク級、Lv47、「中級狩人」。二つ名はないが、腕は確かで、『気配察知』のレベルは5、弓術も5あり、ステータスでごり押している龍志たちとは異なる戦い方をする女性だ。
明るく、索敵できる人員ともあって、龍志たちにすぐに馴染んでいる。
「急所は~。ちゃんと避けて戦っています~。肉を切らせて、骨を断つ戦法ですよ~」
「それは見てれば分かるよ!でもさ、痛くない?血がどくどく流れると、頭の中、真っ白にならないの!?」
「痛いですけど~、血が流れるのはそんなに気になりませんね~。そんなことを言い出したら、大変でしたから~」
「それは、桃花だけだと思うわ…」
由奈が桃花にツッコミを入れる。このパーティーになってから、桃花と弓使いの間で何度か起こっているやりとりだ。るかの世話をしている内に、血に対して耐性、もとい慣れを手に入れたらしい。さらに、彼女の身体目当ての男たちをボコボコにしてきたことも相まって、ちょっとやそこらでは心が揺るがなくなったようである。
この場に護がいれば、『達観』の二文字がステータスに表示されていることに顔が引きつるに違いない。
「はぁ、龍志から何か言ってあげてよ!」
口調が完全に崩れたハウを龍志は宥める。由奈よりもはっきりと強いリアクションをする彼女が加わったことで、由奈がキレる回数は減ったが、その分、ハウの相手をしなければならなくなったので、結局、龍志にとっては以前と変わっていない。
何とか料理に気を逸らして、龍志自身、腰を下ろす。木々に囲まれた天幕の周りに、自分たち以外の気配はない。先ほどまでは魔物の気配もそれなりにあったはずだが、龍志たちがほとんど駆除し、姿を消していた。
「どうした?浮かない顔をして。桃花か、ハウのどちらに声を掛ければいいか、迷っているのか?」
「グンガイ団長…。別のことを考えていただけです。」
「そうか。それはともかく、桃花の戦いはあれが最善だと思っているのか?」
「本人に聞くべきではないでしょうか?少なくとも、僕から見て、無理をしている様子はありません。血を魔法で補えている間は、深い傷を負わない限り戦えると思います。」
「深い傷を受けた時は、どうするつもりだ?」
「その時は、彼女の代わりにヘイトを稼いで、回復するのを待つべきでしょう。魔力がきれるような長時間の戦闘をする場合は、彼女にタンクとして戦ってもらうこと自体が間違いで、その状況に陥らないようにうまく、ヘイト管理するしかないですね。」
グンガイ団長の質問に、龍志は教えられたことをもとに、すらすらと自分の考えを述べていく。桃花の戦い方は何度も目にしている。彼女に何ができて、何ができないか、ある程度把握しているのに加えて、彼女から聞いたステータスも参照にし、龍志は正解だと思うことを言った。
さらに質問に答えていき、最後に最初の問いについて聞かれる。
「ハウさんには慣れてもらうしかなさそうです。…桃花の戦い方について、僕は人のことを言えないので。」
龍志は視線を、にこにこと笑顔で血抜きをしている桃花に向ける。自分に負荷がかかるような戦いをしているのは、彼女だけではないのだ。
グンガイ団長には、少し影を纏わせる龍志の横顔が映る。
「ハウについては、私が何とかしておこう。龍志、しっかり休め。」
「ありがとうございます。でも、由奈たちに任せてばかりは、彼女たちにどやされてしまいます。」
「勇者様がやるべきことではありませんよ。騎士団長と私にお任せください。…疲れが顔に出ていますよ。」
「…分かりました。お言葉に甘えて、少し眠ります。」
『風送』にも言われて、龍志は休むことにする。自身に『ナイトメア』をかけて、夢の世界へと降り立った。
「はぁはぁ。くそぉ!」
『ねぇ、それって楽しいの?』
防御が間に合わず、頭と胴体が泣き別れしてしまった桃花の頭を抱えながら、魔物を倒した龍志の元に、場違いな声が響く。
龍志は優しく頭をそっと置き、刀身が砕け散ってしまい柄だけ残った残骸を握りしめて、漆黒の刀剣を生やす。夢は終わらず、さらなる悪夢は続くようだ。
姿を現したのは光。それが女の形をとり、退屈そうな瞳を龍志に向ける。
『あなたは、どうして苦しもうとするの?』
「それは…僕が勇者だからだ。」
『勇者だから?理由になっていない。これまでの勇者は一人を除いて常に光を求めていた。あなたはその逆。闇を求め、その中でもがいている。勇者なら光を求めるのが筋では?』
「じゃあ、その光を求めなかった一人と同じかもしれないね。…君は僕たちが作り出した夢の存在じゃないみたいだ。いったい何者なんだ?」
『私は、精霊と呼ばれる者。神が管理する力の一部が魔によって変質し、自我を手に入れた力そのもの。私は光をつかさどり、人の心を癒す。古の契約により、勇者を見定め、力を貸す。それが、私。』
