第六章 エピローグ
エ、エピローグ…
~本拠点・ベルゥト~
「護様、ラーからの報告書はここに置いておきますね。」
「ありがとう、メイア。」
護の机の横の床におびただしい量の石板が置かれる。日中、ドームの中で護は事務作業をしていた。通信用魔道具ができたことで、情報のやり取りが密になり、それを処理するラーたちからの報告は、今まで以上になっていた。
護は基本、目を通していくだけだ。情報の海に溺れないよう、目を凝らし選別していく。膨大な海の中の一つに目が止まった。
「ラー、ザ・クデに連絡。…内容は休憩所の設置だ。」
「は、はい。」
魔道具が起動し、向こうの担当が映し出される。
『何かあったのかワン?』
「休憩所なんだが…」
『不備があったワン?』
「そっちにエトリアさんが行っているはずだ。強度に不安があるなら、エトリアさんを頼るといい。」
『了解ワン。…少し待ってほしいワン』
「ああ。」
担当が近くの者に事情を話したらしい。しばらくした後に、戻ってきた。
「後、予想以上に食料の消費が大きいな。何かあったのか?」
『えーと、子供が新しくできたワン。そのお祝いワン』
「おめでたいことだな。」
『…不味かったワン?』
「いや、許容範囲内だ。心配しなくていいと伝えてくれ。おめでとうとも。」
『大族長が、そう言っていたと伝えておくワン』
そこで、映像が途切れる。何か気になることや建物などの建築の際には、護が確認をする。それがまず、日常とも呼べる一日の内でやることだった。
ドームの中に女猫人が駆け込んでくる。慌てた様子で叫んだ。
『マモ!大きい魔物が出たにゃ!とても硬いにゃ!』
「メイア、手伝いを頼む。」
「畏まりました。なるべく速く処理してまいります。」
護の記憶が正しければ、昨日の時点で、魔力の濃度は丁度良かったはず。どうやら、欲ばったらしい。こちらに助けを求めたということは、ミゥやリーダーよりも強いようだ。
メイアがドームの中からかき消え、護は彼女を安心させて、戻るように言った。その間に…有言実行、瞬く間に暴れていた反応が消えた。
「あー、討伐されたみたいだな。」
『すごいワン』
ラーと役割を交代した男犬人の青年にそう言われる。彼はザ・クデから来ていて、ラーたちと共に行動していた。
演説以降、少人数ではあるが、人員をシャッフルしている。仲良くなれないまでも、慣れてもらうためだ。その一環で護は、似たような人材を入れ替えていた。今のところ、大きなトラブルは起こっていない。喧嘩が一件あったが、幹部が介入して、解決したらしい。
(上手くいっているようで、何よりだ…うん、視線が。)
護は青年の視線に気づく。エフェクトをつけるなら、キラキラしているとでも言うべきか。
『大族長たちの武勇伝をリーダーやミゥさんからよく聞きます。ガンドルフさんたちもかなりお強いですし、憧れなんですワン』
「お、おう。」
『こうして、お傍で働けるなんて、光栄なんですワン』
猛烈な熱意に若干、後ろに下がる護。完全に善人だと思われている節があった。食べ物を毎日食べられる日々に心服しているようで、日にちが経つにつれて忠誠心らしきものが、犬人を中心に広まりつつあるらしい。その内、宗教の教祖にでも上げられそうで、護の背中に冷や汗が流れる。
なにより、護自身は複雑な気分に陥っていた。はじまりの経緯を知っている者からすれば、護が行っている行為は…。時折、慌ただしい生活の合間を縫って、ふと考える時がある。
『どうかなされたのかワン?』
「いや、考え事をしていただけだ。…今の生活に満足しているか?」
『当然ワン。飢えに怯えていた頃に比べれば、ここは天国ワン。大族長やラーさんが、どんな先のことを考えているかは、今の私では想像ができないけど、ついて行ったら、もっと良くなる。大族長が、俺たちを信じてくれるように、俺たちも大族長を信じるワン。』
「…ありがとう。」
『大それたことを言ってしまったワン!』
あわあわと手を振りながら、青年は仕事に励む。…一件も連絡がないので、直ぐに手が止まってしまった。真っ赤になる彼に、ポンポンと肩を叩く。護は外に出ることを告げて、ドームを後にした。
魔物を討伐したメイアと合流し、拠点の中を歩いて行く。護が直接主導してやっていることは少なくなった。とはいえ、養殖場や農場は様子を見に行くように心がけてはいる。農場の方は、ラーたちを中心に拡張の準備も行われているようで、護も把握しれていないことも多い。
