建国~その名は~
……
~本拠点・護たちの部屋~
「メイア、お疲れ様。」
「恐縮です。あの猫豚以外は無事に帰っていただきました。」
「…そうだな。」
護はメイアの報告に、背筋が寒くなる。
猫豚…狂信者の彼は女族長にジャイアントスイングを受け、ドームから吹き飛ばされた後、しばらく気絶していた。気を取り戻したのは、メイアたちが丁度訪れるところで、トヴァに手を伸ばそうとしたらしい。
メイアが即座に拘束、顔面から砂地を引きづられて、気絶まで追い込んだわけだが…懲りなかった。
「護衛だけを返してよかったのか?」
「問題ないかと。猫豚には妻、子供がいないようですし、副族長たちに恨まれる前に、護衛たちは他の部族に逃げこむそうです。上手くやり遂げられるよう、祈るしかありません。」
「…」
護は何度か、あの拠点に行ったが彼と遭遇していない。メイアが一体何をしたのかは分からない。ただ、『真理眼』に映る彼女のステータスには『拷問Lv6』と新規のスキルが追加されており、冷や汗が流れそうだ。
「護様のお手を煩わせることはありませんので、ご心配なさらないでください。」
「一挙に攻めてこないよな…」
「それは分かり兼ねます。トヴァへの執着具合を鑑みて、そのまま生かしても攻めてきそうでしたから。」
「派手に混乱してくれるといいなぁ。」
遠くに視線を逸らす。仲良くやるに越したことはないが、話を聞かない奴らは魔物と変わらない。手綱を握って飼いならす暇もない。
自分たちでけりをつけてもらうのが、一番の理想だと思う護だった。
「私の方は以上です。」
「トヴァとラーの様子は?」
「元気ですよ。トヴァはほぼ休みをとらずに狩猟組について行ってしまいましたし、ラーは護様が代行していた書類作成に、精を出しています。」
「そうか。」
トヴァに関しては、言わずもがな。ラーも一皮むけたようで、英気を養った後、努力をしているようだ。
目の前の女性は再び、護の直近で彼のサポートに回っている。
ようやく、日常とも言える生活に戻ってきた感じがする。ちなみに、アンは女族長に勝てず、レベル上げに再び向かうようになったため、変化した部分だ。
「さて、俺たちも養殖場に向かうか。」
「…護様、あの件はどうなったのでしょうか?」
「あー」
答えに詰まった護は、苦笑を浮かべる。忘れてはいないが、難航していることだ。
「責任重大ですね。」
「複数ある候補からあみだくじで決めてはいけないか?」
「冗談もほどほどにしてください。護様が心からそうだと思えるものが、彼らを納得させる名になるのですから。」
「…」
責任をのせてくる。一時の考えで引き受けてしまったものだから、護が悪いとも言えるが。
部屋に籠っても、妙案は出てこない。天から声でも聞こえればと、現実離れの願いが頭の中を過ぎ去っていく。
やはり、身体を動かし…
(あなたが?)