そう言った精霊は龍志の背後に瞬時に飛んで、彼の両肩に手を添える。すると、桃花や仲間の死体は消え失せ、自分が負った傷が癒える。幸福感、いや、満足感とでもいえるものが彼を包み込み、悪夢が終わっていく。
余波でボロボロになった林も、綺麗な花畑に変わろうとしており、どんどん黄色の花で満ちていっている。
このまま、自分の足元も黄色の花でいっぱいにというところで、龍志の両手がいきなり血に塗れた。右手には漆黒の刃が握らており、身体は激痛と悪寒で支配される。足元の花は腐り落ち、地面に落ちるのは、自分の汗と血。そして、骸が花の代わりに地面を埋め尽くす。
『どういうこと…?』
精霊の前に現れているのは、一人の骸骨。それは精霊と龍志の間に立っている。
また、手に龍志の見慣れた杖を持っていた。彼女が一振りすると、精霊は足元から闇に侵食されていく。力の塊である精霊を侵食するほどの狂気がそこにあった。
侵食から逃れようとする精霊は慌てた様子で距離を取るが、止まらない。
『これは、エクストラ!!狂っているわ!あなたが勇者だから、こんな夢を見ているんじゃない!これは呪いよ!』
「…違う。これは僕が受け入れたことだ。これは…誓いだ。」
『理解できない!危険因子となるあなたを排除してみせる。…誘いは断らないでよ。』
「上等だね。」
歪んだ表情の精霊に挑発的な笑みを浮かべる。龍志は握っている刃を振り、精霊を切り裂いた。
「!!」
目を大きく開けて、龍志は覚醒した。汗でびっしょりだが、悪い気はしない。
天幕から周りの様子を覗くと、そこまで時間が経っていないようだ。肉を焼いていた由奈と視線が合う。
「龍志、大丈夫?かなり顔色が悪いわよ。」
いつもとは違う様子に気づいたようだ。由奈は龍志がいる天幕に近づくと、龍志に手ぬぐいを渡す。
汗を拭いながら、龍志は悪夢に出てきた精霊の話をする。
「そんなことがあったのね。」
共に企てた彼女からはそう言われてしまった。そっぽを向かれてはいても、右手でツインテールの先をクルクルいじったり、顔が少し赤らんだりしていて、龍志のことを気にかけているのがバレバレだった。
龍志は優しく笑う。感情と動作がちぐはぐな彼女に、愛おしさを覚える。
「何よ?」
「ありがとう。」
「どうしたの?催眠か暗示でもかけられてる?」
「本心だよ。いつも、由奈には手を貸してもらってばかりだから。」
「…悪い気はしないわね。」
由奈の右手がより髪の先をクルクル回し始めた。顔もさっきより赤くなっている。
龍志の心の中で、ある決意が定まっていくのであった。
なお、手ぬぐいを洗おうとしたら、由奈が止めて、龍志の手から半ば強引に取り上げた。『アイテムボックス』の代わりにと開発した時空魔法『ホールスペース』に彼女はそれを放り込んでしまう。
「「…」」
「由奈ちゃん~、肉が焦げてます~」
桃花の声が聞こえる。二人にとってはあっという間の時間だったが、思ったより時間が経っていたらしい。
「もう行くね!」
そう言い残し、由奈は走り去ってしまった。
残された龍志は、剣を点検する。来る激闘に備えて。
~夜・宿~
『起きなさい、闇を求める勇者よ。』
強烈な殺気に目が覚めた。窓には小さな光が来ており、それから放たれていると直感的に分かる。
龍志は剣だけを持って、窓から動き出した光を追いかける。昨日までは深夜でも賑わっているはずだった町は完全に沈黙しており、闇に包まれていた。
空中に空気の塊を作り、足場にして防壁を超える。さらに、衝撃を風魔法で殺し、地面に着地した。まだ、精霊は移動をし続ける。
たどり着いたのは、魔物が全て眠っている開かれた土地。女性の姿をとった精霊は、何の挨拶もなしに殺意をむき出して、魔法を発動する。
「『アクア・ミラー』」
光は屈折し、龍志の頬を掠って通り過ぎて行く。不運な魔物に直撃し、焼けこげた匂いが漂ってきた。
『猪口才な手を…。そんなもので無効化できるとは思わない方がいいですよ。』
逃げ場所を一切なくした光の雨。龍志は夜の闇を纏うようにし、雨の中を駆けた。
強力な攻撃が闇を貫き龍志の身体を血まみれにしていく。急所に備えた闇の鎧は貫かれてはいないが、かなりの痛みが走る。しかし、攻撃に『集中』した龍志は止まらない。
『くっ』
精霊は躱そうとして、失敗する。光すら逃さない『獄炎』が、精霊にダメージを強いる。
剣に纏わりついたそれは、精霊に大きな警鐘を鳴らさせ、さらなる魔法を発動させるに至った。
「ぐぅぅ」
極太の光が龍志の左足を貫いた。ぽっかりと開いた穴は焼けこげ、炭化している。こけるようにして、次弾を躱す。
運が良かった。二度目、三度目は急所狙いだ。一撃目が全然狙いが定まっておらず、左足であったので、龍志は生きている。
あまりの太さに、魔法で全反射させようとしてもできずに、一部の光が龍志に届いてくる。それは闇を貫くことはなくても、脅威となっていた。
魔力が一気に減っていく。このままでは、削りきられてしまうだろう。
(時間がない!けりをつける!!)