護はふと気になる反応を見つけて、農場などがある方向とは別の方へと向かっていった。
「マモル様とメイアさん、こんなところに来るなんて珍しいね。」
「アンは何をやっているんだ?」
「スライムたちと稽古。」
「あー!マモだー!」
『すみません、大族長様』
護は、元気よく走ってくる猫人の少年が飛び掛かってくるのを優しく受け止めた。彼は「ごめんなさい」といった後、戻っていく。
アン、子供たちとその親、スライムたちが戯れていた。アンの言う通り、様々な魔物の形をとっているスライムに砂防林の間伐材でできた木剣などを振っている姿が見える。スライムたちの方がレベルが高く、ダメージを与えられていないようだ。
スライムたちは彼らの隙をついては、力を抜いて転がしたりしている。…一人、痣ができる一撃を受けてしまい、大きく泣き始めた。やってしまったスライムは回復させると、形をあれこれ変えて、笑わせようとしている。
そんな情景を見ていると、護の腕にスライムの感触が。隣を見ると、アンに擬態したハイドロの姿があった。
「良かったのか?」
「マモル様には使わしてあげないけど、自分の動きを確かめるのに便利。」
ハイドロに頼めば、動きをトレースしてくれる。それを利用して、アンはアンなりに強くなろうとしているようだった。
「それに…」
「?」
「何でもない。」
何かを付け加えようとしたアンは首を振る。ほんのり顔が赤くなっているが、理由は分からなかった。
しばらく、スライムたちと子供たちの稽古を観察しながら、背中に大きな傷跡が残る鼠人の母親と猫人の母親の二人と話していく。
話の途中で、護は子供を作らないのかと聞かれ、軽く濁した。メイアやアンから冷たい視線が刺さる。最近、子供たちに母性が刺激されてしまったようで、よりせがまれるように。
追及され、女性陣にタジタジになっていたところに、セレスが合流してしまった。退路を塞がれてしまう。
「そう言えば…ムサさんに頼んでいたことが…」
「そんな話は聞いていません。」
あからさまな逃走に失敗する。多勢に無勢、護はほぼ拒否ができないまま、夜の合意を取り付けられようとしたところで…
『マモー!どこにいるのー!』
「何かあったみたいだ。行かなければ…」
「今夜は…あっ、護様!」
護は脱兎のごとく逃げ出した。夜に再び追いつめられることにはなるかもしれないが、妻以外を相手にしなくてもすむ。
そして、呼ぶ声の方に向かうとミゥが待っていた。周りには誰もおらず、彼女一人だけ。特に彼女が困っている様子はない。彼女は明るく笑う。
「助かった。」
『どういたしましてにゃー』
『「…」』
二人の間に沈黙が流れる。何も話すことがなくなってしまったというよりも、あえて、沈黙を選んでいるといった方が正しい。どちらとも、手を伸ばし合えば届くような距離で立ったまま。
「マモの気持ちだけを聞かせてほしいのー」
「俺は…」
ミゥが一歩だけ踏み出してきた。対して、護は言葉に詰まる。
護の頭の中には、つい昨日の記憶が蘇る。ミゥとメイアの決闘。それを制したのはメイアだった。約束の通りミゥは身を引くと誓っている。しかし、護の目の前に立っている彼女の顔は諦めている様子はない。
気づけば、ミゥが護の頬に口を軽くつけていた。そして、耳元で…
「意地悪して、ごめんねー」
それだけ言い残して、養殖場の方へと戻って言ってしまった。
本気?それとも、揶揄いたかっただけ?頭の中を疑問符が一杯に埋め尽くし、護はその場で佇むしかなかった。唯一、獣が狙いを定めて獲物を狩るような瞳を、ミゥがしていたことだけが、はっきりと脳裏に刻まれるのであった。
~アスタイト王国~
「……」
「そんな不機嫌な顔をしないでよ。話を聞く限り、お遣いはちゃんとやったようだし、玩具もちゃんとわたしたじゃないか。」
「切る。黙らなければ、その不快にまわる舌を切り捨てるぞ。」
「…なに」
ヒュッ
抜刀したXXちゃんの刃が、男の口を切り裂く軌道を描く。男が予めずらしておかなければ、確実に切り裂かれていただろう。外した彼女の剣は、二度三度と、男を薙ぎ払うように攻撃していく。しかし、それはすべて外れてしまった。