「!」
「どうかされましたか?」
「メイアじゃないのか…『気配察知』にも反応がない。」
(彼女の元に。)
彼女の横顔がイメージとして流れこんできた。関与するもの、いや、存在はあいつらしかいない。
「予定変更だ。セレスの元に行こうと思う。」
「ムサさんのところにいるのではないでしょうか。…何かお告げでも?」
「そのまさからしい。」
「では、私はラーのお手伝いでもしています。また、後で会いましょう。」
メイアが先に部屋を後にする。護も支度を終わらせ、セレスがいる職人のラボに向かった。
ムサといった新規の職人の追加での修正をし、慌ただしい生活からようやく解放されたことで、放…もとい、後回しになっていた地上用の施設、ラボの建設が急ピッチで行われた。護、エトリア、セレスの三人の強力な土魔法で、拠点と同じように一気に作られ、建物自体の補強も大分済んでいる。
なお、当初はガラス窓などがなく、昼は熱風、夜は極寒の風が入り込んだりと、集中できず、拷問のような空間ができあがってしまっていた。それも、ウェットスライムが塞ぎこむことで、適度な温度空間に変わり、職人たちからの評判もいい。
「ええと、確か…」
一階の今は誰もいない受付の横を抜けて、一番奥の部屋、そこの木製のドアを叩く。
「護だ。入っても?」
「いいぞ。こっちも丁度いいところだ。」
「…護さん。」
教室ほど広い部屋に複数の石机と椅子が置かれ、様々な道具がきちんと整理されて置かれている。唯一、散らばっている机を見ると、ムサは彫刻印をセレスに教えていたようで、置かれてある土の板には、複雑で小さな魔法陣が沢山描かれていた。
セレスはなぜ護が来たのか分かっているらしい。確認をとると、彼女も聞こえていた。
「しばらく休憩したいぜぇ。セレ嬢と旦那を邪魔する訳にはいかねぇしなぁ。」
ムサは、そう言って部屋の奥の方に行ってしまった。顔がにやけていたので、あらぬ誤解をしているようだ。
二人とも苦笑を浮かべた後、気を引き締める。行くべき場所は分かっている。『職変えの水晶』や冒険者になるための玉が置かれているあの洞窟だ。
歩いている道中で、入口を塞いでいるウェットスライムがいないことに気づく。さらに中で管理しているサンドスライムたちもだ。厳命しているので、持ち場を離れることはないはず。ちなみに、ここで寝泊まりしていたシザの副族長はすでに、シザの元に戻っている。
(さて、どんな神様が御用なのか。癖のない相手で頼む。)
足取りを少し速くして、洞窟の中にへと入った。
(巫女さん、身体借りるね?)
「『神託』」
セレスの身体が緑、いや緑褐色の光に包まれた後、髪を光と同じ色に染めあげ、瞳は金色に光り輝いていた。
自分の手を握りしめたり、足を折ったり伸ばしたりした後、護をじっと見つめる。
「しつれい。私は光の神や風の神みたいに面倒な神じゃない。」
「…それはすまなかった。一体何の神なんだ?」
「『腐』。この場所は、私の管轄する力の波動が満ちている。いい場所。」
裏表のない笑顔をしてきた。護をはじめ、ミゥ、ルシ、その他、腐属性の使い手が増え始めている。それが、顕現の条件になっているようだ。
真顔に戻った神は、護に尋ねる。
「私の巫女がいない。この子は光のお気に入り。私がとるわけにはいかない。どうしよう?」
「どうしようって…」
「うん…今すぐ、この巫女を孕ませて。その子を私の…」
「ちょっと待て。」
「?…何か言いたいことがあるの?時間が勿体ない。」
言葉と共に服と脱ぎ、下着にも手をつけた自称腐の神が動きを止める。
「あのなぁ、セレスの気持ちは…」
「満更じゃないよ。あなたの子供が欲しいって。」
「…」
自称腐の神の姿がぶれる。顔が思いっきりのぼせ上っており、スキルの制御が上手くいっていないようだ。しばらく、顔を隠していやいやと身体を振っていると思ったら、腐の神が主導権を取り戻し、話を続ける。
「合意は得られている。どうして駄目なのか理解できない。」