ろくに動かない左足を闇で無理やり動かし、『瞬転』。彼女の背後に飛んだ。
「あああああ!」
強烈な熱が脇腹から発生する。それは激痛へと様変わりし、龍志の意識を刈り取ろうとしてくる。
…ごっそりと光が当たった部分が消失していた。
それでも、龍志は精霊に剣を突き立てる。両手で柄を握り、不退転の意志を持って離さない。
『私は力ぞ!滅ぶことなき、精霊よ!』
ダメージを与えられているが、滅ぼすには圧倒的に力が足りない。目の前の精霊は苦しんでいるが、どこか余裕があった。
「だったら!」
力の収束が終わった精霊と、龍志が叫ぶのは同時だった。
龍志から闇が溢れ出し、それは精霊へと流れ始めた。頭を貫くための光はたちまち消え失せ、精霊の絶叫が響きわたった。
余裕は消え失せた。存在を塗りつぶしていく『エクストラ』に、精霊は自らを切り離して逃れようとするも、貫かれた剣に纏わりつく獄炎がその存在自体に食らいついており、切り離せない。
『分かっているのか!?私を取り込むという意味が!』
「知ったことじゃない。」
闇は侵食を続け、残りは首を焼いている右腕と顔だけになった。その首の方からも闇は溢れ出し、精霊を侵食しはじめる。激しく抵抗する精霊は侵食されまいと光を放つが、それは龍志に当たっても、傷つけられない。
『もう同化が!また、また取り込むというのか、勇者!!』
精霊の髪の毛一本まで、闇が包み込んだ。そして、それはどろどろに融け落ちていき、龍志の身体へと戻っていく。
龍志は地面に倒れる。意識が闇に落ちようとしている。今すぐにでもその闇に落ちて楽になりたかった。
「まだみたいだ。」
索敵するまでもない。眠りを邪魔された魔物がどうなるのか、答えはそこにあった。
龍志という香ばしい匂いを放つ獲物が、そこにいる。怒りに加えて、飢えも加わり、龍志に対して牙と爪を向けている。
よろよろと立ち、龍志は残された魔力を解放しようとした。
「うぐぅ!」
腹部で弾けるような痛みがして蹲る。身体を光が包み込み、それはどんどん大きくなっていく。
そして光が爆発した。周囲に無差別に放たれた光は、全てを問答無用で焼き払い、炎の海へと変えていった。剣や魔法など必要ない。龍志のイメージとはかけ離れた力の暴走が、力の保持者を偶然守った。
ズザッ!
爆発が終わった後、再び龍志は倒れた。今度は意識がなく、このままでは炎に焼かれて、命が尽きてしまうだろう。
「いやー、何事かと思えば、倒れてしまっているとはね。」
男の場違いな軽い口調が炎が揺らめく夜空に響いた。
ローブを着て顔が分からない男が歩く度、炎は割れて道を譲る。そうして、その災禍をもたらした震源にたどり着いた男は龍志を見下ろし、頬を掻くのであった。
次回も勇者編にしようと考えています。
補足 『獄炎』について
「獄」属性の魔法。闇と火の合成魔。実体、非実体関わらず、存在そのものを焼き払うため、「日」とは別の意味で強力。なお、習得のためのイメージが某漫画から来ており、かつ、悪夢に曝し続けて手に入れた苦痛で、勇者は習得に至った。そのため、この異世界では初の習得者となる。
…かの勇者は習得していなかった模様。苦痛はあったかもしれないが、闇が炎のように燃え、敵を焼き呑みこむという発想自体がなかったため。