男はにこやかに笑っている。余計に腹立つ行為だが、自分のINTで抵抗できない以上、何度やっても同じ結果になってしまうのは目に見えていた。剣を収め、買いあさってきた肉を適当に口に放り込んだ。
「他人の幸福ほど、苛立つものは無いからね。XXちゃんがキレているのも分かるよ。」
「…」
「あー、その信じられるかって言いたそうだ。理解はできるよ。例え、感じられなくとも。」
男は肩をすくめるが、表情は変わらなかった。
それに、煮えたぎる怒りが湧きあがってくるが、攻撃をしても、笑って躱すだけだろう。何を言っても、返ってくる言葉は全て気に障る。
彼女は口を閉じ、意識を内側に向ける。尻尾の先端まで毛が逆立ち、瞳孔が細まった。柄に軽く右手が触れる。
「おっと!」
「ちっ」
体のばねとエクストラをフル活用した抜刀。本家、侍と同等、いやそれ以上の速度で抜き放ち、空間そのものを切り裂く一撃。男が、咄嗟に相殺するように魔法を発動しなければ、ここら辺一帯の建物が全て、断たれてしまっていただろう。大きな力の代償として、剣が砕け散っていた。
男の首から一筋の血が溢れる。相殺しきれなかったようだ。それでも男の顔は変わらない。
「いやー、相変わらず怖い一撃だね。昔に比べると、本当に強くなったね。」
「余計なお世話だ。」
「そうそう、雑種君は僕たちの邪魔をしたことがあるらしい。」
急激な話題転換に、XXちゃんは剣の柄を男に投げつつ、耳を傾ける。
「偶然らしいけどね。その時は、名誉公爵がいてその圧倒的な火力で焼き払われたそうだけど、一緒にいたそうだ。結果的には上手くいったから、今の今まで耳長たちからは忘れ去れていたようだよ。この国での有名人を知らなかったというのも、忘れていた原因らしいけど。」
「で?」
「新しく入った彼らにも、因縁があるらしくってね。聖女絡みだそうだ。…そして、獣人たちを率いている。…実に最高だよ!勇者なんかよりも、興味を注がれる。今すぐ潰してしまうのは面白くないくらいに。」
「知ったことか。私は二度とあの地に行かない。」
「そうか。僕もしばらくは放置かな。玩具を手に入れられたし、勇者と遊んでくることにするよ。」
XXちゃんは興味を失い、『アイテムボックス』から買ってきたお気に入りの肉串を頬張る。目の前の男がどんな決定、判断したとしても、自分がまきこまれない範囲でなら、どうでもよかった。
空間は約束された通りのもので、XXちゃんの本気の一撃に耐えきれる代物と、実にありがたいモノだった。しかし、男を褒めても何も出てこないどころか、煽りを貰ってしまうので、柄だけになった剣を拾い、その場を離れる。
「にしても…『ザ・リルゥガ』ねぇ…。」
残された男の呟きは虚空へと消えていく。XXちゃんの機嫌を一発で損ねたワードだ。これを考えた彼を、男はよく知らない。
XXちゃん曰く、偽善者だそうだ。ただ、彼女は同族を毛嫌いしている。若干、偏見が混じっているようだし、推測の部分は切り捨てて考えた方がいい。
実に趣深い。影の能力からして獣人たちは全滅してもおかしくなかった。それをエルフ、人族が助け、その指示に、獣人たちが大人しく従うとは…これまでになかった流れだ。砂漠に異質な林を作り、魔物を生産する。…その地に定住できるような大規模な改変が行われていたということらしい。
「…一体、その知識をどこで手に入れたんだい?」
知識は何処から?『養殖』なんて、かつて滅んだ国の文献を漁っても出てこない。男ですら、向こうの大陸で奇跡的に迷宮の特殊な部屋に置かれていた書物で知ったほど、歴史から抹消されている。他にも、異質な林のことなど、男の興味をそそる塊だった。
「あー、やっぱり楽しみは最後に取っておくべきだね。まだまだ、始まったばかりだし、もっと面白い景色を見せてもらわないと。」
ニタァと、大きな笑みが零れる。百年以上生きてきて、まだ、未知がある。だから、生きることは止められない。
「さぁ、もっと輝いてみせてくれ。」
胸を焦がす想いに駆られた男の声には、愉悦と期待が混じり合っているのだった。
Q:必殺の…ドロップキィィィック!!
A:なんとぉー!ぐはぁ!
Q:やっと捕まえましたよ。さぁ、再開を!
QはAを確保することに成功したようだ。しかし、Aは完全に伸びてしまっており、反応がない。
これにて、第六章本編終了です。次回から閑話二話、登場人物紹介を入れて、第七章に入りたいと思います。