「俺やセレスにも切り出すタイミングがあるわけだ。それに子供を作ることに関してだけだろ。行為について、合意は得られたのか?」
「むむむ…駄目だって。子供を作るのに性交は必要。なのにどうして…」
「欲だけで、生きている訳じゃないだけだ。」
「…」
護がそう結論付けてみると、自称腐の神は黙り込んでしまった。納得がいっていないようだが、スキルがぶれる程の感情の起伏だ。最悪、解除されてしまうので腐の神も手を下の方で組んで、それ以上、脱ぐ様子はなかった。
さらに、つけて加えていく。
「あと、子供ができても、十年ぐらいは憑依したりできないだろ。セレスが使うようになった年頃まで、神託の力を使わせるつもりはないしな。」
「え、そんな…」
「獣人たちの中に巫女がいれば、万事解決だぞ。」
「いない。神を見捨てるようになった土地に、巫女は存在しない。」
護は両手をあげた。お手上げだ。
顰め面をしている自称腐の神に、とある解決策のことを尋ねる。
「獣人たちで職を変更したりはできないのか?職変えの水晶で…」
「無理。血統職は、例外。それに職は私の管轄じゃない。創世神の管轄。…創世神の教会がない訳じゃないけど、遠き地にある。やっぱり今すぐには…巫女の夫、諦めるべき?」
「残念だが、それしかない。」
神を見捨てた土地に、創世神と色々聞きたいことはあるが、金色の瞳がセレス本人の瞳に戻り始めている。『神託』の限界時間が来たようだ。
「一つだけいいか?」
「何?」
「この場所の名前を決めたい。何か、いい名前はないか?」
「…自分で考えて。…そうね、かつてこの地は、『ゾ・レミョゴ』と呼ばれていたわ。他の種族を認めないとある王がよく言っていたものを使っていただけの代物だけど。」
「参考になる。」
「できるだけ早く巫女を寄こして。男は嫌だからね。」
「十年後ぐらいには。」
緑褐色の光が一際強く輝く。目を開けてみれば、いつもの髪の色に戻ったセレスが崩れ落ちかけており、そっと抱きしめる。見慣れている下着姿…邪念を振り払い、身体を冷やさないように『夜見纏い』を二人でくるまり、暖くする。
戻ってきたウェットスライムに誰も通さないように、指示をだし、護はセレスが意識を取り戻すのを待った。しばらくもしない内に、セレスは目を覚まし、状況、姿に顔を真っ赤にしていく。
「服を着ますね!」
「ああ。」
護が後ろを向くと、セレスは慌てて服を整える。
邪念が渦巻き、振り向きたくなる衝動を抑えながら、護は苦笑した。
(いけないな。普段ないシチュエーションだから、刺激的だ。)
自称腐の神の時は、どこか遠くに感じられた。正直、脱ぎだした彼女に、食指が全く向かずに冷静に対処できたのに、セレスが復帰してから、意識が急に向いてしまう。むしろ、気持ちが全く動かない方が、問題になるだろう。
そんなことを考えている間に、セレスの方から音が途絶えた。
「着替え終わりました。…その…」
「…」
「…その、護さんがしたいときはいつでもいいんですよ?…じょ、冗談です。やっぱりメイアさんを差し引いてしちゃうのは、罪悪感があります。」
「…」
「何か言ってください!!…恥ずかしいです。その護さんと子供が欲しいのは本当です。重いですよね。」
「そんなことはない。」
護は否定し、よく動いている唇を奪う。舌を絡ませ、離さない。とろんと、蕩けた瞳に、別の要因で赤く頬を染めた彼女を解放すると、笑った。
「何人欲しい?」
「…三人は絶対に……って、護さん、揶揄わないでください!」
「三人か。メイアたちもいるから…うん、何とかできるかな。」
「…もう…」
セレスが胸に顔をうずめてくる。そんな彼女を、魔法の光が消えるまで護は優しく抱きしめ続けるのであった。
~一週間後~
「頼まれたものができたぜぇ。」
「ありがとう。戦闘した甲斐があった。」
「俺も斬新な体験ができて良かったぜ。それに、これは革命を起こせるんじゃぁねぇか?」
「工程が面倒な上にハイリスクだからなぁ。黄ランクが狩れる戦力と職人が必須だろ。かなり限られてこないか。」
「そうだなぁ。距離の制限もある。それに、旦那の世界の話を実現するのは、五年十年先だ。」
「百年になるかもしれないし。」
ムサが豪快に笑う。そればかりはないだろうよ、と。
「旦那がやってきたことを思い出してみろ。ここまで、どれだけの時間でやってきたんだ?」
「…例外だと思うぞ。」
「それは俺にも分からねぇ。でも、戦士たちが充分に育つのに、百年は長すぎる。五十年ですら、長すぎる程さぁ。レベルはきっかけがあれば一気にあがる。ちょっとしか上がらない奴は、リスクを避けているか、自分に合った敵を見つけられていないだけだろうよ。」
「そうだろうか。」
ムサが言うことも一理ある。護が現に死にかけながらも到達してしまった。頭のねじがぶっ飛んでいなければ、戦いを避けていく生活も…
(教会に目をつけられた時点で、それはないか。)
「ん?何か変な事を言ったかぁ?」
「いや、ムサの言う通りだ。」
久しく会っていない聖女を思い出し、護は心の中で戦いは避けられないものだと改めて結論付ける。
それから、道具を受け取り、養殖場で時間を潰す。今日の夕方、幹部と族長を集めて、すっと悩みから解放されたあの件を話すつもりだ。
Lv50を超えた魔物を仲間と共に倒した頃に、彼らはやってきた。ドームへと案内し、草から皮へとバージョンアップした絨毯に座ってもらう。
「決まったのですね。」
「ああ。それに渡したいものがある。」
『なんだにゃ』
護は、土の石碑をとりだした。そこには、獣人たちの言葉で「混」と「種」を意味する二つの言葉が合わせて作られた言葉、「ザ・リルゥガ」と彫られてあり、その下に、共通語で音が充てられている。
まじまじと見つめた後、鼠人の族長が一言。
「一つだけ加えましょうか。大族長、石碑を操作してもよろしいですか?」
「ああ。」
「では…」
ネクが『クリエイト』を行うと、音の下に共通語で「ザ・リルゥガとは、多種繁栄を意味する」と一文が付け加えられた。
「『ザ・リルゥガ』…悪くない響きだね~」
『新たな言葉が我らの門出に相応しいにゃ』
「これが、この場所の新たな名前…」
幹部の中には感極まっている者もいるようで、涙を流して喜んでいた。たかが名前、されど名前。名がついたという出来事は特別なものとして、彼らの中に浸透していく。
護としては一つ、胸の中につっかかえていた不安を取り払えた。ネクが加えた一文が、護が納得がいかない部分を払ってくれたような気がする。
「それと、本拠点、第二、第三拠点の名は…」
追加で石碑を取り出していく。本拠点は『ベルゥト』、第二拠点は『ザ・ト』、第三拠点は『ザ・クデ』と獣人たちの単語から選んだ。選んだ護自身、それぞれにちゃんとした単語があること自体に驚きを覚えたものだ。
ソラや幹部たちが首を傾げる。馴染みない言葉の意味を説明すると、肯定的な反応が返ってきた。
『マモは物知りにゃ』
「ズルをしているからな。」
「?」
「時間があったら話そう。それで、渡したい物なんだが…」
護は『アイテムボックス』から、ムサから預かった台座に固定された魔石を三つ取り出す。それぞれに共通の魔法陣が描かれていた。『真理眼』に出ている道具の名を護は呼ぶ。
「『映像投影型通信具』。これが正式名称だが…簡潔に、『通信』でいいかな。」
「初めて見ます。魔力を込めるのは分かりますが、さっぱり見当がつかないですね。」
「ネク、試しにやってみたらどうだ。爆発とかしないから。」
「分かりました。」
ネクが魔力を込めて起動する。すると、魔石から光が溢れ出し、残り二つの魔石から彼の姿が投影される。驚いた彼の声が拡散され、尻もちをつく。手が離れてしまったので効果が切れて映像も映らなくなった。
目を輝かせ始めた獣人たちに、試してみてもらう。三つを同時起動すると、残り二つの画像が連結して見られるようになる。周囲の音を拾い、会話もできる。音量の調節は魔力で行えるようにしてあった。
なお、ドーム内だと音が反響して耳を抑える羽目に。さりげなく加わっていたメイアたちにも一通り、操作してもらい、落ち着いたところで、ネク、ソラの二人に魔石を渡す。
「ザ・トとザ・クデ用の魔石だ。明日、それを使って発表をしようと思うから、仲間たちを昼頃に集めておいてくれ。」
「防衛に回っている者たちが見れないですね…」
「そうだな…一旦、防衛に行っている者も集めてくれて構わない。それぞれ、メイアやガンドルフさんたちに向かってもらう。多少侵入を許して戦闘になったとしても、撃退できるはずだ。」
「それと、この映像はこれ以上大きくできないのですか?」
「いや、魔力を注げば拡大できる。音のことも考えると、二人以上でやらないといけないと思うが。」
「なるほど。」
ネクの他に、シザとソラ、幹部たちから質問に答え、特に重要だった話は終わる。
『明日が楽しみワン。ねぇ、旦那様、宴の用意はしないの~?』
「一応、食料は解放しようと思う。そちらの分はメイアたちに渡すから、それでいいか?」
『やった~!こっちに来てから贅沢ばかりやっているような気がするワン。』
「ため込んだ干し肉から優先だけどな。」
『え~』
ソラが不満に満ちた目で見てくる。
廃棄できる余裕などほとんどない。無駄にしないためにも、古くなってしまったものから処理していく必要があった。…食べられないか工夫を凝らし、結局ボツになった干し肉が沢山ある。他のものと調理してしまえば、食べられないこともないので、それを活用する。
『黙っておいた方が良さそうね~』
「はっきり言って、いつもより多く食べられるぞ。」
『でも、味は保証されないんでしょ?』
「……」
良質な肉の要求をしてきそうな気配があったので打ち切った。…体をくねらせていたので、問題ないだろう。
それから夜が明けて、翌日。護は緊張していた。
繋がるかテストを終え、獣人たちが集まりつつある。幸いなことに、今日の日差しは薄い雲が覆っており、そこまで強くない。気温も快適だ。
「マモル様、肩に力が入ってる。ゆっくり息を吐いてみよう。」
「ふー。」
護はゆっくりと息を吐く。前に立ち、喋ることが多くなっていたはずだが、今更、身体に力が入り震えていた。というのも、何を話そうか悩んだ挙句、ろくに原稿も考えられていないという、ピンチに陥っていた。
アンやセレスからは、自身が思ったことを、伝えたいことを素直に言えば、問題ないと言われてしまった。
「リーダーなんて、向いてないなぁ。」
「ここまで引っ張て来たのはマモル様だよ?マモル様が中心にやってきた。リーダーとしてずっと動いてきた。だから、大丈夫。」
「訂正。演説は向いていないと思う。」
「…そうかもしれません。でも…失敗しても、護さんを責める相手はいないと思います。」
「いたら、私たちがお仕置きする。いっぱい甘えていいからね。」
丁寧に逃げ道まで用意されてしまった。全く問題の解決になっていないところが、辛い。
(はぁ、ここは開き直るしかない。なるようになれだ!)
ドームには、ミゥたちが揃っている。二つの離れた拠点からの映像も展開され、賑わっているのが見えた。後は、護がここの魔道具を起動し、始めるだけ。
入り口で自棄ともいえる覚悟を決めた護は、ドームの中に入った。視線がたちまち集まっていく。護は魔力を注ぎ、魔道具を展開し、今回のために用意した台の上に立った。
「…」
『……』
「まず、はじめに…ありがとう。ここまで来られたのは、皆の努力の成果だと思っている。」
護はゆっくりしゃべり始めた。
「俺の名はマモル・アカシミヤ。こうやって、皆の前で紹介するのは今回が初めてだ。マモと呼んでもいいし、大族長、何でもいい。成り行きで、ここで皆を引っ張っている人間だ。今日、集まってもらったのは…」
『アイテムボックス』から、石碑を取り出し、目の前の机に置く。映像には、それぞれの石碑が似たように台に置かれて、見えるようになっているのが、映っている。
「族の名前が決まった。それぞれ住んでいる場所の名前も。それをこの場で伝えたい。」
息を吸い…
「『ザ・リルゥガ』!これが俺たちが暮らす地の名前であり、族の名前だ!意味は多種繁栄。今、この場には様々な種族がいる。今までなら、考えられなかったことだ。俺たちは奇跡とも呼べる場にいる。今この場にいる者は、全て仲間だ。」
静まり返った場に護の声だけが響き続けていく。
「そして、中心となるこの地を『ベルゥト』、鼠人たちが住んでいる拠点を『ザ・ト』、犬人と猫人たちが住んでいる拠点を『ザ・クデ』と命名する。和と義を重んじ、争いは然るべき手段をとって調停する。そう願い採用した。俺たちが求め続けなければならないものでもある。」
石碑を軽く叩きながら、そう言った。話したい事はいくつもある。その中から必要なことだけを選び、護は構築する。
間をとった後…締めくくるだけだ。
「この場所が『ザ・リルゥガ』の名に恥じないような場所になると俺は信じている。きっとできると、俺は仲間を信じている。だから、協力してほしい!そして、広めよう、子供たちと未来に。」
護は「ありがとう」と終わりを締めくくり、台を後にする。
リーダーたちが『ドゥ・ザ・リルゥガ!』と叫び始め、広がっていった復唱は繰り返し、繰り返し、映像が途切れるまで響き続けるのであった。
~???~
「酔狂な人間もいるものだ…」
暗闇の中、堀を越えた猫人の女性は一人極寒の砂漠を歩いていく。その瞳は瞳孔が開ききり、暗闇の中で妖しく光っていた。その光は、すがめられたことで少しだけ小さくなる。
これまでのことを思い出していく。あの男の頼みで影を再び見つけ出すのに、かなり手間がかかった。というのも、壊滅した鼠人たちの領域から探索を始め、逃げ出した鼠人の痕跡をひたすら追い続けると、今度は猫人の領域に。不運な遭遇をしてしまった魔物や同族を切り捨てつつ、影に追いついたときは、ハーフエルフたちが戦闘を始めるか始めないかのタイミングだった。
「あれは光の巫女に、祓魔師…。そして、職がない男。種族が雑種…本当にあったのだな。」
自分の中で渦巻く欲求が、雑種の男との戦いを求めている。興味が湧いてしまったので、『隠密』を活用して、ずっとバレない距離から観察し続けていたが、まさか、獣人たちを纏め始めるとまでは、想像がつかなかった。
「強欲が発現していないのが惜しい。大きすぎる願いなのに、なぜ発現していないんだ。みんなが、協力、信じる?…反吐が出る。」
内容を思い出すだけで、蹴りが出てしまう。砂地を大きく削り砂煙が舞った。
あれは…綺麗ごとだ。虫唾が走り、抑えきれない嫌悪感を抱いてしまう。
「…あいつも変わらないはずだ。私たちを捨てたあいつらと。」
脳裏によみがえるのは、かつての自分。仲間だと思っていた彼らに戦争と言う名の死地へと向かわされた記憶だ。偶然、生き残ることができ、そして才能があったために、一団に拾われた。
彼女が力をつけて最初にやったこと。それは復讐だった。生憎、送り出した本人は狩りに失敗して亡くなっていたが、その息子や家族は生きていた。彼らを最後に残し…族の全てを殺した。全てを恐怖で固めじっくりと…今、思い出しても、薄暗い笑みが零れてしまう。
「…そうか。あいつらはのうのうとしているから、こう苛つくんだ。」
拾われた後、自分のことは自分でやるしかなかった。チャンスなど与えられない。自分で掴まなければならなかった。生きるか死ぬか、それが全てだった。あいつらのように、救世主はいなかったし、あの気に食わない男などに揉まれることはあっても、仲間とは言えない間柄だ。
あの場所は…眩しく、そして、腑抜けている。
「牙がなくなった獣のなんかに用はない。全く、頼まれ損をした。」
空間の対価としては、骨折り損だ。唯一の楽しみには、介入するなと言われてしまっているし、あの場所はつまらなくなっていくだろう。ただ、あの男に話すには困らないぐらいだ。
「はぁ~、とっとと帰って頬張るに限るな。決めた。」
お気に入りの料理を思い出して、涎が出る。それを我慢しなくてはいけなかった。…やっぱり、あの男は一回切ろう。
そう決意して、漆黒に染まった彼女は闇に紛れていくのであった。
次回でエピローグの予定です。




